04

あれがよく行く団子屋で、そこのパチンコ屋は最近出が悪くて、ここの居酒屋は料理がなかなか美味くてと、まるでおのぼりさんを引き連れたツアーガイドよろしくかぶき町を案内してくれる坂田に手を引かれてようやく其処へ辿り着いた。
一階はスナックお登勢という看板が掲げられているがまだ昼日中の現在は戸が閉められている。
そのスナックの横に備え付けられている階段を上った二階部分が坂田の住居兼オフィスである万事屋銀ちゃんであった。
かぶき町界隈にあまり足を運んだ事はなかったがそれでも今迄に数度この近辺を通りかかった事くらいはあるはずだ。
それなのに今日まで全くこの万事屋銀ちゃんというでかでかとした看板に気付かなかったのは万事屋が二階のせいもあるのかもしれないし、まさかこんな所に居るなんて思いもしなかったからだろう。


「おーい、新八、神楽、いるかー?」


玄関の戸を開けてブーツを脱ぎながら上がり框に足をかける坂田は不自由だろうに決しての手を離そうとはしない。
どたどたと近寄ってくる足音が室内から聞こえてきては咄嗟に手を引っ込めようとしたが逆に強く握られてしまった。
居心地の悪さを感じながら焦るを余所に坂田は早く靴を脱げと促してくる。
どうしようか、戸惑っているの近くまで足音が聞こえてきたかと思えば勢いよく女の子が飛び出してきたのが見えた。


「銀ちゃん、ついに捕まったアルな。保釈金払えないから人質とって逃げてきたアルか?」
「ついにって何!?銀さん悪い事なんて何もしてねーけど!?腐れポリ公に誤認逮捕されただけだっつーの」


腐れポリ公、坂田からすれば見廻組も真選組も腐れポリ公と呼びたくなる存在だろうが異三郎が聞いたら見廻組の事ではなくて真選組の事だと言い切るだろう。
興味津々といった様子の女の子が坂田の後ろに居たを見て首を傾げる。
その後ろから今度は眼鏡をかけた男の子がやってきて、銀さん大丈夫でしたか?と声をかけた。
彼らがここへ来る道すがらに聞いた万事屋の従業員らしい。
男の子の視線がへ移されて、女の子同様に首を傾げながらの上から下まで視線を走らせる。
それに気付いた坂田が嫌そうに眉を顰めて男の子の前で、しっしと手を振った。


「何やらしー目で見てんだよぱっつぁん、やめてくんない?」
「ち、違いますよ!失礼な事言わないで下さい、銀さん。いや、真選組にしては制服の色が違うなと思って」
「おねーさん真選組アルか?あのサドと一緒アルか?あれ、何で銀ちゃんと手繋いでるアルか?」


先程から随分と質問攻めだ。嫌な感じがしないのは彼女が純粋に疑問をぶつけてきているからだろう。
真選組とほとんど同じようなデザインで作られている制服だ。よく知らない人から見ればただ色違いなだけに見えるだろう。
特に彼らのようなまだ未成年と思われる子供達からすれば真選組だろうが見廻組だろうがどちらも警察であり大差無いと思われる。
いや、子供達だけではなく大抵の世間一般の声は恐らくそのようなものだろう。得てして警察という存在はそんなものだ。

攘夷戦争の後、高杉や桂は他の仲間を集め元攘夷志士として活動している事はも知っている。
だからその二人が存命である事も、一人ぼっちでない事もわかっていた。
彼らとはほんの一時一緒に過ごしただけだけれどもにとって、そして先生にとって何があろうと大事な人達に変わりない。
でも一人行方の知れない坂田はどうなのだろうと思っていただけに今回こうして新八と神楽と呼ばれた二人を見ては心の底から安堵した。
自分に異三郎が手を差し伸べてくれて信女が傍に居てくれるように、坂田にも心を許せる存在が確かに居る。


「銀時、手を離して。ちゃんと職務は果たさなきゃいけないから」


しっかりと坂田の目を見て言えば、やや間を置いて不満げではあるものの坂田が手を離した。
の様子が変わった事がわかったのか、新八と神楽もまたへ向き直り言葉が発されるのをじっと待っているようだ。
一人だけ何となく不貞腐れた様子の坂田が所在なさげに上がり框へ腰掛けてブーツを脱ぐ。
エリートらしくしっかりご挨拶して下さい、そんな異三郎の声が聞こえてきそうだ。


「はじめまして、見廻組のと申します。本日は坂田銀時さんの身元引受人となる予定だった真選組の代わりにお邪魔しました」
「あ、どうもすみません。僕、万事屋で働いています、志村新八です」
「神楽アル。は銀ちゃんの彼女アルか?こんなマダオにはもったいない美人ネ」
「いえ、子供の頃少しの間お世話になっていた事があって、昨日偶然再会したんです」


子供の頃の、というフレーズに気を許したのか新八と神楽の表情が一気に明るくなる。
やはり警察というのはあまり印象が良くないらしい。確かに普通に暮らしている者達にとってはあまり関わりあいになりたくない人種といえよう。


「どうぞ上がって下さい」
「いえ、本日は職務でここにお送りしたまでで……」


新八の勧めに慌てて手を振り固辞を示そうとして、再び坂田にその手を掴まれる。
その表情は硬く、不機嫌そうな様子を浮かべていた。
もしかしたら今なら帰らせてもらえるのではないだろうかと思ったのだが、甘かったらしい。


「逃がさねーって言っただろ、上がってけよ。まだ何も話してねーし」
「うん、……じゃあ、少しだけ」
「新八、神楽、俺らちょっとこれから大事な話すっから席外してくれ」


有無を言わさぬ雰囲気で言い切った坂田に対し神楽が抗議の声を上げたが、慌てた様子の新八が外へ誘い出し足早に二人が出ていった。
坂田の不機嫌な空気を読み取ったようだ、どうせならの行かないでオーラも読み取って欲しかったと思わずにはいられない。
いつまでも玄関で佇んでいても仕方なかろう。お邪魔しますと告げて素直に靴を脱いで上がったの手を坂田が引いて歩いていく。
外から見たより中はずっと広そうだ。玄関を上がって廊下を通り、リビングと思わしき場所に通された。
横長のソファが二脚、そして正面には仕事用と思われる机と、糖分とかかれた毛筆の書が額に入れられて飾られている。


「何あれ、甘い物好きなの変わってないの?」
「おー、いいだろあれ」


思わず少しだけ笑ってしまったにつられるよう、坂田の表情もいくらか和らいだ。
まだが松下村塾に居た頃から既に坂田は甘いものが大好きだったと記憶している。大人になった今も味覚は然程変わっていないらしい。
ほんの少し空気が和らいだところで坂田に勧められるまま向かい合うようソファへ腰掛ける。
はきちんと膝を揃えて座っているのとは対照的に坂田は見るからにだらけた様子でソファの上で胡坐をかいていた。
一体何から話せばいいのだろうか。お互いそう思っているようで暫しの間、坂田は頭を描きつつ、は床を見つめて沈黙が続いている。
何せ、二十年はいかないまでも、十五年近くは会っていなかったのだ。それどころかお互いの生死さえ知らずに居た。
それが時を超えてお互いもうすっかり大人になってから再会して、さあお話しましょうと言っても何から話せばよいのだろうか。
そもそもは出来るだけ核心に迫るような話はしたくなかった。楽しかった思い出を語るのならば別にいい。
だが坂田と楽しかった思い出を語ろうとするには、同時に苦々しい思い出の数々を掘り起こさなければならなくなる。
暫く居心地悪そうにあちこちへ視線を動かしていた坂田が何かを決心したのか一度咳払いをして右手の指で頬を掻きながら口を開いた。


「あの、さ。あれだな、が居なくなった後よー、松陽も俺達もすげー探したんだぜ?」
「……うん、ごめんなさい」
「や、おめーが謝る事じゃねーだろ。何つーか、あー、何て聞いたらいいかわかんねーんだけど、あの後どこに居たんだ?」


何気なさを装って坂田が酷く緊張しているのがにも伝わってきた。
古い知り合いと異三郎の口から言っていたのだから、先程見廻組屯所で異三郎と坂田はとの関係について多少話をしているはずだ。
当然異三郎は天照院奈落に坂田がいないのを知っているのでそれ以前の知り合いだとわかっただろう。
とすれば異三郎は坂田に天照院奈落からを引き取った話はしていないらしい。もし現時点で坂田がそれを知っていればもっと突っ込んでくるはずだし、今の質問も若干変わるはずだ。
それとも知っていての口から言われるのを待っているのだろうか。
出来る事ならば知られたくないと思う。坂田だけではなく、高杉や桂にも可能であるならば知られたくなかった。


「さぶちゃん、……佐々木局長に引き取られて見廻組に入ったよ」


出来るだけ不自然にならないよう目をつぶってにっこり笑って、さらりと言葉を紡ぐ。
嘘はついていない。説明を端折っただけだ。
あの頃は無邪気に慕っていた坂田相手に腹の探りあいをするような真似はしたくないが、仕方ない。


「じゃあ何か、あのおっさんがを攫ったのかよ」
「違うよ。さぶちゃんはそんな人じゃなくて私を引き取ってくれた人だよ」
「何処から?」


核心に迫る言葉。正面からじっと射抜くような坂田の鋭い視線を向けられて押し黙る。
坂田はわかっているのだ。が松下村塾から姿を消した後、すぐに異三郎に引き取られたわけじゃない事を理解している。
そしてがそれを言いたくないと思っている事もきっと、わかっているのだ。
膝の上で両手の拳を強く握って下を向き押し黙るに痺れを切らしたのか、坂田が深々と溜息を吐き出した。
苛立ちが空気に乗ってこちらまで流れてくるようだ。


「じゃあ、誰に攫われた」


低く真剣な声。それでも答えようとしないの態度に苛立ったのか、坂田が右掌でソファを叩いて乾いた音が響いた。


「俺には言えねー相手か?庇わなきゃいけねー理由でもあんのか?」


朧を庇う理由なんて無い。だが朧の話をするならば天照院奈落に居た話もしなくてはならなくなる。
言えばきっともう二度と坂田はと話してなどくれなくなるだろう。
幼い頃の楽しい思い出のままでいたかった。例えそれが坂田や高杉や桂を裏切る事になったとしてもせめてそのくらいは心に持っていたかった。
真実を知ったとしても彼らは恐らくを責めない。否、一時的に責めたり軽蔑する事はあったとしても最終的には相手を憎むだろう。
吉田松陽を師と仰ぎ、その師の元から一人の子を奪った相手がその松陽までをも捕えた相手であったと知れたら彼らはきっと朧どころか天照院奈落諸共を赦さないはずだ。
一個人が寄り合って徒党を組み挑んだ所でどうこう出来る相手でない事はが一番良く知っている。
彼らを危険に晒したくない。そして、自分が嫌われるのもまた怖いのだ。


「言って、どうするの」
「決まってんじゃねーか、そいつをぶっ殺しにいく」


坂田の言葉に顔を上げて、首を横に振る。


「私はそんな事望んでない」
「俺が許せねーんだよ。言え、何処の誰だ」
「言えない」


ガタン、と音を立てて坂田が立ち上がりの元まで歩いてきて、横に座った。
思わず腰を引いたの両手を掴んで、低く怒った様子の声で顔を上げろと言われ窺うように視線を上げればやはり怒った表情を浮かべた坂田の顔が間近に見える。
息遣いまでわかる程に近いその瞳は恐ろしい程燃えていた。


は何も悪くねぇ。わりーのはその攫った奴だ。松陽だって生きてたら……」


其処まで言って、はっと坂田が口を噤む。もまた落ち着けと自分に言い聞かせて開いていた目を閉じ、にっこりと笑った。
突然微笑んだに戸惑ったのは坂田の方だろう。勝手に震えてしまう指先が、体の奥が憎かった。
両手を握る坂田の手に力が込められていて痕になりそうなくらいに痛い。
だから嫌だったのだ。勿論再会出来た喜びは大きく、しかしそれよりも核心に迫る話をするのはもっと嫌だった。
こういう話をするのが嫌だったから、二人きりになりたくなかったのに。


「何言ってるの銀時、先生は生きてるよ」


恐らく坂田はが居なくなってから現在までに起こった事を知らないと思っているのだろう。
吉田松陽は決して名高い人物ではなかった。名立たる者であれば処刑された名簿でも目立つがあの頃処刑された人物は相当数に上る。
いくらが今現在は見廻組に身を置いているとてその頃はまだ見廻組に属していなかったし、その事は年齢的に考えても坂田にも想像がついたのだろう。
だが、違う。は事の顛末を全て知っている。誰が吉田松陽を捕えたかも、その後どうなったのかも。


「あのな、
「いいよ銀時、もういいって」
「聞けよ、話さなきゃいけねーんだって。松陽は、先生は俺が……」
「やだなぁ銀時ってば、先生は生きてるよ。だからもうこの話はお終い」


いやいやをするように首を横に振って坂田の言葉を遮ろうとする。聞きたくないし言いたくない。
目を閉じて微笑んだまま否定の言葉を繰り返し首を横に振るの頬を腕から手を放した坂田が両手で包んだ。
触れた手から頬にじわりと熱が伝わって、堪えていた涙がの閉じられた目尻からぶわっと零れ落ちる。


、目ぇ開けろ」
「痛いよ、銀時」
「目ぇ開けろよ。俺を見ろ、


両手で必死に坂田の胸を押すが距離は離れるどころか隙間が無くなる程に引き寄せられる。
自分とは違う体温と鼓動が生を感じさせて、落ち着くどころかの体の震えは酷くなる一方だった。
ゆっくりと目を開けて震える体を叱咤し、意を決して間近から見下ろす坂田の顔をしっかりと見つめる。
怒っているような、それでいて坂田まで泣き出しそうな苦しげな表情を浮かべていた。
そっと右手の指先で坂田の頬に触れる。


「何で、どうして銀時はそんな事言うの?今は一緒に居ないけれど先生は生きてるんだよ」


言い切るをどう思ったのか。苦々しい坂田の表情が変わることはなかった。