2000年 8月
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@龍臥亭事件 上下 (1996)
島田荘司空想科学文庫推理
577頁/575頁743円/743円★★★★★

 「アトポス」以来久方ぶりに読んだ“御手洗もの”。
 といっても御手洗潔は全然出てこない。巷ではこの本はどう評価されているのだろう。いわゆる島田理論の“最初にとんでもない幻想、そして最後に合理的な説明”というミステリーの定義からいくと、本書は最後の合理的な説明を十分満足させているとはお世辞にも言えない。例によって龍臥亭という特殊な形状の建造物を使ったメイントリックはそんな阿呆なって印象だ。しかしなんというか、もうトリック自体が瑣末に感じられるくらい物語として面白い。

 本書の献辞は高木彬光神津恭介に捧げられているが、内容は横溝正史よりの印象。舞台が岡山県であることだけでも十分に笑えるが、事件の背景に「八墓村」のパクりかと思わせるような、昭和13年に起きたという30人殺しが大きく絡んでいる。確かに「八墓村」の30人殺しにはモデルがあるということをどこかで読んでいたが、先に読んだ「島田荘司読本」の本書の紹介部分を読み直すまで、本書の都井睦雄事件こそがそのモデル、つまりは実話なんだということには全然気がつかなかった。小説にあうように当然一部は加工しているだろうが、ともすれば本書の主目的は都井睦雄事件のほうで、龍臥亭の事件は付け足しに近いと言えるかも。

 ただ、ここが作者の力量を感じるところだが、その付け足し部分でもって長年御手洗に振り回されワトソンに甘んじ続けてきた石岡の自立と、さらには<ネタバレ反転>吉敷竹史シリーズとの融合を成し遂げているのだから大したものだ。
 しっかしこの点については、関連本やらあとがきやらでネタが割れてしまっているのがなんとも残念だ。
 はっきり言って、最後に明らかになるこのインパクトは強烈だから、事件のトリックをばらすより数段始末が悪い。

 ともあれ本書のお薦め度はかなりのものだが、著者の作品はある程度は読んでおくべきではある。
 関係ないが、本書を読んでいた時にたまたまPCの壁紙だったおかげで、わたしの中では犬坊里美のキャストは内山理名ということになっている。(←今じゃどちらも三十代か…。)

(2014/4/10改訂)

Aこのミステリーを読め![日本篇] (2000)
郷原宏三笠書房王様文庫推理評論
274頁533円★★

 前に「海外ミステリ探偵ベスト100」の項で、日本版を読んでみたいと書いたが、これはどうも外してしまった…。

 本書も確かに100項目を取り上げているが、探偵を100人集めたというわけではなくて、作家を100人集めているのだ。わたしがまったく知らない作家が出てくるのはいいのだが、詳細情報を得たい作家に対しては、全然足りないわけだ。
 まあ2、3読んでみたいと思わせる作家がいたので良しとすべきか。

(2014/4/10改訂)

B史記の風景 (1993)
宮城谷昌光新潮文庫歴史薀蓄
259頁438円★★★

 ここのところ読み方もよくわからない漢字の本をよく見かけるようになったが、その作者、宮城谷昌光の初読である。この薄い本をゲージにして、「重耳」「楽毅」などを読むかどうか決めようという魂胆だ。

 本書は、前漢時代に編まれた「史記」にネタを採ったコラム集である。
 どこかの書評に、宮城谷作品はさらりとした印象だと書かれてていたが、まさにそんな感じだ。その所為もあるのか、あまり記憶に残っていない。
 コラムだからよけいにそう思うのかもしれないが、これが司馬遼太郎ならば歴史が3000年の昔から甦って来る峻烈なイメージがあるのだが…。これでは知的生き方文庫とかでよくみかける類の物知り本と変わらない。

 日本以外の国の歴史を扱う場合には、作者は民族比較、宗教比較、地理比較をきっちりと抑えておかないといけないと思う。そうでなければ、いかに時代を変え舞台を変えても、所詮日本人が仮装して演技してるような上っ面の話になってまう。ここら辺は司馬遼太郎の知識量と表現は凄いものだし、インパクトは多少おとなしいが、陳舜臣も後に続いている。
 さて、宮城谷昌光は長編ではその辺り、きっちりと押さえているのだろうか。(←14年経っているのに、まだ確認できていない…)

(2014/4/17改訂)

C竜の柩 1.聖邪の顔編
竜の柩 2.ノアの方舟編 (1989)
高橋克彦祥伝社ノン・ポシェット伝奇
426頁/426頁―/―★★★★

 著者の伝奇ものの集大成と言えるか。
 大作全4巻のうちとりあえず2冊まで。

 TVプロデューサー九鬼の一行は、彼らのスポンサーである宗像の持ち山を不審なほどの高額で購入した謎の集団を調べるため、義経北陸行のカモフラージュの下、東北へ向かう。その持ち山にはアラハバキを祀る古代の社があった。九鬼たちは謎の組織の妨害をかわしながら神社や遺跡を巡るうちに、そこに共通して竜のモチーフがあらわれることに気付く。神話時代、天孫族に追われた人々こそ“竜の一族”であるとの仮定から、東北、信州、出雲へと古代人の逃避行を逆行する形で調査するうちに、九鬼は“出雲対天孫”、“縄文対弥生”等で語られる古代人の争いの背後に、神(エイリアン)の存在があったことを確信するのだった。
 さらに九鬼たちは、古代日本に争いが持ち込まれる以前の神々同士の扮装、“牡牛の一族対竜の一族”の起源を探るため、モヘンジョ・ダロカッパドキアの地下都市からアラジャホユックへと、インド、パキスタン、トルコに跨る調査の旅を続けるが、“神”がエイリアンであっては都合の悪いバチカンは、新たな刺客を送り込んでくる。
 死闘に次ぐ死闘、仲間たちの相次いで倒れていくなか、ついに九鬼たちはトルコアララト山中に眠る<ネタバレ反転>ノアの箱舟(=宇宙船、“竜”)に乗り込むが…。

 いわゆる古代史の書き換えを日本のみならず世界をネタにやってしまうのだから、すばらしい想像力である。ロマンのない人間には絶対考えつかない。しかし反面、諏訪の御柱までがロケットと言われてしまうと、さすがのわたしも一歩引いてしまう…。
 これらの九鬼の仮説は他にもいろいろあって、例えば因幡の白兎は宇宙服を脱いだ小人型宇宙人だ!とか叫ばれてしまうのだが、なるほどそうか!まったくあんたって人は!って安直に感心してしまう周りの奴等のほうが怖ろしい。

 もちろん小説だから面白い話として評価したいが、「トンデモ本の世界」で指摘されていたように、著者が本書の内容を信じ込んでいるということはまさかあるまいな。それが心配だ。

(2014/4/18改訂)

Dまどろみ消去 (1997)
森博嗣講談社文庫
376頁619円★★★

 当然シリーズ内の1冊だと思って流れで買ったが、よもや関係のない短編集とは・・・。
 もともと犀川/西之園シリーズを読んでいる理由の半分は、キャンパス内の描写がわたしにとってノスタルジックに感じさせるのと、愛知・岐阜・三重と土地鑑のある場所を舞台にしていることだから、独立した短編集までは買う必要なかった。

 本書は著者が好きなものを書き散らかした感があって、「やさしい恋人へ僕から」のようなおとり付きの二重の叙述トリックが仕掛けられていい雰囲気の作品もあるが(「悩める刑事」もおんなじタイプだ…)、全体としては推理小説集ではない。叙情的な話は基本的に苦手である。

 何故か登場人物名がキテレツなのも含めて全員カタカナ表記である。  これは「ミステリィ対戦の前夜」<ネタバレ反転>へ到る布石として結構感心したのだが、どうせならその後は漢字に戻せばいい。
 それから「誰もいなくなった」という犀川/西之園が出演する話が他に1編あって、これは安心して読めるのだが、ネタは今一つか。
 あれで本当に騙せるものだろうか。わたしは思いついてすぐに却下してしまったが。

(2014/4/18改訂)

Eスナーク狩り (1992)
宮部みゆき光文社文庫サスペンス
383頁619円★★★★

 過去に妻と娘を若い無軌道なアベックに殺された織口は、東京の大型フィッシング・ショップに勤めひっそりと暮らしていたが、そこで知り合った慶子という客が猟銃を持っていることをふと知ったことから、犯人たちへの復讐を計画する。
 織口の過去をただ一人聞いたことのあり、彼の目的に気付いた同僚の修司は、慶子の義理の妹範子とともに織口を止めるべく夜の中央道を疾走するが…。

 これだけを読んでも、猟銃の持ち主慶子の義妹がなんで絡んでくるのかは解らないだろうが、さまざまな人物がそれぞれの役割に沿って、終盤のクライマックスに向けて集まっていく。こういう展開の話はそこそこあるが、たいていそういう話は前半がつまらない。宮部みゆきの上手さは、前半を慶子の企んだ犯罪で引っ張って、徐々にドラマの配分を織口のほうへ持っていくことで、最初から最後まで飽きさせないところだ。
 本書に関しては、狙われるアベックがちょいと都合よく動いてくれすぎという嫌いはあるが、最終的にストレスがまあ溜まらん方向に持っていってくれたので良かった。

(2014/4/18改訂)

F逃切
 After the First Race (1974)
D・R・クーンツ創元推理文庫サスペンス
390頁680円★★★

 競馬界に恨みを持った元調教師ギャリスンは、恋人のアニイを含めてプロを集めたチームを作り、競馬場センチュリ・オークス襲撃を計画する。狙うは巨額の金が動く“掛け金独占レース”。一方センチュリ・オークスの支配人キリガンや警備員クーパーたちは、廃棄業者のストによって山と膨れていく競争馬の排泄物の処理や、詐欺事件の捜査等々、日々のトラブルで鬼のような忙しさ。そしてその喧騒の中、襲撃当日がやってくるが・・・。

 クーンツがメジャーになる前に出していた、競馬場を舞台にした冒険小説だ。犯罪小説と言ったほうがよいのかな。
 責務に追いまくられ奔放な愛人に翻弄され、その狭間でてんてこ舞いのキリガンを始め、物語は多くの視点から描かれて独占レース当日を迎える。これがまさに「スナーク狩り」で欠点になり易いと指摘した、前半のたるい話である。クーンツの本で読了するのに2ヶ月以上を要したのは初めてだ。

 今のクーンツなら、強盗団の1人ジェサップの凶悪さは5倍増しだろうし、ギャリスンとアニイの過去の傷の話などもはるかに膨らませ、前半にも山場を何回か用意しただろう。

(2014/4/18改訂)

Gマウント・ドラゴン 上下 (199*)
D・プレストン&L・チャイルド扶桑社ミステリー英語薀蓄
344頁/345頁610円/629円★★★★

 巨大薬品会社ジーンダインの研究員ガイ・カーソンは、上司に嫌われ不遇の扱いを受けていたが、突然ジーンダインの創始者でCEOであるスコープスに呼び出され、社の最先端の研究所“マウント・ドラゴン”への転属を命じられる。
 ニューメキシコの昔原爆実験が行われた場所に程近い“マウント・ドラゴン”でカーソンが与えられたテーマは、完成すれば病理学界に巨大な貢献と、社に莫大な利益を約束するであろう、インフルエンザに対する完全な免疫を持つXフル遺伝子の人体への定着の完成だったが、彼は“マウント・ドラゴン”ではなにかが少しずつおかしくなり始めているのに気付く。

 まさにネタのオンパレードという感じで、流行の遺伝子工学の暴走以外にも、バーチャル・リアリティー、ハッキング等のコンピュータ技術や、なんと宝捜しの要素まで含まれる。SFで言えばワイドスクリーン・バロックといったところだ。
 「レリック」「地底大戦」同様飽きさせることなく一気に読ませるが、意外に早くマウント・ドラゴンは片がつき、下巻は荒野のサバイバル逃避行と本社でのVR対決に話は移る。
 これはやや引っ張り足りないというか物足りない感じであった。

(2014/4/19改訂)

H誰が歴史を歪めたか (2000)
井沢元彦
対談
祥伝社黄金文庫サスペンス
256頁571円★★★

 井沢元彦得意の怨霊史観の先達梅原猛との対談をはじめ、主に古代と近代についての、従来の誤った、あるいは誤解されやすいトピックについて、10人の識者との対談をまとめたものだ。面白く読めたが、今回の識者たちは概ね著者と近い歴史観の人たちであるところが、物足りないと言えなくもない。
、  逆説の日本史シリーズ等でくどいほど主張しているように、彼は頭の固い学者をこき下ろしているから、一度それらの“堅物”たちとの熱いトークを読んでみたい。

 基本的に今回の内容は、なるほどとうなづけるものがほとんどだったが、江戸幕府の一連の鎖国政策の理由についてはやや疑問だ。幕府が鎖国政策を取った理由は、従来から文明の利器を餌にした植民地化への懸念とされているが、本書で対談した一人、田中教授はあくまで貿易赤字解消のための輸入制限が第一義だと言っている。たしかに徳川幕府は信長や秀吉の政権に比べ、三河の田舎政治を拡大させたものだから、やや対外貿易には消極的だったということもあるだろう。しかし一向一揆で血みどろの争いを繰り広げた家康を神君と仰ぐ三河武士団のことだから、宗教に対しては人一倍神経を使ったはず。なにせ仏教まで檀家制度で統制して骨抜きにしてしまったくらいだ。わたしはやはりキリスト教を楔とした侵略を恐れたというのが、最も大きな理由だと思うが・・・。

(2014/4/23改訂)

I絡新婦の理 (1996)
京極夏彦講談社NOVELS推理
829頁1456円★★★★

 女性の目に鑿をつきたてる猟奇殺人が東京近辺で連続して発生。その捜査担当となった木場はいつもの強面で地道な捜査を開始するが、自分の友人が関与している懸念を払拭できないでいた。また隣の千葉県では連続絞殺魔も暗躍している。
 一方で、ふとしたことから千葉の実力者織作家の当主が残した書画骨董を見積もることになった古物商の今川は、織作家の特殊な人間関係を目にすることになる。木場の抱える連続目潰し魔の事件、さらには連続絞殺魔の事件が、織作家の所有するミッション系スクールで交錯する。しかも状況から、犯人はいずれの場合も特定されるのだが、彼らは傀儡にすぎず、その背後で全ての糸を操る“蜘蛛”の存在が・・・。

 シリーズ第5弾。あいかわらずの分厚さで、横になって片手で読むのがつらいというやっかいな本だ。
 織作四姉妹を始めとする財産家の一族とその住まう“蜘蛛の巣屋敷”。まさにトリック重視のパズルミステリの常道の設定のようだが、実際にはそういうパターンから思いきりはみ出しているところが、このシリーズのヒットの所以だろうか。
 本書の薀蓄は、西洋倫理の輸入以前の原日本の男女関係の実像を、女権拡張問題とつき合わせることから探っていること。この辺り、「龍臥亭事件」と通じるところもある。ユダヤ教大黒様ひるこえべっさんとかの語句もキーワードだ。いや、ひるこは「竜の柩」のほうだったか?

 本シリーズで御手洗ものにおける石岡君の位置にいるのは、同じく生活力のなさそうな作家の関口君だが、今回は出番が少ない。前巻の「鉄鼠の檻」においては、関口以外の視点で話が進む場合、「聞いた話である」と断りを入れて、あくまで関口の文であるかのようにしていたが、本書ではすっかり開き直って視点はばらばら、関口の登場は締めのちょいとにすぎない。おかげで本書では中禅寺は“京極堂”という呼ばれ方をほとんどされていない。次の「塗仏の宴」では事件の渦中に巻き込まれるようだし、これもなんらかの布石になっているのだろうか。

(2014/4/24改訂)

Jアーヴァタール 上下 (1978)
P・アンダーソンハヤカワ文庫SF
320頁/374頁534円/563円

 誰ともわからない謎の存在“アザース”。彼らが地球の公転軌道上、太陽の反対側【注1】に残した残した巨大な建造物“Tマシン”。その装置には彼らのメッセージが記録されており、その指示どおりの軌道からTマシンに突入することで、遥かに離れた地球型惑星へと一瞬のもとに移動することが出来る。人類は“贈られた”その惑星を植民地化して繁栄を続けている。
 Tマシンは一方通行で、教えられた手順を踏まないとどの時空間に出てしまうかわからない。そして初の有人探査船「エミサリー」が帰還に成功したが、乗員は極秘に監禁されたという情報が…。彼らはなんと宇宙人を連れ帰ったというのだ。
 殖民星ベータの実業家プロダーセンは事実を隠蔽しようとする当局に怒り、部下を引き連れ「エミサリー」乗組員の救出と事実の公表を画策する。

 上巻は救出作戦。下巻はTマシンを使って未知から未知へのジャンプまたジャンプ。アザースの謎へと迫る。

 これがP・アンダーソンの最高傑作だと。嘘をつくな。
 プロダーセンと彼の愛人で無垢な淫売のキャトリンの言動にはムカムカものだ。
 一夫一婦制で互いに操を立てるというのが、たまたま現代では一般的だということは判っているし、ましてこれはSFだから、環境に応じたコスト・ベネフィットの力学でいろいろな男女関係が成り立っても構わない。もちろんフリーセックスの完全に確立された世界を構築しても問題はない。
 しかし本書のプロダーセン―キャトリンの設定に、そのようなストーリーにかかわる必然性はない。プロダーセンの船「チヌック」の中には、彼の本妻の弟までが乗っていて、明らかに二人に腹をたてている。この世界においても、誰彼構わずの倫理は一般化されていない訳だ。それをこの二人は“困った坊ちゃん”扱いでいなしてしまうのである。単にアンダーソンの理想なだけなのか?
 わたしなどはもうムカムカしてしまって、敵役のアイラ・クイックの論理のほうに正当性を感じてしまったぞ。
 ハインライン「月は無慈悲な夜の女王」のように、月植民地という非常に人的資源が貴重な閉鎖された世界で、多夫多婦制が導入されているのは許容できるし、同じアンダーソンの「タウ・ゼロ」であれば、センス・オブ・ワンダー感がたっぷりあるおかげで、無意味なベッドシーンにもまだ我慢できた。

 しかし本書は…。  もうアザーズなんてまるで忘れてしまった。

(2014/4/24改訂)

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