「イムホテップ!連れ帰ったぞ!」エジプトの若き王、メンフィスはキャロルを自分の脇に寄せ意気揚々と告げた。
「おお!これは・・・キャロル、無事であったか!」イムホテップをはじめとする臣下たちは皆口々に感嘆の声をあげた。メンフィスは嬉しそうにそれに答えている。だが、キャロルは怯えていた。キャロルの耳に入ってくるのは喜びの言葉ではなく、自分の外見についてのことばかり・・・。
「見事な金色の髪!それに・・汚水を清水に変えたというぞ!」
「おお、まさしく神の娘!ナイルの娘!」


違う・・・・・・・私は神の娘なんかじゃない!21世紀の・・・リード家の娘よ!


私はここに存在してはいけない人間・・・・・・それは歴史を・・・左右する・・・・




ほんの数刻前だった・・・。砂漠の苦役につかされていたはずの自分をメンフィスが迎えにきたのは・・・・・。そして世にも恐ろしいことを告げられた。

「お前を妃にするぞ!」

嫌!嫌よ!私にはジミーがいるのっ!心だって持ってる!21世紀の考え方があるわ!愛してもいないのに結婚だなんて・・・・・・・。


だが、彼女の言葉はこの世界では無に等しい。いならぶ臣下、大勢の民にとって王とは生ける神であり、その発言は絶対であった。拒否を受け入れては貰えず、捕らえられて宮殿へと連れ帰られた。

そして今のこの状況・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「ウナス。」
「はい、メンフィス王。」そこには囚人であったはずのウナスがいた。粗末な腰布一枚を身にまとい、牢で自分に寝床を作ってくれたウナスがいた。だが、彼は今、マントを身にまとい装身具を付け、剣を腰にさしていた。この服装は、もしや・・・・・・!

「ウナス、あなた兵士だったの?」
「申し訳ありません。メンフィス王のご命令で・・・・・・・・・・・・・。」そんな!それじゃあ私はずっと見張られていたと言うの?最初から?嘘!嘘よ!

「よいか、ウナス。これからもキャロルのそばを片時も離れるな。」絶望と怒りが交差する中、メンフィスがウナスに命令した。当然頭に血が上っているキャロルは反発した。護衛なんていらない、と。だがメンフィスはいや付ける、といって、キャロルの拒否を頑として聞かなかった。尚もキャロルは抵抗したが半ば無理やり部屋へ押し込められた。





月が中天に浮かぶ真夜中、キャロルの部屋に向かう一つの影があった。それは若い青年王・・・メンフィスの影・・・。入り口に待機していた夜勤の侍女に目配せをし、そっと中に入っていた。そこには刻々と眠る彼の想い人がいた。

・・・・・・・・生ける神なる自分が求婚したというのに、この娘は喜ぶどころか必死にもがき拒否した。初めてのことだった。今まで自分が求めたことを叶えられなかったことは無かった。誰もが自分にひれ伏した。そしてこれからも・・・そんな人生が続くと信じて疑わなかった。なのに・・・目の前の娘が現れてから・・・変わった。

「・・・・・・・帰りたいの。帰りたいのよ・・・・・・。ママ・・・兄さん・・・ジミ−・・・・・・・私、皆の所へ帰りたい・・・・・・・。」

ふと、キャロルがうわ言を言った。小さなかすれるくらいの声で・・・。目からとめどなく雫を溢れさせて・・・・。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。それがそなたの望みか?ならば叶えてやる事は出来ぬ。・・・・・・・・・・・私の傍からいなくなってはならぬ。」寝台に腰かけ、涙をそっと指でぬぐってやりながらメンフィスは呟いた。・・・かすれるような声だった。そして、頬にそっと口付けをし、耳元で囁いた。






・・・・・・・・・・・・・・よいか・・・・・帰っては・・・ならぬ・・・それは・・・許さぬ・・・・・・





・・・・・・・・・愛している




END

囁き