聖書構造論 ―聖書と人類史の対応(諸)点―

I 歴史的構造

 聖書という旧約書(ユダヤ教の聖典でもある)39書と新約書27書からなるキリスト教の公認聖典66巻(この場合外典を除く)は人類史上の最重要文献であることを今後も自ら証明し続けるであろうが、これを歴史的、文学的にその構造(論、あるいは主義)を述べるのがこの小論の目的であるが、本論に先立ってその書の本質に言及すれば旧約、新約の〈約〉の意が〈契約〉であることから、これが〈契約〉、つまりイスラエルの神とイスラエルの民の約束関係(旧約)とイエス・キリストの父なる神(一応このように言っておくが)とキリスト教会との約束〈関係〉の書であるということになる.つまり、二者間の約束の協定書というのである.

 ということは聖書という書物は、神と呼ぶよりは、〈天地の創造主と人間の関係(論)の書〉であって、これが伝説(あるいは一種の神話)や歴史(民族史、王朝史)、祭儀式文や法律文書、また文学書の様式で記述されていると考えればよいと言えよう.  さてそこで、この小論は単なる推測や仮説を述べているのではなくて、一応現代の学問の定説と諸論文に目を通しての上での議論と思っていただかなければならないが、それらの文学的社会科学的結論から、旧約の歴史が王国形成以前の士師時代から開始すると考えられるから、天地創造はもとより、モーセや出エジプトの事件の報告も伝説と伝承の世界ということになる.

 従ってイスラエル史とは諸部族割拠(あるいは連合)時代、次に王国時代、分裂王国時代、北南王国滅亡の時代、捕囚時代、エルサレム帰還後の時代、ローマ支配の時代(イエスの時代)ということになる.  新約聖書の時代は、ナザレのイエスの時代、原始キリスト教会の時代、ネロの迫害(64AD)とエルサレム陥落(70AD)の時代とその後というわけで、この間に新約諸文書が書かれている.

 上述の歴史を要約すればイスラエル史と教会史最初期になり、その内容はイスラエル成立とダビデ・ソロモンの最盛期、そしてイスラエル・ユダの滅亡とその後の時代になり、ここでの重要な事実は〈イスラエル王国の興亡〉

 歴史学的にいえば、歴史的偶然の結果としての〈イスラエル王国の誕生と滅亡〉と〈ナザレのイエスの磔刑の秘儀(不思議)〉となろう.

2009/3/3

II 歴史文学的構造

 旧約聖書を歴史文学としてみる限り、創世記から出エジプト記(レビ記を含む)までの伝承・説話様式は史実を含むとしてもその記述目的は歴史の意味構造の説明、解釈、あるいは預言であると考えられる.文学書としての聖書は古代オリエント文明の中で最古のものでも独一のものでも最優秀のものでもないことは明白である.しかしこれを特殊な律法(法律)書、預言文学として捉えると極めて独一性の高い特殊な文書ということになる.

 創造説話がオリエント一般の様式において語られ、「バベルの塔」や「ノアの洪水」がティグリス・ユーフラテス両河の流域を背景にしていることも明らかで疑う余地はない.「ノアの洪水」はシュメール・アッカドギルガメシュ文学の〈焼き直し〉であってイスラエルの文学史が古代オリエント史の一隅の書に過ぎないこともよく知られている.

 しかし人類創造記事中の「失楽園」説話の語ろうとしていることがイスラエル王朝史の一断面であるとすれば、「アダムとエヴァ」は〈イスラエルの王と王妃〉になり、蛇は王妃による〈異教の侵入〉事件に変り、「バベルの塔」も失楽園物語の一種でイスラエル離散の象徴説話なのではなかろうか.「ノアの洪水」も〈信仰説話〉であってこのテーマは〈アブラハムのイサク奉献〉でリサイクルされている.ここではヤーウェによる〈イスラエルの選び〉という旧約文書不可欠の主題が浮上してくる.

 「失楽園」には創造主に対する人間の反逆と不服従(不信仰)がテーマであることも明白で、人間の示す根本的欠陥であるヒュブリス、つまり〈傲慢の罪〉が前面に登場する.そしてその結果としての審判である〈死〉が取り上げられている.

 してみると、創世記冒頭の説話文学も実は〈イスラエル史〉を語るための序論と考えられて、その内容は〈イスラエルの歴史的登場と没落〉という点で歴史と文学が一致並行することになる.創世記から出エジプトの伝承説話は過去を語り、預言文学は未来を語るのである.イスラエルは自らが気付いていない過去に選ばれて歴史に登場し、自らの不服従によって崩壊滅亡することによってその使命を果して歴史から姿を消す宿命にあるというのがイスラエル文学の基本的構造である.

 本来の「歴史文学」の最も優れた作品は〈原サムエル記〉と学者の呼ぶサムエル記中の古文書であるが、これは後述する.

2009/3/3

III 聖書の中の文学

 旧約聖書中散文文学として最も優れているのは〈ヤーウィスト〉と呼ばれている著者(あるいはグループ)の記述した創世記2:4b以下の作品で紀元前9世紀頃のものと考えられる旧約聖書中最古の記述文章である.その思想内容は学者たちを含めて多くの読者の理解力を越えて天才的である.これに並ぶ作品は前述した原サムエル記の文章で散文体から言えば前者を凌駕している.イスラエルの文学的実力はダビデ王朝後の出発点と同時にすでに頂点に達していたことになるが、これには古代オリエントの言語の歴史が先行していると考えなければ説明できない.イスラエルの直前にはウガリットの祭儀文学が先行していて、それの遙か以前にシュメール・アッカドの言語史と思想史が存在していたのである.ただしかし、イスラエル史において彼らの信仰(宗教)と共同体形成力の秘密が独自の宗教(信仰)文学を産出したと考えなければなるまい.

 そこで簡潔に要約すると旧約聖書中の文学書の構造は「失楽園説話」に見事に語り尽くされているようにイスラエル(人・アダム)は生まれ(造られ)成長し、社会生活を経験し(アダムとエヴァの生活)、創造主から戒めを与えられ(律法)、これを無視して反逆し、善悪を知る木の実を食べて楽園を追放される.つまりイスラエルはヤーウェに対する不服従の罪の結果王国は滅亡し民は離散して流浪の民となる、ということになる.「失楽園説話」はかくて預言者イザヤの予言する如く、〈ダビデ―ソロモンの繁栄時代の後に滅亡する〉のである.歴史的事実はこれを実証していて、ヤーウィストが預言文学の先駆的存在であるという仮説も成り立っている.バベルの塔も人類的規模で同質の予言をする.

 この滅亡(崩壊)予言に抵抗するように、「ノアの洪水説話」は「ギルガメシュ英雄譚」に倣って「信仰の本質」を「ノアはすべて主の命じられたようにした」(創7:5以下)と表現し、アブラハムについても「アブラハムは主が言われたように出立した」(創12:4)と言及する.つまり人間はその不服従(罪)の故に滅びることは決定的であっても、ヤーウェ(主)の対する「信頼(信仰)」だけがイスラエル(人間)を救う、という神学を確立している.これもまたヤーウィストの歴史判断であり、哲学(思想)であったと言えよう.

 他に「詩篇」(祭儀文学)や「ヨブ記}、また「箴言」のような後期の旧約文学も〈イスラエルの信仰〉を別様に語っている.

 かくて旧約聖書の基本構造は〈イスラエルの審判である滅亡〉でこれに付随して〈信頼(仰)〉というまったく別の次元の思想が語られていることになろう.

2009/3/3

IV 新約聖書の文学的構造

 新約文書は福音書が約4割、使徒行伝を加えると5割を越え、残りの5割つまり全体の2割5分がパウロ名の書簡であとは他の名義の書簡と黙示録からなっていて、福音書、つまり〈ナザレのイエスの言葉と行為〉に関する文書の占める部分が大きい.書かれた年代から言えばパウロの手紙が最初期で紀元50年代に始まって福音書はパウロ以後の作品と考えられている.ただし原資料はイエスの死後に口伝として徐々に形成されていたのは確かであろう.構造論上ではパウロの神学と福音書の立場の異同関係で、マルコとパウロの近さとマタイ、ルカの性格、またヨハネのまったく異なる神学の諸問題が知られている.これも大雑把に結論すれば、パウロと福音書の間には対マルコの場合でも差異が見られ、他の福音書はヨハネはもとより、大きな懸隔があるが、パウロの文書作成の意図と福音書の記者たちとの作文目的の間には敵対関係とまでは言わなくても、かなりの対抗意図があったのではなかろうか.マルコが自前の資料を集めて「福音書」というまったく新しい構図のもとに〈イエスの言行〉を書き上げたのにはパウロの神学に欠けている諸点を補足したり、示したりする意図があったのではなかろうか.これに倣ってマタイとルカが共通資料(Q)を使って更に各自の〈イエスの言行〉を作成し、ヨハネは更に遅れてパウロとは異なった神学的福音書を書かなければならなかったのは、これも特殊の事情があったと考えないわけにはいくまい.パウロは〈イエスの言行〉にはほとんど触れずに〈十字架の神学〉を建立し、〈復活論〉と〈聖霊論〉を〈贖罪論〉を軸に書き上げている.後のキリスト教(神学)の基礎教理を短期間に作成したのはパウロである.

 パウロであろうと福音書記者たちであろうとその原点がナザレのイエスであった事実は決して変わることがないのは明確であるし、パウロが律法主義から一種の信仰主義(?)にシフトした原点としてもナザレのイエスの位置は動かないから、新約文書の第一で根本的な必要不可欠のファクターはナザレのイエスである.この点を確認した上でパウロが何故にイエスの言行に言及せずに〈律法から信仰〉への彼のキリスト教教理(神学)を作成しなければならなかったのか、また福音書記者たちがこれも急いで〈イエスの言行〉を事実記述と言うよりは彼らの神学や思想(哲学)に合わせて作文しなければならなかったのか、といういずれの疑問も追究解決しなければならないであろう.ヨハネの場合は共観福音書とは異質のテーマと取組んでいることが明瞭に読みとれる.黙示録についてはまったく別に特殊な研究が必要になる.                  

2009/3/4

X 新約諸文書の背景としての歴史的事実

  1. ナザレのイエスの言行とその結果としての十字架刑
  2. ローマ帝国の支配の実際と当時のイスラエルの運命
  3. ユダヤ教内部の実情とパウロの思想
  4. 原始キリスト教の誕生とその足跡

上の歴史的事実の諸関係がある程度究明されれば、新約諸文書成立の経緯が知られるであろう.少し視点を変えて論じてみると、

 当時のユダヤ教律法主義の限界が問題になるであろう.イスラエル王国はすでに数世紀以前に滅亡していて、このためにユダヤ教は〈律法厳守〉の律法主義によって精神的安定を求め、律法の研究に全力を集中していたものらしいが、このような〈生き方〉に限界があることは常識的に当然で、ナザレのイエスの〈天才〉がこの限界をごく自然に自明の理として気付いていたものと考えてよいであろう.人間が健全に力強く生きるのは〈創造主に対する素直な信頼と互いに助け合って生きる人間性豊かな精神力と知性力〉であるはずでイエスの明晰な〈心と知性〉は人間の生の本質的活力としてこの真理を見抜いていたものと思う他はない.パウロが気付いた原理もイエスの判断と一致していたようである.つまり、イスラエルは歴史的に滅びていたのであり、従来のイスラエル的、ユダヤ的人生観、宗教観はすでに終結していたのであって、新しいイエスの人生観はイスラエルの歴史的範囲を超えた人類全体に及ぶ宗教であり、信仰であり、思想(哲学)であるということになるであろう.これは旧来のユダヤ主義を延長したり修正したりして作成できるような性格のものではなかったと考えるべきである.「イエスが律法の終りになった」(ロマ10:4)というパウロの言葉は〈イエスはイスラエルの終りになった〉という表現と同義であろう.これは〈真のグローバリゼーション〉の開始の宣言であるに違いない.

 キリスト教はまず最初の古代イスラエルと従(旧)来のユダヤ教から抜け出て〈新しい人間の生の探求〉の時代に入ったのでなければならないが、しかし昔のイスラエルの真理と人間認識の中にその本質の萌芽が生きていて、その事実にナザレのイエスが気付いていたというのがキリスト教の出発点であったに違いない.    

2009/3/5

VI ナザレのイエスの実力

 従来の新約聖書研究と原始教会史研究ではキリスト教は〈イエスの復活〉を経験した(見た)弟子たちの信仰によって誕生したことになっている.しかしこれには更に説明が必要であろう.もちろん古代と現代とを問わず、〈復活〉の現象を証明することは不可能である.  福音書は復活のイエスが弟子たちに顕れた、つまり復活のイエスの顕現に弟子たちが触れた、と報告しているが、その現象自体はもはや確定できないと言わなければなるまい.しかし復活したと考えられている人物が他の誰でもない〈ナザレのイエス〉であって、それも復活という現象が生起したから、イエスが特別の人物に変化したという筋道で考えるより、〈ナザレのイエス〉という人物の生前のあらゆる実力が、イエスを〈神の子〉、やがて〈神〉と認める信仰に至ったという論理の方が自然であろう.ここで〈実力〉というのはイエスの〈人間性〉、すなわち人間としての〈質〉のことでこの礎石の上に〈復活証言〉が形成されたのではなかろうか.

 現代のキリスト教徒が判断できることは復活の現象の可能性ではなくて、〈復活の証言者たちの証言〉に対する信頼以外のものではあり得ない.

 さて〈イエスの実力〉であるが、福音書の記述によれば、その思想史的原点はすでに旧約聖書の申命記の中に十分に示されていて、その人間性の豊かさに特質があると言ってよいであろう.弱者や小者、病者に対するイエスの思い遣りはまったく群を抜いている.同質の後継者たちが世界史上に多数登場するのは当然である.旧約聖書諸文書中の人道的、倫理的優秀性はあるいは他の諸国の数々の思想や倫理と比較するのさえ無理であるかも知れない.しかもイスラエルの倫理思想は人類史的には古代オリエントの思想史の流れの中に位置を占めていて、その中で最高度に発達した成果であるとも言えよう.イエスはその源泉から優れた善いものを正しく吸収して成長したものと考えてよかろう.

 イエスの実力の中心には彼の知性の力が活発に働いていたことを正確に認めるべきであろう.一説によればその教養の質は自らを誇るパウロの学識を凌駕して余りあるとも言われている.この力が生前に認められていなければ、復活の現象はそれ自体が奇妙な一種の奇跡に過ぎなくなったであろう.

 私見を述べれば新約聖書の復活信仰(論)ははなはだ複合的な作文に出来上がっている.この内容の分析には細心の注意を要するであろう.付け加えればこれは二千年以前のオリエント・地中海文化のただ中で生起した宗教(史)的事件であったのである.

2009/3/6

VII パウロの思想

 原始教会におけるパウロの位置はなかなか微妙である.12使徒(これも確定出来はしないが)に遅れて仲間入りして自己の立場と信仰を主張し続け、結果としてその書簡の主要部分を新約文書の中に公認させた人物で敵対する者たちも多かったに違いない.にもかかわらず管見によれば、いくつかの欠点を認めないわけにはいかなくても、彼の〈信仰義認〉の神学(教義)はイエスのまったく天衣無縫な言行に重なって見えてくることは不思議である.パウロはベニヤミン族であり、パリサイ派の闘士であり、律法主義の旗手であったのだが、彼にとって益であったこれらのすべてをキリストを知る知識の法外な価値の故にまったく損と思うに至ったと言うのである(ピリピ3:8).価値の転換が起こっている.つまりイエスの存在はこの人物を知るに至った人間に彼にとって今までもっとも確実であった人生観全体を逆転させることになるものと考えられる.

 パウロには復活論の他に「贖罪論」(ロマ5,6,7章、ガラテア書)があって、旧約聖書中の動物犠牲による贖罪の儀式がイエスの史によってすべての人間が自己の罪から解放されるという新しい「罪からの解放(赦し)」に変換されている.この宗教論はユダヤ人でもない現代人にとってはこのまま鵜呑みに出来るものではない.復活論も贖罪論も古代の宗教思想であることは明らかであるから、21世紀人である我々はパウロや他の指導者たちの最初の議論の真意を曲げることなく自分たちの言葉で正しく知解し、現代の聞き手や読者たちに伝えなければならないであろう.

 更にパウロには「十字架の神学」(Tコリント1:18,ガラテア3:1他)があって、その言葉からは「復活論」よりも思想の力が確実で強力であると感じられる.しかし「十字架」は一般人の常識からは〈逆説〉に他ならないからここで〈贖罪〉を読み抜くためには〈聖霊論〉が必要になる.パウロには優れた聖霊論があって(Iコリント2:6―16,12:3)、これは現代の哲学では〈解釈学〉の分野に属する議論になるが、ヨハネの福音書も一種の聖霊論を展開している(3:1―15).最現代の哲学では〈人格間関係論〉とでも呼ぶべき〈言語論〉とも関係する学問分野の事象であろう.

 しかし私見を述べれば上述のすべては〈ナザレのイエス〉の歴史的言行を正しく知解し、これを世に知らせようという目的のもとに行われていることは明白であるから問題はこの原点に収斂する.一度古代の宗教論、哲学思想の全体を批判的に検討して神学的議論に偏らずに現代哲学(人間学)を再建すべきではなかろうか.私自身は〈人格言語関係論〉を考えている.

2009/3/7

VIII 福音書の文芸批評

 四福音書を文学作品として批評してみると、マルコが時代的にパウロに近い時期に書かれて、専門的な部分的批評を無視して現在一般人が手にしている作品を虚心に読んでみると、やはり〈受難劇〉が際だって纏まっている.これが先に書かれたか後にかということとも別に、マルコ文書の構造の主要部は〈イエスの受難物語〉であろう.8章の受難予告に始まり10章、11章のエルサレムの一週間の行動、13章の終末予言、14章、15章と受難記事で終り、16章は〈空の墓〉の報告が付加される.9節以下は最古の写本には記載されていない.前半の記事に比べると後半の受難物語は構造がしっかりしている.その理由は〈イエスの受難〉のような事件が元来物語性の強い出来事であったためであることに由来するが、これはこれで出来上がった福音書から史的事実だけを探り当てるのは難しい.マタイとルカもマルコの原型に倣って受難劇を書き上げていると考えてよいであろう.だが後者は学者が語録(Q)と呼ぶイエスの言行録とそれぞれの独自の作文を付加して、マタイは格言に(5―7章)ルカは譬話に(10,15章)自己の特性を生かしている.また各自の地理的特徴も読みとれる.

 物語的性格のもっとも強いのはルカであるがルカにはかなり明確な〈天と地〉の構造が観察され、イエスの降誕における天からの〈下降〉、地上の生活、復活後の天への帰還(昇天)で、これは古代人一般の天と地の舞台設定が成立していると考えてよかろう.マルコはこの舞台設定を好まなかったようである.もしそれがマルコの原意であったなら、現代の読者が手にしているマルコの福音書には後の教会的加筆がそこかしこに看取されると言ってよい.ルカは当時(古代)一般的な〈天と地の構造〉の中で彼の福音を語ろうとしているし、マタイもこれを排除しようとはしていない.原マルコだけが、地上の論理構造の中で話を進めようとしているらしい節がある.しかし、奇跡と病気治療を排除するどころか、積極的に取り上げようとしている.むしろマルコの力点はイエスの実力を病気治癒の奇跡において示そうとしているように受け取れる.  現代人でさえも一般大衆の中には古代人とほとんど変わらない〈天地構造〉で〈神と人〉の関係を意識している人々が多数いると思ってよい.あるいは文学的認識様式として一般的なのかも知れないが、古代においてもこれを排除しようとした者もあったに違いない.

 ヨハネはこれはまたルカやマルコとも異なる方法で〈天地人〉を語ろうとしていると思うべきである.グノーシス主義との関係を論ずることも可能であるけれど、私はむしろヨハネの神と人の関係論を〈愛〉という概念で捉えようとしているところにその特質を見た方がよいように思われる.この〈愛〉は現実的で実際的で、空虚でも架空のことでもなく〈イエスと弟子(たち)との歴史的な人格関係〉を明示しようとして用いられていると考えると理解しやすくなる.しかしこれも稿を改めるべきであろう.

2009/3/8

IX ヨハネの現実主義

 前述までの諸議論の上に、ここで古代の宇宙論(天地人論)と時間論(始源と終末)を極力排除して、つまり捨象してヨハネ福音書の現実的、実際的主張だけを捉えてみようとすると次の仮説が浮上する.

 まずナザレのイエスが歴史的に存在して、彼には弟子たちも共にいたが、これはすべて当時のユダヤ人たちであった.ナザレ、つまりガリラヤ湖周辺の町々が彼らの活動地点であってローマ時代のいわゆるギリシャ人たちも彼らの周囲には常時見られたであろう.イエスの知性はイスラエルの伝統的信仰によって支えられていて特にギリシャ的であるということはなかった.イエスの知性と教養の質と高さはおそらく抜群で、これは当時の学者たちも認めざるを得なかったと考えてよい.これはすでに定評になっていたと言ってよかろう.

 さてそこで、その結果としてイエスは当時のユダヤの神殿祭司や律法学者たちから危険人物と認定されていたようである.あの「宮潔めの事件」(ヨハネでは2章)でイエスは神殿の神性を否定しているから当時の指導者層との対立はヨハネ福音書の場合前提になっている.そして決して多くはないが生起する諸事件の間に短い論説がおかれ、ヨハネの独自の〈ラザロの復活〉のような出来事に続いて十字架前夜の長い(13,14,15,16,17章)記述の後で受難劇が始まる.この受難の経緯が〈ユダの裏切り〉に由来することは他の福音書と同じであるが、何故ユダにその役割が与えられたのかは彼らの書き方からは判然としない.共通するのはユダの自由意志から(マルコ14:10,マタイ26:14)、またサタンがユダに入って(ルカ22:3,ヨハネ13:2)となっているが同じことであろう.ユダが自らイエスを裏切って祭司長たちにイエスを売り渡したというのはサタンを使わなければならないほど真の意味は隠されている.

 祭司長たちがイエスをただ一人殺害して、弟子たちのすべてを放置しておいた理由も福音書には記されていないが、ヨハネはイエスが自分の生命と引換えに弟子たちを解放するように頼んでいると書き記している(17:8).これに呼応するように13章ではイエスの弟子たちに対する思いを「イエスはこの世を去って父のみもとに行くべき自分の時が来たことを知り、世にいる自分の者たちを愛して彼らを最後まで(究極の極みまで)愛し通された(13:1).」と書き、更にこの関連で「人がその友のために自分の生命を捨てること、これより大きな愛はない.」(15:13)とイエスに語らせ、第1ヨハネの著者は同じことを「主はわれらのために生命を捨て給うた.それによって我らは愛ということを知った.」(3:16)と言っている.またイエスのラザロに対する独特の愛し方はむしろほとんど異様でさえある(ヨハネ11章).しかし、ヨハネ文学の根本思想がここにあることだけは確実である.他の諸要素は付随的でさえある.

2009/3/8

X イエスの人生の主題

 イエスにとって彼の人生のテーマは何であったのだろうか?イスラエル人として生まれ、パリサイ派の全盛期に旧約聖書の教養を十分に身に付け、おそらく大工としての技術を習得していながら大衆を相手に自己の人生観を教えて弟子たちを教育し、病人を癒し、社会的弱者を助け、宗教的信念を公然と主張し、律法学者たちと議論して、その結果、政治経済、学問宗教の指導者たちと衝突して十字架刑に処せられたと福音書に記されている.

 社会学的には政治権力を代表するイスラエルの祭司貴族たちとローマの官僚たち、経済的には神殿経済を握る祭司長一族、宗教学的にはパリサイ派の律法主義的勢力などがイエスと対立する当時の諸勢力であったと考えられるが、これを一般的に抽象すれば、病気と貧困、政治的軍事的権力、宗教的迷信と社会的諸勢力から民衆に及ぶ圧力の数々となるであろう.これをもう一度本質論として言い直せば日常生活上の非人間性的発現とでも定義できよう.

 つまりイエスの人生上の闘いは〈人間の非人間性〉との闘いであったと言えよう.歴史的にはイエスの対象は〈イスラエル的非人間性〉であったわけであるが、すでにギリシャ化され、ローマ的色彩を帯びていてもその本質はイスラエルの中にあったと見てよい.

 優れた知性を持ち、善い人間性を備えた人間にとってその人生が愚かで悪質な人間が示す〈非人間性〉との闘いになることは明瞭で、イエスの場合この典型であったのではなかろうか.これは歴史的偶然の結果とも言えるけれど、逆に歴史的必然であったとも考えられる.シャカも孔子もソクラテスもそれぞれ類似した生涯を過ごしているがナザレのイエスはその中でも際立っているように思えるのは身贔屓からであろうか.

 人間が人間であることを望み目指しているならその一生は〈非人間性〉との闘いになるのは当然であろう.人間という存在は人間としてこの世に生を受けながら、不思議なことに、非人間的人間に堕落する動物なのであるが、これは論理的推理ではなくて、現実的経験として知られている事実である.優れた知性の人間はこの事実に気付いていて、この非人間と闘って自己の周囲の人間を人間らしく育てて助けようとする.イエスの生涯は他の諸要素や局面はすべてこのイエスの生活姿勢に由来していると推論できよう.私見によれば〈復活論〉も〈贖罪論〉もイエスの実生活に由来していると考えられ、それらは当時の歴史的宗教的概念によって説明されているわけである.

2009/3/9

XI パウロ以後の新約の神学的概念 

 共観福音書には積極的神学用語や概念は見られないが、パウロの書簡とヨハネの福音書には文学を越えた思想(哲学・神学)概念が散見している.ここで気付いてみれば旧約聖書には〈創造神〉の神学(信仰)があって、これは〈創造主ヤーウェ〉という用語で表現されている.パウロやヨハネの場合は〈贖罪論〉と〈聖霊論〉が代表的で〈復活論〉は神学にはなり得ないであろう.〈十字架刑〉と〈復活〉は事実の報告記事である.

 しかし〈贖罪論〉は古代の〈犠牲祭儀〉を基礎に展開されていて現代人にはこのままで説得力を発揮することはできまい.〈一人の生命〉が万人の〈罪の救い〉になるという宗教論はパウロの主張するところではあっても(ロマ5,6章)現代人にとってはかなりの論理的飛躍と受取られよう.現代人の論理では〈イエスの自己犠牲によって弟子たち全員があの時現実に死を免れて生きる者となった〉というところまでは理解できるが、これ以上は神秘主義とも単なる個人的思い込みとも思われるであろう.しかし〈罪のない一人の人間がその朋友たちのために生命を犠牲にする〉という行為は、それが偶然起こったのではなく、意図的に計画的にさえも行われたとすればそれは人間の生活史の中では特記され、記憶され、記念されるべき価値を持っていると評価されてもよいのではないか.つまりイエスと弟子たち(輩―ともがら)との間の特殊な関係の中で生起した極めて特異な事件と認識されたと推論するのである.人間の一般史において〈自己犠牲〉として知られている事件が多々あったことは疑う余地はない.その中で〈イエスの磔刑〉が独一の位置を占めるというのであるけれど、その特殊性の証明は今は措くとして、この事件から原始キリスト教が誕生し、新約諸文書と後のキリスト教会の歴史がこれに続いた事実は否定のしようがない.

 〈復活〉について付言すれば、キリスト教は確かにこの事件を契機として文字通り〈生命〉を吹き込まれたのだが、〈復活論〉を展開するのはかなり困難であるのも事実である.二千年以前の当時、〈復活〉の観念や思想は中近東地域でかなり一般的であって、大衆がこの思念に動かされやすかったことも認めないわけにはいかないが、それにしてもその影響力においてイエスの場合ほど独特なものはなかったというべきであろう.管見によればその秘密は〈生前のイエス〉の特殊性にあったということになる.

2009/3/11

XII 聖霊論

 これが最後の稿になると思うが、パウロとヨハネの中に明白に読み取れる〈聖霊論〉は現代人にはやはり古代的で、いささか説明不足に思える.渡辺善太師の晩年の「聖霊論」も私には恩師に対して失礼ではあるけれど(私は著者自身の署名入りの直接の贈呈書を持っている)、不満足である.

 そこで手短に述べれば「風は(霊)は思いのままに吹く.霊から生まれる者も同じである」(ヨハネ3:8)とヨハネが語ることは、パウロによれば「人間の思いは人間の霊以外に知る者はなく神の霊は神の霊以外に知る者はない」(Tコリント2:11)と言い、「神はその霊によってご自分をわれわれに啓示し」、「神の霊は神の深みまでも究める」(同2:10)と言って「聖霊」の不思議を語ろうとしている.

 これを現代語で説明すれば人間の大脳細胞の言語機能(知性)は極めて個性的で、その個性と他の個性の関係はこれもまた〈個性的関係〉ということになるが、神と人間の個性的関係は神が普遍性を代表しているから単なる個性対個性の関係とは異質であることになるはずであっても、人格対人格の関係であることには変りはないであろう.

 人間同志の人格関係が個性的であるということは世界でただ一つの独一の関係であるということであるが現代人でも一般人が通常自覚していることではない.通常人々が意識している人間関係はどちらかというと動物学的カテゴリーのもので知性的な言語機能的性格の人間(格)関係を自覚することは少ない.しかし人間間の関係は知性的であるところにその特性がある.これを否定すれば結局は生物学的個体関係に過ぎなくなる.パウロやヨハネの語る「聖霊論」は一種の知性論、あるいは言語的知性論であって、ヨハネが「初めに言葉があった.言葉は神であった.その言葉は生命であった」(ヨハネ1章)というのは、この間の事情を当時のギリシャ語で定義しようとしているように思える.

 人間関係に限っても旧約聖書はごく早くから個性的人格関係に特殊な注意を払っている.ダビデの「弓の歌」はヨナタンの戦士を悼むダビデの心情を語り尽くして余りあるし(サムエル上1章)、「雅歌」やヨブ記も別の様式で人格関係の秘密を語り明かしている.ユダヤ人M.ブーバーは Ich und Du で "Das Du begegnet mir von Gnaden,durch Suchen wird es nicht gefunden." と言っていささか神秘主義的でさえある.

2009/3/11

XIII 附説 旧約聖書の創造論

 旧約聖書の創造論は創世記冒頭に誰の目にも触れるように提示されているが、詩篇の中にもイザヤ書の中にも散見され、ヨブ記の思想にも含まれている.イスラエルの創造論が先行する古代近東のものや他の諸民族の創造神話とも異質であることは疑う余地はない.その理由は単にイスラエルの超宇宙的思想と他の諸民族の宇宙内的、自然論的創造論に由来する異同というよりは、説論の組立て方の違いによるものと考えられる.イスラエルの創造論は宇宙の始源を観念論的に抽象して創造神話を作文するのではなくて、自民族が存在すること、歴史的にイスラエルが誕生してこの世界に確固とした自己の位置を得たことを確認した時点からこの世界の始源を思索するに及んだというべきであろうか.元来イスラエル人の思惟様式にはギリシャ人のようにテオリアによる観念論を組織する性格はなくて、歴史的事件を通して自己の生命と運命を考えていると言えよう.その思惟様式によって先進文化の創造神話を材料に使って自己の創造説話を作成したものと考えられる.士師時代(部族時代)に民族意識を形成したとすればイスラエルの神ヤーウェは〈戦争神〉であるから、イスラエルの生命は戦闘に勝つことによって自覚され、その勝利によってイスラエルは創造されたことになり、神の義はイスラエルの救いと生命を意味し、神の義はヤーウェの勝利と同義になる.これがイスラエルの思惟様式なのである.

 創世記の神の言葉による天地の創造も中近東やエジプトの先進文化から素材を得ているが、後の「無からの創造」までには至ってはいないけれど「混沌」を材料に神の言葉のスパークが宇宙を創造する様は現代の物理学のもどかしい解説に比べると、すでにその結論を知っていたかのような語り口である.創世記の冒頭記事と現代物理学の諸実験の類似現象はお互いに何の関係もないとは言えいささか奇妙である.前者は人間の知性の鋭さを示し、後者の口ごもりながらの遅々たる学説の展開とは対照的で面白い.

 更に付言すればイスラエルの創造論は実はヤーウェとイスラエルの関係論なのである.ヤーウェによるイスラエルの生命の創造と選び、契約とイスラエルの契約破棄による反逆、審判による王国の滅亡と回復(救拯)という歴史的経緯によって部族から王国、更に滅亡によって民族から解放されて世界の舞台に登場すると考えてみるのである.世界から一民族の王国、この王国から再び世界規模の人間の諸問題の解決と救拯というサイクルで思想内容が展開していると考えてみてはどうであろうか.パウロの創造観は(ロマ1:20)いずれにしてもイスラエルの伝統思想からは意味不明である.

2009/3/12

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