なんじゃ・・・懐かしゅうて堪らぬと思うたに・・・・・
ナイルの女神の御手にある、1人の男。
黒髪、碧眼の白人。意識は無論ない。
ここは異世界。過去と未来が交錯する狭間に生まれた秘所。
ここに留まるを許されたるは、ハピ神1人。
黄金の髪の我が異種子と、よう似て居る・・・・・。
ハピが手の中の男に見入ったのは、ほんのひと時。
さあ、この者の命運ここまでか。それともわらわが愛したエジプトの民の下に送ってやろうか・・・・。
水中でくるりと回転し、考える。普段なら考える間もなく、この場所へ迷い込んだ者の命、断ってやるのだが・・・。答えは中々定まらない。というのは、ハピが愛した異種子と余りにも似すぎているからだ。先に古代へ送った2人の己の異種子の顔に。
やはり、よう似ておる・・・・。わらわの見間違いではないか・・。
異種子らは寂しがってはおらぬだろうか・・・?
ふと、そんな思いが頭をよぎる。
もしやこの男、異種子らの血縁やもしれぬな。こんなによう似た顔をしておる者はそうおりはせぬ。
・・・・・・・ならば、送ってやろう。わらわが愛したエジプトへ・・・。
そなたの命運、このナイルでは尽きぬ、永久に。
ナイルの女神、ハピがしかと定めようぞ!!
そして、女神の指先が振り下ろされる。
男は、光の膜に包まれて、古代へ渦巻く流れの中へ・・・・・。
古代へ渦巻く流れの中へ・・・・・・・・・・・。
☆
「今日は一段とナイルが騒いでいるわね。」
「そうでございますか?」
王宮の中庭、ナイルの水が流れる静かな庭園で午後の休憩を楽しむエジプト王妃、キャロル。
勤務中にも関わらず無理矢理引っ張ってこられたその姪、カナン。
双方侍女が用意した、お茶とお菓子が乗ったテーブルを挟み、会話を続けていた。もっぱら話し手はキャロルで、カナンは聞き手に徹していたのだが。
「本当に、今日はナイルが騒いでおりますわ!」
「ねえ!私もそう思うわ!!」
傍らで口を挟むのは、キャロルのお気に入りの侍女テティ。
そして、カナンが最も信頼を置く侍女ヌウ。
2人ともやけに嬉々としている。幼子が何かを伝えたくてウズウズしているような感じだ。
「どうしたの?話してくれない?」
控えめな微笑と共にカナンが尋ねる。
「ふふっ!いや、お2人が母女神の元から参られたのも、こんな風にナイルが良く騒いでいる日だったのですよ!」
その言葉に、顔を見合わせるキャロルとカナン。
2人揃って思い浮かべたのは、あの人の顔。もう二度と会えない愛するあの人の声。ふいに浮かんだ寂しさを、侍女らに気取られないよう、笑って見せた。
その時だった。
「カナン様――!!カナン様はいずこへ居られるか!?」
兵士の甲高い声。自分が受け持つ地域の守備隊長からの急使か。どうやらこれはのんびりしている場合ではなさそうだ。
「ここだ!!一体何用か?」
「おお、ご報告が!お・・・王妃様!?御前失礼仕りまする。」
余りにも興奮していたためか、今の今までキャロル達には目が行っていなかったようだ。かなり焦っている様子が一目で分かる。
しかし、それは本の束の間。すぐに兵士はカナンに報告書を手渡した。カナンは手馴れた手つきで封を切る。
「あのね、私思うんだけど・・・。」
「どうしました?姫様?」
「仕事してるときのカナンって、男前よねっ。」
「あ、私も今そう思いました!」
知らぬが仏。カナンはまさか自分が男前などと噂されているとは露ほども思わず・・・・。淡々と報告書に目を通していた。
突然その手から報告書が滑り落ちる。拾う様子もない。
「どうしたの?あなたらしくない。」
キャロルの声にはっとすると、カナンは急いで報告書を拾い上げ、その場を去ろうとした。
「待ってよ!どこに行くの!」
「ここから馬で3時間ほどかかる村です。少しの間留守にいたします!夜までには帰りますから!!」
あとは返事も聞かずに駆けていった。
何があったのかしら・・・・?微かな不安が胸をよぎる。
だけど、こみ上げてくるこの懐かしさはなんだろう?一体何故今?
キャロルはカナンの背を見送りながら、複雑な思いが芽生えているのを感じた。
☆
何だ・・?頭がボーッとする・・・・・・・。
あれ・・?僕は船に乗っていて・・・・・・・・確か船が揺れて・・・・。僕は・・・僕は?
「・・・・・・・・ここはどこなんだ?」
ガバッとライアンは跳ね起きた。
徐々にはっきりしていく意識と共に、記憶も蘇る。
・・・・そうだ、エンジントラブルで船が突然揺れたんだ。そして甲板にいた僕はナイルに放り出されたはず・・・・なのにどうして陸地に?・・・ああ、僕は助けられたのか・・・・。
その時、家人らしき男が様子を見にやってきた。
「おお、目が覚めたか。あんた、名前は?」
「リード。ライアン・リードだ。」
「知らんな。そんな名前聞いたことも無い。みたこともない風貌だし。あんた、異国の人間だな?」
苦笑した。まさか、エジプトでリード・コンツェルンの総帥の名を知らない者がいたとは・・・。それに、自分はどう見たってアメリカ人の風貌。この人はもしかしたら、外国人を見たのが初めてなのか、よっぽどの田舎から来た人なのかもしれない。
「あぁ、僕はアメリカ人だ。助けてくれてありがとう。・・・・ところで、ここには電話はあるかな?僕のほかには誰も流されてこなかったかい?」
「で・・・んわ?聞いたことも無いぞ?あと、流されてきたのはお前さん1人だよ。他には誰も見つかっちゃいないな。」
困ったな。電話まで知らないと言われちゃ・・・・。
取り合えず社員に連絡を取らないと、大騒動になっていそうだし。
バン!!
ドアが乱暴に開けられた音。別の家人が応対しているようだ。
風に乗って、どこか聞き覚えの有る女人の声がする。
馬の声も・・・。
ん・・・馬?・・・・馬だって?今の時代に・・・・・・?
そんな馬鹿な!?もしかしてここは・・・・。
足音と共に、マントを翻した人間が駆け込んできた。
「・・・・・・・・・・・・・・パパ?」
「え・・・・・・・その声・・・・は・・・。」
・・・・・・・夢か?僕は夢を見ているのか?
何故目の前にこの人間がいるんだ・・・?
もう二度と会えないはずの・・・・・・・・・・愛しい娘が。
「パ・・・パ・・・・・。」
もう一度、自分を呼ぶ声。
見間違えようが無い。聞き間違いなんてない。
やっぱり、目の前にいるのは古代にいるはずの娘。カナン。
「カ・・・・ナン・・・?お前、カナンなのか!?」
「・・・会いたかった。会いたかったわ!パパ!!」
バッと飛び込んできた。
夢じゃない。これは現実。歓喜が胸に押し寄せる。
抱きしめたいのに・・・・・・・力が入らない。
「お前・・・・元気だったのか!?」
「パパこそ!どうして、どうしてここに!?・・・・ううん、どうだっていいわ。そんなこと。まさかもう一度パパに会えるなんて!!」
顔をくしゃくしゃにして涙を流す娘。
やっと力が入った手で返事代わりに思いっきり抱きしめた。
数分後。再会の喜びを分かち合い、徐々に冷静さを取り戻してきた2人は、これからの話をするべく互いに向き直った。
「パパ、これから王宮に来てもらいます。馬の手配も済んでるはずよ。だから、あと半刻したらここを発つわ。」
「ちょっと待て。僕が行ったところで混乱を招く。今はここに居た方がいいんじゃないか?」
娘は真剣な面持ちで自分に告げた。
「パパ、前にキャロルさんがエジプトの王妃になったことは話したわよね?それから、私の立場も。パパは王妃の兄で私の父、つまり立派な王族なのよ。これ以上ここに滞在するほうが混乱を招くし、この村に迷惑をかけるわ。・・・・だから分かって?」
・・・・・確かにそうだ。カナンの言うことが正しい。この場合は、娘の言うことを尊重するのが良いだろう。
「分かった。お前の言うとおりにしよう。」
「良かった・・・・・。ありがとうパパ。」
そこまで話してから、ライアンはもう一度しげしげとカナンを見やった。
「お前・・・・その格好は何だ?」
今になってやっと気付いた娘の服装。
マントに、頭帯、おまけにいうと腰の長剣。どう見たって王宮の貴婦人の服装には見えない。かつて、自分の元に戻ってきたときと余りにかけ離れている。カナンはえっ、と自分を見て、見る見るうちに、しまった!という顔になった。
「パ、パパを迎えに来たから・・・・。」
「・・・・・・・・・・何だと?」
珍しく口ごもっている。ああ、きっと何か僕に隠しているんだな。
問いただそうと詰め寄った・・・・がナイスタイミングで邪魔が入った。
「カナン様、出発の刻限にございまする!!」
「よし、じゃあパパ行きましょう!」
逃げられたな・・・・・・。まあいい、後でじっくり話を聞こう。
ライアンはそう誓って馬へ乗った。
一同は揃って王宮へ・・・・・・・。

―― 1 ――