2000年11月
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@雲なす証言
 Clouds of Witness (1926)
D・L・セイヤーズ創元推理文庫探偵
381頁640円★★★

 ピーター卿の兄デンヴァー公爵ジェラルドが殺人罪で告訴された。口論の末、妹メアリの婚約者を銃で撃ったというのだ。ところが準王族ともいうべき公爵が死罪に問われるという一大事だというにもかかわらず、メアリもジェラルドも、その証言には全く信用がおけない。ピーター卿はこの危機を救うことができるのか…。

 このシリーズは飽くまで探偵冒険小説なので、時代背景や軽妙な会話を楽しみながら気楽に読み飛ばすのが正しい。だから推理小説としてイマイチだなどというのは間違っている。
 が、正直若干物足りなかった。
 当然メアリもデンヴァー公も、それぞれ事情があって本当のことを言わない訳だが、その理由に特筆すべきものは感じなかった。最近のアクロバティックな二転三転あたりまえの作品を読み慣れてしまっているのがマズイのだろう。

 しかしあいかわらず、というか、このとんでもない状況を考えればこちらのほうが特筆ものだが、どこか飄々と余裕のあるピーター卿が頼もしい。いい意味での貴族っぽい鷹揚さが魅力だ。
 とは言え、兄と一族の名誉を守るために、今回ピーター卿は大陸を股にかけてアグレッシブに活動する。その反動か、事件解決後にピーターと友人のパーカー警部、同じく友人のフレディ卿の3人が、ウェスト・ミンスターの前ででろでろに酔っ払うというエピローグが気持ちよい。

(2015/1/24改訂)

Aマンガ量子論入門 だれでもわかる現代物理
J・P・マッケボイ
O・サラーティ
講談社BLUE BACKS物理薀蓄
181頁800円★★★

 “マンガ”とはあるが、挿絵の多い薀蓄本だ。この挿絵の高名な物理学者たちの似顔絵がなんとも強烈。まさに妖怪、魔物、どう贔屓目にみても精々マッド・サイエンティストだ。この小さな表紙画像ではあまり判らないだろうが。

 しかしこれらのマンガ的な挿絵が、内容のわかり易さに結びついているかというと…。少なくともわたしは、“だれでもわかる”中には入ってなかったようだ。

 とりあえず本書に載っているブリュッセルでの一同が介した写真は貴重だ(1927年)。
 マリー・キュリーマックス・プランクニールス・ボーアアルベルト・アインシュタイン、他にもエルヴィン・シュレディンガールイ・ド=ブロイウォルフガング・パウリウェルナー・ハイゼンベルクポール・ディラックマックス・ボルンといった、量子論の構築に重要を成したノーベル賞受賞の物理学者がこれだけ集まった写真があるとは…。
 今の世の基礎を形作った人たちと言っても過言ではないだろう。
 もちろん晩年の人物もいれば、当時まだまだ新進気鋭もいる。歴史の一コマとしてとても興味深い。

 この写真だけでも本書の価値はある。

(2015/1/24改訂)

Bニコライ遭難 (1993)
吉村昭新潮文庫歴史
369頁590円★★★

 ちょっと難そうなので今までご遠慮申し上げていたが、読んでみると想像以上に難かった。当時の新聞を読んでいるかのような文体だ。
 もちろん登場人物の心情も描写されてはいるが、前後の言動の記録からすぐに類推できるようなところまでにぐっと抑えている。これは物語ではないし、小説とも言い難い。記録文学とカテゴリー分けされる理由が良く解った。

 だから読んで面白かったかと問われると答えは否なのだが、非常に興味深くはあった。
 ニコライ遭難いわゆる大津事件は1991年に起こった。つまり日清戦争直前であり、当時すでにロシアは最大の仮想敵国だった。そこで当時の日本政府は、ロマノフ朝皇太子の訪日に際しては、日本が立派な文明国であることを印象づけて友好関係を高めるために、まさに神経過敏に大歓迎を企画していた。

 それが事もあろうに、公人の警察官であり、警護の一人でもあった津田三蔵がニコライにサーベルで切りかかり、傷を負わすという大不祥事が発生してしまった。日本はもう上は天皇、下はお針子までが蜂の巣をつついたような大騒ぎになったらしい。(このお針子というのは、畠山ゆうという女性で、この事件の新聞報道に動転した挙句、事件に何ら関係のないただの一般人だというのに謝意を表すため京都にやって来て、ニコライ皇太子が神戸のロシア艦に戻ったことを知ると、のどを切って自殺してしまったという…)
 一般からの見舞い電報が1万通を超えたらしいし、当時、西洋諸外国に肩を並べるという目的が、国民の下々に至るまで浸透していたということが判る。

 犯人の津田三蔵については今までほとんど知らなかったが、当時の状況を微細にわたって復元した本書を読んでも、彼の動機についてはやはりよくわからない。テロを起こしてまうほどの思想を持っていたようでもない。大きな理由がなくても、えてして人間というものは大きな事件を引き起こしてしまうことがあるということか。この辺りは先に挙げた畠山ゆうにも共通のものがある。人間心理の神秘であろう。

 ちなみに津田の出身は地元、伊賀上野のようだ…。

(2015/1/24記載)

C餓狼伝Z[\ (1995/1996/1997)
夢枕獏双葉文庫格闘
354頁/330頁/353頁600円/571円/600円★★★★

 北辰館主宰の異種トーナメントも、冒頭の姫川VS長田戦でクライマックスを迎える。ここは誰が考えても、著者の定番キャラクター姫川の勝利は動かないところだが、長田視点で話を進めるあたり、さすが上手い。
 まあとにかくこの勝負に決着がつき、これまで物語を掻き回してきた竹宮流の藤巻も退場。餓狼伝もいよいよ次の章へ入った印象だ。

 そして新キャラ、葵三兄弟の登場で、東洋プロレス、北辰館の周りは一層賑やかになってくるが、8巻ではこの葵三兄弟と葵流古武術の背景について、かなりの分量を割いている。そしてその回想の中で、鮮やかにカムバックを果たすのが外伝「青狼の拳」で丹波文七とやりあった梅川丈二である。
 東洋プロレス社長、グレート巽の回想シーンで印象も凄烈な、マフィアのカスティリオーネが主催するアンダーグラウンド・バトルにおいて、三兄弟の父親、葵左門と闘うのが梅川だ。そして柔道をベースとしていた梅川が、新たに身に纏っていたのがブラジリアン柔術。日本では“グレイシー柔術”のほうが通りがいいだろう。このシリーズが始まった時には、さほど知名度は高くなかったグレイシー柔術は、今ではK−1PRIDEにと格闘技全盛で、誰もが知るネームになった。満を持しての登場だ。

 わたしはてっきり、葵流がグレイシー柔術を模して設定されたと思っていたのだが、長兄葵文吾を筆頭に、葵流もまた梅川を狙う。ともあれ彼の“凱旋”帰国により、今度は梅川が物語の台風の目となるようだ。
 さらには表の世界への進出を計るカスティリオーネと、ブラジリアン柔術のホセ・ラモス・ガルシーア。
 いよいよ目が離せない本シリーズ。――あれっ、この3冊の中で丹波は一度も闘っていないのでは…。

(2015/1/24改訂)

D四大文明の謎 人類史に残された37の奇妙な痕跡 (2000)
歴史の謎研究会・編青春文庫先史/歴史薀蓄
219頁505円★★★

 紀元前1500以前に発祥した古代文明は何十とあったと言うのは、「マスター・キートン」で、キートンが娘の百合子の歴史の教師に述べたセリフだが、ともあれただ今現在でも“四大文明”と普通に称されている。
 その中では、特にあまり知らないインダス文明について読みたくて、手にとったのが本書だ。

 インダス文明といえばモヘンジョ・ダロ。下水システムを装備した最大最古の計画都市というイメージはあるが、なんと10分の1程度しか発掘調査されていないという。巨大な“沐浴場”など未だ謎だらけらしい。沐浴場が“神の居住スペースなんだ!”とされていたのは「竜の柩」で、わたしにとっては記憶が新しいところだ。

 黄河文明については、の地にあった三星堆遺跡についてが特に興味深かった。縦目仮面についてもっと詳しく知りたい。

 メソポタミアエジプトの古代文明についても少ない頁で要領よく説明してあった。謎本としてはかなりよいのでは…。

(2015/1/24改訂)

E風の呪殺陣 (1990)
隆慶一郎光文社文庫歴史伝奇
246頁476円★★★

 単行本になった著者の作品では、最後まで取りこぼしていた本だ。
 比叡山で修行中の昇雲、同じく修行中で世俗の邪念が抜けない好雲、そして2人が修行している寺に生活物資を運び入れる僧兵の一族、谷ノ坊の知一郎。1571年の比叡山焼き討ちでこの3人の運命が大きく変わる…。

 著者の作品は戦国時代から江戸時代を舞台とするが、士農工商から離れた諸芸事に関わる人間を中世の自由人として“善”、その自由に干渉する人物を“悪”と断定する。そしてキャラクター毎に白黒を極端なほどはっきりと色分けしとるのが特徴だ。「吉原御免状」「影武者徳川家康」「花と火の帝」「捨童子・松平忠輝」等いずれも緻密な資料の積み上げと山田風太郎ばりの娯楽活劇を高度に融合させた魅力的な作品だが、時には善悪の色分けと著者のフィルターを通った断言的解釈の臭みが気になったりもした。
 そこが本書では頁数が少なく娯楽性が低くなった分、特に顕になってしまった。
 織田信長比叡山焼き討ちを命じたのは事実で、彼を“悪”とするのはまあ設定として許せるが、その一方で、信長と長年に渉って敵対した本願寺勢を善とするのはかなりつらい。学のない一般信者に“死ねば極楽、生きれば地獄”などと吹き込み、死地に向かわせしめたのは、貴族化した本願寺上層部である。彼らを信用することはできない。

 一時期富樫氏を追い出し、共和国の感があった加賀一向一揆は有名だが、そこでも“百姓の持ちたる国”との教科書的な評価とは異なり統治の実態はきれいなものではなかったと聞く。実際敵対さえしなければ、信長統治下の一般庶民のほうが暮らしは楽だったのではないか?

 話がずれたが本書に戻ると、ラスト4行に示される好雲の人生の流転の妙がいい塩梅だ、運命の不思議を感じさせる。ここがなければ★×2だったかも。

(2015/1/24改訂)

Fキッド・ピストルズの慢心 (1995)
山口雅也講談社文庫推理
280頁552円★★★

 著者の本も前から一冊は読んでみたいと思っていた。どうやらシリーズ中途のやつらしい。
 この表紙と、キッド・ピストルズとピンク・ベラドンナというコンビ名に惹かれたのだが、なんてことはない軽いユーモア・ミステリだった。“探偵と刑事の地位が逆転したパラレル・ワールドのイギリスを舞台に――”という売り文句だが、少なくとも本書を読む限りでは、その設定が特に活きているとは思えなかった。

 ★×3をつけてるところをみると、つまらなかった訳でもなさそうだが、パンクがどーの、ボンデージがどーのといった言葉を覚えているくらいで、肝心のミステリとしての“謎”はさっぱり覚えていない…。

 謎がどうしたこうしたというより雰囲気とキャラクターで読ませるというのは、考えてみればピーター卿のシリーズと一緒だ。舞台もイギリスだし。
 わたしの好みは完全にアチラだが、しかしわたしの★★★判定は幅広くてあてにならんな。

(2015/1/24改訂)

Gランゴリアーズ
 Four Past Midnight T (1990)
S・キング文春文庫ホラー
716頁933円

 それぞれが十分に1冊の長編になり得る物語を二編集めている。実は、本国では「図書館警察」と合わさった単行本で、著者が執筆依頼とは関係なく書き溜めてあったものを集めた作品集らしい。

 表題作「ランゴリアーズ」は、異世界に迷い込んだジェット機の乗客たちの脱出行を描いている。
 こう書くとやたらによくあるタイプの話のようだが、中身はまったくの別物。どうやってこんなシチュエーションを思いつくのか感心してまう。このお馬鹿な話を気に入るかどうかは意見の分かれるところだろうが、このネタを400頁オーバーの話にしてしまうところが、著者の恐るべき才能である。ホラーというよりはダーク・ファンタジーの一本。

 後半の「秘密の窓、秘密の庭」は、ぐっと身近な世界を舞台に、日常の中に入り込んで徐々に大きくなる非日常の恐怖を描いている。オチは斬新とは言えないが効果的だ。  それにしてもキング作品には、本人が感じる不安に肉付けしたものが多いが、やはり本作の主人公も作家であった。よっぽど怖がりなのかな。

(2015/1/24改訂)

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