2000年 7月
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@世界遺産の凄さがわかる本 (2000)
歴史の謎を探る会編KAWADE夢文庫歴史薀蓄
221頁476円★★★

 うーん、こういう本はやっぱりビジュアルな造りでないと…。
 文庫本だからカラーでないのは仕方ない【注1】にしても、イラストがかなり大雑把で如何ともしがたい。これで世界遺産の凄さを理解しろというのはちょっと無理だ。

【注1】最近は文庫本でもカラー写真を掲載した本が珍しくなくなってきた。
(2014/5/2改訂)

A信長 (1996)
秋山駿新潮文庫歴史薀蓄
557頁743円★★★

 織田信長の時代を超えた先見性を、西洋の書物を引き合いに出して読み解くという方法が興味深い人物評論書である。
 かなり期待して読んだということもあるのだが、おそらくは西洋史が専門の著者が考察する信長の人物は、それなりに目新しくもあり興味深くもあるが、やたらに西洋の思想書からの引用でもって信長の思考を説明しているのが、かえって解りにくくしているようにも思える。
 信長の事績のテキストにしているのが、太田牛一「信長公記」だけのように思えるのも、いいのかなという気がする。【注2】

 文句の多いコメントだが、通常の歴史小説では省略されがちな平時の信長(各武将はそれぞれ軍団を率いて遠征中)が京や安土において、鷹狩、相撲見物に明け暮れながら朝廷と付き合い、どのようなビジョンを持っていたのかを、先の「信長公記」でもって考えようとしているのがなかなか興味深い。

【注2】資料の信憑性の高さからすれば、「信長公記」が一等であることは間違いないだろう。
(2014/5/2改訂)

B宮本武蔵 (1967)
司馬遼太郎朝日文庫歴史
245頁480円★★★★

 著者にはもう1冊、「真説宮本武蔵」という短編があって、てっきりその出版社違いの短編集と思っていたのだが、どうも違っているようなので読んでみた。

 一冊本とはいえ、250頁程度の中編なので、あっさりした印象ではある。
 その中で著者の武蔵像をとらえてみると、やはり広義の意味においての兵法家、いわゆる剣術者ではなく戦術家であるという認識だ。「五輪の書」からも解るように、武蔵の剣理は平易で解りやすいのだが、しかし放浪した各地において、多くの弟子はいるものの、武蔵に準ずる技を持った人間はついに現れなかった。それは武蔵の個人的なものであり、他人に伝え得るものではないがゆえであると、著者は尾州徳川家兵法指南役、柳生兵庫助の口を借りて語っている。

 著者には千葉周作を主人公とした「北斗の人」という作品はあるものの、剣術者を主に置いた作品は少ない。もちろん「新撰組血風録」という何度もTV/映画化された短編集もあるにはあるが、あれは幕末という時代に翻弄された人々の物語である。
 その意味で言えば、同じく時代の激変期である戦国時代に、もっともダイナミックに翻弄され適応した柳生一族を主に置いた作品があってもいいように思うのだが、これが見当たらない。てっきり司馬遼太郎は柳生一族が嫌いなのだと思っていたが、本書には優れた人物批評眼の持ち主として柳生兵庫助が出演し、わたしとしてはちょっと嬉しい。
 あとは、著者が柳生の剣の実力に対してどう評価していたのか、そのあたりが知りたい…。

(2014/5/2改訂)

C島田荘司読本 (2000)
島田荘司講談社文庫評論/ガイド/その他
372頁571円★★★

 最近島田荘司に妙な企画本が増えているようだ。本書も冒頭の書き下ろし中編の後は、著者の既刊の作品解説、他作家の寄稿エッセイ、著者自身による「儒教社会と探偵小説」というエッセイ、果てはディープなファンに媚を売ったとしか思えない「レオナからの3通の手紙」などという得体の知れない文章があったりする。

 どうも著者は、死刑問題に深入りするようになったあたりからだと思うが、普通のミステリファンが大して興味を示さないような問題に、いかに目を向けさせるかということを、かなり重要に考え始めたようだ。本書の形式もその作戦として編み出されたように感じる。
 例えば冒頭の中編「天子の名前」は、著者の作品における一大ヒーロー御手洗潔の父親を主役として、太平洋戦争開戦前夜の国家間の政治闘争であるとか、被爆直後の広島の状況であるとかを描いた物語だが、“御手洗潔”というネーム・バリューを使用する必要性は全くない話だ。推理小説でもなんでもないし。【注3】

 「儒教社会と探偵小説」においては、まるで井沢元彦の本であるかのように、日本人の特殊性を、@日本語/A穢れの思想/B儒教/C仏教、だと論じ出し、その中で特に儒教について、その功罪を中国朝鮮を例にツッコんで述べている。
 儒教国家として唯一と言っていいだろう先進国の韓国【注4】でさえも、その文化の中に現代でも色濃く儒教が浸透していることが非常に興味深い。ただし間に海があるおかげで、より儒教の影響が少ない日本ではどうかとの最終的な結論が、本論の主旨に対しては不十分な気がする。
 やはり日本の特殊性と探偵小説の関係を探るならば、より影響度の高い@、Aから考えるべきだろう。著者はBとCは東アジアの特殊性だと断っているが、日本においては儒教も仏教も海というフィルターで薄められた揚句に、“穢れの思想”、“言霊”、“怨霊の鎮魂”など神道や日本語の影響を受けて大きく変質しているのだから。

【注3】批判的に書いているようにみえるし、個人的にあざとく感じてしまうことも確かだが、その戦略自体は間違っていないと思っている。
【注4】日本による支配が、そうなれた大きな要因であることは間違いないと思うが、決して認めはしないだろう。
(2014/5/2改訂)

D一の悲劇 (1991)
法月綸太郎祥伝社ノンポシェット推理
341頁571円★★★★

 会社員山倉のもとにかかってきた、息子の誘拐を告げる一本の電話。しかし実際に誘拐されたのは、息子の友達茂だった。誤認誘拐に驚愕する茂の父。取り乱す母。犯人は山倉に身代金の運搬を指示し、彼は犯人を刺激しないがために指示どおり車で身代金を運ぶ。が、山倉は、犯人に振り回された挙句に身代金の受け渡しに失敗、茂の死体が発見されるという最悪の結果となってしまう。
 警察は捜査線上に山倉の義理の弟である三浦を浮かばせるが、彼のアリバイとなったのは、なんと探偵法月綸太郎だった…。

 「頼子のために」に続く“暗い”シリーズ第2段。
 前作と同じく、山倉という父親の一人称の語りは当然ながら重い。誘拐を計画された子供の家庭と、間違いで誘拐され殺された子供の家庭。えらく重苦しい関係の中で、事件の表層に隠れて誰がどのような企てを目論んでいるのか。
 うーん、似たような作りなので、感想も「頼子のために」と同じだ。話としては上手くできていて面白いのだが、綸太郎の推理にはどうも強引さを感じる。

(2014/5/2改訂)

E明智小五郎全集 (1995)
江戸川乱歩講談社大衆文学館探偵
453頁860円★★★

 著者の短編集は山のようにあるが、明智小五郎の登場する短編のみを網羅したという、今まであるようでなかった(のかな?)短編集だ。
 戦中・戦後の江戸川乱歩は、猟奇/耽美趣味の犯罪小説や少年探偵団で有名な少年向け作品を書くようになっていく。海外作品の紹介や編集事業もあわせて、読者層の開拓や啓蒙の分野で乱歩の仕事はもちろん大きいが、作品で見る限り、正直なところあまりみるものはない。
 ということで、日本の推理小説史における乱歩の価値ある作品は昭和一桁までに集中していて、その中でも特に、本書にも収められておる「D坂の殺人事件」「心理試験」「屋根裏の散歩者」すべて大正14年の作品であることは非常に興味深い。

 しかし乱歩はなぜ、明智小五郎の名前を明智光秀桂小五郎からとったのだろうか。

(2014/5/2改訂)

F図解雑学 物理のしくみ (1998)
井田屋文夫ナツメ社科学薀蓄
220頁1200円★★★

 前に読んだ「図解雑学 量子論」がなかなか解りやすく面白かったので、なんとなく買ってしまった図解雑学第2弾。
 量子論よりは一般的な、力学や波の伝播、電磁気の基本的な部分を解説する内容なので、その分なるほどこりゃ解りやすいと感心するほどのことはなかったか。
 とえらそうに言ってはみても、人に説明するのはなかなか難しいのだが…。

(2014/5/2改訂)

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