1999年 6月
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@世界の謎と不思議 (1998)
平川陽一扶桑社文庫
247頁543円★★

 昔学研『世界の謎世界の不思議』を持っていた。
 同じような体験をした人も多いと思うけど、ネス湖ネッシーバミューダ・トライアングルマリー・セレスト号セント・エルモの灯なんかの話にわくわくしたものだ。
 ネッシーもやらせとわかった今では、昔のように楽しめないだろうが、そんな子供の頃の気分を少しでも感じ取れたらいいなあと思って購入。

 しかし悲しいことに、やはり馬鹿馬鹿しさが先に立って、全然楽しめなかった。
 各トピックが2、3頁程度なので、当然ながら内容に深みは全くないし、著者が読み漁った怪しげな本の中から、適当に抜粋して並べ立てただけという感じ。

 一応は大人が手に取る文庫本なのだから、「この謎に対しては、これこれの科学的アプローチがなされ、その結果ここまでは合理的に説明がつくが、この部分は現在の科学では検証できていない。今後はこれこれの分析をする予定である」とか、あるいは「現状では研究者・資金・自然の要害といった諸々の条件から立入った研究がされていないが、これこれのエリアをどれどれの手法で調査・分析すれば新しい発見があるだろう」といったニュートラルな立場から見た考察が欲しかった。無理な相談か。

 なんでもかんでも「プラズマですっ」で説明がつくわけではないが、UFOで有名なヘスダーレンの光はプラズマだよ。まず確実に。

(2016/11/26改訂)

Aストーカー
 Shattered (1973)
D・R・クーンツ宝島社文庫サスペンス
244頁460円★★★

 商業デザイナーのアレックスは、仕事でもそこそこの成功を納め新妻も得た。そして今、妻コートニーが新居で待つサンフランシスコへと、愛車サンダーバードで大陸横断のドライブを始める。旅の相棒はコートニーの歳の離れた弟コリン。すでに打解けている2人の旅は、新しい家族としての絆をより深める機会となるはずだったが、後ろに貼りつく一台のヴァンが、悪意をもった恐ろしい襲撃者であろうとは…。

 メジャー後の著者なら、同じネタで3倍の分量は書くだろう。
 いかにもスピルバーグ『激突』(1971)を受けて書かれたようなテーマだが、アレックスはともかく、読者にはコートニーの昔の恋人が“ストーカー”であることが、早々にばらされてしまう。警察の動きが章ごとに挟まりながら、結局最後まで本筋に絡むことがないといった拍子抜け演出も下げポイントだが、暇つぶしには良い程度の面白さはある。

 ページ数の制約なのか当時の作者の力量なのか、事なかれ主義のアレックスの一連の心情描写は、守るべき者を守るために強い男になるという流れには必要なのだが、どうもしっくりこなかった。
 そんな性格の割には、社会でしっかり成功してるのね・・・。

(2016/10/26改訂)

B踊る女
 The Unloved (1988)
J・ソール扶桑社ミステリー文庫ホラー
526頁680円★★★★★

 ケヴィンは妻と娘息子を連れて、母と姉の住むデヴェルクス館に久方ぶりに戻ってきた。そこでは寿命のつきかけた母が今だに絶対的な支配力を持ち、足の悪い姉マルガリータの上に君臨していた。理不尽な母親の言動に諾々と従う物静かなマルガリータに同情するケヴィン達。そしてその母が死んだとき、ケヴィンは屋敷と島のすべてを相続するが、やがてマルガリータの挙動におかしな徴候が現れ始める。そして嵐の日、ついに惨劇が…。

 久しぶりのジョン・ソール作品。やはり怖い。
 モダン・ホラーと名乗る作品は多いが、本当に怖さを感じるのは彼の作品くらいだ。『暗い森の少女』『闇の中の少女』も怖かった。
 前半はちょいたるかったりもするが、嵐で幕を開けた悲劇は、狂気を伴いヒートアップ。
 クライマックスのダンスシーンはひーっ、という感じだ。

 クーンツなら悪人以外にまず死ぬことはないし、キングでも被害者は絞っている。それに較べて、ソール作品では、物語の脇を固める人物が善人悪人関係なく無造作に死んでいく。主役を含めて、誰が生残るのか判らないというのはかなりのドキドキ感だ。
 しかも生残り組も救いのない呪いから逃れることはできない…。
 クーンツのハッピーエンドに馴染んだ人間には、たまにはこういった作品も読まないと。

(2016/10/26改訂)

C冷たい密室と博士たち (1996)
 Doctors in Isolated Room
森博嗣講談社文庫推理
404頁629円★★★★

 『すべてがFになる』に続く第二弾。執筆はこちらが先のようだ。
 世間の評判がなんだろうと、わたしの中で『すべてがFになる』の評価は高くない。
 ところが本書は、意外とオーソドックスな作りで、整合性の高い密室ものである。
 本作の舞台は、犀川と萌絵が見学に訪れた低温実験室。そこで起こった殺人だが、実験後の飲み会で、多くの目線にさらされていた鍵のかかった準備室のなかに、犯人と“被害者”はどうやって入ったのか?

 毎回々々森はミステリに理系の匂いを持ちこんだ!などと上段から言われると、そうか?と似非ながら一応理系のわたしなどは思ってしまうが、クライマックスの妙な立ち回りを除けば、本書はかなり良い感じ。大学生活の描写が懐かしく心地よい。というか、人気の理由はキャラ人気と合わせてこちらじゃないか?

 一応続巻も読むかと思わせるには十分だった。

(2016/10/26改訂)

D峠 上下 (1966.11〜)
司馬遼太郎新潮文庫歴史
597頁/538頁699円/660円★★★★★

 幕末の戊辰戦争の中でも、最も激戦が繰広げられたといわれている北越戦争
 弱小越後長岡藩を率いて“官軍”と死闘を演じた家老河井継之助の半生を描いた話だ。

 同じ作者が河井継之助を描いた短編『英雄児』では、一人の英傑がいたがために、完膚なきまでに破壊されてしまった小藩の悲劇という色あいが強く、彼の死後には恨みを持たれ、墓を荒らされることも多かったと紹介されていた。
 また『堂々日本史』で扱われたときも、先見の明を持っていながらもやはり最後に決断を誤った人物と締めくくられていた。実際にもそちらが実相に近いように思うが、本書では、最後の侍の生き様の美学に焦点をあてている。つまり、日本一国の宰相をも勤まるだけの器を持ち、また開明的なヴィジョンを持っていたというのに、三河以来の徳川の譜代(牧野家)の小藩に生まれついたがために、幕府に殉じて散っていった・・・。

 たしかに、西南の諸藩に比べて情報の伝わりの悪かった東北諸藩では、軍備においてはまったく旧式なおが常だったが、そんな中にあって新潟県長岡市という小さな藩が、当時日本で3門しかなかった最新のガトリング砲のうち2門を所有し、洋式兵装で“官軍”の大群と死闘を演じたのは凄いことだ。そして自藩の装備をそこまで近代化させながら、河井継之助自身はヨーロッパ帝国主義諸国の中でのスイスの存在を知り、同様に“官軍”にも幕府にも組しない武装中立を画していたらしい。結局これは失敗し、藩は壊滅してしまう訳だが、河井継之助が異能な人であったことは間違いないだろう。

 司馬遼太郎の対談集での発言、あるいは対談相手をみてみると、かなり左翼的な言動があって憮然とするが、GHQマルクス主義者、一部の在日外国人似非帰化人たちにとことん反省を強いられた戦後日本人に、わが先達に対する自信を持たせてくれたのは、間違いなく著者の燦然と輝く功績である。

(2016/11/26改訂)

E人体・環境異変 (1999)
破局か再生か 最新エコ・プロジェクトの挑戦
Newton臨時増刊号
ニュートンプレス科学薀蓄
123頁952円★★★

 20世紀はエネルギー浪費型の社会だ。最近になってその弊害がいたるところで噴出している。来るべき21世紀は持続可能な社会を構築していかなければ、悲惨な未来が待っていることだろう。
 『大江戸エネルギー事情』を読んで以来その辺りのことに興味がでてきて、なるべく情報感度を高めるようにしているのだが、その一環として読んだ。
 内容としては、ここ最近NHKの『サイエンスアイ』で取り上げられた内容とかなり重複しており復習といった感じ。
 驚くほどの目新しいトピックはないが、最早常識となったダイオキシン環境ホルモンは当然として、水素燃料燃料電池、あるいは砂漠緑化ゼロエミッション等々、どんどん研究が進んでほしいものだ。
 しかし人口増加に歯止めがかからなかったら、焼け石に水ではある。

 この文を書いてから17年が経って、多少は社会の裏が見えるようになってきた。
 例えば、トヨタはついに水素燃料で動く車を発表して、周りもさかんにエコだエコだと持ち上げるわけだが、もしあんなものが大量に走り出せば、その燃料の水素を作るために電気エネルギーがべらぼうに必要になる。だのに片方では原子力発電反対なんて叫んで矛盾を感じない。
 それを語る人は少ないし、大手メディアで紹介された事もないのではないか。
 地球温暖化だって、メディアは煽って企業は利権に走るばかり。
 歴代No.1のバカ首相が気安く打ち上げた京都議定書なんて調子こいたものまであった所為で、社会事情に無知な老若男女までが知っている“常識”になっているが、その科学的根拠はないに等しい。
 過去の気温は、年輪の疎密度や海底堆積物の調査からかなり正確に推定できるが、現代の気温は平安時代(A.D.1000年あたり)の気温をわずかに超えたあたりで、縄文時代の気温には追いついていない。よく江戸時代からこんなに上昇していると言って、1600年付近以降のグラフが紹介されたりもするが、その時代は小氷期(Little Ice Age) と呼ばれているのだ!
 2000年以降をみても、都市部を除くとむしろ下がっているというデータまである始末・・・。【注1】

 【注1】都市部はヒートアイランド化の温度上昇があるので、一緒くたにしてはいけない。

(2016/11/28改訂)

F大人のための残酷童話 (1984)
倉橋由美子新潮文庫童話
227頁476円★★★

 多少エログロ度を高くして、有名な童話や古典を味付けした作品集。ぼへーっと読み飛ばすにはまあまあ良いのではなかろうか。

 とはいえ、最近は昔話を読んでも、悪人に酷い目に会わされる主人公には、その馬鹿さ加減に今ひとつ同情もできないので、わざわざ読むほどのことは・・・。  さらに本書の場合は、子供に読み聞かせるのもどうかなという内容になっているから、この本を楽しんで読めるのはどんな人種になるのかな。

(2016/11/28改訂)

G柳生十兵衛 風魔斬奸状 (1998)
志津三郎廣済堂文庫時代
344頁552円★★★

 後北条氏のもとで勇名を馳せた風魔も、徳川の世ではちりぢりに分れ細々と盗賊団などに成り下っていた。
 本書は、地下で徐々に力を盛返してきたその風魔が、徳川の配下である柳生に戦いを挑むという趣向だ。

 ここでの柳生十兵衛は、剣豪というより幕府の犯罪捜査組織の捜査員といった雰囲気。風魔による謎の殺人事件を捜査する警察小説なんだな。

 話自体は可もなく不可もなくといった出来ではあるのだが、時折々の作者の現代社会への“悲憤慷慨”で腰を折られてしまうのがなんとも気に食わない。
 彼の主張は的外れではないかもしれないが、そこまで鼻息荒く物語の流れを止めてまで挿入する必要性は全くない。
 どちらかというと頑固老人のあがきにしか捉えられなかった。

(2016/11/28改訂)

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