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 @逆説の日本史4 中世鳴動編井沢元彦小学館文庫
歴史薀蓄★★★
417頁619円
 3巻を読んでからえらく長い間寝かせてしもうた。あまり動きのない平安時代というのがその理由じゃが、読んでみるとやはりぐいぐい読ませるわい。(著者の論調もあいかわらずでやや疲れるんじゃが・・・)
 得意の怨霊説での六歌仙考や、源氏物語が書かれた理由など一味違ったところから平安時代を語っておる。藤原摂関政治から院政への流れも、中学高校でこれくらいの説明をしてくれりゃあ、歴史好きも増えるじゃろうにのお。
 その分、意外と平将門と藤原純友の話があっさりしとったようじゃ。
 ということで、武装と(実質的な)政治を放棄した平安貴族社会から武士社会への変遷に触れながら次巻に続く。
 A故郷忘じがたく候司馬遼太郎文春文庫
歴史★★★
206頁400円
 薩摩の陶芸家、沈寿官氏との交流から、秀吉の唐入りの大幻想の挙句の朝鮮侵攻以来の日韓の関係に思いを馳せる表題作。どちらかと言えば、「街道をゆく」のようじゃな。事実、沈寿官氏は「肥薩のみち」でも登場しておる。
 残り二編は歴史小説で、それぞれ「惨殺」は戊辰戦争の、「胡桃に酒」は戦国末期の一断面を描いとる。
 戊辰戦争と言えば薩長土肥の時勢に乗った進撃が目立つ。そのイメージは例えば白虎隊であったり、函館戦争であったりするんじゃが、官軍とは言えども先鋒部隊には様々な悲喜劇が発生しとるようじゃ。いくら京や大阪で旭日の勢いの官軍とはいえ、江戸では未だ彰義隊が上野に篭っていた時期、まだまだ東北は徳川250年で培った保守意識の中にあったんじゃ。そんな中に本来漁
村出身の小人の男が、どうした弾みか奥羽鎮撫の先兵200の参謀として進軍してしまった悲劇は痛々しい。
 「胡桃に酒」のほうは、細川忠興の妻たま――もちろん細川ガラシャのことじゃが――の半生を描いとるんじゃが、こちらはこちらでかなり衝撃的じゃった。わしは細川忠興には、父親の幽斎が方向を決めたにせよ、信長、秀吉、家康と上手く主を変えながら御家をさらに繁栄させたんじゃから、相当な出来物でなんとなく孝行息子のイメージがあったんじゃが、なんと、こんな病的な悋気の持ち主じゃったとは。たまも武士の妻としての行動倫理に従って大阪の屋敷を吹っ飛ばしたわけではなく、いやもちろん何処からが作者の脚色かは解らんが、そういう解釈ができるっちゅうことで、なんとも驚いたな。
 B不自然な死D・L・セイヤーズ創元推理文庫
探偵★★★★★
364頁620円
 食事中のピーター卿とパーカー警部が、検死審問の実施に対する判断について話題にした時、隣席から医者だと名乗る男が口を挟んだ。なんでも最近、その医者が担当していたドーソンという裕福な老婦人が、彼の診断よりかなり早く死を迎え、不審に思った彼が解剖を主張したものの、殺人の痕跡は発見されなかったのだという。
 これに興味を覚えたピーター卿が渋るパーカー警部を巻き込みつつ、自然死として完全に片のついた件について、例によって独自の捜査を開始する。その結果、老婦人の死を早めたかもしれない人物はただ独り、夫人を看護していた姪メアリのみ。だが老婦人の遺産はもともと彼女に渡ることになっていたという。はたして、これは本当に殺人事件なのか。しかしピーター卿が新聞広告に
罠を仕掛けたとき、思いもかけぬ凶悪な事件へと発展するのだった・・・。
 あいかわらず悠悠自適に趣味の探偵道楽に耽るピーター卿じゃが、今回一抹の疑問の残る自然死から連続毒殺事件へと発展してしまったのは、間違いなく彼のお節介からじゃ。シリーズでも珍しい凶悪な犯人を捕まえることができたんじゃから非常なお手柄には違いないが、彼の新聞広告がなければドーソン婦人以外は死ぬ事なく、ピーター卿自身やクリンプスン嬢も危うい目にあうことなかったんじゃから、貴族の道楽にも困ったもんじゃ。まあ彼もかなり今回の展開には落ち込んだようじゃが。
 和歌山のカレー事件や愛犬家殺人もそうじゃが、毒殺というのは殺人行為に対するスレッシュを下げてしまい、安直に繰り返してしまうようになるんじゃのお。怖い怖い。
 フーダニットではなく、アリバイ崩しとしても大したものではない本作が物語として上手くできておる一つの要素は、最後の最後まで犯人が登場してこないことじゃろう。話の中心人物であり、会話の中では幾度となく言及される犯人がなかなか舞台に登場してこないというのは、宮部みゆきの「火車」を思い出すのお。あれも見事じゃった。また今回、ピーター卿の先兵として初登場のクリンプスン夫人もええ味を出しておったぞ。ピーター卿はまるでミス・マープルを配下に持っておるようじゃ。
 C中国歴史の旅
  (上)北京から西域へ/(下)上海から桂林へ
陳舜臣集英社文庫
歴史薀蓄★★★
206頁/189頁381円/381円
 小説を読むときにその舞台となっている土地の風景が浮かぶかどうかというのは、その小説の印象を大きく変えてしまう大きな要素じゃ。これが歴史小説、しかも日本とは全く風土の異なる広大な中国を舞台としたものならより重要じゃが、これは結構大変なことじゃ。漠然とだだっ広い黄色い大地と、場合によっては水墨画に描かれるような山峡を思い描くことはできても、地理関係や距離感を掴むのは難しい。わしも最初に三国志ものを読んだ時には、黄河と長江のどちらが北かくらいしか知らんかったもんじゃから難儀したわい。今ではその時よりは多少ましとは言え、こういう本を読んでおくのは非常に有効じゃな。
 中国南部を扱った下巻では、三国志の呉や、それに続く南部諸王朝、あるいは南宋よりも、太平天国や共産党に因んだトピックが多かったが、残念ながら今のわしにはその辺りがほとんどわからん。早いとこ「太平天国」や「阿片戦争」を読まねば。  「毛沢東秘録」なんかもいずれそのうち・・・。
 Dロシア紅茶の謎有栖川有栖講談社文庫
推理★★★
326頁543円
 創元推理文庫の三冊と同様、著者名のワトスン役を配した短編集。ただしこちらの語り部有栖川有栖は、法月綸太郎と同じく推理作家という社会人じゃ。探偵役は有栖川と大学で同級だった犯罪社会学の助教授火村英生。
 しかし、わしが読んだ著者の作品はこれで三冊目じゃから確かなことはわからんが、とりあえず創元の三冊とは関係がなさそうな短編集じゃ。
 「動物園の暗号」、「屋根裏の散歩者」と最初の二編を読んだときには、おいおいしょーもないぞという感想じゃったが、六編全体の感想はまあまあの佳作というところじゃ。各編の人物紹介なども要領よくまとめられ、ストレスなく読めるわい。探偵役としての火
村は若干キャラクターが弱いようじゃが、有栖川との掛け合いが友人同士の気安さがよく出ていて好感が持てる。関西が舞台であることも、わしとしてはポイントが高くなるとこなんじゃが、創元のシリーズと違って、有栖川以外の登場人物も関西弁でぽんぽんしゃべり出すのを文で読むと、結構くどく感じてしまったりするもんじゃの。もちろん、こんな文体で書いとるわしに言えた道理はないんじゃが・・・。
 E焦茶色のパステル岡嶋二人講談社文庫
推理★★★
379頁583円
 競馬評論家の夫が東北の牧場で競走馬の母子とともに殺された。彼は、同時に殺された仔馬のパステルの写真を東京で見てある疑問を抱き、その調査先で凶事に遭ったのである。妻の香苗は、すでに愛情は冷えた夫ではあるが、友人の競馬雑誌社の記者芙美子とこの事件を調べ始める・・・。
 どこかに競馬ミステリでありながら主役に競馬音痴をもってきたのが新鮮とあったが、それについてはたいしたことなかったのお。確かに主役は香苗じゃろうが、実際には香苗と芙美子がコンビで動く訳で、芙美子は競馬雑誌の編集部に身を置いていて当然競馬の知識はあり、推理するのも全部こっちじゃ。むしろ香苗は足を引っ張ってばかりじゃったので、わし、かなり鬱陶しかった
ぞ。性格の正反対の女性コンビが魅力的ともあったが、わしにはやや画一化された軽さとしか映らんかったしな。しかしまあ、パステルの血統詐称と競走馬界の裏側の興味で物語を引っ張っていくんじゃが、最後にもう一段捻った動機が隠されており、なかなかの佳作ではあるという印象じゃ。
 F人格転移の殺人西澤保彦講談社文庫
推理★★★
387頁629円
 自分を振った彼女を追いかけて行ったアメリカで、最後の引導を渡されてしまった江利夫は、傷心を抱えてとあるバーガーショップに入ったが、そこで巨大地震に遭遇、店にあった見るからに胡散臭げなフィルターに逃げ込んでとりあえず難を逃れた。店内にいた他の客たちも同時に逃げ込んだその場所は、なんと中途で放棄された人格転移装置の研究所であり、人格転移フィールドに入った江利夫たちが気付いたときには、既に性別や人種もばらばらな客たちの人格は玉突きのように次々に入れ替わっていた。
 しかも留学中の日本人女学生が首を絞められた死体で発見される。
 その日その店で初めて顔を見た同士の筈が、果たして、何の理由で“どの人格がどの体で”殺人を犯したのか。
 米政府機関に救助、隔離された江利夫たちが疑心暗鬼に陥る中、次の殺人が・・・。
 ぶっとんだ設定の推理小説じゃ。
 AがBに、BがCに転移というルールについては、気負って読み始めた割にはそうややこしくもなく、適時図示されることもあってすんなりと理解できたわい。なんか難しそうやからと敬遠してる向きがいるならば、そう気が舞える必要はないじゃろお。
 著者の留学経験が描写のそこかしこに効いておって良しじゃが、フーダニットのトリック自身はこじんまりとしたもので、人格転移装置という大風呂敷の前には少々霞んでしまった印象じゃ。
 ジャクリーンの性格がころっと変わってしまったのはなんや、布石か?と思ったりもしたが、オチに必要といえば必要な訳やね。大笑いしながら一気に脱力してしもうたわい。
 G幻惑の死と使途 ILLUSION ACTS LIKE MAGIC
夏のレプリカ REPLACEABLE SUMMER
森博嗣講談社文庫
推理★★★★
564頁/506頁762円/733円
 N大建築学科4年の西之園萌絵は、高校時代の友人簑沢杜萌と有里タケル/ナガルのマジックショーを観に行った。  杜萌はショーを見終わった後、久しぶりに実家に帰ったが、そこで不思議な誘拐事件に巻き込まれてしまう。両親と姉は簑沢家の別荘へと拉致され、半日遅れで杜萌もそこへ連れて行かれるのだが、銃声が響いた後、車の中に横たわっていたのは、誘拐犯の2人。家族は無事であった。目の見えない兄が行方不明なのを除いては・・・。一方、萌絵と彼女の研究室の面々は、有里タケル/ナガルの師匠である有里匠幻の屋外マジックショーを観にいくが、ショーの途中、匠幻はナイフを刺された死体となり、さらに葬儀会場から忽然と姿を消す。萌絵は修士進学への試験勉強のかたわら、この有里匠幻事件にどっぷりはまることになるが、誘拐事件の後遺症もなんとか治まり、東京の大学へ帰った簑沢杜萌の周りには不審な人影が・・・。
 有里匠幻の事件が奇数章で語られる「幻惑の死と使途」。簑沢杜萌の事件が偶数章で語られる「夏のレプリカ」
という訳じゃ。せっかく同時に文庫化してくれとるんじゃから、これは時系列に、作者の言葉を借りればシーケンシャルに読まねばなるまい。ってことで、1章ずつ交互に読んでみたぞ。
 よくもまあこんなことを考えたわいと感心じゃ。最近では米TVの「ER」とか「ホミサイド」のように複数の小ドラマをパラレルに進行させる手法をちょくちょく見かけるとはいうものの、アイディアはともかく、きちんとそれなりのレベルの物語として完成させ、出版してしまうんじゃから大したもんじゃ。実はわしもその昔、奇数章を読めばスリル満点アドベンチャー救出劇、偶数章を読めば宇野鴻一郎の“わたし、○○△△しちゃったんです”みたいなエロエロ小説になるものを書こうとしたことを思い出したぞ。無論実現せんかったが・・・。
 さて本書の感想じゃが、このアイディアだけで★4つとはいうものの、「夏のレプリカ」は同じ著者の「まどろみ消去」に出てきそうな、ということはわしの嫌いな幻想味がかった話であまり面白なかったんじゃのお。幕間で著者が述べておる萌絵が陥った混乱というのも、事実上ほとんどなかったようでがっかりじゃ。
 どうせ事件が並列に起こって探偵が混乱してしまうことを狙うのならば、もっと似たようなシチュエーションの事件を近い場所でパラに発生させたほうが良いじゃろうに。
 H逆説の日本史5 中世動乱編井沢元彦小学館文庫
歴史薀蓄★★★★
382頁600円
 やっとこさ武士の時代に入った本シリーズじゃが、武士勃興が歴史の必然であったことや、あるいは判官贔屓に偏った義経擁護から離れ、俯瞰的に頼朝の立場を考える風潮というのは著者に限らず述べているところじゃから、相対的に本巻は今までで一番おとなしめの内容じゃったようじゃな。しかし“けがれ”の思想と武士の関係についての展開は著者らしい論調で、どこまで鵜呑みにできるかはわからんにしても、なるほどそういう見方ができるんじゃと感心させられたのお。
 武士の興りと関連して、そもそも平安期が軍隊を放棄し、歌詠み=政治(実質的には全く政をしとらんちゅうことやな)の言霊社会であったことは、あらためてそれが日本にしか起こりえなかった異常な事態であったことが、解りやすく説明されておるぞ。うーむ、
しかしこれは本巻やったか前巻やったかよくわからん。4巻やったかもしれん。
 それはともかく、この文庫版が出てからかなりの時が経っているんじゃが、今年の大河ドラマとリンクすると思われる第6巻はなぜに出ないのかのお。タイムリーな間はハードカバーを買わそうとする戦略か。
 IタクラマカンB・スターリングハヤカワ文庫
SF★★★★
432頁800円
 以前「ニューロマンサー」を中途で挫折したという不甲斐ないSF保守派のわしは、これまで多少ともサイバーパンクっぽいものは敬遠してきたんじゃが、今回その系統にある本書を手に取ったのは、もちろん題名に惹かれたというのが全てじゃ。
 その表題、「タクラマカン」を含む後半の三編(「ディープ・エディ」、「自転車修理人」)は、アジア圏、ヨーロッパ圏、オーストラリア圏の3つに政治経済グループが分割された近未来が舞台で、個々の短編集の主人公が別の短編にちょい顔を出すといった緩やかにつながりを持たせた作りになっておる。いやしかし、情報化の新技術とかネット空間に意識が入り込んで云々といった話でなくて良かったわい。頭にプラグをぶっ挿して白目剥いてあわあわ蠢かれると読む気がなくなってしまうからのお。本書ではその辺りの
ことは物語世界では常識として、背景にさらっと描かれておる。ストーリー自身も「タクラマカン」を除いては特に大層なワンダーがあるわけでなく、物語世界の細かなディティールと、その社会の中で生まれ育った人物たちとわしらの感性の違いを味わうのが宜しい読み方なんじゃろう。
 前半のシリーズ外の4編には、最早SFではないものが含まれるし、R・ラッカーとの共作で、クトゥルーのパロディともとれる「クラゲが飛んだ日」もユーモアたっぷりでほのぼのできる。わしは冒頭の最も短い短編、「招き猫」が面白かったかのお。
 ネットユーザーは自分の希望をネットに流しておくと、ネット上の誰かが少しずつ自分の希望に沿った善意を施してくれる。そしていつの間にか、自分の希望が叶えられているシステム。もっとも、相互的なシステムじゃから、自分もまたネット上の誰かのためにわずかなことをしてやらねばならない。しかし、自分の日常の行動範囲でできるちょっとした善意は、自分が受けるメリットとは比べ物にならないくらいに僅かな代償じゃ。携帯しているポケコンから指示にちょいちょいと従ってやれば良いのだから。人間が総体的には善であることを信じたシステムじゃが、当然社会には悪い奴もおって、自分では誰かのために善意を施したつもりでも、知らず犯罪行為の一助を成してしまうかもしれない・・・。
 なるほどお馬鹿で他愛ないショート・ストーリーじゃが、近年躍進の目覚しい小口流通業では、互いに同業他社の便を一部利用して効率化を計るシステムは実際に稼動しておるらしいし、夢物語として、ちょっと想像してみると楽しい。
 しかし頂けないのは表紙で、これは眼鏡型の高性能情報端末をかけたピートとその相棒じゃが、どう見てもサンプラザ中野にしか見えん。環境に合わせて模様が変化する迷彩服も、あほの一つ覚えのようなこの柄はやめてほしい。一体タクラマカンのどこで濃紺、茶、緑のウッドランド・パターンが必要というのだか。
 J催眠 hypnosis松岡圭祐小学館文庫
★★
504頁619円
 最近日本人作家のホラーが流行でよく映像化されとる。他人と一緒に流行に乗せられるのはわしが絶対したくないことじゃが、実際「パラサイト・イブ」や「リング」もなかなか面白かったし、「黒い家」はとても気に入ったもんじゃから、本書にもかなり期待して読み始めたんじゃ。よく考えてみると、「千里眼」のように本書が映像化されたのか判っとらんのじゃが、どうも映像化されたホラーの原作のように捉えておったようじゃ。なんにせよ、これがえらい拍子抜けだったわい。発表時に即読めば、あるいはそれなりに楽しめたかもわからんが、多重人格や精神障害を扱った小説や映像がこれだけ溢れた今、何等わしの目から新しい鱗を取り去ってくれるような感動はなかったわい。
 話の展開としては、多重人格障害の患者である入江由香を刑事事件から救おうとする東京カウンセリング心理センターのカウンセラー、嵯峨敏也の活躍というのがメインなわけじゃが、同センターの嵯峨の上長倉石と若手のカウンセラー朝比奈のそれぞれの物語が代わる代わる挿入されるんじゃな。もちろんこれが最終的に一つの話にまとまればいいのじゃが、結局は独立したまんまじゃ。メインの話も特に劇的な展開もなかったしな。これでは、前に“面白いが多少物足りやん”と評した「五番目のサリー」のほうが遥かに良かったのお。
 Kチンギス・ハーンの一族
  1.草原の覇者、2.中原を征く
陳舜臣集英社文庫
歴史★★★
419頁/442頁705円/724円
 陳版「蒼き狼」およびその一族の興亡ということで、1巻は初代チンギス、2巻は次代のオゴディの代じゃな。イスタンブールにいたナイマン族のマリアの目から物語が始まるという意表をついた人物と場所からのスタートで、以降、彼女はモンゴルの中心に近いところで客観的な目線を持つ女性として、折につけ登場する。
 彼女を語部としてる訳でもないので、彼女の存在が特に必要でもないというもんじゃが、どうも著者はマリアのようなキャラクターが好みのようじゃ。「秘本三国志」にも五斗米道の小容という似たような時代の観察者が登場してきたのお。
 著者には悪いが、本書には「秘本三国志」よりはるかに文化的に異質な遊牧民のにおいがしてこず、それが不満じゃ。わしにはハードボイルドのように飾りを削いだような井上靖の文体のほうが、モンゴルの素朴な残酷さと思考の動きを表現しているように感じるわい。
 しかしその不満はあるにしても、1巻はともかく2巻からは、「蒼き狼」で描かれなかった時代じゃから、世界に影響を与えた13世紀モンゴルの隆盛と分裂、衰亡への流れは興味あるところじゃ。二代目ハーンのオゴディ亡き後の三代目を巡る、トゥルイ家、ジュチ家VSオゴディ家、チャガタイ家の争いを経て、時代は四代目のモンケへ。こうして3巻ではモンケと弟フビライの確執、そして日本もまた舞台に登場することじゃろ。
 L脅威!不死密売団 キャプテン・フューチャー4E・ハミルトンハヤカワ文庫
SF
293頁340円
 太陽系に蔓延する麻薬“生命水”。この液体を飲むと肉体は若返り、飲み続けると死すら恐れる必要がなくなるのだが、一旦飲んだ人間は摂取をやめた途端みるみる歳をとり死に至る。この“生命水”を一手に握り、巨万の富と権力を握ろうとする“生命王”とその密売シンジケートに、フューチャーメンは金星の高級リゾートでオットーを老いた大富豪と装い、シンジケートの接触を待つが・・・
 この導入部でもわかるように、これまでで最も犯罪捜査の色の濃い話じゃ。最後には土星の<霧地方>で、伝説の鳥人を巻き込んでの生命水争奪戦と相成るわけじゃが、全体的にやや地味な印象の作品じゃな。
 もちろんファンとしては、直接ストーリーに影響しない部分での挿話が楽しければOKじゃ。例えば顔を合わせれば喧嘩ばかりして
いるオットーとグラッグじゃが、今回は誘拐されたグラッグを心配するオットーの一面が見られるし、逃げ出したグラッグとレトロ感溢れる見世物興行団の一幕なんぞは無条件ににやりとできる。余談じゃが、“ここら辺りは地球―火星間の定期航路の付近のはず”という素晴らしい勘に従って、捕まったシンジケートの船から、送信手段もなしに宇宙空間にとび出すグラッグはすごいぞ。キャプテン・フューチャー世界での地球―火星間はどう見積もっても太平洋よりは狭そうじゃ。
 というわけで、やっぱり誘拐されるジョオンもありいの、30年代当時のパルプ・ストーリー全開の一編じゃ。あー当然“生命水”は泉の中の放射性物質の影響で産まれたものじゃぞ。
 Mあなたの知らないガリバー旅行記阿刀田高新潮文庫
文学薀蓄★★★
227頁400円
 ガリバー旅行記といえば誰でも知っている話じゃが、大多数は子供の頃の絵本、または何らかのメディアから断片的に巨人国や小人国の話を齧っておるくらいじゃろう。馬の国を知っているのは半分、空飛ぶ島ラピュタともなれば、「えっ、宮崎駿の?」となるのがほとんどとちゃうかのお。ましてラピュタの篇の正式な題が、“ラピュータ、バルニバービ、ラグナグ、グラブダブドリッブ、及び日本への渡航記”であることを知っとる日本人は果たしてどれくらいおるのか。かく言うわしも知らんかった。
 日本の近くにラピュタがあったことに驚くべきか、スウィフトにしてみれば日本もラピュタも同様の異様な国だったと笑うべきか。
 まあそのような、一部は知っているけれど原書は知らんという名作を、阿刀田流に噛み砕いて紹介したシリーズの1冊で、どうも「旧約聖書を知っていますか」「新約聖書を知っていますか」よりも先に書かれたようじゃ。
 アイルランドの著名人を挙げれば最初のほうに顔を出すであろうスウィフトじゃが、まあわしがガリバー旅行記の完訳を今後読むとも思えんから、ちょっとした興味に応えてくれるええ紹介本じゃな。
 驚いたのはスウィフトの原著では、彼はスカトロマニア(ちょい言い過ぎか?)なのではと思わせるほど、糞便ネタが豊富らしいということじゃ。小人国リリパットの宮殿の火事を消すのに小便ひっかける件なんかはわりに有名なところじゃが、他にもかなりあるそうじゃ。どうもスウィフトは文豪としてよりは、異端児として文学史に名を残しておるようじゃな。
 馬の国フウイヌムでガリバーは醜悪な生物ヤフーに会う。この人間の汚い部分を戯画化したキャラクターの名前を聞いて、あれっと思った君は昭和の奇書「家畜人ヤプー」を思い浮かべたことじゃろ。阿刀田高はこの作者が「ガリバー旅行記」を読んで影響を受けたに違いないと喝破しとる。というか、こともあろうか「〜ヤプー」の舌○形や肉△器について、10頁以上も説明しとるくらいじゃ。わしは本書のこの部分を読んでヤプーの虜になった奴を知っとるぞ。
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