2000年 6月
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@五番目のサリー 上下
 The Fifth Sally (1980)
D・キイスハヤカワ文庫
326頁/290頁600円/600円★★★★

 ついに文庫になったD・キイス。「アルジャーノンに花束を」を読んで10年、他の著作も文庫になったら読もうと思い続けて、やっとその機会が巡ってきた。
 しかし本書のハードカバーを初めて本屋で見たときは、多重人格障害というネタがえらく新鮮だったのだが、昨今では書籍からドラマまで、関連した話が溢れ返っている。もっと前に読んでおくべきだったか。

 凶暴なジンクス、芸術家のノラ、淫蕩なベラ、楽天家で唯一他の人格の記憶を共有しているデリーに、そして本来?の人格である内気なサリー。物語は記憶の欠如に長年悩んできたサリーが、精神神経科医師ロジャーの助けを借りて、人格の融合を遂げながら1人の自立した女性へと生まれ変わる様を描いている。これを多重人格の1人、デリーの1人称形式で進めているところが上手い。
 デリーたちの人格は、それぞれ自己とその権利を主張し、また融合(=死)に対して恐怖を抱いている。愛すべきキャラクターたちなので、融合の際には少しばかりの物悲しさがつきまとう。
 とは言え、ロジャーの催眠治療によってえらくスムースに治療が進むものだから、上下巻合わせて600頁という決して短くはない話なのだが、全体としてこじんまりとまとめられている印象だ。

 サリーの心の奥に潜むISH(ヘルパー)の存在。実際の多重人格障害の治療時にはしばしば報告されるらしいが、妙にご都合主義に感じる・・・。

(2013/3/15改訂)

A混沌の城 上下(1991)
夢枕獏光文社文庫伝奇
388頁/377頁590円/590円★★

 ついに著者も菊地秀行のレベルに落ちてしまったかという、まんま「魔界都市・新宿」の夢枕版といったところ。裏表紙や解説を少し読めばそれくらい気がつくのだが、最近「餓狼伝」で久しぶりに夢枕節にやられてしまったものだから、今まで目の隅に捕らえながらも買わなかった本書に、つい手を出してしまった次第。

 しかし最初の判断に従っておくべきだった。えらく読むのがつらかった。
 著者は「闇狩り師」などのように、あくまで現実世界に中国/インド3000年の歴史で味付けした魑魅魍魎を出してくるのがいい。本書のように舞台そのものを胡散臭くするのはやめて頂きたい。

 一旦気に入らないとなると、脳内スイッチが入ってしまい、丁寧口調の物言いで色の白く、男のくせに唇の紅い美形のキャラクター、あるいはハンサムではないが、野太い笑みが相手に信頼感を与える巨漢だのといったおなじみのキャラクターにも、またかという嫌悪感が先にたってまう。
 果ては時空の境を越えてしまうエネルギーを持った<ネタバレ反転>巨大なでんでん虫だ…。

 キマイラ・シリーズに関しては、著者もある程度の責任感を持っているみたいだが、「大帝の剣」「黄金宮」はどうするつもりなのか。…「大帝の剣」は完結したらしい?

(2013/3/15改訂)

B誰の死体?
 Whose Body? (1923)
D・L・セイヤーズ創元推理文庫探偵
277頁500円★★★

 ピーター・ウィムジー卿の初お目見えとなった長編第1作。未だ第一次大戦の余燼が収まりきらない時代の作品である。

 あるアパートの浴室で発見された見ず知らずの人物の死体。身に付けたものといえば、金縁の鼻眼鏡のみ。一方時を同じくしてユダヤ人の実業家が姿を消した。一時はその死体こそ行方不明の実業家はないかと疑われたが、すぐに別人であることが判明する。果たして実業家の生死は? 2つの事件に繋がりはあるのか?

 先に「ナイン・テイラーズ」を読んでいるからかもしれないが、シリーズ第1作とはとても思えないくらい、キャラクターたちの役割が確立された佳品という印象だ。以前も思ったことだが、ある程度のしっかりしたトリックがあるうえに、ピーター卿たちキャラクターのトークと背景で読ませるという、まさにホームズとポアロの中間に立つシリーズと言える。

 ガチガチの謎解きマニアには物足りないかもしれないが、ホームズファンには楽しめるだろう。

(2013/3/15改訂)

Cシャーロック・ホームズの秘密ファイル
 The Secret Files of Sherlock Holmes (1990)
J・トムスン創元推理文庫探偵
335頁600円★★★

 安心して読めるJ・トムスンの正調贋作第1集。今回第4集を購入したついでに、以前人に借りて読んだ3冊を買い直しての再読だ。

 研究本「ホームズとワトスン」の件でも書いたような気がするが、C・ドイルが書いた正典の中に紛れても十分耐えうる短編集だと思う。基本的には正典中にちらりと言及された、活字になっていない事件を扱っているのだが、今回はその言及箇所も都度々々確認しながら、ゆっくりと読んでみた。
 解説の中にあったような、当時の大英帝国が抱えていた植民地に絡む暗部の描写が少ないのではないかという考察については、わたしにはよくわからないのだが、C・ドイルの作品ではとんと記憶のない(わたしの記憶に信憑性はないが)ところの、性風俗の乱れに言及されている事件「アマチュア乞食」「名うてのカナリヤ訓練士」の2編に見受けられる。
 「高名な依頼人」などは題名からしていかにもホームズ的だが、なかなかに粋なオチがあったりして楽しめる。

(2013/3/15改訂)

Dおもしろくても理科
清水義範講談社文庫科学薀蓄
255頁467円★★★

 たわいのない科学入門書だった。少し読んだことを後悔。
 しかし、いくら先進国が省エネ・省資源の技術開発に精を出しても、人口増加がおさまらない限り焼け石に水だという部分で、わたしも著者と同意見だ。

 “地球にやさしい”というフレーズが人間の傲慢で、地球自身はどんなに廃棄物が垂れ流されようが、人類が絶滅しようがなんとも思わないだろうと何度も繰り返しているが、そう目くじらをたてる必要もないだろう。

(2013/3/15改訂)

Eターゲット
清水義範新潮文庫ホラー/パロディ
272頁476円★★★

 まさしく著者得意のパスティーシュといったところ。表紙からして、文春文庫S・キングD・クーンツを思わせるようになっている。

 冒頭を飾る「彼ら」は、これはにキングの「IT」「スタンド・バイ・ミー」のパロディだし、表題作の「ターゲット」は、記憶をなくした男女が引き寄せられるようにある場所へ向かうネタは、クーンツの「ストレンジャーズ」を思い出させる。今気付いたのだが、題名もこれは意識して似せているのだろう。
 「ターゲット」は最後で腰がくだけるほどうっちゃりを食らわされるが、結構ホラーしていてよかった。
 「乳白色の闇」は、どうもよく判らない。
 「メス」はたわいのない話。他の3編はほどほどに面白い話だ。

(2013/3/16改訂)

F徳川慶喜家の子供部屋
榊原喜佐子草思社歴史エッセイ
271頁1800円★★★★★

 最後の将軍徳川慶喜の孫である著者が、子供時代を振り返って綴ったエッセイ集。
 孫といっても慶喜の死後に生まれているので、慶喜の人となりを書いているのではない。主に昭和一桁代に少女時代を過ごした第六天の屋敷での思い出話なのだが、戦前華族の暮らしというわたしたちに無縁の暮らしが、鮮やかに浮かび上がってくる。広い屋敷である。間取り図付きだし写真も豊富だ。

 著者は当然プロの作家ではないのだが、実に上手くまた読みやすく書かれている。とても抑えてはいるが、やはりお嬢様であることが文章から滲んでくるのが愛嬌だ。一億総中流の感のある現在でも、たしかに生まれ育ちの違いというものが残っていることが察せられて興味深い。戦後の財閥、華族の解体で、著者もかなりの心労を味わったはずだが、その辺りのことはさらっと流していて、あくまでも戦前、10歳くらいまでの出来事をメインにしているのも好感が持てる。

 著者の苗字が“榊原”になっているのは、当然徳川四天王である榊原康正の直系に嫁いだからだ。

(2013/3/16改訂)

G夕ばえ作戦
光瀬龍ハルキ文庫SF
398頁920円★★

 昔懐かしいジュブナイル古典だ。てっきり再読と思っていたが、どうもそうではなかった。

 中学生の茂は、古道具屋で手に入れた妙な形の器具を弄っているうちに、なんと江戸時代(?)にタイムスリップしてしまう。そこで茂は風魔と伊賀の争いに巻き込まれてしまうが、自由に現代と過去を行き来できるようになった彼は、中学の級友たちとチームを組み、風魔忍者たちと雌雄を決することになる。

 しかしとんでもない中学生たちである。
 ラジコンの飛行機にリモート制御のカメラを載せて偵察はするわ(広い日本にはこんな電子工作のできる中学生もいるだろうが…)、風魔のアジトにテープレコーダーを仕掛けるわ(録音した声で撹乱というアイディアはともかく、どうやって仕掛けた?)、なにせ科学技術的には遅れているのは確かだが、鍛えぬかれたプロの殺し屋集団に襲われて、平気でいなせる中学生がどこに居るというのか。
 空想活劇では一つの大嘘を生かすためには、他のディティールはリアルにしないといけない。
 本作で言えば、古道具屋で手に入れた携帯型タイムマシンというところが大嘘のキモだから、中学生と風魔の戦いにはもっと納得できるストーリーを用意してもらいたかった。

 おそらくは昔の講談で形作られた忍者のイメージに対するアンチテーゼとして、現在の科学技術から見れば忍びの技も子供だましだということを特徴づけたかったのだろうが、いらいらして読み飛ばしてしまった。これが風刺タッチのユーモア小説なら、また印象も違っていたかもしれないが。
 併録されておる「暁はただ銀色」がまだしも少しましだったので、かろうじて★2つとしておく。
 ただしどちらの話も会話文が妙で、まともな中学生の喋りと思えないのは共通だ。
 しかもこの高価格。あ★1つにしたくなってきた…。

 ジュブナイルであっても、名作ならば何時読んでもやはり面白いと思うのだが、例えば「時をかける少女」なんかも今読んだらしょーもないのだろうか。

(2013/3/16改訂)

H竜馬伝説を追え
中村彰彦学陽書房人物文庫SF
423頁700円★★★

 巷に溢れている竜馬関連本と暗殺犯の推理。これらの中から集められるだけの説を整理して、竜馬暗殺の決定的な真相を究明しようという企画の元に、作家村中彰人の解説を新人編集者のマリコが時に質問を交えながら記録していく、という小説スタイルをとった解説本。

 隠すつもりもなかろうが、村中彰人はもちろん著者本人のことで、著者自身の過去の短編「近江屋に来た男」を丸ごと挿入していたりする。これが収録された「明治新撰組」は読んだというのに、内容はすっかり忘れていた。
 基本的に竜馬暗殺犯は、京都見廻組今井信郎であるというのが通り相場だ。「近江屋に来た男」も維新後の今井信郎を主人公とした話だし、何をいまさら、竜馬伝説の謎もないと思う向きもあるだろう。
 戊辰戦争後捕虜になった今井信郎の調書における自白を信じないという論者は、明治末の渡辺篤の告白との整合がとれないこと、幕府の正式機関である見廻組の手によるものならば公に声明があっただろう等々を理由に、今井や渡辺の自白は売名行為であったと決め付けている。しかし本書では、彼らが“売名”によって何ら利を得ていないこと、本人の自白以外の傍証が結構あることを細かく説明してくれている。2人の告白に整合性がとれないことに対しても、十分無理なく説明できているろころがいい。

 もう一点、著者の説の主要箇所を挙げると、今井家に伝わる家伝では竜馬暗殺の黒幕は<ネタバレ反転>西郷隆盛であると限定していることだ。薩摩藩黒幕説というのは別に珍しくもなんともないが、維新戦争後、特に明治新政権に有用な能力を持っていたわけではない今井信郎の赦免に便宜を計ったのが<ネタバレ反転>西郷隆盛であること、静岡で隠棲していた今井の留守中に伝言を頼んでいった士が、人相・風体・言葉、及び時期からいって、これも征韓論に破れて薩摩に帰る途上の<ネタバレ反転>西郷隆盛と思われることなどが、今井家の家伝に残っているらしい。もちろん家伝に残っておるから事実であるとは決められないが、今井信郎が<ネタバレ反転>西郷隆盛に恩を感じておったのは間違いないと著者は断言している。真相は如何に。

(2013/3/16改訂)

Hモンゴル紀行  街道をゆく5(
司馬遼太郎朝日文芸文庫紀行/歴史薀蓄
272頁520円★★★

 1973年11月から1974年6月までの連載。以前著者の「草原の記」を読んだが、それは2回目の訪蒙記であった。1回目の紀行文が本書だ。順番を間違えてしまった。
 したがって、本書では半分弱というかなりの頁を使って、モンゴルへの経由地点であるハバロフスクイルクーツクでの出来事(紀行と言うにはホテル周りに話が絞られる)も記されているが、およそ30年前のソ連とモンゴル両社会主義国家での体験が、どの程度現在にも通じるのかは残念ながらわからない。

 望むべくは、送迎の飛行機がゲル(包)に横付けしてくれるという、ゴビの真っ只中での体験宿泊ツアーが残っていることを期待する。草の上に寝転がって、空を眺めてみたいものだ。
 普段着で行ける地上で、最も異世界感を味わえるのではないだろうか。

(2013/3/16改訂)

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