甲斐からの書状




よく晴れた青空の下、真剣に向き合う男女二人。
それを取り囲むギャラリーからは野次に似た声援が飛び交う。

全員が固唾を飲んで見守る中、小十郎が右手を天高く上げた。


「そこまで!!勝者殿!!」
「やっぱ強いなぁ、ちゃん」
「なるみちゃんは遠慮がありますからね」
しげざねだって言ってるのに!!」
「私に勝てたら成実様とお呼びしましょう」


向かい合っていたのは成実とだった。
二人とも爽やかな笑顔で冗談も交わし何だか和やかな雰囲気だ。
ただ一人、場に似合わない不機嫌な表情を浮かべ胡坐をかいている人物がいる。

城主でありの主である伊達政宗だった。
イライラと舌打ちをしながらを見つめるその瞳は些か怨念すら籠っていそうな鋭さを持っている。
成実と握手を交わしたはくるりと向きを変えて笑顔で政宗に向き合った。


「では政宗様、私が勝ちましたのでお約束通り執務をこなして頂きますよ?」
「チッ…来い!」
「何ー?梵ちゃんってば嫉妬?」
「うるせぇ!!」


執務から逃げ出そうとする政宗を何とかする為に行われたのがと成実の試合だった。
提案してきたのは政宗で、成実が勝てば政宗は今日の執務をしないでと城下をデート。
が勝てば執務に戻るというもので政宗には勝算があったはずだった。

しかし政宗の予想は大きくはずれ、は軽い身のこなしでいとも容易く成実に勝ってしまったのだ。
執務をしなくてはいけなくなってしまった事ととの城下デートが潰れてしまった事に政宗はえらくご立腹らしい。
だが、政宗の苛々はそれだけではなかった。

部屋へ戻った政宗は不機嫌なまま紙をめくり筆をしたためていく。
も政宗が処理しやすいようにいつも通りの作業をこなしていた。
幾許かの時間が経過した所で突然政宗の筆が止まる。


「おい」
「はい?」


筆を置いた政宗は未だ不機嫌そうな表情を浮かべを見つめると口を開いた。


「成実と小十郎の事なんて呼んでる?」
「なるみちゃんとこじゅさんですが」
「俺は?」
「…?政宗様」
「Shit!それだ」
「はぁ…」


政宗の言う意味がまったく理解出来ずにが首をかしげる。
政宗は立ち上がるとつかつかとに歩み寄りの両肩を掴んで睨むようにを見つめた。


「何で成実はなるみちゃん、小十郎はこじゅさんで俺は政宗様なんだよ」
「何を仰っていらっしゃるんですか。貴方様は私の主で御座いますから当然で…」
「Shout up!!俺は最初普通に喋れと命令したはずだぜ?ちゃんよぉ


ニヤリと人の悪い笑みを浮かべそのままの肩を押せばの体が床に倒される。
の上に馬乗りになった政宗はそのままを上から見下ろした。
一方押し倒された形になったは至極平然とした表情で政宗の目を見ながら口を開く。
のその態度に政宗の苛々は余計に募る一方だった。


「お言葉ですがそれをしてしまえば政宗様は女になめられてるという印象を持たれてしまいますよ?」
「言いたい奴には言わせておけばいい」


段々近づいてくる政宗にさすがのも危機を感じたのか政宗の両肩を掴んで力いっぱい上に押し戻す。
政宗も負けじと体に力を入れてに近づこうとするがその距離はなかなか縮まらない。
腕をプルプルと震わせ取っ組み合い寸前の格好になった二人に色気も何もなかった。


「そういう訳にはいきません。そんな事をした日には私はこじゅさんに滅多斬りにされます」
「あぁ?主の言う事が聞けねぇのかよ。俺に忠実な下僕になるんだろう?Honey
「何度も仰いますが私はHoneyでは御座いません。そろそろぶっ飛ばしますよ?」
が俺をぶっ飛ばすって?面白ぇ、やれるもんならやってみろよ」


徐々に政宗の体がに近づいてくる。
二人とも額に汗をかき、口角をあげて笑う笑顔は妙な迫力を伴っていた。
政宗の前髪がの顔にかかる。
力押しで政宗に勝てないと悟ったは息を吸い込むと腹から声を出して叫んだ。


「こじゅさぁあああーーーん!!」


が叫んだ瞬間、ドタドタと凄まじい足音が響いたかと思えば次の瞬間、障子がピシャリと音を立てて開いた。


「政宗様!!何をなさっていらっしゃるんですか!!」
っ!てめぇ!!」
「何も私が政宗様をぶっ飛ばすだなんて一言も言っておりません」


涼しげに勝ち誇った笑みで笑うに目くじらを立てて怒る小十郎。
政宗の背中にひやりと冷たい汗が流れ落ちた。



小十郎による教育的指導という名の制裁を受けた政宗はブスっとした顔で胡坐をかいてひじを立てる。
その前にはようやく落ち着いた小十郎と何事もなかったかのような顔で正座するの姿。
政宗の頭に大きなたんこぶが出来ているのが何とも痛々しかった。


「武田からの書状?」
「はい。つい先ほど届きました」


小十郎が懐から書状を取り出して政宗に手渡す。
それを受け取った政宗はしばらく黙ったまま書状に目を落とし何やら考え込んでいた。
やがて書状から目を上げると真剣な眼差しでを見つめ口を開いた。


「おい
「はい」
「俺の妻になれ。正室だ」


政宗の口から飛び出した言葉にと小十郎は一瞬固まった後二人で目を合わせると同時に頷いた。


「こじゅさん…」
「ああ、打ち所が悪かったか…?」
「気つけ薬をお持ちしましょうか?政宗様」
「俺は至って正気だ!!」


怖々と政宗の顔を見ながらとんでもなく失礼な事を言い出したと小十郎に向かって声を荒げる。
どうやらおかしくはなっていないようだと気づいたと小十郎は今度は眉間に皺を寄せ政宗を見つめた。


「…冗談はあの兜だけにして下さい。笑えません」
「冗談じゃねぇよ」
「政宗様!?一体どうなさったんです!?」
「これだ」


と小十郎の前に差し出されたのは先程小十郎が政宗に手渡した武田からの書状。
政宗から書状を受け取った小十郎が目を通していく。
書状を読む小十郎の表情が段々険しくなるのを見たは横から書状を覗き込んだ。


「私とですか…?」
「そうだ。こないだが言ってた猿が武田のじいさんに話したんだろうな」
「ですが何故私が…」
「武田とはずっと腹の探り合いしてんだよ。三対三で会合開こうなんて言うのは建前だ。チッ、猿の野郎」
「どう致しましょうか」
「…甲斐の信玄公を無視するわけにはいかねぇ。断れば戦になる可能性もある。今はまだそういう時期じゃねぇ」
「では…」
「了承の意を伝えておけ。甲斐に行く」




UP DATE : 2007.06.05


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