飲酒運転による事故の償いと被害者の心身的損害

2006年8月の福岡海の中道大橋飲酒運転事故を見ると、
絶対に飲酒運転をしてはならないという気持ちになると思います。
被害者の方にしてみると、ある日突然後ろから追突され、
車もろとも博多湾に転落させられ、ご両親は何とか生きて戻りましたが、
小さいお子さん3人が水死・・・。




家族5人が幸せに過ごしていたところに、
突然3人居なくなってしまったご家族の悲しみは想像を絶します。




刑事罰について、現在争っていますが
(高等裁で懲役20年の判決が下されるも被告人は上告)、
民事の面で、お子さん3人の賠償が行われます。
お子さん3人が将来に渡って得られたであろう金額が数値化されるのです。
数値化しないと金額を算出できないので仕方ないのですが
積算資料を使って金額が数値化されるのは辛いと思います。




被害者の治療費、車の修理費(直接損害)
被害者の心労、被害者が仕事を休んで裁判に行く手間(間接損害)・・・
飲酒運転事故は、被害者にこれだけの損害・面倒をかけてしまうのです。

こう考えると、これだけの迷惑を他人にかける可能性のある
飲酒運転行為をしてはいけない理由が分かると思います。





さて、さだまさしさんの『償い』という歌をご存知でしょうか?

歌詞を読むだけで胸が詰まります。


作詩・作曲:さだまさし



 月末になると ゆうちゃんは薄い給料袋の封も切らずに
 必ず横町の角にある郵便局へとび込んでゆくのだった
 仲間はそんな彼をみてみんな貯金が趣味のしみったれた奴だと
 飲んだ勢いで嘲笑っても ゆうちゃんはニコニコ笑うばかり

 僕だけが知っているのだ 彼はここへ来る前にたった一度だけ
 たった一度だけ哀しい誤ちを犯してしまったのだ
 配達帰りの雨の夜 横断歩道の人影に
 ブレーキが間にあわなかった 彼はその日とても疲れてた

  人殺し あんたを許さないと 彼をののしった
  被害者の奥さんの涙の足元で
  彼はひたすら大声で泣き乍ら
  ただ頭を床にこすりつけるだけだった

  それから彼は人が変わった 何もかも
  忘れて 働いて 働いて
  償いきれるはずもないが せめてもと
  毎月あの人に仕送りをしている


 今日ゆうちゃんが僕の部屋へ 泣き乍ら走り込んで来た
 しゃくりあげ乍ら 彼は一通の手紙を抱きしめていた
 それは事件から数えてようやく七年目に初めて
 あの奥さんから初めて彼宛に届いた便り

 「ありがとう あなたの優しい気持ちは とてもよくわかりました
  だから どうぞ送金はやめて下さい あなたの文字を見る度に
  主人を思い出して辛いのです あなたの気持ちはわかるけど
  それよりどうかもう あなたご自身の人生をもとに戻してあげて欲しい」

  手紙の中身はどうでもよかった それよりも
  償いきれるはずもない あの人から
  返事が来たのが ありがたくて ありがたくて
  ありがたくて ありがたくて ありがたくて

  神様って 思わず僕は叫んでいた
  彼は許されたと思っていいのですか
  来月も郵便局へ通うはずの
  やさしい人を許してくれて ありがとう
  人間って哀しいね だってみんなやさしい
  それが傷つけあって かばいあって
  何だかもらい泣きの涙が とまらなくて
  とまらなくて とまらなくて とまらなくて




これは交通事故を起こしてしまった人の実話です。

人間は過ちをしてしまう生き物であり、
加害者のこれ以上ない誠意が被害者の方に届いたという歌です。

この加害者は仕事で疲れていたとのことで、
私たちも疲れた状態で運転することはしばしばあると思います。
私たちもやってしまう可能性がある状態だったと言えます。
加害者は30秒遅くそこを通れば、事故は起こさずに済んだのでは・・・
と加害者に同情してしまうくらいです。




もし、この事故が、加害者が仕事で疲れていて
一瞬の判断が遅れたことによることが理由だったのではなく
飲酒運転が原因だったらどう思うでしょうか。
飲酒運転を悪いと知っていて悪いことをして、事故を起こしてしまった
としたらいかがでしょうか。




車を運転することは日常生活において不可避だと思います。
ですが、飲酒運転は不可避ではなく、理由は全て自己(加害者)都合であり、
加害者を許す理由を見つけることができないと思います。




損害賠償と少しの懲役で解決してしまう加害者に対し、
数値・形で見えない被害者の心身的損害を考えると
飲酒運転は「大丈夫」ではないことが分かるはずです。




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