2001年 8月
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@逆説の日本史4 中世鳴動編 (1996)
ケガレ思想と差別の謎
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井沢元彦小学館文庫歴史薀蓄
417頁619円★★★

 三巻以降長い間寝かせてしまった。
 あまり動きのない平安時代というのがその理由だが、読んでみるとやはりグイグイ引き込まれる。(著者の論調もあいかわらずでやや疲れるが・・・)

 得意の怨霊説での六歌仙考や源氏物語が書かれた理由など、一味違ったところから平安時代を語ってくれる。藤原摂関政治から院政への流れも、中学や高校でこんな説明をしてくれれば、歴史好きの青少年もはるかに増えるだろうが。

 意外と平将門藤原純友の話は幾分あっさりしていたような。
 ということで、武装と(実質的な)政治を放棄した平安貴族社会から武士社会への変遷に触れながら次巻に続く。

(2015/3/29改訂)

A故郷忘じがたく候 (1968)
司馬遼太郎文春文庫歴史
206頁400円★★★

(1)故郷忘じがたく候 (1968.6)
 薩摩の陶芸家、沈寿官氏との交流から、秀吉の大幻想の朝鮮侵攻【注1】以来の日韓の関係に思いを馳せる表題作。どちらかと言えば、街道をゆくシリーズの趣か。
 実際沈寿官氏は「肥薩のみち」でも登場している。

(2)惨殺 (1968.8)
 戊辰戦争と言えば薩長土肥の時勢に乗ったイケイケが目立つ。そのイメージは例えば白虎隊函館戦争での幕府側に属した人々の悲劇の裏返しからくるものでもあるが、一方で官軍側にも、身の丈を超えて時流に乗り過ぎてしまったがゆえの悲劇もあったようだ。
 いくら京や大阪で旭日の勢いとはいえ、江戸では未だ彰義隊が上野に篭り、東北は徳川二百五十年で培った保守意識の中にあった。そんな中にどうした流れでか、漁村出身の普通の男が奥羽鎮撫の先兵200の参謀として進軍してしまった…。

(3)胡桃に酒 (1968.10)
 細川忠興の妻たま――もちろん細川ガラシャのこと――の半生を描いているが、こちらはこちらでかなり衝撃的だった。細川忠興といえば、父親の幽斎が方向を決めたにせよ、信長、秀吉、家康と上手く主を変えながら御家をさらに繁栄させたのだから、相当な出来物でなんとなく孝行息子のイメージも持っていた。こんな病的な悋気の持ち主だったとは。
 たまも武士の妻としての行動倫理に従って大阪の屋敷を吹っ飛ばしたわけではなく、いやもちろんすべてが作者の創作かもしれないが、そういう解釈ができるというだけでも驚いた。

【注1】戦略がマズかった事に間違いはないが、大幻想の一言で済ませてしまうのは如何なものかという分析もある。

(2015/7/8改訂)

B不自然な死
 Three against the Witch World (1927)
D・L・セイヤーズ創元推理文庫探偵
364頁620円★★★★★

 ピーター卿とパーカー警部が、食事中検死審問の実施を話題にした時、隣席から医者だと名乗る男が口を挟んできた。その医者が担当していた老婦人が最近亡くなったのだが、その死を不審に感じた医者が主張したものの、殺人の痕跡は発見されなかったという。
 興味を覚えたピーター卿が、渋るパーカー警部を巻き込んで既に自然死として片づいた事件に首をつっこむ。老婦人の死を早めた可能性があるのは、夫人を看護していた姪のメアリだけだが、遺産はもともと彼女に渡ることになっており・・・。

 あいかわらず悠悠自適に趣味の探偵道楽に耽るピーター卿。
 彼のお節介がなければ、連続毒殺事件へ発展することもなかった…。
 シリーズでも珍しい、凶悪な犯人を捕まえることができたのだから大変なお手柄には違いないが、ドーソン婦人以外、彼の新聞広告さえなければ死ぬ事はなかった…。
 ピーター卿自身やクリンプスン嬢も危うい目に遭ったのだから、貴族の道楽にも困ったものだ。まあ彼もかなり今回の展開には落ち込んだようだが。

 和歌山カレー事件愛犬家殺人もそうだが、毒殺というのは殺人行為のハードルを下げてしまい、安直に繰り返してしまいがちだと思う。怖い怖い。

 フーダニットではなく、アリバイ崩しとしても大したものではないが、物語として上手くできている。
 その一つの要素は、最後の最後まで犯人が登場してこないことだろうか。
 事件の中心であり、会話の中では幾度となく言及される犯人が、登場人物としてはなかなか舞台に登場してこない。この設定は、宮部みゆき「火車」を思い出す。あれも見事だった。

 今回ピーター卿の先兵として初登場のクリンプスン夫人もいい味を出していた。
 どうやらピーター卿の配下には、ミス・マープルがいるようだ。

(2015/7/8改訂)

C中国歴史の旅 上下
北京から西域へ/上海から桂林へ (1981)
陳舜臣集英社文庫歴史薀蓄
206頁/189頁381円/381円★★★

 小説を読むときに、その舞台が目に浮かぶかどうかというのは、その小説の印象すら変えてしまうほどに左右することもある。
 これが歴史小説、しかも日本とは全く風土の異なる広大な中国を舞台としたものなら、(舞台背景が浮かぶかどうかは)より重要になるだろう。
 しかしこれは結構大変。漠然とだだっ広い黄色い大地と、場合によっては水墨画に描かれるような山峡を思い描くことはできても、地理関係や距離感を掴むのは難しい。初めて三国志を読んだ時、わたしも黄河長江では長江が南だ!という程度しか知らず大層難儀した。
 その時に較べると、今は随分マシとは言え、こういう本で底上げを図るのは大層益がある。

 中国南部を扱った下巻では、三国志のや、それに続く諸王朝よりも、太平天国共産党に因んだトピックが多かった。
 残念ながら今のわたしにその辺りの知識がほとんどないのが悲しい。早いところ、「太平天国」「阿片戦争」を読まねば。【注2】

 「毛沢東秘録」なんかもいずれそのうち・・・。【注3】

【注2】やべっ、まだ読んでないではないか。
【注3】やべっ。これもすでに所持してるのに…。

(2015/7/8改訂)

Dロシア紅茶の謎 (1994)
有栖川有栖講談社文庫推理
326頁543円★★★

 創元推理文庫の三冊【注4】と同様、著者と同名のワトスン役を配した短編集。
 ただしこちらの語り部有栖川有栖は社会人推理小説作家。探偵役は有栖川と大学で同級だったという来歴の犯罪社会学助教授火村英生。

 著者作品はわずか三冊目なので確かなことは判らないが、創元版の学生の有栖が、成長して本書の有栖になったというわけではなさそうだ。

 「動物園の暗号」「屋根裏の散歩者」と最初の二編までは、どーにも面白く感じなかったが、六編全体を読み終わる頃には、まあまあ佳作かなという感想。各編の人物紹介なども要領よくまとめられていて、ストレスなく読める。探偵役の火村は若干キャラクターが弱く感じるが、有栖川との掛け合いに友人同士の気安さがよく出ていて好感が持てる。

 関西が舞台なのも嬉しいところだが、皆さんが関西弁でぽんぽん喋り出すのは少々くどいかな。
 不思議なものだ。標準語の文章でもTVでも何も思わずに頭に入ってくるが、実際に身の傍で関東の言葉を聞くと気持ち悪いというのに。なぜだろう…。
 池谷裕二先生、教えてください。

【注4】四冊目が出ましたな。キープしているけどまだ読んでない。
(2015/7/8改訂)

E焦茶色のパステル (1982)
岡嶋二人講談社文庫推理
379頁583円★★★

 東北の牧場で競馬評論家が殺されたが、同時に競走馬の母子がともに殺されていた。殺された仔馬のパステルの写真を見て、その評論家はある疑問を抱き、その調査中に凶事に遭ったらしい。すでに愛情は冷えていたものの、妻の香苗は友人の競馬雑誌記者芙美子とともに、この事件を調べ始め・・・。

 どこかに競馬ミステリでありながら主役に競馬音痴をもってきたのが新鮮とあったが、それについては大したことなかった。確かに主役の香苗は競馬素人だが、コンビで調査する芙美子は競馬雑誌の編集者で、推理するのも全部芙美子だ。
 むしろ香苗は足を引っ張ってばかりで、正直言ってかなり鬱陶しい。
 性格が正反対の女性コンビが魅力的ともあったが、わたしには画一化された軽さとしか映らなかったし…。

 しかしまあ、パステルの<ネタバレ反転>血統詐称と競走馬界のウラネタで物語を引っ張りながら、最後にもう一段捻っている。
 最後まで頑張って読むと、なかなかの佳作であった。

(2015/7/8改訂)

F人格転移の殺人 (1996)
西澤保彦講談社文庫推理
387頁629円★★★

 振られた彼女を追いかけたアメリカで、江利夫は最後の引導を渡されてしまった。傷心を抱えてとあるバーガーショップに入った彼は、そこで巨大地震に遭遇、店にあった胡散臭げなシェルターに逃げ込んでとりあえず難を逃れた。その場所には店内の他の客たちも逃げ込んでいたが、なんと中途で放棄された人格転移装置の研究所であった。そして人格転移フィールドに入った江利夫たちが気付いたときには、既に性別や人種もばらばらな客たちの人格は、玉突きのように次々に入れ替わっていた…。

 しかも留学中の日本人女学生が首を絞められた死体で発見される。
 その日その店で初めて顔を見た同士の筈が、果たして、何の理由で。そして“どの人格がどの体で”殺人を犯したのか。米政府機関に救助、隔離された江利夫たちが疑心暗鬼に陥る中、次の殺人が・・・。

 ぶっとんだ設定の推理小説。
 AがBに、BがCに転移というルールについては、気負って読み始めた割にはややこしくもなく、適時図示されることもあってすんなりと理解できる。気構える必要はなかった。
 著者の留学経験が描写のそこかしこに効いていて面白いが、フーダニットのトリック自体はこじんまりとしたもので、人格転移装置という大風呂敷の前には少々物足りない。

 ジャクリーンの性格がころっと変わってしまったのは、なに? 布石? と思ったりもしたが、オチに必要といえば必要ですな。
 大笑いしながら一気に脱力してしまった。

(2015/4/2改訂)

G幻惑の死と使途 ILLUSION ACTS LIKE MAGIC (1997)
夏のレプリカ REPLACEABLE SUMMER (1998)
森博嗣講談社文庫推理
564頁/506頁762円/733円★★★★

 N大建築学科4年の西之園萌絵は、高校時代の友人簑沢杜萌と有里タケル/ナガルのマジックショーを観に行った。
 杜萌はショーを見終わった後、久しぶりに実家に帰ったが、両親と姉は簑沢家の別荘へと拉致され、半日遅れで杜萌もそこへ連れて行かれる。そして銃声が響いた後、車の中に横たわっていたのは誘拐犯の2人。家族は無事であった。目の見えない兄が行方不明なのを除いては・・・。
 一方、萌絵と彼女の研究室の面々は、有里タケル/ナガルの師匠、有里匠幻の屋外マジックショーを観にいくが、ショーの途中、匠幻はナイフを刺された死体となり、さらに葬儀会場から忽然と姿を消す。萌絵は修士進学への試験勉強のかたわら、この有里匠幻事件にどっぷりはまることになるが、誘拐事件の後遺症もなんとか治まり、東京の大学へ帰った簑沢杜萌の周りには不審な人影が・・・。

 有里匠幻の事件が奇数章で語られる「幻惑の死と使途」と簑沢杜萌の事件が偶数章で語られる「夏のレプリカ」。せっかく同時に文庫化してくれたのから、これは時系列に、作者の言葉を借りればシーケンシャルに読んでみようかと、交互に1章ずつ読んでみた。

 最近では米ドラマの「ER」とか「ホミサイド」のように複数の小ドラマをパラレルに進行させる手法をちょくちょく見かける【注5】ものの、アイディアはともかく、きちんとそれなりのレベルの物語として完成させ、出版されるのだから大したものだ。【注6】

 さて本書の感想だが、このアイディアだけで★4つにはしてみたものの、「夏のレプリカ」は同じ著者の「まどろみ消去」に出てきそうな、――ということはわたしの嫌いな――タイプの話であまり面白く感じなかった。幕間で著者が述べている萌絵が陥った混乱というのも、それほどでもなくがっかりだ。
 せっかく探偵が混乱してしまうことを狙ったのならば、もっと似たシチュエーションの事件を近い場所でパラに発生させたほうが効果的だったのではないだろうか。

【注5】この当時、モジュラー形式という用語を知らなかったようだ…。
【注6】昔わたしも、奇数章を読めばスリル満点アドベンチャー救出劇、偶数章を読めば宇野鴻一郎の“わたし、○○△△しちゃったんです――”みたいなエロエロ小説になるものを書こうとしたことを思い出した…。

(2015/4/4改訂)

H逆説の日本史5 中世動乱編 (1997)
源氏勝利の奇跡の謎
井沢元彦小学館文庫歴史薀蓄
382頁600円★★★★

 やっとこさ武士の時代に入った。
 武士勃興が歴史の必然であったことや、あるいは判官贔屓に偏った源義経擁護から離れて、俯瞰的に源頼朝の立場を考える歴史観は、最近では著者に限った主張でもないので、相対的に今までで一番おとなしい内容と言えないこともない。しかし“けがれ”の思想と武士の関係についての展開は著者らしい論調で、どこまで鵜呑みにできるかはわからないにしても、なるほどそういう見方ができるのかと感心させられた。

 武士の興りと関連して、そもそも平安期が軍隊を放棄し、歌詠み=政治(実質的には全く政をしていないということだ…)の言霊社会であったことは、あらためてそれが日本にしか起こりえなかった異常な事態であったことが、解りやすく説明されている。あれ、この内容は前巻だったっけ? 判らなくなってしまった。

 それはともかく、この文庫版が出てからかなり経っているのだが、今年の大河ドラマとリンクする【注6】と思われる第6巻はなぜに出ないのか。タイムリーな間はハードカバーを買わそうとする戦略か。

【注6】2001年の大河ドラマは「北条時宗」だった。

(2015/4/4改訂)

Iタクラマカン
 A Good Old-Fashioned Future (1999)
B・スターリングハヤカワ文庫SF
432頁800円★★★★

 「ニューロマンサー」を中途で挫折したという不甲斐ないわたしは、これまでサイバーパンクを敬遠してきたのだが、その系統の本書を手に取ったのは、もちろん題名に惹かれたというのが全てだ。

 後半の三編、「ディープ・エディ」(Deep Eddy)「自転車修理人」 (Bicycle Repairman)、そして表題作の「タクラマカン」 (Taklamakan)は、アジア圏、ヨーロッパ圏、オーストラリア圏の3つに政治経済グループが分割された近未来が舞台で、それぞれの主人公が別の短編にちょい顔を出すといった程度の緩やかな繋がりがある。
 怖れていたように、情報化の新技術とかネット空間に意識が入り込んで云々といった話でなくて良かった。頭にプラグをぶっ挿して白目剥いてアワアワされると読む気がなくなってしまうので…。
 本書ではその辺りの設定はすでに常識範囲として、背景でさらっと描かれている。
 ストーリーも「タクラマカン」を除けば大層なワンダーがあるわけでもなく、物語世界の細かなディティールと、その社会の中で生まれ育った登場人物とわたしたちの感性の違いを味わうのが宜しい読み方なのだろう。

 前半のシリーズ外の四編には、最早SFではないものが含まれるが、ルーディ・ラッカーとの共作で、クトゥルー神話のパロディのような「クラゲが飛んだ日」 (Big Jelly)もユーモアたっぷりでほのぼのできる。わたしのイチオシは冒頭の「招き猫」 (Maneki Neko)だろうか。日本語をそのまま題名にした最も短い作品だ。

 ネットユーザーは自分の希望をネットに流しておくと、ネット上の誰かが少しずつ自分の希望に沿った善意を施してくれる。そしていつの間にか、自分の希望が叶えられているシステム。
 もっとも、相互的なシステムだから、自分もまたネット上の誰かのために、わずかなことをしてやらねばならない。しかし自分の日常の行動範囲でできるちょっとした善意は、自分が受けるメリットとは比べ物にならないくらいに僅かな代償だ。携帯しているポケコンからの指示にちょいちょいと従ってやれば良いのだから。人間が総体的には善であることを信じたシステムだ。しかし当然社会には悪い奴もいるので、自分では誰かのために善意を施したつもりでも、知らず犯罪行為の一助を成してしまうかもしれない・・・。

 なるほどお馬鹿で他愛ないショート・ストーリーだが、近年躍進の目覚しい小口流通業では、互いに同業他社の便を一部利用して効率化を計るシステムは実際に稼動しているらしいし、想像してみるとちょっと楽しい。

 しかしよろしくないのはこの表紙で、これは眼鏡型の高性能情報端末をかけたピートとその相棒だが、どう見てもサンプラザ中野にしか見えない。
 迷彩服は環境に合わせてパターンが変化する設定だが、一体タクラマカンのどこでウッドランド・パターンが必要でしょうか?

(2015/4/4改訂)

J催眠 (1997)
松岡圭祐小学館文庫
504頁619円★★

 最近日本人作家のホラーが人気だ。よく映像化されてもいる。流行に乗せられるのは嫌いだが、実際「パラサイト・イブ」「リング」もなかなか面白かったし、「黒い家」はとても怖かったものだから、本書にもかなり期待して読み始めた。
 よく考えてみると、本書が「千里眼」のように映像化されたのか知らないのだが、映像化されたホラー作品の原作のように思い込んでいた。なんにせよこれがえらい拍子抜けだった。

 発表時に即読めば、あるいはそれなりに楽しめたのかもしれないが、多重人格や精神障害を扱った小説や映像がこれだけ溢れては、新たな面白みを感じることはできなかった。

 多重人格障害者を刑事事件から救おうとするカウンセラー、嵯峨敏也の活躍がメインで話が進むが、嵯峨の上司倉石と若手のカウンセラー朝比奈の物語が代わる代わる挿入される。もちろんこれが最終的に一つの話にまとまれば良いのだが、結局は交わることなく独立したまんま。なぜ?
 メインの話にも特に劇的な展開もないし、これでは、以前面白いが多少物足りなさを感じた「五番目のサリー」のほうがまだいい。

(2015/4/4改訂)

Kチンギス・ハーンの一族
1.草原の覇者、2.中原を征く (1997)
陳舜臣集英社文庫歴史
419頁/442頁705円/724円★★★

 陳舜臣版「蒼き狼」およびその一族の記である。一巻は初代チンギス、二巻は次代のオゴディの代だ。イスタンブールにいたナイマン族のマリアの目から物語が始まるという意表をついた人物と場所からスタートする。彼女はモンゴルの中心に近いところで客観的な目線を持つ女性として、折につけ登場する。
 彼女を語部としてる訳でもないので、彼女の存在が特に必要でもない筈だが、著者はこの手のキャラが好きなようで、「秘本三国志」にも五斗米道の小容という時代の観察者が登場していた。

 著者には悪いが、本書には文化的に異質な遊牧民のにおいがしてこない。
 井上靖の飾りを削いだ文体のほうが、モンゴルの素朴な残酷さと思考の動きを表現しているように感じる。
 しかしその不満はあるにしても、二巻目からは「蒼き狼」で描かれなかった時代となる。13世紀モンゴルの隆盛と分裂、衰亡への流れには興味がある。

 二代目ハーンのオゴディ亡き後の三代目を巡る、トゥルイ家ジュチ家VSオゴディ家、チャガタイ家の争いを経て、時代は四代目のモンケへ。
 三巻ではモンケと弟フビライの確執、そして日本もまた描かれることだろう。

(2015/4/4改訂)

L脅威!不死密売団 キャプテン・フューチャー4
 The Triumph of Captain Future (1940秋)
E・ハミルトンハヤカワ文庫SF
293頁340円

 太陽系に蔓延する麻薬“生命水”。この液体を飲むと肉体は若返り、飲み続けると死すら恐れる必要がなくなるが、一旦飲んだ人間は、摂取をやめた途端みるみる歳をとり死に至る。この“生命水”の供給を一手に握り、巨万の富と権力を握ろうとする“生命王”とその密売シンジケートに対するフューチャーメンは、金星の高級リゾートでオットーを老いた大富豪に装い、シンジケートの接触を待つ・・・。

 この導入でもわかるように、これまでで最も犯罪捜査の色の濃い話である。
 最終的には、土星の<霧地方>で、伝説の鳥人を巻き込んでの生命水争奪戦と相成るが、全体的にやや地味な印象の作品だ。
 もちろんファンとしては、直接ストーリーに影響しない部分での挿話が楽しければOK。例えば顔を合わせれば喧嘩ばかりしているオットーとグラッグにしても、今回は誘拐されたグラッグを心配するオットーの一面が見られるし、逃げ出したグラッグとレトロ感溢れる見世物興行団の一幕なんかは無条件ににやりとできる。“ここら辺りは地球―火星間の定期航路の付近のはず”という素晴らしい勘に従って、捕まったシンジケートの船から、通信手段もないままに宇宙空間にとび出すグラッグはすごいぞ。
 キャプテン・フューチャー世界において、地球―火星間はどう見積もっても太平洋より狭い。

 というわけで、やっぱり誘拐されるジョオンもありぃの、パルプ・ストーリー全開の一編。もちろん“生命水”は放射性物質の影響で産まれたものだ。

(2015/4/8改訂)

Mあなたの知らないガリバー旅行記 (1985)
阿刀田高小学館文庫小説薀蓄
227頁400円★★★

 ガリバー旅行記といえば誰でも知っているが、大多数は子供の頃の絵本、または何らかのメディアから断片的に巨人国小人国の話を齧っているくらいだろう。馬の国を知っているのは半分、空飛ぶ島ラピュタともなれば、「えっ、宮崎駿の?」となるのがほとんどではないだろうか。ましてラピュタの篇の正式な題が、「ラピュータ、バルニバービ、ラグナグ、グラブダブドリッブ、及び日本への渡航記」であることを知っている日本人は果たしてどれくらいいるのか。
 かく言うわたしも知らなかった…。
 日本の近くにラピュタがあったことに驚くべきか。
 スウィフトから見れば、日本もラピュタも同じレベルの異国だと笑うべきか。

 まあそのような、一部は知っているけれど原書は知らないという名作を、著者流に噛み砕いて紹介したシリーズの一冊。どうも「旧約聖書を知っていますか」「新約聖書を知っていますか」よりも先に書かれたようだ。

 アイルランドの著名人を挙げれば最初のほうに顔を出すであろうスウィフトだが、今後わたしがガリバー旅行記の完訳を読むとも思えないから、ちょっとした興味に応えてくれる良い紹介本である。
 驚いたのは、スウィフトはスカトロマニアか!(ちょい言い過ぎ?)と思わせるほど、糞便ネタが豊富ということだ。小人国リリパットの宮殿の火事を消すのに小便ひっかける件はわりに有名なところだが、他にもかなりあるらしい。どうもスウィフトは文豪としてよりは、異端児として文学史に名を残しているようだ。

 馬の国フウイヌムでガリバーは醜悪な生物ヤフーに会う。この人間の汚い部分を戯画化したキャラクターの名前を聞いて、あれっと思ったあなたは昭和の奇書「家畜人ヤプー」を思い浮かべたに違いない。【注7】
 著者は沼正三が「ガリバー旅行記」を読んで影響を受けたに違いないと喝破している。というか、こともあろうか舌○形や肉△器について、10頁以上も説明しているくらいだ。
 本書のこの部分を読んで、ヤプーの虜になった後輩がいるが…。

【注7】今ではYAHOO!を思い浮かべる人のほうが多いか。どちらにしても本書がネタ元の筈。
(2015/4/8改訂)

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