東方欲炎翼
第1話上
「
荒れ果てた町の遥か上空で、メダルの器が己の内側へと引き込まれるように収縮し、爆散した。
そしてその真下、崩壊したメダルの器から飛び散る『一部』のセルメダルに紛れて、地上へ向けて真っ逆さまに堕ちてゆく影が一つ
『映司、目ぇ覚ませ! 死ぬぞ!』
真木を倒し、全てのメダルも失って只人に戻った映司は、意識を失いかけたまま落ち続ける内に、ふと頬を叩かれる感覚に目を開ける。
「アンク…」
そこには居たのは見慣れた赤い右腕。つい先ほど、目の前で真っ二つに砕けたハズの戦友だった。
「いいよ…もう無理だ。お前こそ…」
もう話す事など出来ないハズだが、それを見ても不思議と映司は驚かない。
それどころかもう一秒後には大地に叩き付けられて死ぬかもしれないと言うのに、酷く穏やかな気持ちだった。
そんな己よりも相手の事を気にする映司の言葉を、当の腕自身は鼻(?)で笑う。だが、その後に続く声は、映司も初めて聞くような穏やかな物だった。
『ハッ! …俺は良い。欲しかったモンは手に入った』
「それって命だろ?死んだら…」
『そうだ。お前たちといる間にただのメダルの塊が死ぬとこまで来た。こんな面白い…満足できる事が有るか』
強がりでも負け惜しみでもない。
只の物として作られ動いて来た自分が、最後には壊れるのでも消えるのでもなく、命ある者として満足しながらこうして『死ぬ』事が出来る。
今は心の底からそう確信できた。
その確信こそが彼のただ一つの望みだったのだから、その心に悔しさが有る筈もない。
『お前を選んだのは、俺にとって得だった。…間違いなくな』
それはひょっとしたら、手向けであり、礼の言葉だったのかも知れない。
『ありがとう』なんて言えない彼なりの、なけなしの、そして最大限の謝意。
そしてそれだけ告げた腕は、もう用は無いと言わんばかりに映司の下を離れて行く。
「おい、どこ行くんだよ!?」
それが何処に行くかなど、問うまでも無く映司には分かっていた。今こうして話している方が異常なのだと言う事も。
だがそれを否定したくて、認めたくなくて、意味が無いと分かっていても“もう”後悔したくないと、彼はがむしゃらに手を伸ばす。
『お前が掴む腕は――』
そして、その手が赤い腕に届いたと思った瞬間
『――もう俺じゃないってことだ』
「!」
右腕はそう呟きながら、消えた。
そして映司の手に残ったのは、二つに割れた赤いメダルの破片の片割れ。
「………」
それが戦友の遺した形見であり、彼の骸その物。
「ッ……アンクぅぅぅぅううう!!!」
自分の望む物を与えてくれていた『腕』はもう居ない
手の中の破片の冷たさにその現実を否応が無く理解させられて
“今の”映司には、ただ叫ぶ事しか出来なかった。
――○――●――○――
「――……」
覚醒した意識が最初に認識したのは、光だった。
だがそれは『彼』本来の真っ赤に濁った物では無く、やや橙色に染まった明るい色。
やがて視界がハッキリしてくると、今いる場所がやや厳かな雰囲気を漂わせた見た事もない広い部屋の中だという事が分かってくる。
(ここは…何処だ?)
自分は確かに死んだはず。なのにこうして意識を以て物を見ているというのはどういう事か。
眩しさに目を覆いながらぼんやりと考える。
「目を覚ましましたか」
「?」
その思考に割ってはいる様に後ろの方から聞こえる女の声。
それは少女の様にも、成熟した女性の様にも思えた。
何れにせよ聞き覚えの無い声だったが、明らかにその声は『彼』に向かって掛けられた物に感じられた。
(音も、か)
視覚だけでなく聴覚も“人として”は正常である事に僅かに疑問を感じながらも、『彼』は声のする方へと振り返る。
「もう少し前へ」
目に映ったのはいかにも裁判所、或いは法廷と言った風の内装と、その奥の裁判長席に座る特徴的な帽子を被った緑の髪の少女。
「貴方が、本日最後の魂ですか」
「……フン」
やはり見覚えの無い相手だったが、一先ず言われた通り少女の居る方へと進む。
やがてその顔がハッキリと見える距離まで近づいた所で、進むのを止めて問いかけた。
「お前は何者だ?」
「……これは珍しいわね。喋る幽霊とは。
ここに運ばれて来る間もずっと眠っていた様だし、どうやら只の魂では無い様子。
人間でもければ、ましてや妖怪や神霊の類でもない」
「何ごちゃごちゃ言ってる、良いから俺の質問に答えろ」
よく分からないまま放っておかれた『彼』が苛立って急かすと、少女は飽くまですました顔で
「今さっきまで眠っていたのなら、その疑問も確かかも知れませんね。
分かりました、隠す理由も無いので貴方の問いに答えましょう。
私は『四季映姫・ヤマザナドゥ』
そしてここは是非曲直庁。魂の罪の重さを量り、導く裁判の場です」
「……是非曲直庁ってのは、聞いた事が無い言葉だな」
記憶を漁ってみるが四季映姫と名乗った少女の言う『是非曲直局』と言う地名には心当たりが無い。
そう疑問を出して見ると、思いの外あっさりと答えが返ってきた。
「それは当然です。貴方が今までいた世界とは違う世界にあるのですから」
「違う世界、だと?」
「そう、この世界は貴方が今までいた世界…現世に寄る辺を失った魂の訪れる場所。
よく分からなければ、単純に“あの世”と理解しておいてください」
「あの世…か」
彼が嘗て借りていた体から漁った記憶の中には、確かにそんな言葉が有った。
そしてその記憶の中でも、『あの世』とは死んだ魂が行く死後の世界と言う事になっていた。
つまりここに居ると言う事は、『死んだ』という事の一応の証左になる。
「……くくっ、なるほどなぁ」
「何を笑っているのですか?」
「どうもこうもない、つまり俺は本当に『死んだ』のかと思っただけだ」
「……まあ死後の世界がある事に喜ぶ魂は偶にいますが、私としてはあまり感心できませんね。
そう言った者は大抵自殺してここに来ますから。意味も甲斐もなく命を投げ出すと言うのは、それだけで度し難い」
(そう言う意味じゃぁないんだがな)
『彼』が喜んだのは死後の世界がある事に対してでは無いのだが、態々訂正してやる理由も見当たらなかったので、心の中だけで思って置いた。
「で、その裁判ってのはどうやるんだ?」
「貴方は何もせずとも良いですよ。
生前の行いから裁定を下しますが、貴方が何かを供述する必要はありません」
「ならその判断材料はどこから持ってくるつもりだ? まさかお前の主観で勝手に決める、なんて馬鹿な話はないだろ」
「当然でしょう」
不本意だと言いたげに鼻を鳴らすと、四季映姫は手鏡位の大きさの鏡を取出す。
そしてそれを下に居る『彼』に見える様に掲げた。
「裁判の最初に、この“浄玻璃の鏡”で貴方の生前の行いを見せて貰います」
「…その“ジョウハリノカガミ”ってのは何だ?」
「これは照らした者の過去の行いを映し出す鏡。
生まれてから死いまに至るまでを余す所なくありのまま全てを映し出す」
「フン、なるほどなぁ。そいつを使えば本当の事が全て分かる。
だから言葉は要らないって訳だ」
「ええ、この鏡が映し出した内容で判断して審判を下します。
もちろん、隠し事は出来ませんよ。見ればすべてが判る以上、弁解も無意味。
ですが裏を返せば、誤った決めつけによる冤罪も存在し得ないと言う事です」
「…御託はいい。やるならさっさとやれ」
「聞かれたから答えたというのに…。
はぁ…珍しい事ではないとは言え、やはり気分の良い事ではないわね」
憂鬱気に一つ溜息を吐くと、四季映姫は手元に置かれていた書類を手に取った。
(鏡で全部見るとは言っても、最低限の情報は回って来てるって訳か)
『彼』がその書類の内容に見当をつけている前で、映姫はそれをザッと一瞥し、また机に置きなおす。
(と言ってもそれほど詳しく載ってるわけでもない様だが…)
「では、始めましょうか」
言いながら映姫は、浄玻璃の鏡を『彼』へと向けた。鏡面に映り込むのは、赤い右腕。
しかしその表面は燃えているかの様に揺らめき、記憶の中の姿に比べて何処か不安定で頼りなかった。
「これより貴方の行き先を決める為の裁判を執り行います」
だが鏡に映った姿に疑問を抱く前に、映姫の声が法廷に響き渡り、その雰囲気も変わる。
「被告『アンク』
貴方の行い、貴方の業、その一切合財、拝見させてもらいますよ」
映姫の宣告と共に、浄玻璃の鏡は淡く光りながら、やがて何かの映像を映し始めた。
自分を照らす鏡の光を眺めながら『彼』は考える。
(全く、『あの世』なんてとこが本当にあるとは…コアメダル以上のオカルトだなァ)
死んだはずの自分
終わりだと思っていた死の先にある物
死後の世界
魂の裁判
死者の行先
そのどれもが予想外且つ全く未知の事
ならばここで『現世』の経験や常識が何処まで役に立つのか
(さて、どうなるか…)
とにかく今は分からない事が多すぎる。
己の運命を他者に握られるのは業腹ではあるが、取り敢えず『彼』――アンクは、これから自分に下されるらしい“審判”とやらを待つ事にするのだった。