2000年 1月
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@ヒトはなぜヒトを食べたか
 Cannibals and Kings: The Origins of Cultures
M・ハリスハヤカワ文庫生態人類学薀蓄
298頁680円★★★★

 えらく扇情的なタイトルだが、人類学から見た歴史の大きな流れを解説した本だ。
 アステカで大きく花開いた、食人文化について理由を考察した章からタイトルをつけている。

 歴史を考えるには、俯瞰的な位置から見た客観的な分析が必要だが、この本の目線はさらに徹底していて、全ての事象を食物の生産と分配の圧力の観点から説明している。
 この視点に立てば、食人や堕児、間引きといった様々な禁忌もが、その地域における食物獲得上の制約が、どれだけの規模の集団を養えるのかという分析から説明される。全ての発展の方向が、コスト−ベネフィット(費用−利益)の差引き、つまり割が合う/合わないによって決定されるということだ。
 ここで大事なのは、この手の文化(堕児/間引きを文化と呼ぶのは抵抗があるが)を発展させたのは、その土地々々における食物の得られやすさであって、民族的な性質ではないということだ。
 先のアステカにおける食人文化の発展は、中米において大型の食肉用動物が存在しないこと、耕地面積が確保しにくいこと、大規模な灌漑のできる大河がないことなどによるもので、俗にいうインディオ特有の性質ではないという主張にはうなづける。

 他には、宗教の発展についてもコスト−ベネフィットによって語られる。
 個々の宗教者がいくら精力的に布教したとしても、それが権力者や民衆のコスト−ベネフィット感にそぐわなければ、長いスパンで根づくことはないという。たしかに自然の猛威にさらされる過酷で乾いた地方においては、排他的で攻撃的な一神教が成立する素地があり、森に囲まれた湿潤な地方ではアニミズムや多神教が生れやすいというのは分かりやすいし、最初の一押しとしては正しい気がする。
 しかし様々な文化の発展の規模や、それが成立している期間というものは、無数の要因が絡み合っているので、コスト−ベネフィットだけ説明することには、若干異論がある。

 このあたり、少しばかりファウンデーション・シリーズにおけるハリ=セルダンの統計心理学を用いた未来予測を思い出した。人間個々人の未来を予測することはできないが、集団として大規模に扱えば、未来予測、さらにはあるべき未来を誘導することが出来るというアレだ。
 実際のところフラクタルなゆらぎの影響を考えると、そんな未来予測は不可能だと思うが・・・。

(2015/4/26改訂)

A宇宙戦争
 The War of the Worlds (1898)
H・G・ウェルズ創元SF文庫SF
255頁480円★★★

 あまりにも有名なSFの古典。しかしジュブナイル版は別として、原作を読んだことのある人は少ないのではないだろうか。

 原作では避難する主人公の見聞が淡々と描写されるが、さらには主人公の弟がロンドンを脱出する体験記が幾章にも渡って挿入されたり、驚いたことにえらく冗長だ。まぁ一種のシミュレーション・ノベルと思えば、それなりに興味深い。シャーロック・ホームズが好きなら、同じ時代だということを念頭に置いて読むのがいいだろう。わたしもNHKで放送していたジェレミー・ブレッド版を思い浮べながら読むことで、結構楽しむことができた。

 19世紀末というと、軍艦と大砲はあっても戦車や航空兵力は未だ存在していない。
 この時代では人類はえらく絶望的な戦いを強いられているが、この火星人たちなら、現在の軍備なら十分勝てるだろう。

(2015/4/26改訂)

B百年戦争 上下 (1994)
井上ひさし講談社文庫ファンタジー
456頁/391頁660円/―★★

 小学生の清は、ある日突然に猫に変身してしまう。銀座の猫社会に身を寄せることになった清は、そこで銀座猫と鼠軍団との抗争が巻き込まれてしまうが、敵の鼠軍団のリーダーは、清の親友の良三らしい。さらに、清がほのかに恋心を抱いている秋子もまた、猫に変身しているようで・・・。

 斎藤敦夫「冒険者たち」をはじめ、「ウォーターシップダウンのうさぎたち」「テイルチェイサーの歌」など、動物ファンタジーには傑作が多い。しかし7、8年前に「ひげよさらば」を読んで以降このジャンルには長くご無沙汰だった。
 井上ひさし作品としては、演劇で「頭痛肩こり樋口一葉」「薮原検校」を観たことあるが、どちらも結構面白かったので、実力者が書いた、適度にユーモアのある動物ファンタジーのつもりで、おおいに期待しながら読んだ。

 動物ファンタジーというよりは異境冒険モノといったはじまり。

 その手の作品もわたしは好きだが、話はどんどんと妙な方向へ。
 期待していたユーモアもその域を越えてナンセンス。
 後半には仏に悪魔、宇宙人まで出てくる始末である。

 結局、作者の雑多な宗教観の垂れ流しなのか、実験小説なのか、さっぱり解らなかった。

 秋子くんには、「学校の怪談」岡本綾を重ね合わせて(あまりロリコンと思われたくもないが…)なんとかモチベーションの維持を図ったものの、後半にはほとんど出番もなし、肩すかしも食らった。
 という訳で、けっこう読み飛ばしてしまった。

(2015/5/6改訂)

Cクラインの壺 (1989)
岡嶋二人新潮文庫推理/SF
405頁544円★★★★

 自分の応募小説がゲームの原作に採用された上杉。彼は、そのゲームを動かす画期的なシステム、“クライン2”の体験モニターとして、同じくアルバイト・モニターの高石梨紗とともに、その世界へ入り込む。その完璧といえるゲーム世界に没入していく二人だが、上杉は徐々に日常の微妙な記憶の食い違いに戸惑いを覚えるようになって・・・。

 なにが現実で、なにが虚構なのか。
 よく「トータル・リコール」「ブレード・ランナー」で有名なディックの物語世界が引き合いに出されるが、ヴァーチャル・リアリティーという言葉が日常語と化した現在では、ネタの新鮮味もかなり薄れてしまって残念だ。このネタではつい最近「マトリックス」もあったし。
 10年前に読んでいればさらに面白かったと思うのが、少々悔しいところ。

 リドル・ストーリーの態をとっていて、結末を読者に委ねるようになっているが、話の展開上、あれはああだとしか思えないし、しかしそうなると、イプシロン・プロジェクトの行動に疑問が出てきてと、ちょっとオチが苦しい気がする。
 まぁしかし、エンターテインメントとしてはこのやりかたで正解だろう。

(2015/5/6改訂)

Dホームズとワトスン
 Holmes and Watson - A Study in Friendship (1995)
J・トムスン創元推理文庫探偵薀蓄
411頁720円★★★★★

 個人的には、数あるホームズのパスティーシュ作家の中ではジューン・トムスンが一番だと思っている。良くも悪くも堅実な、正当派のオーソドックスといった作風だが、コナン・ドイルの書いた“聖典”の中には、もっと出来の悪いものが多くあるのではないだろうか。
 本書は、そういったパスティーシュ短編集をすでに四冊【注1】出した著者が、ホームズとワトスンの友情の変遷を中心に据えて、年代記風にまとめたエッセイだ。

 ホームズとワトスンの物語をまるで知らないという人は、さすがにほとんどいないだろうが、ワトスンの印象といえば、いつもホームズの周りにいる、頭の回転の悪いホームズの引き立て役というイメージだろうか。それが通り相場だが、年代で見ていくと、ベーカー街での同居時代やワトスンの結婚時代等、主にワトスンの居住先によって、彼らの友情も一様ではなく翳りが浮き上がってくることがわかる。もちろんそう深読みすることもできるということで、ドイルも聞けばびっくりだろうが、細かいところをつつくのは楽しい。

 しかしワトスンの2番目の嫁さんが「ソア橋」の家庭教師だとするのは、ちょいと無理があるような気が・・・。

【注1】Wikipediaによると、2004年にもう一冊短編集が出されているらしい(未邦訳)。
(2015/5/6改訂)

Eパンドラ抹殺文書
M・バー=ゾウハーハヤカワ文庫冒険
317頁544円★★

 女子大生のシルヴィーは、KGB上層部に潜む米国側の“モグラ”の正体に絡む文書を偶然手に入れてしまい、KGBに襲われることになる。彼女の窮地を救ったジェームズと彼女は、二大国の思惑の中で翻弄されていく・・・。

 ハヤカワ文庫「冒険小説ハンドブック」スパイ小説部門部門で第3位の作品。

なんで?

 題名になっている文書は中盤でその役目を終えてまうし、一般市民の巻き込まれ型ヒロインとして感情移入していきたいシルヴィーも、なにやら過去にIRAと繋がりがあったりで、あまり好きになれない性格。なんとも尻の落ち着きの悪い作品だ。
 シルヴィーとジェームズが乳繰り合っている印象しか残らない。

(2015/5/6改訂)

F淋しい狩人 (1996)
宮部みゆき新潮文庫探偵
318頁514円★★★

 東京は下町にある古本屋を舞台に、そこの店主イワさんと孫の稔のコンビが、ちょっとした事件に挑む連作短編集。
 短編集といっても連作なので、各話が進むごとにイワさんと稔の関係は徐々に変化していくところが味なわけだ。

 しかし著者の味を十分に出すにはちょいと頁数が少ない印象。
 個々の話も人情味豊かなことには変わりないが、事件自体は後味の悪いものが多い。今まで読んだ宮部作品では、一番お奨めできない。

(2015/5/6改訂)

G江戸忍法帖 (1960)
山田風太郎角川文庫時代伝奇
353頁★★★

 四代将軍家綱の落し胤である葵悠太郎の出現に、五代綱吉の下で権勢並ぶものない柳沢吉保は、配下の甲賀忍びに悠太郎の抹殺を命じる・・・。

 で、いつものトンデモ忍び技の合戦になるのだが、悠太郎は一刀流の使い手であるものの、明らかに甲賀忍びに劣っている。ここを作者の構成の妙で切り抜けるといった流れだ。

 甲賀忍びの技のバリエーションにいまひとつ面白みがないので、てっきりネタのつきた忍法帖後期の作品かと思っていたが、意外に早い時期の作品だった。

(2015/5/6改訂)

H壬申の乱 清張通史5 (1977/1988)
松本清張講談社文庫歴史薀蓄
244頁427円★★★

 松本史観による歴史解説の5冊目なので、本巻も壬申の乱のみというわけではなく、後半は天武・持統時代の律令制度整備へ向かう流れや、たしか文武天皇の時代までが含まれていたと思う。

 大体において最近の古代史ものは、当時のメイン資料である記紀の記述が、いかに不正確(あるいは極めて一面的な勝者の記述)であるかを強調している。それはなるほどそうだろう。
 悲しいことに、この手の本は記憶から零れ落ちるのが早いので、細かいことはほとんど憶えていない。読み終わってから2ヶ月以上経っているから…。

 壬申の乱の折、当時は天武のただの嫁だった持統と、子供だった大津草壁忍壁の三皇子は桑名で待機していたという。先日桑名に行く機会があったので、これはよく憶えているが、持統天皇は後に自分の腹を痛めた子である草壁を天皇位につけるために、姉の子である大津皇子を死に追いやったわけで、明日をも知れない桑名で待機していた時には、みなで仲良くやっていたのだろうか。

 そう考えると感慨もひとしおである。

(2015/5/6改訂)

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