02

真っ白い制服は汚れを気にしなければならないから嫌いだ。
見廻組も何処ぞの組織みたいに黒の制服にしたらと進言したが、上司は全く聞く耳を持たなかった。
曰く、エリートらしく振舞えば然程汚れはつきませんよ、という事らしい。
立ち振る舞いから所作に至るまで見廻組に属したからにはエリートであるという事を自覚して下さいとほぼ毎日呪いのように言われている。


「さぶちゃん、レタスのサンドイッチ食べたい」
「そう言うと思いましたからちゃんと用意してありますよ」


車の後部座席で並んで座る上司は懐からきちんと冷えた状態のサンドイッチを取り出した。
某猫型ロボットでもあるまいに、この上司は自分が望むものは大体いつでも用意してくれてある。


「アイスロイヤルミルクティーも飲みたい」
「勿論用意してありますよ」


そう言って何故か積んであったクーラーボックスから本当にアイスロイヤルミルクティーを取り出して渡してくれた。
何でこんな所にクーラーボックスが積んであるのかと思っていたが、本当にぬかりない上司である。
いつもの事ながら超能力者の如く用意の良すぎるエリート上司に若干引きつつ、外の空気が恋しくてほんの少しだけ窓を開けた。
の行動を横目でチラりと見ただけでさぶちゃんこと見廻組局長佐々木異三郎は片手で携帯を操りメールを作成する事に勤しんでいる。
もう依存症のそれだと思いつつは有難くサンドイッチを食べてミルクティーを啜った。


「さぶちゃんって何でいつも私が欲しいものがわかるの?ストーカー?」
「エリートならば当然の事です」
「何かキモいね」
「キモくないですよ、エリートなだけです」


メールを打ち終わったようで携帯を胸の内ポケットにしまった異三郎がへと顔を向けて、手を差し出した。
持っていたサンドイッチの袋とアイスロイヤルミルクティーのカップを渡せばよしよしと頭を撫でられる。
恋人同士の様な甘い雰囲気ではない。どちらかと言えば親子の様な間柄である。
異三郎はを甘やかしていたし、もまたそれを受け入れていた。
見廻組にとっては最早見慣れた光景である。
そうこうしている間に異三郎とを乗せた車が停まった。どうやら目的地に着いたようだ。
異三郎に促されて車から降りたが、目的地は本当にここで良かったのだろうかと訝しむ様な場所だった。
大勢の隊士を引き連れた異三郎に出かけますよと言われただけのは何処ぞのお偉い方の所にでも行くのだろうと思っていたのだが、現場はただの道路である。
先に到着していた隊士達がしっかりと整列し、誰かを捕えている様子が見えたから場所を間違っている訳ではなさそうだ。


「午後3時40分、公務執行妨害で逮捕」


誰を捕えたのだろうかと覗き込もうとしたの手を異三郎が引いて自分の背に隠すようにして前に立った。
異三郎の背から顔を出したに見えたのは、黒い制服の数人。
確か、真選組副長の土方とかいう男だ。それと、よく見慣れた人物も一人。


「あ、鉄ちゃん!」
「だめですよ、さん。あれはもう私達には関係ない人物です」
「さぶちゃん素直じゃないよねー」


真選組副長と一緒に居る佐々木鉄之助に向かって手を振るが、異三郎が邪魔でよく見えない。
数日前、親族である鉄之助を真選組にやったのは他でもない異三郎である。
鉄之助は名門佐々木家の中で落ちこぼれとして扱われていたが、ついに見限られたという事らしい。
周りは皆好き勝手に言うものだ。エリート以外は切り捨てただの、ようやくお荷物がいなくなっただの、誰もかれも言いたい放題である。
異三郎は何の反論もしない。言いたい人には言わせておけばいいのですといつも通りのポーカーフェイスだ。
それでもは知っている。異三郎は決して鉄之助を切り捨てた訳ではない。
知ってるが異三郎が誰にも言わないのならとも黙って静観する事に決めていた。


「その制服、まさかお前ら……」
「鬼の副長殿に存じて頂けているとは同じく江戸を守るものとして光栄です」


数歩前に出て土方へ近付いていく異三郎の背からこっそり抜けたが鉄之助に向かって手を振れば、鉄之助は少しだけ微笑んで手を振り返してくれた。
十代の頃から佐々木家に世話になっているにとって鉄之助は何となく面白い兄の様な、不思議な存在である。
名門佐々木家にとってははみ出しものかもしれないが根は優しい。よく異三郎の目を盗んでと遊んでくれたものだ。


「アドレス、さぶちゃんで登録しておきましたからメールして下さいね。こっちはトシにゃんって登録しておくんで」


いつの間にか土方の携帯を掏って自分のアドレスを登録したらしい異三郎がへ咎める様な視線を寄越した。
異三郎の視線を追うように土方の視線がへと向けられる。
も一応見廻組の隊長の一人なので真選組にどのような人物が居てどんな顔をしているかくらいは知っているが会うのはこれが初めてだ。
江戸を守る二大組織と言われる真選組と見廻組、その仲はあまり良好では無く交流はほとんど無いに等しい。
真選組副長、土方十四郎。先程異三郎が言っていた通り鬼の副長と呼ばれる程切れ者と噂される人物である。


「トシにゃん」
「誰がトシにゃんだ!!」


の言葉を聞いた土方の目が吊上げられて怒りなのか照れなのか、顔が真っ赤に染まった。


「だってさぶちゃんがトシにゃんって呼んでたし。さぶちゃん、自己紹介した方がいい?」
「その必要はありませんよ。さんはあっちのモジャモジャの連行の手続きと身元の確認をしてきて下さい」
「あの人を捕まえに来たの?」
「そうです、彼は真選組を困らせる輩のようなのでイコール私達の敵でもありますからね」


ほら、と異三郎が指差した先にはうつ伏せになって捕えられている白髪の男性が一人転がっている。
公務執行妨害と言っていたが一体何をしたのだろうか。
多分異三郎の目的はこのモジャモジャではなく真選組の方だったのだろう。とばっちりで捕まった可能性が高い。
後ろ手に手錠をかけられた男性の元に近寄って肩を叩いてみたが、気絶しているようだ。
とりあえず連行するのは確かなので傍に居た隊士達に男性を担がせて近くの車に乗せさせる。
ざっと見た所怪我をしている様子はないようだ。この分なら病院に運ばなくても見廻組の医務室で事足りるだろう。
男性を後部座席に座らせて、も隣に乗り込んだ。
手錠がかけられている状態で抵抗されても大した事にはならないだろうが、一応車のドアを開けたままにして男性の身体を揺する。
両肩に手を置いて揺すり続ければ、何度か不機嫌そうなくぐもった唸り声を上げて男性がゆっくりと目を開けた。
辺りを彷徨うように視線を幾度か巡らせてその目がを捉える。
その瞬間、頭の天辺から足の爪先まで一気に熱が駆け巡っての身動きどころか呼吸まで止まるかと思うほどの衝撃を受けた。

白というよりは銀色に近い髪の色とその質感は遥かな記憶を揺さぶる。
何となく似ているとは思っていた。
存在を忘れる事は無くても日常から切り離された記憶の其れは未だ幼くて既に遠い昔のものだ。
生きていればいつか邂逅する日が来るかもしれないくらいには思っていた。
それでもまさかこんな所で会う訳が無いと高を括っていたのはのミスだろう。

男性もまた赤い瞳を見開いて驚愕の色を浮かべている。


……?」


男性が名を呼んだ瞬間、は我に返ったように意識を取り戻し車外へ転がり出た。
突然車の中から飛び出してきたに驚いた隊士達が駆け寄ってを助け起こしたがその手も払い除けて立ち上がり一目散に異三郎の元へと走る。
慌てて目の前の背中に抱きついたが、視界に映ったのは白ではなく黒。
視線を上げれば眉間に深い皺を刻んだ真選組副長である土方の鬼のような表情がそこにはあった。


「トシにゃん!」
「トシにゃんじゃねぇ!!何だてめぇは!」
「やめなさい、さん。そんなに慌ててどうしたんですか」


眩暈でふらつき呼吸困難になりそうな程パニックを起こしているを見て、土方と異三郎の視線が少し離れた車に向けられる。
車の中で先程捕えた人物が暴れているようだ。このままでは車が壊れそうな勢いで車体が跳ねている。
困惑する隊士に、先に見廻組屯所へ戻って連行しておきなさいと告げた異三郎が土方の背からを引っぺがし肩に担ぐ。


「万事屋に何かされたのか?」
「よろずや、彼は貴方の知り合いですか?トシにゃん」
「その呼び方やめろ、気持ち悪ィな!別に知り合いになりたくねぇが知らなくもねぇよ」


よろずや、土方の言葉を脳内で反芻するの目の奥には未だ赤い瞳がギラギラと浮かんでいる。
会ったのは一体何年ぶりだろう。最後に会った時、まだは十に満たない幼子で、彼らも十代だったはずだ。
あれから一度も会わずに居たから、行方どころか生死すら知らないままだった。
姿形は大人になって変わったのにお互いよくもまあすぐにわかったものだ。
が黙ってあれこれ考えを巡らせている間にも土方の答えに興味を無くしたのか異三郎がを担いだまま歩き始める。


「こっちにも聞こえてきてるぜ、三天の怪物殿には豪く腕の立つ二人の女性隊士がついてるって」


異三郎の肩に担がれているへ好戦的な視線を向けた土方に、少しだけ正気に戻ったもひらひらと手を振ってみる。
意識をこちらへ向けさせてくれた土方の存在を少しだけありがたいと思った。
土方の呼びかけにも異三郎の足が止まらないという事はもう話す気はないのだろう。


「鉄ちゃん、トシにゃん、またね」
「その呼び方やめろって何度言わせんだ!!」


憤慨して刀を抜こうとしている土方を鉄之助が必死に止めている。
用事は済んだとばかりに後部座席へを押し込んだ異三郎がドアを閉めて、音も無く車は走り出した。
呼吸を整えようと大きく息を吸うの震える手を異三郎がそっと包み込む。
ひんやりと少し冷たい異三郎の手の感覚にようやく少しだけ落ち着きを取り戻す。


さんのお知り合いでしたか、よろずや、でしたっけ」


じっと射抜くような異三郎の視線から逃げるように流れる車窓へ顔を背ける。
まだが佐々木家へ引き取られるずっと前に、一時期だけ一緒に過ごした彼らの行方はほとんど知らなかった。
の覚えている一番最初の記憶は、死体の山の中で吉田松陽に拾われたところだ。
それから暫くの間、松下村塾で坂田銀時や高杉晋助や桂小太郎と共に過ごした。とても楽しかった頃の優しい思い出である。


「さぶちゃん、ドーナツ買って帰ろうよ」
「そう言うと思ったので既に先発隊に命じて買わせてありますよ。エリートにぬかりはありません」
「本当にさぶちゃんってぬかりないね。ちょっと怖い」
さんは本当に失礼ですね」


相変わらず車窓を眺めるの頭に異三郎の手が降りてきて、ぽんぽんと慰めるように弾んだ。
あれから時は流れて、高杉晋助と桂小太郎は指名手配犯となったのでも生存だけは知っていた。
だが、坂田銀時だけは行方も生存も知らなかった。彼は指名手配犯の様に名の知れる存在とならなかったからである。
勿論高杉や桂が生きているのだから坂田も何処かで生きているとは思っていたがそれでもこうして相見える事になろうとは全く予想していなかった。
彼とて、が生きているとは思いもしなかっただろう。
松下村塾を離れ、天導衆配下の暗殺部隊である天照院奈落に居たと信女を引き取ったのは異三郎だ。
だから異三郎はが松下村塾に居た事を知らない。当然そこで彼らと共に過ごした事も知らない。
全てを知っているのは、恐らく朧くらいであろう。


「心配しなくても大丈夫ですよ、さん」


の髪を撫でる異三郎の手が優しくて、ふいに涙が零れそうになり慌てて目を閉じる。
大丈夫、そう口の中で静かに繰り返し車の振動に身を任せた。