2002年 6月
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@シルクロードの大旅行家たち (1999)
加藤九祚岩波ジュニア新書歴史薀蓄
208頁740円★★★

 岩波“ジュニア”新書であるから、中高生向きに書かれた本なのだろうが、大人が読んでも十分々々。張騫玄奘三蔵マルコ・ポーロの事績くらいはなんとなく知っていても、ルブリュックブルジェワリスキーなどは初耳で、とても新鮮に読めた。
 他にイブン・バットゥータスタインを加え、7人のシルクロード発見者――その土地に住んでいた人間にとってはなんだそれ、だが――を数十頁ずつ紹介した本だ。もちろん他の文化圏への紹介という意味で大きな功があるわけだ。

 題名からも判るように、人物にスポットを当てているので、彼らが発見した遺物を含む様々な文物に対する記述は少ないが、わたしのような腰が重い人間にとっては、人生を旅に捧げたような彼らに尊敬の念を感じる。しかし旅に生きるがために、他の多くのものを犠牲にしていることも確か。
 まぁ後世に名が残ったのだから良しとするのか…。

(2014/3/30改訂)

 
A時のロスト・ワールド  キャプテン・フューチャー8
 The Lost World of Time (1941)
E・ハミルトン祥伝社文庫SF
259頁320円

 ある小惑星で謎のメッセージが受信された。遥か太古から未来へ向けて発信されたという内容を伝えられ、半信半疑で現地へ向うフューチャーメン一行。なんとメッセージは、太古の昔に火星と木星の間に存在した惑星カタインから、一縷の望みを託して未来へと送られた救難信号だった。
 救難信号の送信者、カタインの科学者スロ・スウンの期待に答える為、フューチャーメンたちは運良く初期実験を終えていた時間移動機をコメットに据え付け、勇躍遥かな過去の太陽系へと出発する。しかし目的の時代に到着早々、地球の第二の月とのニアミスをおこしたコメットは、恐竜時代の地球へ不時着、中破してしまう・・・。

 前巻の「透明惑星危機一髪」で、太陽系最強最悪の悪の科学者、火星の魔術師ウル・クォルンを倒したことで、太陽系内にはフューチャーメンに対抗しようとするスケールの大きな犯罪者はいなくなってしまったらしい。
 本巻以降では犯罪捜査の色は薄くなっていくのだが、児童向け抄訳版(題名はたしか「たたかうフューチャーメン」)が出ていたこともあり、キャプテン・フューチャーシリーズの中でもかなりメジャーな作品ではなかろうか。

 その意味でわたしにも思い入れの深い一品だが、思いの外再読の印象は薄かった…。
 惑星の爆発を間近に控えて、民族を揚げて太陽系外へ移住の旅を選択するか、それとも火星への殖民か。太陽系外への長い旅には燃料の問題があり、火星への殖民を選べば古代火星人との闘争は避けられない。この一触即発の危機をフューチャーメンはどう救うのかという展開だが、いかんせん頁数が短くてあっさりしすぎである。
 ラストのオチにはその昔とても感心した記憶があるが、「星を継ぐもの」を読んだあとでは物足りないのは仕方がない。もちろんJ・P・ホーガンも幼少の頃に本書を読んでいた可能性はかなり高いから、本書の歴史的価値にはいささかの揺るぎもない。

(2014/3/30改訂)

B魔道士の掟@ 探求者の誓い
 Wizard's First Rule (1994)
T・グッドカインドハヤカワ文庫ファンタジー
341頁660円★★★

 ウェストランドでの森の案内人をしているリチャードは、父親を殺した犯人の手がかりを探している途中、カーランという娘を助けた。彼女はミッドランドから<境>を抜けて来たのだと言う。ミッドランズでは邪悪の大魔導士ダークン・ラールが蘇り、恐るべき陰謀を企て始めている。ダークン・ラールを倒すには、<境>で大陸が三分される前にウェストランドに移り住んだという魔導師と、彼が指名する“探求者”のみ。
 果たしてリチャードはカーランを助けて、魔導師と探求者を探し当てることができるのか・・・。

 いまどき珍しい挿絵付き。アニメ絵でもないものだから、読み続けられるシリーズになればいいなあと思って手を出してみたが、しかしこの盛り上がりのなさはなんだろう。

 著者は自分が書きたいのは魔法や世界なんかではなく人間だと豪語しているらしいが、お利巧さんな印象しかないリチャードに魅力はないし、人間を描くのはそら大事だろうが、まずはストーリーありきだ。
 もちろん元々長大な1冊を5分した最初の1冊ということで、本巻は登場人物の紹介篇ということになる。これから布石や伏線がはりめぐらされてどんどん面白くなっていく可能性はあるが、あとがきにあるような“本書で十分グッドカインドの希代のストーリーテラーぶりが感じられる”というのは、JAROに電話ものだろう。

 カーランは魔導師と探求者を探すために、独りで<境>を抜けてウェストランドの国へやってきた訳だが、一体ウェストランドがどれくらいの広さと人口があるのか知らないとは言え、まったく年末ジャンボに当たるほどの引きの強さで、これを安直と言わずしてなにが安直。
 それをさておいても、カーランの“約束”に対する拘りに代表されるように、いかにも神との契約をするキリスト教のきつい臭いを感じるので、はたして日本で売れるのかな?

(2014/3/31改訂)

C熊野・古座街道、種子島みちほか 街道をゆく8 (1977)
司馬遼太郎朝日文庫歴史薀蓄/紀行
291頁520円★★★

(1)熊野・古座街道
 和歌山県は海岸線の際まで山がせり出していて、町にできる土地の少ない県である。わたしはその沿岸部を走るR24は何度も走っているものの、今回旅の始まりとなる熊野・古座のみちのような、ちょっと山側に入った道は一度も走ったことがない。この道に限らず熊野詣に関係する古道は、いずれ足をのばさなければならんと、かなり前から思ってはいるのだが、腰が重くてなかなか実行に移せない。(なんと2014年現在もそうだ…)
 その腰を軽くさせる意味でも本書に期待したのだが、どうも文中から察するに、著者はこの当時「翔ぶが如く」を執筆中のようで、この熊野・古座のみちだろうが、西吉野のみちだろうが、どうしても連想が薩摩兵児に結びついてしまいがちで、その土地、その道に直結したトピックが少なかったのが少々残念だ。

(2)種子島みち
 西南戦争を語るうえでひとつの疑念となるのが、なぜに圧倒的なカリスマを持った西郷隆盛が、暴発した若手にまんまと担がれてしまったのかということじゃが、著者は西郷が作った私学校と昭和初期までは日本各地でも見ることができた若衆組との類似を提示しとる。共同体中で特殊な位置を占めた若衆組は、その行動に対して、ある程度大人でも尊重または不可侵であったとのことで、さほど昔の話でもないこの若衆組の存在は面白い。
 二.二六事件のときの青年将校暴発の際にも、事の是非を超えて、将軍たちの“若いもんは元気があってしゃあないのお〜”的な反応が、西南戦争の西郷にも現れたのではなかろうかと考察じゃ。西郷の特殊な人格ではなく、もっと広くつい近年まで残っていた日本人の風習に、その因を見出そうとしているのが興味深いのお。

 多少ずれる気もするが、夜這いの風習にも絡む風習なので、昭和13年の都井睦雄の30人殺し(島田荘司「龍臥亭事件」に詳しい)を思い出してしまったわい。

D面白いほどよくわかるクラウゼヴィッツの戦争論 (2001)
大澤正道オーム社歴史薀蓄
244頁1300円★★★

 クラウゼヴィッツの戦争論は、ドイツの有名な作戦家モルトケがオーストリアを破って有名になったときに、彼の愛読本として一躍世界的に有名になった。
 明治の日本陸軍は普仏戦争を見てドイツを手本としたから、このクラウゼヴィッツの戦争論もしっかりと勉強されただが、日露戦争の後は知ってのとおりだ。著者はクラウゼヴィッツが十分に研究されていなかったと嘆くが、彼は孫子と比べると精神力重視のようだから、日中/太平洋戦争当時の日本軍が精神力万能の錯覚にとらわれて、組織としての狂気へまっしぐらに進んでしまった理由の一部は、クラウゼヴィッツ論の中に萌芽があったと考えることもできる。西のクラウゼヴィッツに対する東の孫子の兵法は、おそらく当時は軽視されていたと想像できるし。

 孫子とクラウゼヴィッツでは、孫子もしっかりと抑えていた“スパイの効能”について、クラウゼヴィッツはひとことも触れていないらしい。孫子より2000年近くも新しいクラウゼヴィッツが、諜報活動に重きを置いていないとは不思議だ。もちろんクラウゼヴィッツのほうが扱う戦争の規模は大きくなっている筈だが、彼の時代と現代の戦争形式もまた大きく異なっているわけで、上に核の抑止力を置いた限定戦争やテロとの戦争についての言及も当然ながら無い。

 という訳で、著者がなぜに一般向けにクラウゼヴィッツを紹介したかったのか、わたしにはよく解らなかった。それに日中/太平洋戦争当時の軍部を容認しすぎているようで、少々気持ちが悪い。
 ふ抜けた日本に喝を入れたい気持ちは解るが、当時の軍部と国の指導者を擁護するのはよろしくないと思う。

(2014/4/1改訂)

E燃え続けた20世紀 殺戮の世界史
〜そして世界大戦を超える惨劇が始まった〜
 The Course of Our Times
 The Men And Events That Shaped The Twentieth Century (1977)
A・L・サッチャー角川文庫歴史薀蓄
464頁695円★★★★

 題名だけをみると、世界残酷処刑史とかなんとかの系統に感じるが、いたって真っ当な20世紀の世界史だ。扱っているのはざっくり言って、帝国主義の終わりから、第二次大戦を挟んで東西対立の始まりまでである。各国の体制がダイナミックに変遷していくのがとても興味深い。本書は三分冊の真ん中にあたっていて、読む順序を間違ってしまった。

 世界史の解説書として当然中立的な立場から書かれているのであるが、登場人物(各国のリーダーたち)の考え方や個性がほの見える記述に感心する。やはり登場人物が生きた人物として印象されると、読み手も非常に感心を持ちやすい。

 中立的な立場ということに囚われすぎると、無味乾燥な記述になってしまいがちで、もちろん脚色して話を作ってしまうわけにはいかないから、このあたりの匙加減が難しいところだが、本書は絶妙である。悔しいが日本人の歴史学者には真似のできないところではないだろうか。

(2014/4/1改訂)

F花園の迷宮 (1986)
山崎洋子講談社文庫<推理
347頁619円★★★★

 昭和7年。同じ郷里で幼馴染だったふみと美津は、揃って横浜の色町にある「福寿」に売られてきた。
 ふみから見ても羨ましいほどの器量良しの美津は、あっという間に売れっ妓となったが、ほんの数ヶ月の後、客の一人と心中事件を起こし死んでしまう。
 下働きをしていたふみは、美津の死に不審を抱き、周辺を探ろうとするが・・・。

 未だに人買いがまかり通っていた女郎屋が舞台で、作者が女性でもあることだし、虐げられた女性の不幸を暗いイメージの中で、下手すりゃ糾弾口調で滔滔とやられるのではないかと恐れていたが、意外にも社会悪がどうのこうのと言われることもなく、それぞれが普通の生活者として描かれていた。ふみも好奇心旺盛な元気な少女なので安心だ。思わずその後のふみの行く末を案じてしまうが…。

 推理小説としての派手さはないが、雰囲気のいい作品だった。わたしは第32回江戸川乱歩賞受賞作ということで、表紙を見ずに買ったからいいようなものの、本屋でこの表紙を見ても買う気にはならなかっただろう。間違いなく売れ行きを落としていると思うが…。

(2014/4/7改訂)

GTD>地底世界ペルシダー  地底世界シリーズ1
ペルシダ王国の恐怖  海外SFミステリー傑作選4
  At The Earth's Core (1913)
E・R・バローズハヤカワ文庫/国土社SF/冒険
237頁/115頁300円/971円

 鉱山主のデヴィッド・イネスは、父の友人だった老技術者、アブナー・ペリーが開発した地底モグラの試運転に同乗するが、操縦不能となった地底モグラは一路地中深くへと驀進してしまう。機内の温度はどんどん上昇し彼らは死を覚悟するが、掘削ドリルが空転し機械モグラは停止。いつの間にか機械モグラは反転して地上へと戻ったのか。
 しかしそこは、石器時代の動植物に溢れ、遠景は上方へとせりあがって消えてゆく、水平線と夜のない地底世界。しかもそこに君臨するのは人間ではなく、テレパシー能力を持った翼竜、マハール族だった・・・。

 同じERB火星シリーズと較べると一段下がるが、わたしのバイブルの一冊である。
 こちらでも書いたが、初読は小学4年の時、小学校の高学年用図書室に装備されていた児童向け版である。今回(昔読んだのとは別の本だが)抄訳版を手に入れたので、ハヤカワ文庫版と章ごとの交互に読みくらべを試みたという次第だ。(さすがに創元版と読み比べるだけのパワーはなかったのだが、あちらは武部本一郎の画なので、表紙だけは並べておく)

 まあ読み較べるといっても、抄訳版はそれこそ字数がごっそり少なくなっているので、物足りないのはあたりまえ。しかしこれだけ頁数が減っているにもかかわらず、あらすじ的に過不足なくまとまっていたことにはちょっと驚いた。わたしが読んだ児童向け版では、D・イネスが最初にプートラを脱出してから、老ペリーを案じて戻ってくるシーンはばっさり割愛されいた筈なのだが…。
 今回の版では、しっかりと(中途の冒険の一部はかなり変更されているが)残されていて感心だ。
 というのも、イネスが一度逃げたマハールの地下都市に戻ってペリーと再会するにあたっては、太陽の沈まない世界での個々人の相対的な(アインシュタインのではない)時間感覚による意識のずれが表現されていて、ある意味本書のキモだからだ。まあこの体感のずれはえらく極端に誇張されているのだが、大胆にストーリーに取り入れられていてすばらしい。日本には浦島太郎という有名なストーリーがあるが。

 とにかく、なにかと懐かしくて、この歳でも十分楽しめることが判ってほっとした。キャプテン・フューチャー・シリーズほど頭のねじを緩める必要もなかった。
 登場人物たちは概して個性は薄く(美女ダイアンがあれほどまでに影が薄いとは思わんだ)ステロな面々だが、異世界での冒険ストーリーに、あまりに個性の勝ったキャラクターは必ずしも必要ではないだろう。
 しかし、バローズ描くところの他の強力なシリーズの主人公、ジョン・カーターターザンに比べると、本シリーズのデヴィッド・イネスはやはり影がより薄く、また作中登場人物のうちペリーを除くと、唯一の文明人として他のキャラクターと関わるゆえ、優男っぽいイメージを抱いていたのだが、今回われらがデヴィッド・イネスにとんでもない履歴を発見した。

 @カレッジ時代にベースボールの投手として、大リーグから正式にスカウトされた経験あり。
 A学生時代には、あまりの足の遅さに、「ぐずぐずするな」、「タクシーを呼べ」と叱咤された経験あり。

 うーむ、優男どころかいかにもアメリカン・マッシブだ…。

(2014/4/7改訂)

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