1999年 1月
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@思考機械の事件簿V
 The Casebook of the Thinking Machine Vol.V
J.フットレル創元推理文庫探偵
319頁540円★★

 20世紀初頭、シャーロック・ホームズ人気からその亜流が多く作られた。“思考機械”はその中ではかなり知名度の高いほうだろう。特に「13号監房の問題」は古今の推理短編傑作選に収められている有名な一編だ。本書には「13号監房の問題」は含まれていないが、代りに著者唯一の長編(分量的には中編)である「金の皿盗難事件」(The Case of the Golden Plate/1906)が収録されている。だが本編ははっきり言ってへなへなもので、惚れたはれたにはもううんざり。他の短編も記憶に残るものは全然なかった。

 “思考機械”とは、半日のレッスンでチェスを覚え、チェス世界一を負かしてしまったという、スーパーコンピューターなみの論理の人ヴァン・ドゥーセン教授についた渾名。しかし本書ではほとんど普通のじいさんである。まあ最近は日本人探偵にも強烈な輩が多いので、比較するとまあ仕方ないところか。
 T、Uはそこそこ面白かった記憶があるのだが…。

 因みに著者のジャック・フットレルは、1912年、あのタイタニック号沈没で亡くなっている。

(2015/7/8改訂)

A名探偵に薔薇を (1998)
城平京ハヤカワ文庫推理
307頁520円★★★★★

 2部構成で、冒頭の第1部は妖しい童話体、その名も「メルヘン小人地獄」。とても印象的な題名だ。
 作中人物の台詞に、“「小人」も「地獄」もそれぞれは陳腐で苔の生えたような言葉であるが、「小人地獄」と繋げることで凶々しいイメージを喚起する”とあるがまさしくそのとおり。実際読むまでは、“メルヘン小人地獄”のイメージだけが強烈で、内容の想像がつかなかったのだが、とりあえずその題名だけで買ってしまった。
 1部と2部は、登場人物はほぼ共通しながら独立した話になっていて、2部の「毒杯パズル」は1部を包含したうえで、読者を唖然とさせるような凝ったつくりになっている。なかなかの野心作と言えるだろう。

 1部は瀬川に協力を依頼する大学院生三橋からみた描写になっていて、瀬川は孤高の天才といったミステリアスな扱いなのだが、2部では悩める探偵としての瀬川が全面に出てくる。実際には2部のほうが先に書かれていたようだが、物語を膨らます上で、とても上手くいっている。

 物語の構成とは全く関係ないのだが、三橋の後輩の山中冬美は可哀想。彼女が結局のところ一番の貧乏籤か。三橋青年、きみは瀬川と鈴花に気を使うのもいいが、もうちょっと冬美に対する責任をかみ締めるべきだよ。

 このあたりは、著者の若書きの所為か。
 なんと24歳時の処女作である。

(2015/7/8改訂)

B歴史と風土 (1998)
司馬遼太郎文春文庫歴史エッセイ
291頁457円★★★★

 著者のエッセイは4、5冊読んだがその中では本書が一番おもしろい。
 特に最終章、「中央と地方―いわゆる都鄙意識について」では、今までわたしが全く問題視していなかった点からのするどい指摘で、もう目から鱗がどっさり落ちるとともに、読後深く考えさせられた。
 知ってのとおり、江戸時代徳川幕府武家の盟主の立場であって、中央集権ではなかった。つまり各地方には各藩独自の才覚でもって、産業、文化が生まれ育つ素養があった。ところが明治政府は、外国に追いつくために西洋文明の導入を遮二無二推し進めた。そして西洋文化の情報収集と発信はほぼすべて東京から行われ、最新の文化、学問に接するためには東京に出なければ、という意識を地方の若者に与えてしまったのだ。

 現代日本への影響は、もちろん陸軍閥の暴走と敗戦、戦後の経済至上主義へのコロッとした転換の影響が大きいのだが、明治政府の最初の舵取りで、中央の目が西洋にのみ向けられ、地方の目はその中央のみを見過ぎるようになってしまったというのは事実だろう。まあこれを批判することもなかなか難しいのだが、とにかくこれからは自国と自国の文化にもっと誇りを持たないと、国際社会で一本筋の通った発言をすることもできない。もちろん、別に国粋主義者になれと言っているわけではない。念のため。【注1】

 現在の放送局の実態はまさに東京集中。全国ネットの番組はほぼ全て東京から発信されるのが現状だろう。大阪や名古屋で製作されて中央に発信される番組もあるが、わずかなものだろう。  前に見たトーク番組で、地方出身の若い芸能人に東京の印象を訊ねたとき、“ビルや人ごみはともかく放送局の設備が違うのに驚いた”というのを聞いた。これなどは、地方の放送局に全国発信できるだけの力が不足していることを物語っている。
 最近は地方自治の力を強めようというのもよく聞こえてくるが、立派な市役所や公共施設を建てるよりも各地方の放送施設の強化に力を入れるのはどうだろう。10ヶ年か20ヶ年計画で地方から全国へ売れるだけの番組を作れるだけの体力を養えば、自然と地方住民(次の世代)の地元に対する意識も変ってくると思うのだが。

 アメリカには見習うべきことも多いが、自由を得るために多くの代償を払ってきている人造国家である彼の国よりも、日本は豊かな文化的背景を持っている。
 文化の蓄積を持たないアメリカが、合理的、金銭主義的に突っ走るのは仕方がないにしても、日本はすべてを真似る必要はない。文化とはしばしば合理的でない部分に生まれ発達するものだ。
 これからの世界は、物質的なロスをなくす必要があるのはもちろんだが、精神的なロスを楽しめる世界になっていってほしいものである。世界的に画一化された一つの文明社会になるのはなんともつまらないではないか。

 ともあれ日本に一番欠けておるのはアピール力。
 人口の構成比では60分の1ながら、世界に影響を与えうる力を持っているのだ。宣伝力をもっと磨きましょう。
 誤解されやすい日本人の感性を多少なりとも理解してもらうためにも、もっと日本人の宗教感というか、死生感、道徳感を大いに宣伝していくべし。

【注1】最近はちょっとやり過ぎが心配になるほど、日本すごいの自己評価が目立つようになってきたが…。



(2015/7/8改訂)
C旧約聖書を知っていますか (1991)
阿刀田高ハヤカワ文庫歴史薀蓄
311頁514円★★★★

 信者でない作者が信者でない読者のために、わかりやすく旧約聖書を解説した本だ。まさしくわたし向き。
 海外の本を読むと、聖書に関する内容が比喩表現なども含めて非常に良く出てくる。例えばペリシテ人とはなんぞや。カインアベルがどうしたのか。ヨナのように悲惨なとは一体どういうことか。などなど、当然の常識として一切の説明なしに進んでしまうことがある。かといって聖書を読むという暇も気力もあるわけがなく、そういった訳でこういう本は非常にありがたい。

 実際ユダヤ教の聖典である旧約聖書は、非常に偏屈でわがままな存在である神にどうにも納得いかないとわたしたち異教徒には思えるが、イスラエル民族の歴史的遍歴に、大いに脚色を盛込んだ物語とみれば、非常に面白くなる。
 アダムイブのくだりはまあ良いとして、カインとアベル、ノアバベルの塔アブラハムロトソドムゴモライサクヤコブヨセフの流れでエジプトに入ってモーゼ出エジプトヨシュアカナン侵略、ダビデソロモン王イスラエル分裂バビロン捕囚。この辺りの流れがすっきり頭にはいって気持ち良かった。
 もちろんどんどん忘れていってるが・・・。

 ところで著者の駄洒落はかなりきつい。これだけはなんとかしてほしいものだ。

(2015/7/8改訂)

D京都の謎
奈良本辰也/高野澄祥伝社ノン・ポシェット歴史薀蓄
249頁514円★★★

 これで京都の謎シリーズを読むのは三冊目だが、本書が最初の本だ。これが売れたからシリーズ化されたのだろう。したがって本書は時代設定に限定なく、広範囲からネタを集めている。
 しかしどうも文章に勢いがないのか、わたしに予備知識がある章はかったるいし、ない章では新たに興味を覚えるまでもいかず、読んでも頭に残らない。面白くない訳ではないのだが…。

 この雑感は基本的に記憶のみで適当に書いているのだが、すっかり内容を忘れてしまっているので、しかたがなく目次をちょこっと見てみると、「1.なぜ桓武天皇は平安遷都を急いだか」「3.なぜ天神様が学問の神様になったか」などがでてくる。この2項目は「逆説の日本史」でも扱われていて、そちらのイメージが強烈だ。
 また「2.なぜ東寺は栄え、西寺は消えたか」空海の絡み。
 「8.後白河法王は本当に建礼門院を訪ねたか」「13.なぜ“京おんな”は心中が嫌いか」などはあまり興味が持てなかった。  “なぜ○○か”という振りかぶった題名のわりには、全般に淡々とした文章。ちょっと訴求力に欠けるんだよな。

(2015/7/8改訂)

Eスーパーヒロイン画報
竹書房特撮薀蓄
231頁2400円★★★★

 おーちょっと恥ずかしい。

 性分がら、アイドル・タレントの熱心な追っかけにはなれないわたしだが、スーパー戦隊とかの女の子は応援したくなる。他の番組で見かけると嬉しいものだ。
 男のほうは、昨今スーパー戦隊や仮面ライダーから、結構な率で生き残っているようになったが、女優のほうはまだまだ生き残りが難しいような。21世紀になってからの組で現状露出が多いのは、満島ひかり(from「ウルトラマンマックス」)とホラン千秋(from「魔法戦隊マジレンジャー」)がツートップか? どちらも主役メンバーからは一歩引いた位置にいたのが面白い。外国人の血が入ってるのも共通か。そういえば、同じマジレンジャーからは、“山崎さん”を演った平田薫が、「R−18文学賞vol.1〜自縄自縛の私〜」なんてのに主役していて吃驚した。頑張ってるなぁ…。小津家の皆さんもさぞや驚かれたことだろう。

 さて、本書は日本の特撮黎明期から最近までの、主に等身大キャラクター番組に絞って、女性キャラの紹介及び特撮関係者のコラムからなっている。結構懐かしくて、全編楽しんで読んだ。
 本書でカバーしている範囲でメジャーになったのは、さとう珠緒(from「超力戦隊オーレンジャー」)と島崎和歌子(from「魔法少女ちゅうかなイパネマ」)くらいか。たしかミステリー・ハンターの坂本三佳が最後のほうに載っていたような。【注2】
 個人的にはメガピンクに頑張ってほしかったなぁ・・・。

【注2】地上波放送がほとんどなかったため、わたしも見たことがない「ウルトラマンネオス」に出演していたそうな。 (2015/7/16改訂)

Fゴールデン・ボーイ
 The Golden Boy
S・キング新潮文庫―/モダンホラー
501頁667円★★★★★

 二作からなる中編集。中編とはいえ、表題作の「ゴールデン・ボーイ」は、「キャリー」よりもページ数が多い。
 一編目の「刑務所のリタ・ヘイワース」は、無実の罪で服役しながら刑務所内の図書室の改革を図り、30年かけて脱獄したアンディについて囚人仲間が物語る。舞台といい語り手の一人称形式といい、「グリーン・マイル」とかなり似たシチュエーションだが、はっきりいってこちらがかなり上だ。「グリーン・マイル」ももちろん上手いなと思うのだが、<ネタバレ反転>癒しの力を持つ黒人の大男(名前忘れた)が従容と死んでいくのは、キリスト教の神を信じていない身としてはどうにもやりきれない。それに比べて本作は、著者にしては珍しく希望に満ちて終っている。
 癒しの力なんて得体の知れないものもなし。  流れに過激に逆らうことなく、不屈の意志(なんといっても30年!)でやり遂げるアンディは偉大だ。超自然現象や派手なアクションのまるでなさそうな(実際ないが)イメージでもって、今まで敬遠していたのが恥かしい。映画「ショーシャンクの空に」の原作だが、この映画もまた意外に良かった。

 しかし本書のような作品はジャンル指定に苦労する。普通小説というのもどうかと思うし・・・。“文芸”いうのもよくわからない。まあ“文章表現による芸術”といったところだろうが、“芸術”という言葉自体がかなり胡散臭い定義づけで気にくわない。
 ついでに言っておけば、“文学”の場合は、そこから奥深い表現を学び取ることができるのが文学だろうか。  もちろんSFだろうが、冒険だろうが、推理/探偵/サスペンス、あるいはその他のエンターテインメントだろうが文学足りうる訳で、ジャンルではない。難しいところだ。

 「ゴールデン・ボーイ」は、田舎町に隠れて余生を過していたナチ戦犯の老人に気づいた中学生が、興味本位でその生活に入り込み、徐々に転落していくという破滅劇。しかしキングは日常の中に忍び寄る狂気を書くのがうまい。このネタで短編ならともかく、300頁ほどを飽きさせずに読ませるというのは並大抵のことではないだろう。本編の主人公トッドは、狂気を潜ませながらも人並以上に日常生活を演じている。そういった仮面の人間がどれほど現実世界にいるのだろうか。

 「プリズン・ブレイク」「デクスター」なんて海外ドラマを見て感心することが多いが、作り手はこういった小説から学び取ってるんだろうな。

(2015/7/16改訂)

Gセロ弾きのゴーシュ
宮沢賢治角川文庫クラシックス童話
309頁520円★★

 「注文の多い料理店」に収められたもの以外の話をまとめた編集本らしい。有名どころでは「グスコーブドリの伝記」や、著者の死後発表された唯一の作品「セロ弾きのゴーシュ」などを含んでいる。

 著者の作品は大正末期から昭和初期に世に出た訳で、その特色は、“イーハトーヴ”に代表されるように、独特な用語を始めとした日本民話の臭みから離れた透明感だと理解している。
 しかしながらわたしは、本書を読んで非常に大きな不安を覚えてしまった。
 面白くないのである。もはや童話を読めない体質になってしまったのか・・・。

 とりあえず、多少なりとも気に入ったのは「シグナルとシグナレス」
 線路沿いの信号柱を擬人化したもので、なんかこう人形劇にしたときの情景が浮んでくる感じで微笑ましかった。
 「グスコーブドリの伝記」は、これを第三稿とすれば、その前の二稿にあたる「ペンネンネンネンネネムの伝記」も付録として収められているが、比較すると著者の農業への傾倒が高くなっていくことが窺われて興味深い。
 「ペンネンネンネンネネムの伝記」のほうが物語としては面白いのではないだろうか。

(2015/7/16改訂)

Hゴジラ生物学序説
サーフライダー21編扶桑社文庫科学薀蓄
351頁648円★★

 これも「空想科学読本」のヒットから生れたものか?
 ゴジラが生物として存在するためにはどんな条件が必要かということを、体内の組成、化学反応、遺伝子、突然変異等々の観点から真面目に論じている。どうやら職業作家が執筆しているわけではなく、それぞれの専門分野の(多分若手の)研究者がで各項目を論じているようだ。
 ということもあって、文章は素人が読むには少々硬く、生物の教科書を読んでいるかのごとく。  各執筆者がそれぞれ自分の専門の基礎部分をまくしたてた後でおざなりに、“さてゴジラの場合〜云々〜詳細を調べるために、ゴジラ細胞の確保が望まれる。”などといった流れにかなりうんざりさせられた。
 はっきり言って、生物学の蘊蓄が読みたければ「ニュートン」等のほうがよほど解りやすい。
 なんでも「スター・トレック生物学序説」という本もあるらしいが、似たような感じかな?

(2015/7/16改訂)

I第81Q戦争
 The Instrumentality of Mankind
C・スミスハヤカワ文庫SF
405頁699円★★★

 日本にもかなりのファンがいる人類補完機構シリーズもついに4冊目。エヴァンゲリオン人気にあやかってか、表紙の“人類補完機構”の文字は題名と同じ大きさだ。もちろんエヴァンゲリオンのほうがパクっている。

 まだ多少残った短編があるらしいが、これでほぼすべての短編が出そろったようだ。  しかしまあ本書ですでに落穂拾いのようなものか。これは!という話はなかった。  人類補完機構の年代記における黎明期(西暦2000年〜3000年?)の話「マーク・エルフ」「昼下がりの女王」を含み、他作品でも言及のあったヴォマクト家の三姉妹やマンショニッガーの成立ちに触れることができるのは興味深い。
 しかしあくまでも他のスミス作品で、彼のファンになった人向けといえるだろう。

 本シリーズの魅力は、遙かな未来(西暦13000年とか)の物語を、さらにその未来からの伝説のように扱って独特の雰囲気を出していること。そして動物の人間化や生体の機械化による悲しみであり、説明の足りない怪しげな用語だったりする。

 実は他の作品もほとんど忘れてしまったのだが、本書よりも「鼠と竜のゲーム」がお勧めだ。

(2015/7/16改訂)

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