2002年 2月
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@密室・殺人 (1998)
小林泰三角川ホラー文庫推理
395頁762円★★★

 亜細山中の別荘で離婚調停中の女が死んだ。自分の部屋の窓から落ちた状態で発見され、部屋は施錠されていた。論理的に考えて自殺しかありえないが、事前の死者の言動から考えてそれも不自然だ。夫の母からの依頼を受けた四里川探偵社の助手、四ツ谷礼子が現場に向う。自分自身は理屈を捏ねて動かず、助手に捜査をまかす四里川の意図は・・・。

 角川ホラー文庫から出た本なのだから、普通の推理小説でないだろうとは思うわけだが、これはかなり裏切られた。しかもいい意味でなのか、悪い意味でなのか、自分でもよく判らないという…。

 意外と普通の推理小説だった。しかも地味な。
 いや地味というのは言い過ぎだが、いくら推理小説の体をしていても、実はホラーなんでしょ!と確信していた割りには…、というところか。
 <ネタバレ反転>クトゥルー的な方向が見え出した時点で“ほらきたっ!”と構えれば、まさかそれがスケープ・ゴートとは…。
 このウッチャリを許せるかどうかは、オチのインパクトにかかってくるところだが、個人的には、本書に含まれる各ジャンルが、すべて中途半端に感じてしまった。ホラーを期待して読んだところが、一番おどろおどろしかったのは、四ツ谷礼子が列車の中で老人たちにからまれるシーンだとは、ちょっと悲しいと言わざるをえない。

 わたしが一番興味を引かれたのは、著者が現役の関西大手家電メーカーの社員らしいという事だ。松下?

(2015/1/18改訂)

A肥前の諸街道 街道をゆく11 (1977.4〜1977.8)
司馬遼太郎朝日文庫歴史/紀行
202頁400円★★★

 本巻は、唐津湾から松浦半島を経て平戸島へと九州北部を西へ、そして西彼杵(にしそのぎ)半島を南下して長崎へ向うという旅だ。

 平戸島の稿では、江戸期の兵学というものが陣触れや行軍の様式や首実検の方法等の作法に終始していて、実用的に戦争に勝つ技術を習得すべきものではなく、しかも皆はそれを薄々知りながらも依然として兵学をありがたがって拝聴していた。これが日本人に特筆すべき機微だというのが興味深い。この辺りの洞察が著者の持ち味だ。この一見本書の紀行と関係のない話は、幕末に松蔭吉田寅次郎が平戸へ留学に行ったという事跡から連想したものだ。本書が紀行文でありながら歴史エッセイとしての比重が高い所以である。

 北九州の海岸部を舞台にした歴史的事件といえば、文永の役弘安の役の二度に渉る元寇をまずは思い浮かべるが、その辺りは本書では意外にもさらっと流されて、室町後期から江戸初期にかけての海外貿易の窓口としての歴史がメイン・トピックになっている。その中でも、戦国初期に松浦党を従えてポルトガルを誘致したという、王直なる人物についての話題が興味深い。王直はの官制に含まれた人物ではないが、平戸で自らを徽王を名乗り、周囲に官職を置いたという。
 この意味で、戦国時代のこの時期、北九州の一部は明に含まれていたと考えることもできる。

(2015/1/18改訂)

B冒険の惑星V The Dirdir (1969)
冒険の惑星W The Pnume (1970)
J・ヴァンス創元推理文庫SF
235頁/226頁―/―★★★★★

 カチャン大陸にてワンフの宇宙船を盗み出し、地球へ帰還するというアダム・リースの作戦は失敗した。大洋を西へ渡った彼は、これまでその凶暴性が囁かれながらも、直接関わる事のなかったディルディルが君臨するキスロヴァン大陸に上陸する。ディルディルの宇宙船を盗み出す事はまず不可能だが、彼らの膝元にあるシヴィシでは、闇で宇宙船を調達することも可能らしい。しかしそのためには莫大な資金が必要だ。リースと彼の盟友となったディルディル人のアナコ、元オンメールのトラズの三人は一攫千金を狙ってシークィン探しを決断し、キャラバスへと向かう。しかしベースキャンプとなる禁猟区のキャラバスを一歩出れば、そこはディルディルの人狩りエリアであった。・・・「冒険の惑星V」

 奇抜な作戦と行動力、そして窮余のひらめきで辛くも命を永らえ、地球へ帰還する宇宙船の完成も間近となったある日、突然リースは数人に袋詰にされ誘拐される。彼が連れて行かれた地下深くに、謎の種族プニュームが支配する広大な地下洞窟都市があった。リースは、プニュームキンの中性の娘ザップ210を半ばかどわかし、再び地上に戻るために広大な地下を彷徨うが・・・「冒険の惑星W」

 最初の二冊を読んで、それまでの不明を恥じてから1年、やっとこさ完結編まで読了した。
 未知の惑星で一人生き残った地球人が、生き残りをかけて知力、体力の限り運命を切り開くという、ステロな冒険活劇の枠組みながら、わが敬愛するバローズの作品群のイメージで読み出すと、これがウッチャリの連続で心地よい肩すかしを味わえる。バローズに嵌まりこんだ小中学生当時に本書を読んだならば、違和感が好きになれなかったかもしれないが。

 4巻ではザップ210との逃避行がほとんどを占め、アナコやトラズの出番はないに等しいし、あれで本当に地球に帰還できるのかと甚だ心もとなくなる。いやにあっさりと、惑星チャイを発った時点で物語りは幕を下ろしてしまうが、もう四、五冊がんばって冒険してもらっても良かった。

「冒険の惑星TU」
(2015/1/18改訂)

C数学者の言葉では (1981)
藤原正彦新潮文庫エッセイ
247頁438円★★★

 これまで読んだ著者の本は、他の偉大な数学者について語ったエッセイだったが、本書は著者自身の体験から抽出したいわゆる普通のエッセイだ。こちらのほうが先に書かれたものである。

 ある程度のまとまりを持って幾つかの章に分かれているが、個人的には、アメリカ人学生との付き合いの中から生まれた何点かのエッセイを含む「学問と文化」の章が面白かった。
 (−1)×(−1)が解らない経営学専攻の学生マーシャと、不倫問題について議論して、やりこめられそうになった話(著者はもちろん不倫反対の立場で)など、いかにも日米の違いを感じさせて興味深い。
 昔わたしが学生だった頃、日本の大学は入るのが難しく出るのが簡単で、アメリカの大学はその反対だと聞いたことがあった。すなわち高校までのアメリカ人の学力は非常に低いという理解だった。たしかに知識面ではそういった面もあるのかもしれないが、論理的思考とその表現力というのは、日本の学生の(はっきり言って大人でも)太刀打ちできるところではないようだ。

 それでも知識だけは勝っているのならましだが、最近の“ゆとり教育”なるもので、どれだけ日本人の平均的学力が下がってしまうのか、まったくもって心配だ。
 というわけで、うまい語り口で面白く読みながらも、上記のような事に思いを馳せてしまう最初の60頁余りがお薦め。

(2015/1/18改訂)

D霧越邸殺人事件 (1990)
綾辻行人新潮文庫推理
688頁857円★★★

 信州でのまずまずの公演の後、ちょっとした選択のミスから、猛吹雪の中を必死で歩き続けることになった劇団「暗色天幕」の面々たち。やっとのことで灯りのついた屋敷に避難した一行は、無愛想な使用人たちと姿を見せない主人に戸惑いながらも、とりあえずの安息にホッと胸をなでおろしていた。
 しかしその場違いに豪壮な霧越邸を舞台として、殺人劇の幕はこれから上がろうとしていた・・・。

 著者の作品は「十角館の殺人」「殺人鬼」を読んだが、いずれも今ひとつの感があった。
 「本格ミステリー館」を読んでいると本書の中身に言及しているらしく、それならばと久方ぶりに作品を読んでみた。

 やはりまんま金田一少年の事件簿に出てきそうな薄っぺらさを感じるキャラクターにはつらいものがあるが、これもまあ、あえてつっこむのは野暮というものだろう。
 いわゆるパズル的な設定にあえて拘って、さらにペダンティック趣味も雰囲気作りに加味させて書かれた本書は、その心意気や快である。しかし気負った野心作としては、少々言葉遊びに走ったきらいがあるかな。

 エピローグで、ワトスン役鈴藤【注1】の霧越邸をふりかえる旅は叙情的で少々心に沁みた。

【注1】事件中はその役柄の常で、ごちゃごちゃ思いを巡らす割りに行動力ゼロでいらいらする。
(2015/1/18改訂)

E本格ミステリー館 (1992)
島田荘司/綾辻行人
対談
角川文庫ミステリー薀蓄
319頁520円★★★

 ミステリー界の現状を知りたくて、つい発作的にこの対談集を買ってしまったが、初出の年代を考えていないものだから、チョンボをかましてしまった。
 というのは、以前島田荘司「本格ミステリー宣言U」を読んだが【注2】、本書はさらに以前の対談集のようだ。対談と言うか論争と言うか、島田荘司がミステリーの未来に対する危惧と熱い提案も、現在も引き続いている隆盛を見ると空回りしているようにしか感じないし…。

 小説の好みとしては、わたしが好きなのは島田荘司のほうだが、喋っていることは綾辻行人のほうがはるかに真っ当、というか冷静に語っている。どうも島田荘司は、抑えよう抑えようとしているのはわかるが、言葉の端々から過激さがにじみ出てしまう。彼の日本社会批判などは、根底に日本人に対する愛があるのか、心底嫌っているのかも判らないほど攻撃的だし…。
 とにもかくにも、ここまで初出が古いと、京極夏彦森博嗣西沢保彦すら登場しておらず、ほとんど読む理由が…。
 もう何十年か経てば、推理小説史を見直す際に貴重になるだろうが。

【注2】その前作である「本格ミステリー宣言」もすっ飛ばして…。
(2015/1/18改訂)

Fホンモノの文章力 (2000)
樋口裕一集英社新書国語薀蓄
216頁660円★★★

 このような雑文を書くようになって、初めて自分の文章の拙さに愕然となった。仕事で日々Eメールを書く必要もあり、一石二鳥という考えだ。

 うーん、肝心の文章力をあげる役にたったとは思えないが、いろいろと肯ける部分はあった。
 「「型」の重要性」という章では、論理的思考力に優れた欧米人の話術で、「私は〜に対してこう思う。その根拠は3つだ。まずは〜」式の知的なオーラに圧倒されることがあるが、これも一種の型である、と喝破している。【注3】
 しかしこういう喋りができれば、たしかに会議では威力を発揮するだろう。

 あと豆知識として、最近は完全に主流になってしまった“ら抜き言葉”であるが、命令形が「れ」で終わる動詞は「れる。」、命令形が「ろ」で終わる動詞は「られる。」。例えば「走れ」→「走れる」、「食べろ」→「食べられる」てな具合だ。なるほどなぁ。
 ま、文法がどうあれ、日本人のほとんどがら抜きで話すようになれば、それが正しい日本語と言わざるをえないが、個人的にはら付きでがんばる所存だ。

 ともあれ、文章を書くことで思索力をつけさせる教育を重視すべき、という著者の意見(彼もゆとり教育に危惧している)には大賛成だ。

【注3】“まずは〜”以降に2つしか並ばないとか…。
(2015/1/18改訂)

G宮崎駿の雑想ノート 増補改訂版 (1997)
宮崎駿大日本絵画兵器薀蓄
125頁2800円★★★★

 著者が好きなように描いたメカ絵本。
 とはいえ、適当に描き散らかした話かと思っていたが、意外や史実にある程度則った話が多くて、慣れると(最初は少々読みづらかった)かなりはまってしまった。
 今でこそ日本中に名を轟かせてしまった著者だが、「もののけ姫」のような座りの悪いおかしな映画を作るよりも、やはり本書にでてくるようなメカが大暴れする冒険活劇をもう一度期待したい。
 なんと言っても「未来少年コナン」のギガントや「名探偵ホームズ」の軍艦は最高だ。
 本書には味のある小話が並んでおるが、「紅の豚」の原作になった「飛行艇時代」が最もつまらなかったのは確かかな。

(2015/1/18改訂)

H図書室のドラゴン
 In Between Dragons (1990)
M・カンデルハヤカワ文庫ファンタジー
279頁520円★★★

 高校生のシャームは、周りのことごとに不平不満を持っている根暗の少年。そのシャームが、ある日わが身の不幸を嘆いて23回のため息をついた瞬間、彼は不思議な人物マクガルヴィーが管理するマクガルヴィー・ランドにいた。そして、そこの屋敷にある図書室では、本の中の世界で自由に主役を演じられるのだ。
 早速シャームは、ドラゴンと戦うスレイヤーとして、超能力悪鬼と戦う刑事として、新しい星に殖民した殖民団の司令官として、その他諸々の役柄を楽しんでいくが、彼が沸きあがるリビドーに負けて図書室にエロ本を持ち込んだことから、ファンタジー世界に様々な異常が・・・

 おー、こんな風にあらすじを紹介すると、なかなか魅力的なユーモア・ファンタジーに思えるではないか。
 しかぁしファンタジーのファンであればあるほど、本書には腹立ちと気持ち悪さを感じてしまうこと請け合いである。

 ファンタジーの楽しみ方としては、やはりまったくの異世界で程好い現実逃避の冒険を楽しむのことが第一だろう。現実を投射した風刺という方向もある。現実世界を舞台にした場合に、臭くなったり重くなったりしがちなメッセージを、ファンタジーというオブラートでくるむことで、読み手が受け入れやすくなる効果があるが、本書が風刺であるとすれば、その批判される対象は現実を忘れて夢物語にうつつをぬかす読者なのだ。
 本書を手にとる客層こそを皮肉る。これは高度なメタフィクションである。
 わたしも本書を楽しめるくらいの心の広さがあればと思うが、残念ながら気持ち悪さと腹立たしさをぬぐえなかった。

(2015/1/18改訂)

I99%の誘拐 (1988)
岡嶋二人徳間文庫犯罪
396頁571円★★★

 生駒洋一郎が興した半導体メーカーは着実に業績を上げていったが、さらなる発展のために規模を拡大しようとしていたその時、彼の一人息子が誘拐されるという事件が起きた。新工場設営のために掻き集めた資金が身代金として使われ、息子は無事に帰ってきたものの、生駒の会社は大手カメラメーカーのリカードに買収されてしまった。
 それから二十年、今度はリカード社長の息子が誘拐された。そして犯人の指示により身代金の運搬役に指名されたのは、リカード社員となっていた生駒の息子慎吾だった・・・。

 「そして扉が閉ざされた」「クラインの壺」と並んで、著者の代表三部作とよく称される最後の1冊をやっと読んだ。
 本書は犯人探しではなく、犯人が立てた緻密な計画がどこで齟齬をきたすのか、あるいは完全犯罪なるのか、といった興味で読むサスペンスだ。しかし岡嶋二人作品の常で、そこそこ面白いのだけれど、悲しいかなそこで止まってしまう…。

 しかし、本書が80年代の本であることを考えると、コンピューターをフルに使って組み立てた犯罪は、きわめて斬新だったのか。「クラインの壺」でのバーチャル・リアリティといい、著者は最新技術を組み込むのが得意だね。

(2015/1/18改訂)

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