2001年 6月
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@暗黒星大接近! キャプテン・フューチャー2
 Calling Captain Future (1940)
E・ハミルトンハヤカワ文庫SF
338頁380円

 宇宙帝王事件から数週間後、今度は太陽系政府を恐喝するという前代未聞の事件が発生した。わが太陽系に向け迫り来る巨大な暗黒星の軌道を変えた。太陽系に住む人々を救えるのはこのザロ博士だけである、われに太陽系政府の統治権を与えよというのだ。断じてそのような恐喝には屈することはできない。しかしこの事態について質すべき高名な天文学者たちは姿を消し、市民のパニック度合いは日々を追って高まってきている。このピンチに立ち向かったフューチャーメンは、酷寒の冥王星へと飛ぶが・・・。

 確か初読は児童版の「宇宙怪人ザロ博士の陰謀」
 話の焦点は、ザロ博士の秘密基地が果たして冥王星とその3つの衛星のうちの何処にあるのかということにあるが、全面が海に覆われているというだけで、早々にスティックスを選択肢から外すのが不自然。あれではすべての読者に気付かれてしまうだろう。もちろん<ネタバレ反転>衛星全面に広がった海がスティックス人の科学技術による擬態であることが判るのだが、それ以前に、海底基地や人工島の可能性は考えないのか、キャプテン・フューチャー?

 それよりも本書の面白みは、木星公転軌道の外側にある宇宙船の墓場、“宇宙のサーガッソ海”にあるだろう。
 どんな場所にも生命体のいるのがあたりまえのキャプテン・フューチャー・ワールドだが、古典的な蛸型BEMが出てくることは珍しい。また本巻の“サーガッソ海”脱出を布石として、後続の別巻で再び登場することもあり、印象的なエピソードである。
 船の墓場サルガッソー海は、昔わたしが愛読した学研「世界の謎、世界の不思議」マリー・セレステ号セント・エルモの灯なんかと一緒に、海の不思議として紹介されていた。そう言えば、さまよえる湖ロプ・ノールを知ったのも同書だった。懐かしい。

 さて、あいかわらず役にたたないジョオン・ランドールだが、敵のアジトと思われる建物に自己判断で進入し、しかも一民間人である冥王星人のサーブを無造作に同行させ、挙句の果てに彼は撃たれて死んでしまう始末。これは公僕として重大な責任問題に発展すると思うが、まったくその気配もなく、本人にも全く悔悟の念はなさそうだ。
 カーティス・ニュートンはもっと女性を見る眼を鍛えたほうがいいとわたしは思うが。

(2014/7/12改訂)

Aオーラバトラー戦記
  1.アの国の恋/2.戦士・美井奈 (1986/1987)
富野由悠季角川スニーカー文庫ファンタジー
304頁/257頁590円/571円★★★

 昔「リーンの翼」を読んだ時、著者にはアニメだろうが小説だろうがハッピーエンドは書けないと見切ってからは、彼の本からは遠ざかっていた。アニメもほとんど見なくなったし。
 しかし最近の模型雑誌にHGオーラバトラーの作例が載ることもあって、部屋の片隅に転がっているガレージキットを作る為の意欲を上昇させるために、恐る恐る読んでみた。

 「リーンの翼」も同じバイストン・ウェルを舞台にしていたが、ロボットなどは出さずに、ダイレクトにヒロイック・ファンタジー(そこは著者のこと。相当にエグいが…)を描いていた。ところが本シリーズでは、懐かしのオーラ・バトラーやアニメの主要キャラもほとんど登場させている。出てこないのは主人公のショウ・ザマくらいか。なんでかな?
 しかし富野節はあいかわらずで、感情のエゴむき出しだ。心の汚い部分を全て文章で表せばいいという訳でもあるまいに。行間や仕草からそこはかとなく表現してほしいものだ。

 主人公が格好悪い目に遭うのも著者の特徴。
 本書で主人公のジョクは、ガロウ・ランに捕まった姫様の前で、下半身ぶらぶらの状態で追いまわされる。これはジョン・カーターカーティス・ニュートンには考えられないシチュエーションだ。

 勇壮華麗なロボティック・ファンタジーを期待して不用意に読むと、ガロウ・ランの残虐性に唖然とするかもしれないが、戦争という殺し合いは決してきれいなものではないというメッセージを受け取ることはできるだろう。
 この開幕の2冊はキャラ紹介編で、かつジョクとミイナの悲恋話でもあるが、ヒーロー/ヒロインがセットで異世界に迷い込むというシチュエーションは、わたしの知る限りではあまりないのでは。
 わたしも昔暖めていた設定だが、富野由悠季が書くとこうなってしまうというわけだ。やれやれ。

 そう言えば「家畜人ヤプー」はこのシチュエーションじゃないか。

 本シリーズでは、人間VS亜人間(ガロウ・ラン)の図式で行くようだが、果たしてどうなることやら。
 それにしても、独学でオーラ・エネルギーを増幅して物理力とするエンジンを開発したのはまあ良しとしても、それとは全く何等関係の無い技術である人型兵器の駆動・制御系をも開発したショット・ウェポン。“恐獣の神経系がうんたら”とさらっと流しているが、途轍もない発明王である。

(2014/7/11改訂)

B蒼き狼 (1959)
井上靖新潮文庫歴史
358頁552円★★★

 12世紀のモンゴルの草原。ボルジギン氏族の長エスガイの息子として産まれた鉄木真(テムジン)は、父親の死後、母親と弟妹達とともに氏族を追われ、タイチュウトメルキトといった他の氏族からも狙われて辛酸を舐めることになる。が、テムジンはそれでも徐々に仲間を増やし、ジャムカトオリル・カンといった別の大氏族の助けを巧みに借りながら力を蓄え、ついにはモンゴルの統一を果たす…。

 言うまでもなく、成吉思汗(ジンギスカンorチンギスハーン)の物語である。
 成吉思汗といえば、馬を駆って草原を疾駆する怒涛の流れか、あるいはそれに伴ってしばしば繰り広げられる殺戮の嵐か、そんなイメージが付き纏うが、本書の成吉思汗は、裡に秘めた自分が蒼き狼の子孫であるという信念の下に、黙々と力をつけて勢力を拡大してゆくどちらかというと暗い男のような造形。どこまでが文献史実とされてるもので、どこからが著者の創作か判らないが、成吉思汗に抱いていたイメージは随分軌道修正された。

 抑えた表現で淡々と話を進めていくのは著者の持ち味なのだろうが、なんともいい雰囲気を醸し出している。これが豊富な史料を扱える近代を舞台にした話ならば、吉村昭のような記録文学になってしまって、ややとっつき難くもなるのだろうが・・・。

 しかし逆から見れば、モンゴル軍団の勇壮・凶悪な部分が抑えられすぎているので、若干物足りないということも言える。

(2014/6/8改訂)

C沈黙の古代遺跡 中国・インダス文明の謎 (2000)
クォーク編集部・編講談社+α文庫古代史薀蓄
307頁1200円★★★

 いわゆる四大文明を2冊に分けて紹介した1冊。文庫本だから写真がほとんど白黒なのは仕方がないとして、図面やビジュアル資料が豊富に掲載されているので意外に楽しめた。わたしとしては、トルファン郊外にある交河城址の航空写真がヒットだ。周囲が絶壁で囲まれた台地の上に築かれた土壁の遺跡群だが、まるで巨大戦艦のように見える。
 最近インパクトのある縦目仮面等で徐々に知られてきた三星堆遺跡や、あるいは王宮や神殿跡が存在せず未だ解らないことのほうが多いインダス文明など、興味深い点は多い。

 高橋克彦「竜の柩」では、モヘンジョ=ダロの沐浴場にはたしか異星人の神が住んでいたという話だったな!

(2014/6/8改訂)

D東京下町殺人暮色 (1990)
宮部みゆき光文社文庫刑事
297頁514円★★★

 警視庁捜査一課の八木沢道雄は、下町の河川敷に引越した早々、ばらばら殺人の捜査で大忙し。息子の順は、父が不在がちのうえ母とも一緒に暮らしていないが、家政婦のハナさんに見守られながら明るく暮らしている。順は近所に建つ人の出入りの少ない怪しげな家で、人殺しがあったという噂を聞き込むと、父が担当しているばらばら殺人に関係があるかもしれないと考え、同級生の慎吾とともに探偵気分でその家の周りを探り出し始めるが…。

 怪しい屋敷に謎めいた住人、そしてその住人との交流という、若年者が主人公の小説では定番の設定だが、本作も安心して読める佳作である。著者の作品はいわゆる社会派ミステリで重いテーマのものが多いが、主人公には健気な中高生が充てられることが多く、どんな悲惨な事件でも読後感はそれなりに爽やかになってしまうという不思議なテイストがあって、それが彼女の作品が人気のある理由のひとつだと思う。しかし逆に言えば、せっかくの高いテーマ性も印象がやや薄くなってしまう嫌いがあるような。読み終わって2ヶ月だが、早くも内容をほとんど忘れてしまっているところが悲しい。

 “人の痛みを想像できない少年の残酷な犯罪”という、最近の社会では非常に重要な問題提起があったことだけは憶えているのだが・・・。

(2014/6/8改訂)

E酷刑 血と戦慄の中国刑罰史 (1997)
王永寛徳間文庫歴史薀蓄
297頁533円★★★★

 “手足を切り、目を抉り、舌を抜いて耳を潰し、それでも殺さずに肥溜めの中に落とし込んで人豚と名付ける”と言えば、紀元前2世紀の前漢呂后の有名な鬼畜の所業だ。
 中国と言えば、刑罰以外を見ても宦官纏足という肉体改造のノウハウを持っていたり、三千年の歴史が作ってきたものは食文化だけではなく、多岐多様に亙る残虐な刑罰の種類にも目を瞠るものがある。

 縄で縛った手足を馬や車で反対方向に引っ張り体を引き裂く車裂は、日本でも例があったように思うが、少しずつ体を削っていき、時には二日も三日もかけて文字通り切り刻む凌遅や、肛門に鉤を引っ掛けて号令一発、ずるずるっと腸を引きずり出す抽腸等、恐るべき刑罰が中国史にはてんこ盛りである。
 特に朱元璋が興したは酷かったようだ。百花繚乱の有様である。

 人間には時にこのような残酷なことができるという認識を持つことも必要だ。←“中国人は”って付け加えたい気もするが…。

(2014/6/8改訂)

F羊たちの沈黙
 The Silence of the Lambs (1988)
T・ハリス新潮文庫刑事
505頁781円★★★

 FBI訓練生のクラリス・スターリングは、犯罪者の性格特性を示すデータベース構築に協力させるという目的で、精神異常犯罪者用の州立病院に収容されているハンニバル・レクター博士に面会に行くことを命じられる。しかし、まがりなりに彼女がレクター博士とコミュニケーションを成立させると、上官のクロフォードは、現在世間を恐怖に陥れている“バッファロウ・ビル”事件の情報をレクター博士から引き出すために、引き続きクラリスにレクターとの接触を継続させる。彼女はレクターが小出しする示唆から殺人犯に迫るが、“バッファロウ・ビル”が誘拐した上院議員の娘の命が奪われる予想時期は迫り、一方レクターは病院長のチルトンとの取引で、病院外へ移送されることになる…。

 「レッド・ドラゴン」の続編でありながら、新米のスターリングの目線で語ることで、クロフォードやチルトンといった前作から引き続き登場の人物もまったく違った印象となっている。見事だ。映画で使用されたテクニックもしっかり原作から使用されているし。

 しかし困ったのはこの日本語訳。
 訳者はより発音に近いカタカナ表記に拘っているのだろうが、曰くホーム・プレイト、データ・ベイス、テイブルetc.etc.。細かいことながら、読んでていらいらすることこのうえない。
 人名でもクローフォドにハニバルというのもなにか座りが悪い。
 次作の「ハンニバル」では、しっかり訳者も変わっているようだが、あたりまえだと言っておこう。

(2014/6/8改訂)

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