2000年9月
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@無限の境界
 Borders of Infinity (1989)
L・M・ビジョルド創元SF文庫SF
450頁760円★★★★★

 三篇からなる中編集。冒頭の「喪の山」のみ、2年ほど前に読んでいたが再読した。
 「自由軌道」が肌に合わなかったので一抹の不安があったが、「ヴォル・ゲーム」「親愛なるクローン」同様、SFではおざなりにされがちな人物造詣の優れたスペオペとして、やはり面白くて安心した。

(1)「喪の山」(Mountains of Mourning/1989/頁)
 士官学校を卒業して間なしのマイルズは、領主代行として辺境の因習に固まった村へ嬰児殺しの調査と判決に向かう。

 おっそろしいほどにSFでない話
だが、ヴォルコシガン・サーガの背景設定を深める重要な一篇。
 主人公たちの星バラヤーは、他の星同様、地球からいくつかのワームホールを辿った植民星だったが、何らかの事情(説明があったかどうか忘れた…)でワームホールが閉鎖されてしまい、以降数百年完全に孤立した状態が続いた。この間にバラヤーは、封建領主たちが闘争に明け暮れる中世社会になっていたが、その後ワームホールは再び開き、再び宇宙社会へ復活する。だがバラヤー中央はともかくも、辺境ではまだまだ中世じみた慣習が色濃く残っている。

 殺された嬰児は、少し兎口だったというだけで、村の慣習ではとっとと間引かれるのが当然だった。
 この村を含む領主の息子がマイルズだが、村の尺度で測れば、骨が脆く、びっこで小柄、たまには顔面にチックも走る彼もまた、間引かれて当然のミュータントという訳だ。
 その彼が、閉鎖社会の奇異な視線の中、犯人逮捕と公正な判決を下すという、心理的にドラマチックな話である。

 以下の二編は、マイルズがデンダリイ傭兵艦隊の提督という裏の顔を持つようになってからの話である。

(2)迷宮(Labyrinth/1989/頁)
 武器密輸、売春、人身売買等の犯罪で成り立っているようなジャクソン統一惑星を舞台にした、亡命者保護のための侵入作戦。人間外見じゃあないということを強烈に訴える話。

(3)無限の境界(Borders of Infinity/1989/頁)
 捕虜収容所の中で素っ裸にされたマイルズから話が始まり、大規模な脱走作戦へと展開する。

 どれもマイルズの魅力が十分に出た中編だ。

(2015/5/31改訂)

A大剣豪 (2000)
清水義範講談社文庫歴史/パロディ
290頁514円★★★

 パスティーシュと言えばこの人、清水義範の時代短編集。
 有名な時代劇や時代小説をパロったナンセンスな作品と、視点がなかなか新鮮なユーモア歴史短編とに概ね分けられる。
 ねねの父親浅野範右衛門が名古屋弁丸出しで秀吉を述懐する「どえりゃあ婿さ」や、山内一豊を馬鹿にしながらも、出世競争でどうしても勝てないその同輩船戸持義をペーソス混じりで描いた「山内一豊の隣人」などが絶品だ。

 ちょっとわからないのだが、船戸持義ってのは創作?実在?

(2015/6/1改訂)

B空飛ぶ馬 (1989)
北村薫創元推理文庫推理
347頁580円★★★

 著者が覆面作家時代には、誰もが若い女性だと思っていたという。確かにこの名前では男だとは思いにくい。
 しかも女子大生の一人称形式だ。
 これはわたしだけではないと思うが、長い間高村薫(こっちは女性)とごっちゃになっていた。

 一応推理小説には違いないが、手足がどっかいっただの、顔が焼け爛れただの、突拍子のない殺人事件とは全く無縁。主人公の“わたし”(自分でも言わないどころか、会話の中でも名前が出てこない)が身の回りで起こったちょっと不思議なことを話し、落語家の春桜亭円紫が納得のいく話を説明をするという形。わたしがこれまでに読んだ中では、アイザック・アシモフ黒後家蜘蛛の会シリーズに近いか。

 こういったパターンから連想するよりは、一編の分量が長い。本書に収められているのは、わずかに4編。つまり推理小説としての骨組み以外に、“わたし”の生活と感性が多分に盛り込まれている。
 人の感情の機微を味わうやわらかい作品群だが、意外とそこら辺の普通の人たちの心の中の汚さが浮かんできて、読後感はあまりよくない。西澤保彦よりマシだと思うが…。
 その中では表題作の「空飛ぶ馬」は、ハートウォーミングでなかなか良かったが、シリーズの続きに手を出すかどうかは微妙なところ。
 このシリーズ、3冊か4冊出ているが、主人公の名前がわからないことをオチネタにしているとか…?

 世間には、噺家の追っかけの女子大生というのはいるものなのかな。

(2015/6/1改訂)

C激闘 旅順・奉天 (1999)
学研歴史薀蓄
202頁1500円★★★

 著者が亡くなった後、少し前までサンケイ新聞「坂の上の雲」が再掲されていた。
 この当時はわたしも実家から仕事に出ていて、父親が切抜いた連載を後追いで読んでいた。そのビジュアル・イメージを補完しようと本書を読んだ。

 旅順港の地形や奉天の当時の町並みの写真等、情景を喚起させるに十分だったが、当時の師団編成図がもっとも嬉しい。軍団師団旅団連隊大隊中隊小隊等の役割や規模は、なかなか判りにくいものだが、この編成図のおかげで例えば、

・連隊…1000人規模の大隊数個から成る。
・旅団…連隊が数個から成り、司令部も付属する。


 ただし、専ら単科(歩兵旅団とか騎兵旅団とか)であり、

・師団…その他にも工兵隊や輜重隊、衛生隊なども含めた20000人規模。師団単位で独立した作戦を遂行できる。

とかいった具合。【注1】

 まあ実際には秋山好古の騎兵旅団のように、混成旅団とか言われて歩騎砲三兵科+αの部隊で小型師団のような態を成す部隊もあったようだが。

 「坂の上の雲」での陸戦描写では、軍司令官やその参謀部からの描写が多くなるので、師団長クラスはつい格下だと思ってしまいがちだったが、彼らは20000人規模を率いた中将クラスである。
 軽率な物言いだが、20000人を率いた喧嘩が出来れば楽しいだろうな。
 彼らの生き死にがかかっていれば、胃が痛くなるどころでは済むまいが…。

【注1】「坂の上の雲」本編のどこかには、同様の説明のあった可能性は高いが…。
(2015/6/24改訂)

D氷川清話 付:勝海舟記
勝部真長 編角川ソフィア文庫歴史/記録
406頁700円★★★

 明治末年近く――たしか日清戦争日露戦争の間――、幕末のメインキャストの一人勝海舟が語った内容を、その弟子だかファンだかが書き綴った文書が「氷川清話」
 幕末を扱った歴史小説ならば大抵どこかで引用されるので、本書の知名度は高い。
 で、その貴重な言行録を細かく段落に分け、表題をつけて編集したのが本書である。

 勝海舟という人物は、やたら歯切れが良くて自慢も垂れる。しかし、そこが嫌味にならないお得な統一イメージが持たれているが、その多くは「氷川清話」に負っているのではないだろうか。

 ただし本書を読んでも、明治になってからの海舟は今一つわかり難い。
 戊辰戦争では幕府側についた人物も、有能な者は新政府に多数取り込まれていった。しかし幕府側の生き残り組では第一等の海舟が、明治政府ではさほど表に出てこない。これは静岡へ移った徳川家と家臣たちの面倒見や著述活動に専念したという理解でいいのかな。

 やや意外だったのは、坂本龍馬に関する記述が少なかったこと。龍馬が海舟に絶大な影響を受けたことは確かだが、海舟にとっての彼は、大勢の弟子の一人に過ぎなかったのだろうか。その代わりと言ってはなんだが、西郷隆盛に関する記述が多かった。海舟も西郷のことはかなりの人物として認めている。
 海舟にとっても、やはり江戸攻め直前の講和はインパクトある出来事だった。
 本書には他にも、「勝海舟伝」「年譜」がついていてお得だ。

(2015/6/29改訂)

E竜の柩 3.神の星編/4.約束の地編 (1989)
高橋克彦祥伝社ノン・ポシェットドラマ薀蓄
388頁/345頁―/―★★★

 全4巻の後ろ半分。
 アララト山中に眠っていた宇宙船に乗り込んだ九鬼たち一行と、バチカンの組織をバックに持つ鹿角は、自動制御で神の住む星へと連れて行かれる。その星は地球人そっくりの人々が古代シュメールと見紛う暮らしをしている世界だった。

 なにやら「スターゲイト」みたい…。
 前半の二冊が、既存の書物や遺跡との突合せで古代史の真相を推理してきたのに比べ、この二冊では、それらの推理を肯定するための世界を用意して話を進めていくのだから、もう治外法権、やりたい放題だ。
 裏表紙に書いているのだから反転する必要はないと思うが、4巻では九鬼たちが連れてこられた世界が、惑うことなく過去の地球であることがわかり、多少パラドックスの懸念に悩む場面が出てきたりもするが、大体においてお気楽ストーリーだ。
 中盤以降重要な役どころを担う小型の反重力飛行船は、「未来少年コナン」フライングマシンT号のようで微笑ましい。

(2015/6/29改訂)

F水木しげるの妖怪百物語 <日本編> (1999)
水木しげる二見文庫妖怪薀蓄
226頁495円★★★

 題名だけで中身は十分に判ると思うが、そんな本だ。

 ちなみに表紙の妖怪は夜行さん。  初めて聞く妖怪だが、まるで齢喰った鬼太郎ですな。その理由で表紙に選ばれたのだろうが。

 一応京極堂シリーズで有名になった、鉄鼠産女なんかも紹介されている。
 水木しげるの画は妙に落ち着く。

(2015/6/29改訂)

G大阪学 (1994)
大谷晃一新潮文庫地理/風土薀蓄
221頁400円★★★

 著者は帝塚山大学の教授だそうで、講義にも本書の内容を取り入れとているらしく、学生の目を通した大阪のレポートなども紹介している。こういった本の常で早くも内容をほとんど忘れているが、わたしにとってはキタミナミ、それぞれ梅田難波で近似できるエリアのことだが、この相違を解説しているのが興味深い。いわゆる大阪の“こてこて”感が強いのがミナミで、多少東京色のあるのがキタという具合だ。

 本書でも触れているが、今更教えてもらうまでもなく、大阪の猥雑な庶民性の強さは、江戸時代の武士の少なさに起因する。

 著者は文化史を含め歴史に造詣が深い。表紙のくだけ具合に較べると、地形史や文化史といったやや固めの内容が多かった。もちろん地理風土が大きく歴史に、翻って文化に非常に大きく関係するのは自明の理だが、軽い気持ちで本書を手に取った多くの読者にはつらいのでは。

 また著者は、楠木正成に大阪人の典型を見ているようだが、あくまで江戸期以降、というよりは戦国期の堺以降の影響がほぼ全てではないのか。歴史は流れだから、逆になにも繋がらないというのはおかしいのだが、少なくとも楠木正成を大阪人の典型と見るのは強引すぎる論だと思う。

 あと学生のレポートを紹介するのはいいのだが、上手くまとめきっていないところがある。キタとミナミの飲食物の値段の差を比較しようとしている(おもしろい)が、結局明快な傾向も出たとは言えない。
 まぁたとえ答えが出たところで、ここまで細かいネタは本当に大阪の中心にいる人間以外には、どうでもいい話ではあるが…。

(2015/6/30改訂)

H翼ある闇 メルカトル鮎最後の事件 (1991)
講談社文庫歴史薀蓄
454頁680円★★★

 京都郊外の怪しい屋敷で起こった、一族を次々と襲う煽情的な連続殺人。
 もちろん首切りも密室もあり。いかにもパズル型とか記号型とか言われるタイプの推理小説である。

 本書は“メタミステリ”とか、著者は“新本格第2世代”とか、いろいろ称されているようだ。しかし悲しいかな、わたしにはメタミステリとかメタフィクションとかの言葉の定義がよくわからない。“メタ”には変化するという意味があるから、いろいろなお約束事に則ってパターン化された“ミステリー”に、一見沿った形で話を展開させながらちょっと捻った、あるいはシニカルに開き直ったようなものを言うのか…。

 本書の特徴は、パズル型本格につきものの“名”探偵を2人登場させ、さらにもう一ひねりさせるという、ミステリ研出身者らしい凝った演出の作品だ。しかしわたしが本書を読む気になったのは、上述したメタミステリとはなんぞや?という点と、メルカトル鮎という奇抜なネーミングに対する興味だった。
 さて確かに本文中に名前を説明した件があったようには思うが、さらっと流れて覚えていない…。

 実は本書がわたしに衝撃をあたえたのは、メタよりトリックより何より、作者がわたしより若くて、しかも同郷ということだった。悲しい。いや、素直に応援するぞ、うん。

(2015/7/5改訂)

I名古屋学 (1998)
岩中祥史新潮文庫地理/風土薀蓄
252頁438円★★★

 こちらのほうは「大阪学」よりも、地域性の特徴をあれこれ過不足なく紹介しているようだ。社会性や経済性、言葉に食べ物、有名な“婚”の際の大量の引き出物の話など盛りだくさんな訳だが、著者がその中で一貫して主張しているのは、名古屋(尾張)人の特徴の全ての根幹に、経済性重視が関わっているということだ。
 なるほど堅実、実直という性質が尾張人のベースにあるのは判る気がするが、日々堅実な分ここぞの時の出費に力を入れるのが、バカ豪華な嫁入り道具であり、また豪華な品は長持ちするから長い目で見れば経済的であると結論づけるには、ちょい乱暴ではないか。

 また名古屋弁はまったりと間延びした、角がとれた言葉のように思うが、この語形の変化はエネルギー消費を減らす経済効率のたまものだというのも、面白いとは思うがやはり一面からの見方に思える。納得させるには、もう少し科学的なアプローチが要るだろう。

 わたしの尾張人との関係は仕事外の友人に限られるので、本書に書かれておるようなビジネス上の壁を感じたことはないが、東京、大阪に比べ他地域出身者の出入りが少なく、そのため地域として閉鎖的であるという話は興味深い。言い換えれば、一旦馴染んでしまえばひどく住み良いということだろう。名古屋駅から自転車で通えるような場所に普通の住宅地があったりして、わたしもえらく驚いたことがある。地価も比較的安いらしいし。

 名古屋は間違いなくドでかい都市には違いないが、多分に田舎性を残しておるところが特色だ。時に大いなる田舎と呼ばれている理由がなんとなく解った。

 どて焼きが尾張特有のメニューとは、知らなかった。

(2015/7/7改訂)

J千尋の闇 上下 (1986)
R・ゴダード創元推理文庫ドラマ薀蓄
411頁/411頁720円/720円★★

 不祥事を起こして教職と家族を失ったマーチンは、友人宅に居候して悶々とした生活を送っていたが、イギリスを遠く離れたマデイラに住む別の友人の紹介で、彼のスポンサーからの歴史調査を引き受けた。
 20世紀初頭、若きチャーチルロイド・ジョージ等とともに、アスキス内閣で大臣職に就き前途洋洋だった政治家ストラフォードは突然の失脚により姿を消す。ところがスポンサーとなったセリックが見つけたストラフォードの覚え書きには、彼は死ぬまで、自分の失脚の理由、そして何より、彼を非難して婚約を解消した恋人の突然の変心に、全く身に覚えがないことが綿々と綴られていた。
 マーチンは、ストラフォードとの婚約を破棄したエリザベスが、なんと自分を捨てた妻の祖母であることを知り、愕然としながらも俄然興味が湧く。そして調査を開始した彼の前には、現在と過去の隠された悪意が次々と浮かび上がってくるのだった。

 稀代の語り部が二重底、三重底の構成で贈る物語と宣伝されれば、えらく期待してしまうが、読んでみれば、最後までシャキッとしないストレスの溜まる話だった。

 死ぬまでエリザベスを鬱々と想い続けるのだったら、最初に張り倒してでも彼女の翻意の理由を掴まんかいっ!(toストラフォード)
 なんやぐだぐだして、そのくせ懲りずに女の色香にはふらふらして、もうなんやねん、お前は!!(toマーチン)

 マーチンの行動の優柔不断さは、リアルな心理描写と言ってもいいのかもしれないが、これを一人称でぐだぐだやられた日には、わたしには性格的に我慢できません。
 考えてみれば、二重底、三重底の人の心の深層が徐々に見えてくるという構成は、ハードボイルドの探偵小説である。ハードボイルドの魅力の一端は、(概ね)孤高の探偵の一本スジの通った行動、生き方にある訳で、そりゃ探偵役がへなちょこマーチンでは、もう厳しいわね。イーッてなります。

(2015/7/7改訂)

K丹羽長秀
菊地直人PHP文庫歴史
386頁686円★★★

 丹羽長秀の名前を知ってるかどうかは、歴史にある程度興味を持っているかどうかの指標になるのではないだろうか。武田信玄上杉謙信織田信長豊臣秀吉といった名前は常識の範疇だが、丹羽長秀になると、もう一歩踏み込まないと耳にしないかもしれない。しかし信長や秀吉の出てくるドラマや小説には必ず登場する織田家の重臣である。

 わたしが本書を読んだのは、彼に関して二つの知りたいことがあるから。
 秀吉が明智光秀を討ち果たした山崎の合戦の後、秀吉の上位には徳川家康と信長の血縁者たちを除けば二人の重臣がいた。柴田勝家と丹羽長秀だ。秀吉がこの二人の苗字にあやかって羽柴を名乗るのは有名だ。

 山崎合戦の後には織田家の先行きを決める重要な清洲会議が開かれて、柴田勝家は秀吉と真っ向から対立するが、ここで丹羽長秀は秀吉に味方する。柴田勝家が織田家の総領として推したのが、山崎前後には長秀が補佐していた三男信孝であったにもかかわらずだ。
 この理由として考えられることを挙げると、

嫡男信忠(信長と同じく本能寺の変で死亡)の嫡子三法師を織田家の当主にするという秀吉の主張に理を感じた。
・秀吉の人物を非常に買っていた。
・秀吉への感情がどうあれ、それ以上に柴田勝家あるいは信孝と反りが合わなかった。


などが考えられる。【注2】

 そして秀吉を推すにしても、その後の展望をどう考えていたのか。

・三法師が成人した後には、摂政の位置にある秀吉は素直に政権を返すと思っていた。
・天下人の位置が秀吉に転がり込んでも構わないと見切っていた。


 ここの差は、晩年の長秀が天下人となった秀吉にどんな感情を持っていたのかにも関わってくる。  いずれにしても、丹羽長秀という人物は、安土時代から桃山時代への転換点におけるキーパーソンであった。
 この二つの疑問に対して、本書がどのような回答案を提示してくれるのかが興味の中心であったが、半ば予想しておったとおり、まぁ期待外れな内容だった。本書の丹羽長秀は、なんというか類型的な良い人設定である。

 ツッコミを入れたくなるのは、本書の長秀がやたら達観していること。もちろんいつの時代にも達観している人はいるが、歴史の大局を知っているわたし等と同じ眼線の高さを持っているというのはいかがなものか。
 足軽時代、初めて会った秀吉にすぐに好感を抱き、信長を継いで新時代を築くには、勝家より秀吉のほうがふさわしいと判断した上で、清洲会議ではなんと三法師を推すというアイディアを秀吉に授ける始末だ。もちろん、自分が天下を、などという野心は微塵もない。

 まあ荒くれの戦国武将たちの中では、彼には穏やかな印象を受ける【注3】から、彼が天下取りの野望を持たなかったのは確かかもしれない。しかし結果を知った外野でなく、当事者であった彼が、ここまで先を見通す目を持っていたというのは、歴史小説としては底の浅い内容ではないだろうか。

【注2】まさにこの一点にスポットを当てて映画化したのが、三谷幸喜「清州会議」である。
【注3】後年、織田家を裏切った秀吉に怒って、切腹して病巣を秀吉に送り付けたなんて説もある。まあこれは、竹田法印という医家に長秀から取り出した病巣部(変わった形状だった)が残っていたという話が伝わっているらしいので、上述してきた解釈から逆算した説かもしれない。
(2015/7/7改訂)

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