現代キリスト教批評
序
宣教150年の年に一日本人キリスト信徒が見た世界のキリスト教の姿
宣教150年を経たとはいえ、キリスト教史2000余年のことを考えるとこの批評はやはりアマチュアの域を越えることはなかろうが、それでもこの記者は聖書学(神学、解釈学、考古学)、キリスト教神学(教義学)、キリスト教史(教理史、教会史)世界宗教史、日本宗教史に関して学位にも、学識にも不足している者ではないことは予め断っておこう.
筆者が伝えられもし、教えられもした〈キリスト教〉はアメリカ経由のヨーロッパ(イギリス・ドイツ・フランス)のキリスト教で、それなりの歴史的限界を示している.プロテスタント教会で育てられたためローマ・カトリック式のラテン教会の信仰情緒(?)を経験し尽くしているわけではないが、アウグスティヌスもトマス・アクィナスもM.ルターと共に知識としては知っているつもりである.
しかしこの小著の出発点が、たとえ学識のある日本人キリスト教徒が幼児期からキリスト教会内部で育てられたとしても、また欧米のキリスト教に精通していたとしても、現代において常識化している〈キリスト教理解〉という認識がはたして〈真のキリスト教理解〉であるか、否かという根元的な疑問の中に位置していることは見過ごしにできないであろう.つまり筆者にとってこれがキリスト教義の完全な教科書というものはないと言うよりもあり得ないのである.このことは聖書の思想史とキリスト教思想史全体を通して、一般的に普遍的に客観的に〈これが完全なキリスト教である〉という公定書という教科書は存在しないという全体的批評認識がこの小著の原点であることを意味する.後述するように、旧約聖書のヤーウィストも、申命記の著者も、預言者たちも、知恵文学の著者たちも、新約聖書の記者たちも上記の事実を知っていたし、パウロもアウグスティヌスもルターもパスカルも一流の思想家たちはすべてこの事実から出発して自己の信仰認識の結論を得ていたものと考えてよい.以下に記すことは彼らの思想の示した軌跡と重なる歴史劇を画くことになるであろう.しかし叙述の方法は問題の要点を指摘することにとどまるであろう.
09/10/26
T 前提
- 筆者が日本人であることが第一前提である.深層心理学の妥当性はともかく論者が日本人で日本語で書いているとなると一応警戒しておくべきである.一日本人を西欧と同じ条件で同等の理解度を前提に考えることはできない.キリスト教に関して先輩である諸学者たちのある程度の学識を認められている著作を読んでもやはり限界を感じないわけにはいかない.ヨーロッパの二千年を超えるのは困難であるばかりでなく、人種的差異、文化的相違など、注意すべき点がいくつかある.
- ヨーロッパのキリスト教も現行の高度の学問的レヴェルの著作や社会的思潮であっても、これをそのまま真理性とか絶対性を不用意に鵜呑みにすることはできない.彼らの思想が最高度のものであっても、ギリシャ―ローマ―ゲルマン諸族の限界の中にあることが動かせない前提になろう.これらの印欧語族の聖書、特に旧約聖書のイスラエルの思想理解がどれほど正確であったかという問題は厳密な検討を要する.
- いかなる思想であれ、仏教であれ、ユダヤーイスラム教であれ、キリスト教であれ、それらを絶対化しないことである.つまり、すべてを相対化することが前提でなければ何も話にならない.
- 現代のヨーロッパ思想がドイツ観念論の残滓であることを認めておかなければ議論にはなるまい.実存主義であれマルクシズムであれ同断である.アメリカの思潮は一応ヨーロッパから切り離れてはいるが、これは一種の幼稚化になる可能性がある.
- それでもなお人間の思想は先人たちの成果から出発しないわけにはいかないことも前提になろう.全く独自でゼロから物を考えるのは不可能である.伝承的であって同時に徹底的に批判的であることが肝要である.
- キリスト教神学においては通常正統派は上からの推論で神と人の関係を論じてきたが、ここでは下からの立論を試みることにする.その理由は人間の側から説き起こさなければ日本人には通じないからである.
09/10/27
U 諸課題
- 旧約聖書の読解法
歴史的には〈イスラエル史〉が対応するが、〈思想史〉や〈文学史〉として捉えることによって更に事柄が明らかになることがある.従来の聖書解釈学や聖書神学には時代的に限界があったと考えなければなるまい.筆者の場合、観念論的なEichorodtから離れてv.Radの実証主義的神学を手がかりに議論を始めることになる.旧約聖書自身の古さと複雑さによってこの書全体を正確に読み抜くことはかなり困難であることを認めながら、それでもこの書に記されているイスラエルの本質を読み当てない限り〈ナザレのイエス〉を理解することは不可能であるということを知ってこの課題と取り組むべきであろう. - 新約聖書の読解法も単純ではあり得ない.現在までに達成された諸研究を更にあらゆる方向に押し広げながら〈ナザレのイエス〉に出会おうとする努力を惜しむわけにはいくまい.
- 教会史、教理史に関しては @ギリシャ教父の時代、Aアウグスティヌスの思想、Bトマスの限界、C宗教改革の時代、Dドイツ観念論とキリスト教の関係、Eマルクシズムとキリスト教、F自然科学とキリスト教、Gキリスト教信仰と世界の関係等、全部を根底から批判的に論ずるべきであろう.
- キリスト教的人間学の樹立、現代のキリスト教的人間理解を全く新しい方法論で形成する必要があろうが、正否のほどはまだ見当もつかない状態である.
- 創造論と終末論も新しく取り上げられるべきである.現代人はこれをどのように説明できるのであろうか.全く手のつけようがないのかもしれない.不可知論の可能性もある.
- 大脳生理学や精神医学とキリスト教信仰の問題も等閑に付すわけにはいくまい.
- 倫理学の諸課題はキリスト教でどのように取り扱われるであろうか.〈公平と正義〉〈全体と個〉〈自由と義務〉等.
- おそらく〈人間関係論〉としてすべての課題が処理される可能性がある.これはここでは示唆するにとどめる.
09/10/27
V 旧約聖書の領域
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旧約聖書の構造
通読、一読すれば直ちに知れるが、聖典39巻本は〈歴史と預言と文学書〉からなっていて、聖典自身はこれを〈律法、預言者、諸書〉と呼んでいるのに対応している.ただしこの第一部の〈律法〉あるいは〈歴史〉の部分は歴史学的に読み抜くのは易しいことではない.その伝承と歴史の資料は重層、かつ錯綜していて解きほぐすのも、実証するのもほとんど不可能に近い状態で、ただ鋭い知性と優れた才能だけがこれを追究、究明し続けるに違いないが、まだ先は見えていないのが現状である.しかしv.Rad(1901―71)以来ようやく事実に近い部分が見え始めているように思えるのは旧約聖書学が新しい段階に達しているのであろう. - 旧約聖書を歴史的・実証的に読むのは困難を極めるが、それでも数ヶ所に歴史的ピークを読み取ることはできる.@モーセによるシナイにおけるヤーウェとイスラエルの契約締結(と律法授与?)、Aヨシュアによるシケムにおけるヤーウェと部族連合の間の契約締結、Bダビデによるシオン契約、C北イスラエル(721B.C.),南ユダ(587B.C.)両王国の滅亡が歴史的事件として特筆に値する.@とAの歴史性は証明不可能であるが、後の歴史から逆推論して文書(伝承)との関係からある程度確認できる.ここで〈契約〉というのはイスラエルの信仰における最重要理念で〈律法〉の先行事象として神・ヤーウェとその信仰者(集団)による特殊な関係の確認行為で、旧約文書はその歴史的行為と民族の共同体倫理である律法(実は宗教的法律)を切り離せない歴史現象と考えている.
- 文学作品としての旧約聖書は@ヤーウィストを嚆矢とする歴史文学、A申命記典、B祭司法典、C預言者文学、D祭儀文学(詩篇)、E知恵文学(ヨブ記等)文学作品の中核をなす焦点は〈ダビデ王朝の興亡〉で王朝前史のすべてはダビデ王国に流れ込み、王国崩壊後は〈ダビデ王国の再興〉に対する期待という主題を巡って展開していると考えることが可能である.預言書は王国崩壊の怖れとその予告、更に崩壊後の復興の希望がその内容になる.
09/10/28
W 旧約聖書解釈法とその世界史的意味
- ユダヤ教による旧約聖書39巻の結集が古代(95年頃)に行われ、律法・預言者・諸書が纏められた結果全体を一冊の書物として読むことも考えられるけれど、成立の諸事情を考慮すると、これを人間の歴史の実験的な記録文書として読解するためにはかなり手の込んだ手続きを必要とする.(この点で我々はv.Radの方法論を採用せざるを得ない.)
- 内容の要点として@神ヤーウェと人イスラエル間の契約の歴史と理念A契約関係成立の結果生起した条文としての〈律法(法律)〉Bその契約の歴史的更新現象C民族史としてのダビデ王国の位置とその思想的展開Dイスラエルの知性の特殊性と世界史における意味があげられよう.
- 古代イスラエルの思想を単なる文学として批評し、その内容を諸観念の系列として並べて比較するのも一つの方法であるけれど、これを歴史的経過を伴った思想の変化の過程として捉えることが肝要であるとすると@族長時代のヤーウェとイスラエルの関係の様式とその理念、A部族連合時代の契約と法律(部族倫理)、B王国時代のカナンの文化圏におけるイスラエルの危機とその対応、C王国崩壊とイスラエルの信仰の生存様式、Dギリシャ―ローマ時代のイスラエルの思想と理念の存続様式、となろう.
- そこで問題は上のような部族から部族連合体、王国から王国滅亡、更に世界帝国内の一属国から世界化する信仰理念の独一性の存続様式と変化発展のプロセスを思想史的に確認する学問的処理手続きが要請されよう.
- かくして特殊な民族イスラエルの歴史と思想が人類史的にまた世界思想史的に価値と意義の有無が問われなければならないであろう.その上で更にこのイスラエルの宗教と思想がキリスト教とどのように関わるのか、また、このキリスト教が人類史においてどのような意味と力を発揮するのかが明らかにされる必要があろう.
09/10/30
X 旧約聖書の成立史(事情)
旧約文書の成立史がヤーウィスト(850BC?)に始まるとしても、それ以前に部族や聖所を中心に族長や祭司の口伝や聖所の文書伝承の長い歴史があったと考えなければならないが、今ではその跡を確証することはできないから、部族神との契約文書や祭儀文書も現代の旧約文書中に散見するだけで満足する他はない.それでも南伝のヤーウィストやこれに続く北のエロヒストと原サムエル記のダビデ王朝成立史はダビデ―ソロモン王朝の栄光と失敗の歴史を語り記録する目的で書かれたことは確実で、申命記や預言者の文書もイスラエル民族と王国の特質を明白な目的を意図したり、しなかったりしながら伝えることに成功していると言うべきであろう.
結果として出来上った旧約聖書の諸文書は中東民族史上のみならず、人類史上においても独一な個性の際立った見事な歴史文学的作品として評価されるべきであろう.他に類を見ないと言っても決して過言ではあるまい.
その成果は〈イスラエル民族(最初は部族)神ヤーウェとイスラエル民族(後に王国)との関係史、または交渉史〉と定義できるが、一般的には〈イスラエル民族(国家)の興亡史〉ということになろう.極めて特異で奇異な〈イスラエル民族の成立史〉を第一部とすれば第二部は〈イスラエル王国の栄光と挫折と滅亡〉になり、第三部は〈預言者を通しての民族神ヤーウェの言葉とイスラエルの主観的知恵文学〉で、この部分の構成は複雑である.
文書そのものの成立史は王国成立後に遡ってその原点(原因)史を書いているために、最も重要である〈シナイ契約〉も〈ダビデ契約〉も事柄としては事実というよりは作り上げられた〈理念〉または〈物語〉に近くなるのは当然であるが、事件そのものが捏造されているわけではないのは学者たちもある程度確認している.
それでもシナイ契約における〈モーセ〉の存在とその役割はかなりの宗教文学的作品と見るべきで、〈ダビデ契約〉の歴史的経過を事実として確認することは困難である.大部分の宗教理念的経過報告は歴史的成果と繁栄から逆推定されているものと考えなければなるまい.
歴史的成果(栄華)から逆算された宗教理念(信仰)
イスラエルの思想(信仰)が強力に歴史性を帯びていることは大方の認めるところである.その〈信仰〉も歴史的に救出された事実の確認にその原点を持っている.士師時代の信仰はその部族が周囲の外敵に戦いで勝利したことによってヤーウェの恵みと愛が確認され信じられているのである.この場合〈神の義〉は〈ヤーウェの勝利〉であって、これが後に〈救い〉と同義になるのである.
〈シナイ契約〉は出エジプトの歴史的事件における〈ヤーウェの勝利〉と〈イスラエルの救出〉だったので、これはむしろ士師時代の部族の経験の民族的統合理念になっている.この真の総合的経験はダビデ王による南北イスラエル統一の事実の投影でさえあろう.
要するに旧約文書はソロモンの栄華の余映の中で書き始められているのである.ダビデ―ソロモン王国の大きさはその版図の広さだけを言えば後の世界帝国に匹敵する.そこで王国の信仰を表白しようとすれば、この王国を成立・完成させたのはヤーウェであって、丁度カナン侵入を成就したのがヤーウェであった士師時代と同質の神の力(恵)の発現だったのである.そうであればイスラエルの信仰にとっていつでも先行しているのは歴史的事実として認識される〈神の救い〉であってその逆ではあり得ないことになる.アブラハム(イサク、ヤコブ)は無論のことで、ヨセフやモーセも、ヨシュアの場合も現在の歴史から逆推論された人物像だったことになろう.ダビデやソロモンが歴史的人物であったことは明白であるけれど、彼らの信念や信仰の如き〈内心〉のことになると再構成されていることは疑い得ない.
こうなるともっとも現実的、即時的な記事、または文書は〈預言書〉ということになろう.彼らの伝えた言葉はその時代の彼らの認識に直接由来している.このために預言者たちの言葉は宗教心理学的にも宗教記録文学的にも極めて価値が高い文章である.イスラエルの信仰の本質とその現象と殊に彼らの神ヤーウェとその民(個・複を問わず)の関係を直接現実の言葉として知ることのできることは文学史上比類のない稀有の文化遺産と評価すべきである.人類はやがて滅亡するであろうが、その最後に残る書物は〈預言書〉であろう.この意味では預言所は旧約文書の中心に位置している.
09/11/6
Y 旧・新約文書比較文学論
まず最初に文学として比較する限り旧約文書の方が量質共に比較にならないほど新約文書を凌駕していることを確認しておかなければなるまい.キリスト教会で新約が教祖のイエス・キリストを指し示す唯一無二の書であることから、時には新約聖書だけで教会にとっては十分で旧約聖書はユダヤ教の書物であると思い込んだりしているが、これは開いた口が塞がらぬ事実誤認の好例であろう.イエスはユダヤ人、つまり真正のイスラエル人であって、イスラエル民族に関することは旧約文書の歴史とその語ることを知ることなしには理解することが不可能であることが分かっていないのであるから、そのような見識の識者たちはもう手のつけようがない人間の種類に数える他はない.
そこで旧約文書と新約文書の本質的一致点を探そうとするなら、両者とも特殊な意味における〈歴史文書〉であるのだが、その意味は、彼らの民族神ヤーウェに〈出会う〉という歴史的経験をその経験時からある程度時間をおいた後に再確認、再体験する形で文書に記録することにある.旧約文書の場合はごく初期には他民族との戦いに勝った時に自己の生命が救われたことを知って、そこで自分たちの神ヤーウェと出会った事実を確認するのであるが、新約聖書では、イエスの復活の体験が弟子たちの集団で確認されて、これが更に時間を経た後に再認識された形で記述され記録されているというのが事実であろう.これが新旧約両文書の宗教体験記述の基本的な型である.
そうなると当然のことで体(経)験と文書(章)の間には時間的のみならず地理的にも距離が生ずる.読者は最初の事実経験までは決して到達し得ないことは明瞭である.この間隙をどのようにして埋めるのであろうか.答は簡単で読者、あるいは聞き手はその話し手の言葉に信頼する他はないのである.
話者は自己と自己の神との出会いの経験を語ろうとしまた語っているのであるから聞き手、または読者はその言葉の真実性に賭けて信頼することになる.ここで二重の〈出会い〉、二重の〈関係〉が生起していることに気付かねばならないであろう.
そこで問題は出エジプト記も復活記事も実況記録ではなくて、作文された再現記事ということになり、ドラマ化され、物語化されていることを承認する必要がある.その上で信仰の本質を問うのである.
09/11/6
Z 続・旧新約文書比較論
新約文書が文章力においてもルカの福音書と第一ペテロ書を除くとギリシャ語として優れた作品とは言えないのは当然であるが、その思想内容に関しても旧約文書の多彩で豊富で質の高いことに比較すべくもないのはソロモン朝の文化の力を背景に考えれば当然で別に不思議なことではない.ただしかし新約文書の記者たちの知性には旧約聖書の思想が十分に詰め込まれていたことと、当時のコイネー,つまり通俗ギリシャ語でユダヤ人たちが書いていたことを割引して考えればいくらかは弁護できるとしてもその力量の差は歴然としている.このために新約聖書の思想を理解するには旧約聖書の思想を熟知していなければ何一つ分りはしないことも明白なことである.このことはヨハネ福音書の記者も明言している(ヨハネ5:39).
さてその上で新約聖書文書中の最大の難問である〈復活〉について触れれば、その報告記事には互いの間に混乱が見られることは今は措くとして、事件の異常性と、事件と記事の間の時間の長さと、叙述様式に関する諸問題、原始教会の知的能力の限界など、決め手のない諸課題に満ちている.
筆者自身は思想史的背景を更に考慮すべきであると考えている.紀元前4世紀頃からギリシャ帝国の世界支配が始まり、中東地域のヘレニズム化が急速に進んでギリシャ語が世界語になり、旧約聖書もギリシャ語70人訳の翻訳が行われて、旧約聖書の思想はヘレニズムの世界へ広がったが同時にイスラエルの思想もヘレニズム文化の強力な影響を受けざるを得なかった.新約聖書はこの時代に、結果としてはギリシャ語で書かれていて、ギリシャ思想(特にグノーシス)の中でその生命を存続することになる.そこで福音書、特にヨハネの福音書やヨハネ文書はグノーシスとの闘いの跡が明瞭に見られるし、〈復活の事柄〉も表現の様式上の諸問題を抱え込んでいると考えるべきである.
福音書の〈復活記事〉もパウロの手紙の復活信仰も、復活の〈事実〉とその〈報告記事〉の間のギャップを考慮して検討すべきである.新約文書の記事は事実の実況報告からはすでに遠いのである.ただし筆者の意図は復活信仰の否定を意図しているのではないし、ましてや事実の否定を考えているわけではない.ブルトマンの非神話化論に賛成しているのでもないのは当然である.ルカの復活の記事には事実の童話化(物語化と言うよりは)の跡さえ見られる.
09/11/7
[ 新約文書解題
新約文書はその成立・形成にかけた年月も短期間であったし、その文章構成の形も量も小さいために旧約聖書の長い年月を経て思想内容も諸民族との複雑な交渉の結果出来上った書物には比べようもない不十分な結果になっている.つまり構成は粗くて精密性に欠け語り口も大まかで意図は行き届かず、諸定義も簡潔ではあっても意を尽くしてはいない恨みを禁じ得ない.福音書に関しては四書もあって統一性において欠けるし、パウロの宗教思想も完全性に欠けると言われても仕方あるまい.
しかし新約文書の成立事情を考慮すれば無理からぬことではある.パウロの書簡と原マルコが50年代半ば過ぎであったとして、共観福音書がネロの迫害(64年)以後のエルサレム破壊を経てのことであったと考えられるから初代教会形成の混乱期のただ中のことで、この時期に満足な文書を作成するのは困難であろう.その上に不完全な通俗ギリシャ語の使用という制限を考えれば、結果としてはこれで満足すべきであろう.
新約聖書は実際には使徒信条(古代信条)の形成と並行して形成・成立したものと考えれば、わずかに後のギリシャ教父たちの思想と併せて一種の連続体として考える方がよいのかも知れない.
福音書の原思想はヘブル語で制作されていたに違いないが、現在の形はギリシャ語として完成されている.これもイエス本来の意図や意味を考える場合の制約になっているし、パウロの思想もギリシャ化されたイスラエル思想と言えないことはない.後の三位一体論はギリシャ的思惟と無関係ではあり得まい.
ここまで考えると〈イエスを神と信ずる信仰〉と〈歴史的イエス〉の間には質的な差異があるとも考えないわけにはいくまい.これは正に大問題であるし、大問題になり得るが、現代の最大の課題の一つとして取り組む価値があるように思える.これは新約聖書を非神話化する作業とは異質の手続きになるであろう.どこまでも歴史学的に思想の変化や変質を詳細緻密に分析検証する必要がある.〈歴史的イエス〉と〈三位一体論〉の間の思想史的検証が要請されるのである.
これも〈三位一体論〉が誤りであると言っているのではない.ある時代の〈真理表白〉を他の時代や場所にそのまま通用させることに無理があるのである.
09/11/7
\ 新約文書解読法
現代人として新約文書を読解するには、これを歴史学的に文献学的に分解(析)して古代末期の文献として書かれた原意や真意を問わねばならないが、なかなか困難な作業である上に、この手続きを行う主体の方がヨーロッパの文学解読法とヨーロッパ流の観念的神学と欧米の教会の信仰によって武装しているために処理手続きが更に複雑を究めることになる.福音書の中から〈ナザレのイエス〉の歴史的事実を取り出そうとしても事実上不可能であろう.現在の時点で結論を述べれば、読み手は〈永遠の神秘〉に永遠の時間をかけて追求、探索することになるであろう.そしてあるいはこれでよいのかも知れない.
さてそこで、現在手(目)にすることができる聖書学はヨーロッパ(時に新大陸も)産ですべて(大部分)キリスト教会内部の概(観)念と処理方式の作業結果である.従来の学説に聞くのはよいが、まず徹底的に彼らの諸学説を根底から批判し尽くさなければなるまい.ヨーロッパの思考様式はギリシャとドイツの観念論が主流であるのに、聖書は旧約聖書の場合原点から始まってその大部分はイスラエル様式と構造論によって完成されているし、新約聖書にしても、とにかく〈ナザレのイエス〉は真正のイスラエル人であることに異論はあるまい.筆者は東洋方式とか日本人の独創的様式のことを言っているのではない.すでにグローバル化している人間の普遍的な知性で批評する必要があると言っているのである.
こうなるとアッカド―ヘブル語の言語学とオリエントの思考様式とイスラエルの特殊性を根底から徹底的に洗い出さなければならないであろう.その上で読み手の側のヨーロッパ様式や日本(東洋)様式をこれもまた根底から批判しながら読み続ける作業を怠るわけにはいくまい.何か我々の諸先輩の学問研究にはその姿勢と才能素質と年限における限界があったことは確実で今はすでにこの世に生存していないとしても彼らも我々と同じように反省してしかるべきであるように思えてきたのはまことに奇妙で不思議なことである.
例をあげればパウロの思想や彼の立場も洗い浚い見直したくなっている今日この頃である.要するに従来通りの絶対化され聖化された書物としての聖書の読解法は危険でもあり、馬鹿げてもいる.
09/11/8
] 旧約文書の歴史学(政治学)的批評
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旧約諸文書の成立期が王国時代の下降期であったことは歴史学の常識にも妥当するし、思想史的にも当然のことである.イスラエル史の場合ダビデ時代には周辺の敵と戦うだけではなくて自分の王朝の存続にも勢力を殺がれていて必要不可欠の文章以外には手がつけられなかったであろう.ようやくソロモン時代に教養と文学の花が咲き始めて、周辺の文化、特にエジプトからの著しい影響を受けることで旧約諸文書の基盤が整ってソロモン歿後にダビデ王朝史の記述編纂が行われたのはサムエル記からも窺い知れる.
そこで問題は諸文書執筆の動機が果してイスラエル王国の栄光を語ろうとする目的で書かれたのか、あるいはその失敗の事実を記録するためか、それとも王国滅亡を予告するためのものかは必ずしも分明ではない.ダビデの王国は当時では一種の世界帝国的規模に達していたと考えるべきであろうから創世記から筆を起こしたヤーウィストの執筆動機がダビデ王国の輝かしい誕生物語であったと考えられないことはないのであるがサムエル記の著者たちのダビデの失敗記録の作法が単なる王朝の栄華物語であったと考えるわけにはいくまい.ましてやヤーウィストの思想の鋭さと深さが尋常なものではないことは近年ヨーロッパの学者たちにも明らかに見えてきたようである.J典が850年頃、E典が750年頃としてその後に直ちに続く預言者たちの思想的活動はJ・E展からの連続性において見る限り、これは王国滅亡への序曲であったのでは、という仮説が成立しよう.
イスラエル精神(思想)の生活の座Sitz imlebenは聖所とエルサレム神殿の祭儀(宗教)であるが、その精神内容の実質上の展開は預言諸書の中にあり、イスラエル文学のクライマックスも預言者文学の中核も預言者の思想に結実していると言えよう.またイスラエル史の歴史的現実とその精神的表現の歴史的現実的一致は預言者において実現している.つまり歴史と精神の同時性は預言書の中にだけ存在していると言うこともできる.しかもその同時性は滅亡の預言者に限られよう.回復の預言者の言う救済と回復は希望のままで終わっているのが事実である.
イスラエル史は世界思想史上の実験(史)でもあって、ここで実験された結果には一種の普遍性が潜んでいるというもう一つの仮説も考えられる. - 前述の文意を更に略述すれば、旧約文書の作成開始は王国時代の下降期で、その意図・目的は王国繁栄の歴史を描こうとするのではなく、この王国が何故に、いかにして崩壊するかを予知し、かつ予告しようとするにあったと仮定してみようというのである.その理由は他の諸国のように全く世俗の現世的性格の民族であったならイスラエルもまたそのように振舞ったであろうに違いないが、彼らの精神の本質は〈守護神ヤーウェに対する信頼〉にあってここからイスラエルの歴史のすべてを見ようとする時に、何故に彼らが世界帝国規模の王国形成にまで登りつめたか、また何故に、それにもかかわらず腐敗し、崩壊するに至り、また至ったかということを知ろうとし、また自分たちで確認しようとしたか、,が問題の原点になっていたからであると推論される.しかもこの難問を解こうとする時に彼らは自己の祖先の歴史から精密な歴史の確認作業に入り、〈出エジプトとシナイの契約〉〈ダビデのシオンにおける契約〉そして昔に遡って父祖アブラハムの選びから更に太古の原始時代にまで遡源してその原因や理由を見出そうとしたのであろう.この史観は単に自民族の歴史をあることないこと適当に並べて民族史を叙述しようというのとは全く異質の行為であり作業だったのではないだろうか.エホディスト(J+E)後の申命記典(D)も更に後(捕囚後)の祭司法(P)も同質の視点からイスラエル史を見ている.つまりイスラエル民族の民族神ヤーウェに対する精神的姿勢(態度)が正(義)しいか、間違っているかによって判断される民族史観が首尾一貫して受け継がれているのである.預言者たちが同質の判断によって〈ヤーウェの言葉〉をイスラエルに伝え、その結果イスラエルは滅亡することになる.そしてシナイ契約とダビデ契約によって成立したイスラエルの国家は崩壊・消滅したと考えられよう.その後の諸文書の〈回復予言〉と〈知恵文学〉は現代の旧約聖書学でも未だ未解決、評価不定と言わざるを得まい.何故なら回復予言は未だ歴史的に実現していないし、知恵文学はヨブ記と伝道の書(コヘレト)において釈義は未決定であるだけでなくこの二書、特に後書は従来のイスラエルの常識的信仰(神学)に対して徹底的に疑いを懐いているからである.従来の五書的、申命記的イスラエル史観はイスラエル王国が存在している間は有効期限内に置かれているが、王国消滅後はすべての推論と結論がその第一原理を失って無効になると考えられるからである.
09/11/13
XI 諸書(ケスビーム)、諸文書(学)の批評
旧約聖書中の知恵文学(諸書)を捕囚期後の作品であると考えるのは誤りで、旧約聖書中の最初の文書であるヤーウィストの〈失楽園〉説話が知恵文学であることを考えれば知恵文学は律法とも預言書とも並行してすべての旧約諸文書中に最初期から存在していたことになる.勿論捕囚期後にその絶対量が多くなるのは明らかではあるが〈知恵〉の本質は最初期から生き続けていたのである.歴史記述も律法の文章化も預言者の言葉の記録も同時進行的に記録されていると考えるべきである.
しかしそれでも王国滅亡後はイスラエルの〈知恵〉は尖鋭化され、民族の枠を越えてグローバル化されることになる.王国時代までのイスラエル公式の神学(信仰)もすでにその客観的基盤を失って全く自由にただ只管に普遍的人間観と精神によって客観的に論理的に創造主と人間の関係を追求しなければならなくなったと考えねばなるまい.ヨブ記の対話詩文の中にこの傾向は見え始めているが、伝道の書(コヘレト)は更にここから一歩を踏み出していると言ってよいであろう.
王国崩壊後のイスラエルの思想は古代イスラエル民族の精神的基盤であるシナイ契約もダビデ契約(シオン伝承)も現実的な意味を失い、神殿祭儀もすでに残滓に過ぎず、旧約諸文書は自分では気付かずに全く新しい時代に突入していたと考えなければならない.つまりこの時からイスラエルは個人として、民族神や国家神を持たない普遍的な人間の一人として創造神である人類の神との対話を開始しなければならなくなったのである.
ヨブ記中の対話篇はその階梯を踏み始めているが、伝道の書(コヘレト)は素手でこの対話の中に立たされているかに見える.ここまで来ればイスラエル思想は民族の枷から切り離されて普遍的で個性的な人間精神として、人間についても自己についても自由に考える時期を迎えていることになるのだが、現実の歴史は捕囚の地においてエルサレム帰還を希いながら彼らの独特な手法で〈律法主義〉の時代に突入していたのである.
イスラエルはこの律法主義を破壊することによってもう一度解放されなければならなくなるが、これが何時、どのように実行されるのかは未だ誰も知らないことである.新約聖書の福音書が知恵文学に属していることは明らかである.
09/11/13
XII ユダヤ教とキリスト教の宗教学的批評
- ユダヤ教の原点が歴史(学)的には士師時代の部族(後に連合する)時代にあったとすれば、その宗教(信仰)の本質は〈戦勝祈願と感謝〉の祭儀御利益宗教であったと考えるのは当たらずとも遠からずであろう.この点では他の諸民族の原始信仰との共通性を示していると言ってもよかろう.つまり、この宗教様式は〈聖所祭儀〉なのであって、この本質はすべての宗教に共通であるばかりでなく後のユダヤ教や遙かに後代のキリスト教内部にも生き続けている.歴史の経過と共にこれがエルサレムの〈神殿祭儀宗教〉になり、神殿消滅と共に〈律法倫理宗教〉に変化(質)することは歴史的事実に示されている.古代ユダヤ教の最後期は〈知恵の宗教〉であったと言えよう.そして更に聖典結集と共に〈書物の宗教〉の存在様式を獲得することになる.
- キリスト教会が誕生すると俄に様相は一変してギリシャ思想との格闘が始まり、元来砂漠、または岩山の宗教であった信仰理念はギリシャの観念論思想との交渉を余儀なくされ,〈三位一体論〉と呼ばれる説明困難な宗教構造を展開するに至る.ギリシャ思想は古代哲学期に入るとすでに脱原始宗教時代を経過していてもその本質は汎神論であってユダヤ教とは異質であるから、この交渉はかなり難儀であったと思われる.
- キリスト教という宗教はヘブライズムとギリシャ思想の一種のシンクレティズム現象の中で混淆したり、反発しあったり、対話したりしながらラテン化されながら中世に至る世界宗教で、良くも悪くもラテン語によるグローバリゼイションを経験した思想である.これが更にゲルマン・アングロサクソン語による近代化の道を進み、更にその他の言語による聖書翻訳事業と共に諸民族・諸国家の内部に侵入して宣教を続け、世界全体に伝播したものの、インドや中国、そして日本ではその地の住民の心の内実にまで入り込むことができない状態のままに留まっている.つまりセム語系のヘブル語に発したこの民族宗教はギリシャ語を経てラテン語において世界宗教になり、ゲルマン―アングロサクソン語によって諸民族言語化への道を開いたが、このあたりで一時停止を余儀なくされているのではなかろうか.
- 上述の宗教現象を更に現代史において見直してみると、ギリシャ―ラテン文化の中で普遍化(世界化)を遂げたキリスト教はおそらくは、原始ユダヤ教つまり族長時代の後のイスラエルの信仰に匹敵するレヴェルの民族(部族)信仰で年月をかけて培われた諸民族にはキリスト教信仰は浸透しないという仮説的原則が存在するということである.この原則に従うとイスラム教もまたアブラハムの信仰に原点を持つセム語系の民族信仰なのではないか?そうであるとすると、ユダヤ教とイスラム教はもとより、キリスト教もまたイスラム教徒の対話が困難になる.キリスト教の核は古代ユダヤ教であることを忘れてはなるまい.
09/11/29
XIII 宗教(現象)の発達心理学
- 歴史的進化論とは関係なく、どちらかといえば教育学的視点から見てみると、各宗教に特にユダヤ教-キリスト教に発達心理学的レヴェルの変化が観察される.草創期、成長期、成熟期、普及期、衰退期、末期という具合で、草創期の前には原始期とでも呼べる人類共通(普遍)の原始、野蛮状態が予想されるが、この時期については即断を避けて今は措くことにする.
- 高等宗教思想の草創(始)期には必ず教祖、つまり創始者が存在する.この点では社会思想一般に及ぶ現象でギリシャのソクラテス、インド北部のシャカ、中国の孔子、キリスト教のイエス、イスラム教のマホメットが知られている.このすべての人物に共通することはマホメットも含めて全員がむしろ脱宗教家であったことである.
- 一般的にいえば創始者たちは彼ら以前の迷信と誤信に満ちて混乱している思想や宗教を集大成し、思想や宗教の核心に迫ってその真理性を明確に示したようである.この限りでは原初は優れた教祖の周囲に集まった少数の弟子や追従者たちの集団であったのが、やがてその地域から共通の言語の媒介によって民族や国境を越えて当時の世界全体に伝播して行くことになる.この点でキリスト教が、ギリシャ語からラテン語へと継続的に無理なくギリシャ-ローマの世界に広がったのは幸運というより歴史的必然性であったと言えよう.
- しかし広域に広がった思想や宗教が、原初の真理性(契機)を正しく理解し継承し続ける可能性は一般に低いと言わねばならないし、むしろ歪曲、変形、あるいは変質するのが通例である.まずユダヤ教のヘブル(語)思想がギリシャ語化され、更にラテン語化される時に大幅に修正、変容することになり、続いて近代諸国語に翻訳されて伝道された結果ことに異質で未開な地域に広がった場合にはその地域や民族の宗教や精神性と混淆することは避けられないことになる.
- かくして古代ユダヤ教内部で成長成熟したヘブル思想(信仰)はイエスの言葉において頂点に達したとしてもギリシャ-ラテン語の世界でグローバリゼーションの波に巻き込まれ、普遍化すると共に世俗化し、現代ではゲルマン―アングロサクソン文化(語)において奇妙なことに思想的にはギリシャ汎神論―ドイツ観念論化してユダヤ教の超越一神教の特性を劣化させているように観察される.確かにM.ルターの宗教改革はゲルマン精神の成熟期ではあったが、ドイツ観念論はキリスト教の汎神論化また内在神宗教化になっていると批評できる.日本の場合は繰り返し生起する自然宗教である神道化現象としての主観主義、精神主義に陥ることとなる.
- ごく大胆に雑駁に現象論を述べれば、キリスト教はヘブライズムとヘレニズム、ラテン文化とドイツ観念論哲学の混淆宗教で、ドイツ観念論はギリシャの汎神論(ネオプラトニズム系)とゲルマン精神の折衷論であるからこうなると高度のシンクレティズム現象と言えそうである.この事実は事柄の善悪真偽にかかわりないことで、もともとヘブライズムがオリエント文化のセム語系の思想であってみれば、純一無類の思想史を求める方が無理なのである.
- M.ルターの宗教改革が聖書を原典で読むことに由来していることは周知の事実であるから、彼の思想がギリシャ―ラテン化した中世のキリスト教からもう一度ヘブライズムの原点に立ち帰ろうとした結果として成立していると考えると、シンクレティズム現象を呈している中世のキリスト教からの一種の脱宗教現象として捉えることができる.ゲルマンの知性の成熟とキリスト教の成熟期が一致しているとも言えよう.アウグスティヌスは結果はどうであれパウロの原点に立ち帰ろうとしているし、ルターはパウロのみならずイスラエルの信仰の原点に立ち戻ろうとしているように見受けられる.現代のK.バルトもルターのロマ書を読むことによって彼の弁証法神学の出発点を準備していたことも上記の例と機を一にする.要は普遍化と世俗化が進行する時に原点に返って初期の真理性を確認し同時に脱宗教化を実践するように見えるのである.
- 宗教が成熟期を過ぎて普遍化、つまり世俗化すると、一般大衆化現象が起こって、むしろ大多数の信者による素朴な原始宗教化の衰退期に入ることになるのではなかろうか.優れた創始者たちの考え抜いた〈真理〉は絶対性を獲得したとまでは言えなくてもかなり高いレヴェルでの客観性を帯びていて、大衆はこのレヴェルに達することはほとんど不可能であるから、少数の指導者や学者によっては理解されても、世俗化の過程においてむしろ主観性の強い迷信に近い信仰に変質するのではなかろうか.
- こうなると、宗教は大衆化、大多数化すると〈真理性〉からはむしろ遠くなると考えた方がよいようで、真の普遍化は大衆化とは相容れないことになる.問題は指導者層の信仰(神学)のレヴェルと一般民衆の精神構造(民族性とも考えられる)との一致、不一致にあるようで、どれほど優秀な質の高い思想でも一般民衆の体質や精神様式と相容れない場合はその信仰は浸透することができないことになろう.
09/12/3
XIV 宗教の発達心理学――日本の場合
- 日本人の心はいつ頃形成されたのであろうか.大和朝廷時代以前か以後かを決定しなくても、日本列島に住み着いた稲作農耕民が多数を占めてかなり長い年月を経て民族性を形成したと仮定してみると、この基礎集団(民族)の上層部に半島から騎馬集団が侵入して農民を支配して膠着語としての日本語と大和朝廷を同時に作り上げ、古事記に書かれたような日本神話を作成したとすれば、この過程において日本列島人の精神構造が決定されたことになる.
- もちろん決め手のない仮説に過ぎないのだが、その宗教心は先住民の自然信仰に大陸系(半島経由)の天界思想を加えて〈自然神道〉とでも言うべき混淆宗教が形成されたように思える.人間は自然の一部のように考えられていたに違いないが、神、または神性も人格神というのではなく自然神で人間と同じ性格を示している.祖先神も一般的で超越神の性格は皆無と言ってよかろう.要するに自然(生産力)と先祖(血縁)と不可思議(呪術)の三点セットであったろう.
- 歴史時代に入れば大陸(含半島)系の外来思想と言語による圧力が加わって史観や文学に決定的な影響が顕著になって先住民族の精神はまったくの受け身に回ることを余儀なくされる.
- 外来思想は仏教と儒教以前は半島経由の呪術宗教であったろう.後にキリシタンが侵入し、更に後にプロテスタントのキリスト教が欧米文化と共に襲来する.仏教と儒教の力は圧倒的ではあったけれど、大多数の民衆の精神と知性はこれを受容できずに鎌倉時代に至ったと考えるのがよかろう.日本列島人の大部分の魂は大陸系の思想の侵入前にすでに定型化し、様式化し、構造をなしていたと言えよう.
- すでに近代日本の文学者たちも気付いていたように日本人の心は仏教でも儒教でもなく、高い知性の思想や論理を受容する能力に欠け、ごく少数の知識人たちが理論として理解することはあっても心情としては日本列島人の本心のままの人間として留まり、心の構造が改変されることが極めて稀少であったということが言えそうである.空海や道元の言語力や論理力の優れていることは周知の事実であっても、彼らもやはり日本人の自然流の基本構造から脱出してはいなかったであろう.
- キリシタンは今は措くとして、日本のプロテスタントの神学者たちもヨーロッパ、最近ではアメリカの神学も含めて、よく理解し、正しく紹介しているようであるけれど、彼らは日本人の本心を知らずに欧米の神学校の優等生になったように見受けられる.
09/12/3
XV 思想の普遍化、世俗化、土着化
- 高等宗教や哲学思想の普遍化のことであるけれど、この方向で、世俗化、一般化、土着化現象が生起するのは必然的で、その現象の価値評価には関係ないと考えるべきであるから、普遍化や客観化と同時に、あるいは前後して、大衆化(普及)と低俗化、劣化、無力化が起こることになる.
- 個性的で知性的で格調の高い思想は必ずしも普遍化しないし世俗化はしないと考えるべきでましてや土着化は困難なのではなかろうか.土着化を定義すれば、それは土俗化であり原始慣習化であって、単なる普及現象のことではあるまい.普及現象とは高度の思想が中流全体に広がるところまでで、これ以下に及べば世俗化から土着化へ向うことになる.
- イスラエルの高度に人格的な精神がすでに世俗化していたローマ時代のギリシャ精神、つまりヘレニズムと融合してラテン語の世界に 広がった時期にはすでに世俗化は完了していたと見ることができるであろう.これを再度ヘブル思想に立ち帰らせたのが宗教改革であったとすれば、次の時代にはゲルマン式世俗化がドイツ語、英語、フランス語の世界で始まりそれぞれの植民地にまで及ぶのである.
- さて土着化であるが、植民地のキリスト教化現象として観察されるのだがこの場合キリスト教は各植民地の土着の信仰や宗教と混淆を余儀なくされることになる.アフリカ、南アメリカ、アジア、日本、南洋諸島という具合に各地の風土や習俗と合体した場合各地の原始信仰との交渉が始まって種々様々の現象を呈することになる.土俗化、土着化が起こるので、高度の精神様式が原始的な習俗と織り成して不思議な色彩を発現することになる.
- 日本の場合〈日本的キリスト教〉という用語法があったような気がするが、ホーリネスや無教会、また日本のフレンド派などがこれに当たるが、日本の原始福音とか韓国の原理主義運動も典型的土着化の例であろう.正統主義信仰から無理に切り離されたキリスト教信仰は単なる主観的な思い込みの信仰(宗教)になって、本来の生命力を失うことになる.
- その宗教なり信仰、また思想に真理契機が仮にあるとすれば、その最初の発見者、大悟者、教祖、創始者の〈言葉>を正しく理解することなしに正しい認識に到達することは不可能で、単なるその時代の思潮や流行や思い込みで正しい人間認識に至ることはできないと思うべきである.ここからようやく真理の探究が始まるのである.
09/12/4
XVI キリスト教日本列島人宣教論
- 日本列島人というのは日本(国)でもなく日本人でもない日本列島住民のことを指していて、この地域に住む人間を全体として先史時代から現代までの知り得る限りの諸要因を考察の対象にしてみようという意図がある.そのようなことが簡単にできるはずのないことは百も承知しているが、それでもできないこともあるまいと高を括ってもいるのである.もちろん縄文時代のことについて多くを知っているわけではないからせいぜい弥生時代あたりから考察の対象にして古墳時代と大和朝廷時代と考えてみる以外にはない.
- 奇妙なことに、列島先住民に対する半島経由の支配層の数の比とその精神構造と使用言語の間に質的差異が観察されることで最終的結論に達しているわけではないが、古墳時代が突然弥生時代後期に開始する様は異様である.この時代に支配者層の墓制が変り、おそらくは言語が膠着語化し、宗教も合理化され、大和朝廷形成に近づいたように見えるのである.原始的精神性に大陸系の思想が先住民に強力な影響を与えることになる.
- この後更に仏教と儒教が上陸して日本列島人を脅かすことになるが、実際にはこれらの大陸輸入の高度な思想がいくらかでも日本列島人に理解されるのは鎌倉時代に入ってからで、しかもこの時期の大陸経由の仏教は日本化されることになったと考えねばならないのである.
- 戦国時代初期にキリシタンの信仰が日本に侵入したが、これは禁教の結果に終わったために日本化することはなかった.
- プロテスタントのキリスト教は1859年に黒船と共に到来した主としてアメリカ合衆国の経済活動の延長線上の現象で、これとは別に欧米の近代文化と同時に侵入したために純粋な〈キリスト教信仰〉を分離することはかなり困難な作業になる.つまり、欧米のキリスト教やドイツ観念論、またヨーロッパ文化や習俗に土着化しているために〈聖書の思想〉の本質を彼らのキリスト教から抽出するためには専門的な学力が必要である.
- その上に日本に入ったキリスト教はすでに日本における土着化現象のただ中にあると考えなければならないことになる.宗教は非常に高度に神学化(哲学化)するか、民衆の間に広がって土着化するかの道を進むことになる.日本の場合は神学においても、民衆の信仰においても中途半端な地点に留まっていることになろう.
- 日本のプロテスタントの場合宣教150年の結果、神学的には教派(神学校)的にも教派(会)外の思想界においても欧米の学問的レヴェルに達する程度には学(識)力が発達進歩したといってもよさそうであるが、その精神内実の理解・需要・把握に至ってはまだまだ欧米のキリスト教神学の質の良い〈紹介神学〉に留まっていると言わなければならないであろう.この事実を先輩学者諸氏また現在の学者諸兄も正しく見抜きかつ認めるべきであろう.人間の精神(魂)、また集団心理としての民族の精神や信念(仰)は容易に変化、変更、変質できるものではないからで、この現象が起こるためには成員個人の精神や信念の真の変化(悔い改め)とその現象の理解と受容が集団としても彼(個人)の周囲に生起しなければなるまい.
- 一方150年の歴史や種々の要因から、キリスト教は一部は西欧文化の受け入れと共に、社会(学)的な圧力や影響のもとにキリスト教精神の世俗化現象として世界大戦前、大戦後の日本に二度生起したことを示している.ミッション・スクール(戦前)、キリスト教主義学校(戦後)の普及はこれにいくらかの影響を与えたし、今も与えていることは否めない事実である.しかしこれは必ずしも知性的に高いレヴェルのキリスト教信仰の受容には結びつかないことは明白である.
- 更に一般社会においては、文学や教育や青年の諸活動の様式で各分野のキリスト教的世俗化現象が観察される.これが今後の歴史においてグローバリゼーションの流れに吸収されていくものとも考えられよう.
- 歴史の法則は野蛮から文明、迷信から信念(哲学)あるいは科学、それは宗教から哲学、哲学から自然科学と進歩することになっているけれど、これは高々形式か様式のことであって人間の精神の構造や内容、またその機能の発達や進歩の説明にはならない.
- 文化に関してはそれぞれの領域の言語の発達や完成度の諸関係を正確に分析しなければならないが、この分野の研究は未だ不十分である.
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日本(列島)と日本文化のキリスト教との対話はこれからの100年ではまだ無理で、500年を要することになるかも知れない.
09/12/16
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