1999年 3月
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@暗闇へのワルツ
 Waltz into Darkness (1947)
W・アイリッシュハヤカワ文庫サスペンス
491頁780円★★★

 19世紀後半。ルイス・デュランドは文通していた女性ジュリアと結婚するため、ニューオリンズの港へ彼女を出迎えに行くが彼女は現れない。しかし呆然と立ちすくむ彼の前に、写真よりはるかに若く美しい女が現れ、自分はジュリアだと名乗る。とまどいながらも彼女と新生活を始め、デュランドは幸福感を味わうが、やがて彼の心に少しずつ疑念が浮かぶ。彼女は本当に文通していた相手なのか? 疑惑が不信へと変る中、ジュリアは見事に姿を消す。もちろんデュランドの銀行預金を全てひきだして。
 デュランドは探偵を雇い、復讐を誓って自らもジュリアを探すが・・・。

 と、ここら辺はまだ前半部で、これからデュランドの長い転落が始まる。
 デュランドのような人間はどうにも歯がゆくて、“このあほんだらがっ!”という気持ちになってしまう。最後のオチには、彼の行動に感心もしてしまったが。

 “悪女もの”はアイリッシュの得意なレパートリーとの印象を持っているが、どうやら読むのは始めてのようだ。彼の作品は、運命もしくは誰かの作為に翻弄されながらも、出口を探して抜け出そうとする男女を叙情的に哀感を込めて描くのが特徴。「幻の女」は代表作としてあまりにも有名だ。ただしわたしとしては、「あかつきの死線」「夜は千の眼を持つ」のほうが好きである。「黒いカーテン」も捨てがたい。

(2014/2/22改訂)

A飛鳥の謎 (1991)
邦光史郎祥伝社ノン・ポシェット歴史薀蓄
247頁514円★★★★★

 逆説の日本史シリーズ「逆・日本史」などを読んではいるものの、古代史はなかなか頭に入ってこない。未だに飛鳥時代=藤原京時代などと漠然と思っていたりして結構恥かしい。藤原京には694年からの20年程度しかいなかったのだ。地図をみれば、飛鳥地方と藤原京が随分と離れているのはすぐに判る。まったく迂闊であった。(本書では藤原宮という表記だが、最近面積がかなり大幅に上方修正された筈で、宮というよりは京であったのではないだろうか)

 さて、飛鳥時代ということで、継体天皇から元明天皇まで、おおよそ聖徳太子大化の改新を挟んで200年間を扱っている。つまり、仏教の導入を絡めた蘇我氏物部氏の抗争、大化の改新、白村江の大敗、壬臣の乱大宝律令などといったメジャーなイベントがこの時代に起っている。
 この時代、血族結婚は驚くに値しないとは言うものの、それでも聖徳太子が異常に濃い血の下に生れているのは驚いた。

(2014/2/22改訂)

B中国人と日本人 (1993)
邱永漢中公文庫民族蘊蓄
268頁524円★★★★

 日本人と中国人のハーフでかなりの実業家であるところの著者が、近くて遠い、ある意味ではアメリカ人より遠い中国人のものの考え方を解説している。
 陳舜臣「日本人と中国人」というほとんど同じ題名の本もあってややこしいが、本書にはより実用書的なスタンスがある。中国は40年かかってやっと文化大革命の失敗に気付いた(あいかわらず自国民に開示しないが)のであるが、今後巨大な経済圏の中核になるのは間違いない。その中国とのビジネスにおいて、足をすくわれかねない日本の産業界へ、注意を喚起するというのが本書の目的である。

 簡単に言えば、日本人が“集団”であり“職人”であるのに対し、中国人は“個人”、“家族”そして“商人”であるということを理解しなければならない。中国人が3000年の永きにおいて、封建社会であろうと共産社会であろうと、常に社会から裏切られ続けてきたことによって、国家への拭い切れない不信感を持ち、結局頼りになるのは自分、家族、親しい友人、そして金であるという哲学を持っていると著者は解説している。

 ビジネスにおいては、中国官僚と正攻法でやりとりしても埒があかず、裏からコネクションをつたって手を回さないと効率が悪すぎるから、その辺りのノウハウを持っている台湾人か香港人を仲介にすべきだと実益面から指導している。しかしなにも日本人だけが国際化しないといけない訳ではないのだから、中国人も国際的なやりかたというものを学ぶべきと思うんが・・・。(←15年前は、異常に甘っちょろい事を書いてますな)

 まあ著者に言わせると、そんな理想論を振りかざしている間に、巨大なアジアビジネスに乗遅れるぞということになるが。

(2014/2/22改訂)

C真空の海に帆をかけて (アシモフの科学エッセイ12)
 The Dangers of Intelligence and Other Stories (1986)
I・アシモフハヤカワ文庫科学コラム
305頁544円★★★★

 エッセイ集というよりもコラム集か。このシリーズとしては異色編である。
 おおよそ1編につき4頁程度で72編。各編の主題に対するアシモフの蘊蓄及び感想と未来への展望が語られている。科学薀蓄ではあるが肩のこらない軽い読物だ。

 アシモフ自身7年ほど前に他界しているし、本書の雑誌連載は十数年前だから、本書に書かれた近未来の予想は、既にかなりが実用化されている。電子メール、カーナビなどは皆が日常使っているし、砂漠地帯での畑作のための滴下灌漑の技術は「サイエンスアイ」で紹介しといた。さすがだ。

 一方で、動物には全く影響を与えず植物のみに効く雑草除去剤が現れるだろうっというコメントは、環境ホルモンが大きな問題になっている現在から見るとあまりに脳天気である。基本的に科学技術の影響に対しては楽観的だな。

 アシモフにも、わたしのカマロに積んでいるDVDナビを見せれば喜ぶだろうなと、少々おセンチに考えてしまった…。(←その後車もろともぶっ潰れてしまったが)

(2014/2/22改訂)

D惑星メラーの麻薬 (キャプテン・ケネディ4)
 Enemy within The Skull
G・カーンハヤカワ文庫SF
219頁★★★

 TERA上層部に暗殺の魔の手が迫っている。脳内の抑制機能を麻痺させ、憎悪のみを増幅させるという嚥下性の薬物が使用されたのだ。要人をおびき寄せる疑似餌として、一般大衆からも多くの被害者が…。背後に辺境の惑星メラーとシャンボディア人がからんでいることを察知したケネディ等FATE一行は、恐るべき薬物を追って囚人惑星へ、そしてメラーへと向う…。

 裁判官であり執行者でもある“ジャッジ・ドレッド”ケネディの、平気で一般人を巻込む好戦的な態度はあいかわらずだが、メラー内の権力闘争なども描かれ、ジュブナイルの域を出るものではないが、往年のスペースオペラと一線を画そうとする姿勢が判る。

 この巻から挿絵のタッチが変わっていて、多少ましになっている。あくまで“多少”だが・・・。

(2014/2/22改訂)

E女王陛下のユリシーズ号
 H.M.S.Ulysses (1955)
A・マクリーンハヤカワ文庫海洋冒険
493頁680円★★★

 WW2の時代、ソ連への補給物資を満載した船団FR77の護衛艦の一隻、英国軍艦ユリシーズのサバイバルを描いた海の男たちのストーリー。ハヤカワ文庫「冒険・スパイ小説ハンドブック」海洋冒険部門で堂々1位の作品だ。

 ところが読むのは結構つらかった。登場する海軍兵士全員が主人公だが、まず名前が覚えられない。
 例によって4、5冊を並行に読んでいるのがマズイのだが、結局名前・苗字・渾名・階級が入乱れて、最後まで人間関係と個々の性格が掴みきれないままに終ってしまった。波しぶきが空中で凍って顔に突き刺さってくるような過酷な自然環境の描写は確かに迫真ものなのだが…。
 自然描写に関しては、こちらがぬくぬくとした中でベッドに寝っ転がって読むのが、えらく申し訳なく感じるくらいだ。
 後半ドイツ爆撃機部隊の襲撃が始ってからは、圧倒的不利のもとに一人死に、また一人死にという状況の中、最期までパニックに陥ることなく立ち向う乗組員たちには感動を覚える。共感はしないが。
 例えば第2次大戦を舞台にして、同じ勝算の低い任務の遂行を扱った冒険小説でも、「鷲は舞い下りた」には、デヴリンにしろシュタイナーにしろ、自分の能力を出し切って相手をだし抜くスリルを味わっている部分で、格好良さを感じることができるが、本書はあまりに絶望感が強い。個々の人物にいくら能力があっても、そこは船の上だ。提督の判断ミスでどんどん死んでいく。203高地における乃木と伊地知の無能ほどではないが…。

 一番すばらしいのは、船尾と左舷にフォッケウルフ等の戦闘機が突っ込んだボロボロの状態で、2本の水柱の中前進するユリシーズが描かれた表紙だ。

 この題名もなかなか趣があっていいなと思っていたのだが、原題のH.M.S.とは、英国海軍の軍艦につけられる接頭語で、His(Her) Majesty's Ship の略称である。情緒を感じる価値は特にない。
 しかも大戦当時の英国王はジョージ6世だから、この邦題名は間違いということになる。正しくは「国王陛下のユリシーズ号」としなくては。

(2014/2/23改訂)

Fスーパーロボット大鑑 Ver.98 (1998)
メディアワークスアニメ雑学
159頁1900円★★

 鉄人28号以降どんどん発展して現在にいたるロボットアニメを、年代順に並べて網羅したビジュアル書だ。さすがに最近のロボットはわからんのがほとんどだ。一安心と言ってもいい。

 まあたまにはこんな本を読むのもいいのだが、2000円も出すものではない。後悔しきり。

(2014/2/23改訂)

G宗教世界地図 (1993)
石川純一新潮文庫宗教蘊蓄
199頁362円★★★★★

 本来なら前に読んだ「民族世界地図」とセットで読むべきだったが、少々時間が空いてしまった。
 民族と宗教は渾然一体で双方単独で理解するのは不可能。
 人種と語族だけで民族を定義して世界を理解できればいいのだが、ここに宗教が複雑に入り込んで、ともかくとんでもなくややこしくなっている。列強の思惑によって国境を決められた国などでは、宗教も民族も権力者の決めた国境を跨っているからだ。

 日本ではどんな宗教でもすぐに薄められて水割りになる。わたしはそこが日本のいいところだと思っているが、アイヌや琉球の人たちには別の考えの人もあろうが、民族でも大きな問題は抱えていない。とりあえず日本からの独立を考えている民族グループはいないだろう。これほどの恵まれた環境に暮らしてるので、えらく感覚が鈍くなってしまうのが問題だが、他の国の人々と付合うには、本書のような内容も最低限理解しとくことが必須である。

 本書は1トピックあたり4頁程度。関係地域の地図もついていて、非常にわかりやすい。
 これらの知識を一応なぞっておくことで、ニュースの国際情勢の報道などを聞いても、理解の度合が違ってくるのではないだろうか。
 例えば旧ユーゴスラビアでは、その語意どおり南スラブ人で言語もほとんど共通だが、中世からのキリスト教とイスラム教の間で異なった歴史を重ねてきた過去があり、いまや別民族である。まさに民族と宗教が根深く複雑に絡み合っておる良い例である。コソボ自治区にしても、地図で見るとセルビア正教圏の中にぽつんとイスラム教の強いコソボがあるので、いかにも紛争の火種になりそうなことがよく解る。とにかく必読だ。

 これは盲点だったが、世界三大宗教というと、キリスト教・イスラム教・仏教だが、構成人口ではおおよそ15億・9億・2億となる。実はインド一国だから“世界”宗教とは呼ばれないものの、ヒンズー教徒は7億人もいる。仏教徒よりはるかに多いんだな…。

(2014/2/23改訂)

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