2000年 5月
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@トンデモ本の逆襲 (1996)
と学会 編宝島社文庫擬似科学薀蓄
516頁667円★★★★

 「トンデモノストラダムス本の世界」を挟んでシリーズ第3段。
 シリーズになってまうと、どんどんネタがなくなってつまらなくなるものだが、このシリーズのパワーは落ちない。あいかわらず人類滅亡に世界征服、UFOや宇宙創生などの恐ろしいネタがいっぱいだ。

 現代でも占いは変わらず盛況で、まぁこれは日本だけではないのだろうが、ノストラダムスの予言などは当時本国のフランスよりも騒がれていたらしい。「トンデモノストラダムス本の世界」では、たしか五島勉のベストセラー本が元凶と書いていた。

(2013/12/22改訂)

A箱根の坂 上中下 (1982〜1983)
司馬遼太郎講談社文庫歴史
332頁/350頁/363頁544円/580円/619円★★★★★

 戦国時代に下克上で成り上がった梟雄と言えば、斉藤道三北条早雲、次に松永弾正といったところか。本書は、下克上の戦国時代の幕をあげた人物とも言える北条早雲の一代記である。

 斉藤道三、松永弾正などは、それこそ権謀術数で主君を殺し、裏切り、成り上がっていった訳で、当然伊勢新九郎(後の早雲)もそうだと思っていたのだが、意外や意外、結構義に厚くて野心のない好人物として描かれている。
 もちろん人物像は作者の匙加減でなんとでもなるものだが、駿府守護今川家の正室の血縁者として、歴史の表舞台に出てきたのはすでに壮年期にかかってからで、そこから今川の若殿の擁立に尽力し、さらに伊豆や関東の切り取りに動き出したのは、既に50歳の坂を大きく越えてからというのは事実らしい。死ぬまで今川に弓引くことはなかったということも驚きだ。もし若い頃から野心を裡に秘めての雌伏なのであれば、それこそ家康の“鳴くまで待とうホトトギス”どころではない。

 なんにせよ本書の魅力は、この伊勢新九郎の造形によるところが大きい。
 駿府に現れるまでの前半生を描いた上巻は、著者の創作部分が非常に多い筈で、わたしの好みで言えば、創作が多くなればなるほどつまらなくなるのだが、この上巻は室町時代後期の京都とその郊外の雰囲気を味わうことができたので意外に楽しめた。
 一方、いわゆる北条早雲として後年知られることになる活動は下巻に集約されている。これだけじっくり描かれていても、新九郎が“箱根の坂を越える”ことを決めるに至った心境の変化を今ひとつ理解はできなかったが、なんというか、人の運命というものはどこでどう変わるかわかるものやないとしみじみ思う。

(2013/12/23改訂)

B頼子のために (1990)
法月綸太郎ハヤカワ文庫推理
333頁544円★★★★

 探偵法月綸太郎の長編第3弾。
 一人娘の頼子を通り魔に殺された父親は、犯人を特定できない警察に苛立ち、独自に犯人を見つけ、復讐するという手記を残す。
 そして、宣言どおりに一人の男が復讐の名の下に殺された後、父親は自殺を図り病院に収容されるという状況下において、学校側の意を含まされた上で捜査を開始する法月綸太郎。彼の追求の前で、事件は意外な展開を見せる・・・。

 重い、暗い、と評判の本なので、この手の本としてはかなり長い間在庫として鎮座していた。
 確かに評判に違わず、暗い悲劇であるのは間違いないが、読みやすい文体であることや、中盤で話の方向性が見えてくることもあって、まあまあ無理せず読み終わることができた。
 ただし最後の3頁はやりすぎではないだろうか。

(2013/12/23改訂)

C餓狼伝 WXY (1989/1993/1995)
夢枕獏双葉文庫格闘
283頁/278頁/332頁480円/510円/571円★★★★

 この3冊では、グレート巽の過去を5巻目のほぼ全てを費やしてベールを剥がし、これを挟んで丹波文七と堤城平の決着が描かれる。堤はとてもいい味を出していた。

 そしてついに始まった北辰館主宰の異種トーナメント大会。
 本書がなければ「修羅の門」も、もしかするとK−1なんてイベントもなかったという可能性は…?

 プロレスの長田と北辰館の姫川がそれぞれに強さを見せつけながら順当に勝ち上がり、場を盛り上げておいてZに続く。
 丹波もグレート巽に喧嘩をふっかけたことだし、益々血が騒いでくる展開である。

(2013/12/23改訂)

Dアメリカ人は英語で考えて会話する (2000)
秋澤公二河出夢新書英語薀蓄
207頁667円★★★★

 一応“使ってはいけない差別表現”とかの一覧が載っていたりと実用書のような面もあるものの、本書はどちらかと言うとエッセイだな。作者が体験または見聞した、日本人と英語人の思考法の違いに起因するビジネス上の失敗談が語られている。なかなかためになって面白い。
 ためになるぞっと言いながら、ここに書けるほど覚えていないのだが、今後も適時ぱらぱら捲ってみようという気になる。

 結局本書の論旨は題名に集約されている。日本人と英語人の考え方のギャップによる問題は、つまるところ、使用している言語の文法体系からきているということだ。考えがはっきりしないと言われるのは、動詞や肯定/否定が最後にくる日本語で思考している日本人の宿命である。
 わたしは極右ではないので、今後ビジネスに限らず、外国人とのコミュニケーションに英語的な思考が必要なことは重々わかるが、これは日本語が英語に劣るということではまったくないので、日本語文化は大切にしてほしい。

 余談だが、わたしが始めて人間は喋っている言葉で思考していると気づかされたのは、「ゴルの無法者」の冒頭、再度ゴルに飛来したタール・キャボットが気付いたらゴルの言葉で考えていた、という.描写であった。えらく感心した記憶がある。

(2013/12/23改訂)

E詩的私的ジャック JACK THE POETICAL PRIVATE (1995)
森博嗣講談社文庫推理
461頁695円★★★★

 シリーズ第4作。
 女子大生が相次いで殺された。殺された二人の共通点は、プロ・デビューを果たしてロック・スターとなった国立N大学の学生、結城稔のファンであること。実際に二人は殺される直前に稔と会っていることがわかる。当然警察の追及は彼のもとに集まるが、結城稔もまた・・・。

 ここに当然のように、探偵おたくの西之園萌絵が愛しの犀川助教授を巻き込む形で介入するわけである。
 これまでのシリーズの中でも大学構内の描写が最も多く、かなりノスタルジックに楽しんでしまった。  このシリーズは巻を重ねるにつれ、どんどん事件以外の部分が楽しくなるような造りになってきている。本作も3つの殺人がすべて異なる条件の密室状態で発見されるという凝った造りになってはいるが、今ひとつ印象が残らないという…。

(2013/12/23改訂)

F封印再度 WHO INSIDE (1997)
森博嗣講談社文庫推理
560頁781円★★★

 シリーズ第5作。
 日本画家香山林水が、自宅の土蔵で謎の死を遂げる。
 2代に渡って繰り返される当主の死。土蔵は密室になっていて凶器も発見されない。そして死体の傍らには、家に代々伝わる“天地の瓢”と“無我の匣”。
 多くの謎が上手く繋がって、なかなかに良くできている。謎の中核となる壷と箱に関しては、作者が犀川の口を借りて読者に怒らないよう呼びかけているくらいで、評価が分かれるところなのだろうが、確かに辞書に載っている。わたしは知らなかったが…。

 しかし本書の肝はそんなところにはない。わたしは今回本書のジャンルはラブコメにしようかと本気で迷った。なんやこっち方面にエスカレートする一方。次巻が心配だ。

(2013/12/23改訂)

G天皇(エンペラドール)の密使 (1995)
丹羽昌一文春文庫冒険
421頁600円★★

 若き外交官灘健吉は、メキシコ内で孤立した日本人たちを守るために、メキシコ革命の指導者の一人パンチョ・ビリヤと渡り合う。健吉は日本=メキシコ現政府間の事情を考えようとせずに革命軍に身を投じようとする日本人たちを思いとどまらせることができるのか・・・。

 うーん、前ふりはいかにも歴史小説である印象を与えるが、登場人物たちに今一つ重みが感じられず、現実感がついてこない。少なくとも「悪魔の辞典」の作者A・ピアズとの交流は創作しているようだが。かと言って、時代冒険小説と呼ぶには娯楽性に欠ける。現地の言葉が喋れるだけの若造の外交官が、ルールのない状態で孤立無援の外交をしないといけないのだから、神経をすり減らして胃が痛む思いを味わうだろうことはありありと想像できるが、結局のところ任務をこなすことができたのは、残念ながら偶然以外の何者でもない。これで裏表紙にあるような、“八面六臂の大活躍”とは打ち上げすぎだ。

 わたしがこの本を買ったのは、店頭でぱらぱら捲ったときに、日本刀を持った永倉なる人物の名が目にとまったから。当然新撰組仕込みの撃剣術を伝えられた永倉新八の息子だか甥っ子だかが、メキシコの地で暴れまわると思ったのだが…。完全にスカされました。

(2013/12/23改訂)

H世界紛争地図
松井茂新潮文庫世界情勢薀蓄
254頁438円★★★★

 「世界宗教地図」「世界民族地図」に続く第三弾。例によって1トピックあたり6頁程度+関係地図という構成は短すぎず長すぎず非常に解りやすくまとめられている。
 先の2冊は、イデオロギーでの対立が収束方向に向かっておる今、対立原因として世界中で噴出してきた“宗教”と“民族”にそれぞれ注視してまとめられた本だが、“紛争”版はそれらを濃厚に含んだ再編集版とも言える。
 最も著者はそれぞれ違うし、この手の本はなかなか内容がアタマに定着してくれないので、何度でも読むべしである。

 本書の著者は、世界中の紛争の種は“利権”だと明確に述べている。もちろん宗教、民族ともに大きな理由となっているが、それよりも国家の運営者たちの利権争いに対して、自国民の鼓舞・煽動に宗教や民族を利用するという側面が強いということを指摘している。確かにその通りだろう。
 純粋な宗教/民族紛争に見えるものも、過去の利権争いの不条理が歴史を積むことによって形成されておると言える。この辺りは、過去のことはすぐに“水に流せる”文化を持つ日本人には、なかなか解りにくいところかもしれないが。

 ソ連が倒れ、中国も大幅に自由経済を取り入れた今、世界平和は目前だと考える向きもいるかもしれないが、実際には中ソ製の武器が世界中に溢れオイル・マネーの元でドイツのハイテクが流入するブラジル・ポルトガルの軍需産業の水準は増加の一途にある。CIAもまた産油国の思惑に動かされ、国連PKOは実行力として無力。大国はあいかわらずご都合主義である。

 これらを見ると、平和平和と唱えるだけでは何も解決しないことはよく解る。
 だから防衛力としての軍隊は必要→憲法第9条の改正を!
ということになるわけだ。

 “自衛隊は軍隊ではありません”という建前を聞くとさすがに阿保らしいが、仮にこれを実際に言行一致に持っていけたとしたらどうなるだろう。自衛隊を廃止できたとしたらという意味だ。
 自衛隊がなくなればその分税金が安くなる、などといった論を聞いたことがあるが、これほど阿呆な幻想もない。表の武装を排すならば、裏の諜報にその分注力する必要があるはずだが、幻想を唱える人はそのようには考えないのだろうな…。
 自衛隊の維持費以上の予算を、なんやかやで諸外国にばらまいたら平和は買えるのかな。
 しかしその金は、結局のところ外国で武器の購入費や開発費になってしまうことは間違いない・・・。

 やはり人間がもっと進化するまでは主権国家が武装を放棄するというのは現実的ではないだろう。
 ということは、ずばり一日でも早く、自衛隊は日本軍を名乗るべきということになる。
 スジを通すという意味においては、武装放棄というのは格好のいい空想ではあるのだが・・・。

(2013/12/23改訂)

Iつかぬことをうかがいますが・・・
ニュー・サイエンティスト編集部編ハヤカワ文庫科学薀蓄
336頁7201円★★★

 なんでもイギリスの科学雑誌に連載されているQ&Aコーナーの訳本らしい。特徴的なのは、質問者も読者なら回答する側も読者であるというところだ。

 なので1つの質問に対して、4つも5つも回答が載っていたりする。  実際のところ、ある回答に対してそれが間違いだと言う回答もあったりして、どこまで信じて良いかも判らなかったりする。
 質問内容もこりゃまたピンキリ。ふとした疑問という前に、その疑問を聞いてもそんな事例が本当にあるのかわからない質問だったり、イギリスローカルでしか通用しない質問があったりと、内容的には今一つの感あり。

 

ティア・マリアというリキュールにクリームを注ぐと、活発なドーナツ型のパターンが現れます。なぜですか?”

 知らん!


(2013/12/23改訂)

Jカルト映画館 アクション
永田よしのり編現代教養文庫映画薀蓄
345頁880円★★★

 古今東西のアクション映画を解説した本。
 それ以上の紹介はいらないかな。

(2013/12/23改訂)

Kよくわかる膝関節の病気・ケガ
岩田久監修
長谷川幸治・横江清司
名古屋大学出版会人体薀蓄
128頁1800円★★★

 何を隠そう、わたしは毎週両膝に軟骨成分の含まれた栄養剤を関節注射している(2000年当時)。
 前々から、例えば風呂でかかり湯にしゃがんだ時に違和感を感じたり、スキーに行けば半日で膝が痛くなったりと気にしていたのだが、3月にバドミントン中にグキッとやってしまった。スポーツも満足にできない体だ。屈辱的にも和式便所を諦めて、洋式に替えてしまったよ、わたし。

 といったわけで最近は柔道接骨院や整形外科に行く機会が多かったのだが、自分でもある程度知識を持っておくために、こんな本も読んでみた。
 医者の話も総合して、おそらくは大腿骨頚骨の接触面積を大きくしておる半月板に、何らかの損傷があるのだろうと考えている今日この頃。

 夏には内視鏡を突っ込んでみるか。怖い・・・。(結局そんなことまではしなかった)

(2013/12/23改訂)

L言霊
井沢元彦祥伝社文庫歴史薀蓄
228頁514円★★★

 著者の鋭い学者攻撃には多少辟易しながらも、“言霊理論”には本当に感心している。面倒くさいのでここでは言霊の説明はしないが、なるほど日本史を読み解くにも、現代の日本人が外国人から不信の目で見られることが多いのにも、言霊で上手く説明することができる。
 著者の言霊云々は逆説の日本史シリーズで歴史を読み解く重要なキーとなっているわけだが、しかしながら本書では、多少行き過ぎを感じた箇所も何点かあった。

 日本では、女中めくらびっこ等の本来通常語であった言葉が、どんどん差別語として使用禁止となっていったり、極端な話が「ピノキオ」「ちびくろさんぼ」等の古典童話にまでクレームがつけられる始末である。そこには言葉狩りというふざけた風潮が色濃く存在するのだ。

 著者の主張する言霊民族の問題点の一つは、言葉狩りで言葉自体を目に付かないものにすることによって、差別等の問題自体もなくなるように感じてしまうということだ。臭いものには蓋をして目につかなくしてしまえば、臭いもの自体が消滅してしまうという感覚だ。“差別廃止論者”のこの感覚は多かれ少なかれ日本人全体の感覚であるとする著者の主張はいかにももっともだが、太平洋戦争時の敵性語追放の話にはちょっとひっかかった。
 この時代、野球用語まですべてを日本語(ストライクワン→よし1本等々)にしてしまったことに対する説明なだが、敵性語(この場合は英語)を喋る(言挙げする)。
→英語の持つ言霊のパワーを発散させる。
→これは敵にとって有利である。
→だから禁止した。
 馬鹿馬鹿しいと思うかもしれないが、そうとしか考えられないという主張だが、これはいかがなものか。
 敵性語追放が馬鹿らしいかどうかはさて置き、例えば、“俺はあいつが嫌いなんや、そやからあいつの座った椅子には座りたくないわ!”といった心理レベルで十分に説明がつくと思うが。
 他にも一点二点気になった箇所があったが、忘れてしまった。

(2013/12/23改訂)

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