2002年 7月
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@糞尿博士・世界漫遊記 (1972)
中村浩現代教養文庫
301頁680円★★★

 糞尿利用のクロレラ栽培に人生をつぎ込んだ、愛すべきおじさんの漫遊記。
 文中から察するに、世界的にも高名な学者のようではあるが、データや薀蓄などのアカデミックな内容はばっさりと捨てて漫遊記に徹しているので、ただの調子に乗った糞尿臭いおじさんにしか思えないところがすごい。わたしとしては、少しは学術的な内容にも触れてもらいたいところだが、前書きから、

 “随分と手前ミソも並べるかもしれない。読者よ、乞う、諒とせられよ!

とやられれば、放談にも了解せざるをえない。

 読んでいると、ソ連へ招待されたりしていて、どうやらかなり以前のエピソードではないかと気づくのだが、なんと30年以上も前のことだった。そうなると気になるのは、クロレラを始めとする微生物食料やそれを利用する閉鎖型の循環システムの現状だが、著者の大風呂敷ほどには実用化は進んでいないような。

   著者略歴を見ると、この“愛すべきおじさん”が22年も前に亡くなっていることを知って、感傷的な気分になってしまった。

(2015/4/20改訂)

A今はもうない (1998)
 Switch Back
森博嗣講談社文庫推理
529頁762円★★★

 デザイナー橋爪氏の別荘で女優姉妹が死んだ。3Fにある映写室と娯楽室でそれぞれ一人ずつ。自殺とは考えにくい状況ではあったが、それぞれの部屋どちらもが密室状態だった。おりしも大雨と嵐の影響で警察の到着が遅れる中、その別荘に滞在中の西之園嬢と笹木氏(わたし)は、事件の推理を始める。

 隣り合った二つの密室で、姉妹がそれぞれ死んでいる。二つの部屋は映写機のレンズが覗いた開口部で繋がっており、細身の人間なら通り抜けることは可能だが、重い映写機を動かす必要性からAの部屋からBの部屋にはいけるが、逆は不可というなかなか粋な設定。
 しかし毎度ながら、本書のオトし処はそんなとこにはない。

 うーん、裏表紙にあるように本書がシリーズ中のベストということはないかな。
 しかし特異な位置にあるのは間違いない。すっかりやられてしまった。
 余談だが、建築業界ではRCとは鉄筋コンクリートのことらしい。RCと聞けば、わたしなら Reliability Centerか Rockwell Colinsだな。もちろんRadio Controlもありだが。

(2015/4/20改訂)

BSFアニメの科学 (1993)
福江純知恵の森文庫科学薀蓄
262頁552円★★★★

 著者の「SF天文学入門」は、小説やマンガを導入にして、銀河やブラックホールについての最新情報を解りやすく紹介した楽しい本だった。
 本書はさらにアニメオタクをさらけだした方向からの最新科学紹介本だ。多少かぶった内容もあるが、天文学に限らず広い範囲を扱っている。(著者の専門は天文学なので、それ以外のトピックはやはり切れ味が鈍るが)
 内容を細かく挙げるのもしんどいので、最も興味深いトピックを一つ。

どうやら温度には上限があるらしい!!


 などと言うといかにも胡散臭いが、電子原子核がばらばらに飛び回るいわゆるプラズマの状態からさらに温度を上げていくと、高速の粒子の運動エネルギーが電子の質量と等価になる。そうなると粒子同士の衝突で電子と陽電子対生成するようになるという。このあたりから先はいまだ解明しきれていないようだが、これ以上温度を上げるために、外部からさらにエネルギーを加えていっても、そのエネルギーは対生成に消費されて粒子の数は増えるが温度は一向に上昇しないらしい。

 対生成が起こる条件の密度の低いプラズマで達成されるその温度は、1440億度とのこと。

 ――ゼットンの1兆度の火の玉がいかにすごいかが判る。

(2015/4/20改訂)

C剣客列伝 柳生殺法帳 (1994)
新宮正春廣済堂文庫歴史
552頁299円★★★★

 柳生一族の人々を主役に据えた短編集。
 同種の作品として、隆慶一郎「柳生非情剣」という傑作があるが、本書はそれに勝るとも劣らない。
 やや“伝奇”に寄りすぎた「柳生非情剣」よりも、むしろ勝っているかも。柳生ものでは本当に久しぶりの当たり作品だった。

(1)柳生石舟斎の拳
 松田織部と言えば、柳生一族との確執の話が思い浮かぶが、松永弾正とともにおなじみ、天下の名物平蜘蛛を絡ませて展開させた。
 松永弾正 ⇒ 柳生松吟庵柳生石舟斎のつながりで、なるほどあっても不思議じゃないと思わせる、目のつけどころがすばらしい。

(2)柳生五郎右衛門の足
 この人を扱う場合、どうしても米子で御家騒動に巻き込まれた最期が扱われる。一族の中では、どうしても悲劇の人の立ち位置になってしまうが、本編ではかなりの剣の達人として描かれているのが嬉しい。  「柳生非情剣」の「逆風の太刀」読み較べるのも一興。

(3)柳生如雲斎の鼻
 隠居時代の兵庫助利厳に上泉秀信を絡ませ、尾張柳生家の騒動を描いている。上泉伊勢守の息子?を登場させているのが新鮮だ。
 ストーリーはもちろん創作だろうが、上泉秀信という人物が存在していたのかも判らない。伊勢守より早世した秀胤やその息子で上杉氏の下で戦死した泰綱なんてのはいるが。

(4)柳生友矩の歯
 柳生十兵衛の弟左門友矩と言えば、三代家光の寵愛を受けての破格の出世と突然の病死。その裏には…と、彼にも悲劇がつきまとう。最近は十兵衛に手垢がつき過ぎたのか、友矩を主役とした小説も散見される。

 彼だけでなく、三男又十郎宗冬や十兵衛との兄弟間の関係も含めて、柳生の一族に興味を持つきっかけになる好編。「柳生非情剣」の「柳枝の剣」と読み較べるべし。
 また山岡荘八「柳生三天狗」の兄弟ほのぼのぶりと較べるのも面白いぞ。

(5)柳生十兵衛の眼
 言わずと知れた“隻眼”柳生十兵衛が生まれた経緯を描く。はっきり言って作者の数だけバージョンが存在する。
 もっとも十兵衛が隻眼だったという史実はないのだが・・・。

(6)柳生列堂の肘
 宗矩の若い側室お藤(十兵衛より若い)に産ませた子である義仙列堂と、歳の離れた兄宗冬との確執を描いた一編。列堂と言えば、隆慶一郎「吉原御免状」を始めとする鬼畜ぶりと、なんといっても「子連れ狼」の強烈な印象が思い浮かぶが、また新たな列堂像が楽しめた。

(7)柳生兵助の胸板
 兵庫助利厳の子で後の連也厳包といえば、父親とともに柳生新陰流の最高到達点として語られる程の人物。家光の前での江戸柳生家宗冬との立会いはよく語られる処だ。本編ではそこに将軍家のもうひとつの兵法指南役である、小野派一刀流を絡めているのが新鮮だ。

 本短編集に各編の初出は明記されていないのだが、解説を読むとどうやら「柳生非情剣」よりもよほど昔の作品のようだ。それにしてはイイ切れ味の話が揃っている。
 どうも柳生ものに限らず、剣豪ものには短編があっている。

 長編に柳生を出す場合、一族としてのバックボーンの豊かさを活かして、――味方にするにせよ敵とするにせよ――主役よりもむしろ脇を固めさせるほうが面白くなるだろう。

(2015/4/23改訂)

D数寄にして模型 (1998)
 Numerical Models
森博嗣講談社文庫推理
700頁933円★★★★

 M工大修士の寺林は、模型フェア会場でフィギュア修理していた晩、頭を殴られて気を失った。次の日彼が気づいた時には、彼の横にはコスプレモデルの首なし死体が。しかも部屋には鍵がかかっていたという。一方そこから近いM工大の研究室で、学部生が首を締められ殺されており、その容疑者もまた、被害者の女と待ち合わせをしていた寺林だった・・・。

 あの神戸の酒鬼薔薇事件に代表されるように、動機が怨恨や金銭でない殺人も、推理小説に随分取り入れられるようになっている。本書もそうだ。著者によると、神戸の事件とは執筆のタイミングも重なっていたというが、新聞やTVを見ないので偶然らしい。

 本書では犯人の動機も異常だが、被害者の精神構造も理解できずやや気持ちが悪い。マニアックに自分の興味に没入していくのは悪いことではないし、世間とのバランス感覚がずれても構わないが、人の痛みが想像できないような輩は、いくら知能が高かろうがこの世から消えてもらいたいものだ。

 しかしわたしも模型ファンの一人として、犯人を当てられなかったのが悔しい。
 題名が「好きにしてもOK」と気付かなかったのはさらに悔しい。
 その補填と言ってはなんだが、久しぶりの犀川のクライマックスの行動には事前に気付いたというところで満足しておこう。

(2015/4/25改訂)

E人物 中国の歴史C 長城とシルクロードと (1987)
責任編集
司馬遼太郎
集英社文庫歴史薀蓄
320頁686円★★★★

 司馬遼太郎の責任編集とあるが、その役割はよくわからない。
 彼が前書きに近い一編を書いたあと、9人の作者がから前漢までの時代で、紀伝体風のエッセイを書いている。

   呂不韋始皇帝の関係はかなりメジャーだが、呂不韋の失脚後、始皇帝の右腕となって、秦の中国統一に貢献した李斯
 あるいは項羽劉邦の命運を分けたと言ってもいい、鴻門の会の一触即発もおさえている。
 意外なところでは、戚夫人の人ブタを始めとする残虐さで有名な劉邦夫人呂后を、ある程度擁護する方向から解説しているのが興味深い。

 それ以外にも、武帝を始め衛青霍去病張騫司馬遷等、この時代でおさえるべき人物はしっかり網羅されている。紙を発明したという蔡倫が抜けているなと一瞬思ったが、あれは後漢だった。

 内容には関係ないが、217〜232頁までが豪快にダブっていたのには笑った。こんなのは初めてだ。

(2015/4/25改訂)

F輝く星々のかなたへ!  キャプテン・フューチャー9
 The Quest Beyond The Stars (1942 Winter)
E・ハミルトンハヤカワ文庫推理
257頁320円

 大気が漏れ続け住民が他星へ避難を始めた水星。キャプテン・フューチャーは昨年開発した振動ドライブ装置をコメットに据付け銀河系中心へと向かう。そこにあるという<物質生成の場>の秘密を解き明かせば、水星大気の問題を解決できるだろう。フューチャーメンはそこで二つの種族と、<物質生成の場>の秘密を守る<見張り>の伝説を知るが・・・。

 たまたま開発していた振動ドライブで、太陽系圏を大きく飛び出したフューチャーメン。“高周波の電磁振動の反作用”で光速の壁を突破するとは、なんともほのぼのしくてナイスだ。
 パリ・ダカに参加するような感覚で、銀河の中心部を覆い隠した暗黒星雲や宇宙塵流やらの危険なうねりに揉まれながらも、なんとかこれを乗り越える。このガス星雲とその中にある惑星は、「天空の城ラピュタ」を思い起こせばほとんど情景的にピッタリくる。しかし星雲中の特殊な力線が各人の脳の働きを活性化させて、あげくにグラッグがフューチャーメン一の知性になってしまうなんて、ハミルトンの稚気が素敵。
 このシーンのグラッスの台詞を、「致命的な事態が発生してしまいますぞ!」てな口調に訳している野田昌宏にも脱帽だ。

 前半、ガス星雲への一回目のトライで失敗し、破損したコメットの修理を自分たちでDIYするのはスペオペの常套だが、スペア部材を事前に用意していないフューカーメンは、危機意識がパリ・ダカ以下で怖ろしい…。
 それにしても、こういった事は昔読んだ時には全く気にならなかったが、歳をとるのは悲しいものだ。

 まあツッコミながらもそれなりに楽しんでいるが、クライマックスの宇宙艦隊戦はあんまりだ。
 キャプテン・フューチャーが偉大な戦術家というのは良いにしても、コルの宇宙艦隊には一人も作戦参謀はいないのかというくらいおそまつ。

 <物質生成の場>は理屈にはまったく触れず、ドラえもんばりではあるが何も言うまい。
 しかしラストでのスルウン王の心配に対して、「われわれはこの力を間違った目的のために使うようなことは絶対にしません」とか言ってるが、あんたが責任を負える範疇を超えてるぞ、カーティス・ニュートン!

(2015/4/25改訂)

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