06

とっぷりと日も暮れた静かな夜道をきょろきょろと見渡しながら地図を片手に歩く。
今迄然程の興味も無かったので訪れた事も無かった土地を今日は一人で歩く事が何だか不思議だった。
外出といえば大抵は見廻組の車で異三郎か信女と共にするばかりだったのでここ数日はにとって珍しい事尽くしである。
かぶき町を通り抜けるのでは躊躇したかもしれないが幸い真選組屯所はかぶき町を通らずに辿りつける場所にあったので、じゃあ行ってみようかなと見廻組から歩いてきたのだった。
ちなみに信女は夜勤、異三郎は今夜大切な用事があって出かけると言っていたのでの行動には気付いていないはずだ。張り番にはちょっとコンビニ行ってくると告げてある。
別に気付かれてもは構わないが異三郎も信女もいい顔はしないだろうと予測出来るので可能ならばバレたくはない。色々面倒だ。
見廻組屯所前にも張り番が居るように、真選組屯所前にも張り番らしき男性の姿が見えた。
遠目で見ても知っている顔で無いとわかる。まぁそもそもが知っているのは副長である土方と一番隊隊長の沖田くらいのものだし、知っているという程の間柄でもない。顔がわかる程度だった。
暇そうに欠伸を噛み殺す張り番の男性に向かって、すみませんと声をかけてみる。


「佐藤さん、じゃなくて鈴木さん、でもなくて高橋さん?えーとそうだ、山田さんだ」
「え?それもしかして俺の事?佐藤でも鈴木でも高橋でも山田でもないんだけど」


こんな時間帯に誰かが、しかも女性が真選組屯所を訪ねてくる等予想もしていなかったのだろう。
の発言に男性は目をぱちくりとさせて不思議そうに首を傾げている。


「さぶちゃんが、モブ顔は大体よくある苗字をいくつか言えば当たるって」
「モブ顔って何!?初対面なのに失礼過ぎるよね?ってか見廻組!?」


目の前に立ったの姿を見て男性が奇怪な声を上げる。なかなか高い声だ。普通ならご近所迷惑になりそうだが、そもそもご近所がなさそうなので平気なのかもしれない。
一応見廻組の制服は知っているらしい。もし知らなかったら説明するのが面倒だなと思っていただけに少しだけホッとする。


「初めまして、見廻組のと申します。って言っても今日は仕事じゃなくて鉄ちゃんに会いにきました。えーと、勅使河原さんでしたっけ?」
「何で急に珍しい苗字になってんのー!?山崎!俺は山崎です!」
「じゃあ佐村河内さん、鉄ちゃん呼んで貰えますか?」
「無視かよぉぉぉ!」


頭を抱えて叫ぶモブ顔の男性は山崎というらしい。うるさいけれど面白い。はいいが信女辺りが居たら斬ってしまいそうだなと密かに思った。見廻組にはいないタイプである。
さすがにうるさかったのか山崎の真後ろにある真選組屯所へと続いている戸がガラリと開けられ、誰かが出てくるのが見えた。
驚いてひっくり返りそうになった山崎の頭を男性が掌で叩く。誰かと思い顔を見て、知っている顔で安堵する。男性の方もに気付いたようだ。


「おう何やってんだ山崎うるせぇ……、って、何でてめーがここにいるんだ」
「こんばんは、トシにゃん」


ひらひらと手を振れば眉間に皺を寄せて銜え煙草の土方が嫌そうな表情を浮かべた。
の発言に驚いたのか山崎がと土方の顔を交互に見て、ト、トシにゃん?と不気味なものにでも遭遇したような様子で後ずさる。


「その呼び方やめろっつってんだろ!斬り殺されてーのか!!山崎てめーも何笑ってんだよ切腹させるぞコラァ!」
「わ、笑ってません!」


ふぅーっと細長く煙を吐いて煙草を胸元から取り出した携帯灰皿に押し付ける土方を見て、意外としっかりしているのだなと感心する。
もっと粗野な人物かと思っていた。見廻組でも知っている通称は真選組鬼の副長土方十四郎である。異三郎はあまりいい事は言っていなかったがそれでもある一定の評価をしているのは知っていた。
訝しげな視線を向けてはくるもののの発言にだって呆れるだけで本当に斬り殺すなどとは微塵も思っていないだろう。


「何しに来たんだよ」
「鉄ちゃんに会いに来ました。今丁度そこの長宗我部さんに呼んで貰えるようお願いしたところです」
「だから俺は山崎だって言ってるでしょ!何で俺の名前だけ覚えてくれないの!?」
「うるせぇ山崎!切腹させるぞ!」
「わーお、理不尽。トシにゃんこわーい」


最早切腹は口癖か語尾だと思った方が良さそうなくらいである。
尤も山崎が騒いでいる原因の一端どころか半分以上はのせいなのだが土方もを咎めないのでやはり山崎の責任だろう。
不機嫌そうな様子で頭を掻きながら土方がへ手招きした。


「だからその呼び方やめろ!!……ったく、来い」


そう言って真選組屯所の戸を開き背を向けた土方が中へ入っていく。
意外や意外、てっきり鉄之助を呼んで外で話をする程度だろうと思っていただけに驚きから足がなかなか動かない。
数歩進んだ土方が振り返って呆然と立ち竦むに向かってもう一度、さっさと来いと告げた。


「え、入っていいの?私見廻組だよ?」
「鉄に会いに来たんだろ?なら真選組の客だ」


すぐ隣に居た山崎へ顔を向ければ一度頷いてちょっと困ったような笑顔で、さぁどうぞと勧めてくれた。
見廻組であるを中へ招いてくれるのもありがたいが、何より嬉しかったのが土方の言葉だ。
鉄に会いに来たなら真選組の客、それは鉄之助を真選組の一員として受け入れているという何よりの証拠だった。
途端に気分が上昇する。我ながら現金なものだとは思うが嬉しいのだから仕方ない。
前を歩く土方が、鉄之助は道場で鍛錬中だというから二重で驚いた。以前の鉄之助を知る者からすれば間違いなく己の耳を疑うであろう。
いつだってにとっては良い兄のような遊び友達のような存在だった鉄之助は、しかし他の人間からは落ちこぼれと蔑まれ本人もまたフラストレーションが溜まって見る見るうちに良くない方向へ転がり落ちて行った。
異三郎が鉄之助を真選組に遣ったのは間違いで無かったのだ。そう思えば鉄之助にとっても異三郎にとっても良いだろう。


「油断させといてトシにゃんのお宝とか機密文書とか盗んじゃうかもしれないよ」


嬉しくなって軽口を叩いたのがいけなかったのか。
先を行く土方が角を曲がり、も曲がろうとした瞬間背後から肩を掴まれて踏鞴を踏む。
振り返って見えたのは色素の薄い髪の色。


「そしたら俺があの世へ送ってやりまさァ」


心臓が小さく跳ねる。の肩を掴んだのは一番隊隊長の沖田総悟だった。
その目は鋭く若干の嫌悪すら浮かんでいるようである。


「どこかで見た事ある醜い雌豚だと思いやしたが、旦那や佐々木殿では飽き足らずあっちもこっちも股にかけるとは恐れ入りやすねェ」


不躾なまでにじろじろとを見下ろした沖田が鼻で笑う。蔑みか敵意か、どちらにせよ好意的な視線で無い事は明らかである。
の事が余程気に食わないのだろう。吐き捨てるような言葉に一瞬ムっとしたがすぐに気を取り直す。
昨日坂田の件でこちらは失態を見せているのだ。弁解の余地はない。
異三郎をさぶちゃんと呼び、自分達の副長をトシにゃんと呼び、知り合いらしい坂田へあのような態度を取っているのが見廻組の二番隊隊長で局長である異三郎の左腕と言われているのだ。面白いわけもない。
見廻組と真選組は考え方も在り方も全く違う。真選組は厳しい規律を軸にして成り立っているというのだからの様な存在など気に食わないものの筆頭かもしれない。


「おい総悟、やめとけ」
「既にもうこの雌豚に誑し込まれてるんですかィ、トシにゃん」
「誰がトシにゃんだ!」


ついてこないと沖田の声に気付いたのか引き返してきた土方が咎めるが、沖田は土方の言う事等どこ吹く風で全く聞いていないようだ。
言い返したのが異三郎に知られたら怒られるだろうなと思いつつニヤニヤと悪意の有る笑みを浮かべる沖田の横を通り過ぎながら口を開いた。


「大丈夫だよ、トシにゃんをとったりしないから。私に誑し込まれるようなら真選組で副長なんて出来ないでしょ」


虚を突かれたような様子で呆然と佇む沖田を置き去りにして土方の後ろへ続く。
あの時ただ坂田の胸で、そして異三郎に抱きついてしくしくと泣いていたが何かを言い返すとは思っていなかったのだろう。ちょっとだけいい気味である。
長い廊下を歩きながら前を行く土方が振り返らずにふと溜息を吐いて煙草を取り出し火をつけた。沖田が追いかけてくる様子はなさそうだ。
やはりまずかっただろうか。謝罪をして出直すべきかもしれない。いくら土方がいいと言ったからとはいえ正式な訪問でもないのに上がり込んだのは軽率だった。
それとも沖田へ謝罪に戻るべきか。どうしようかとが不安になった所で先に土方が口を開いた。


「悪ィな」


白い煙が流れていくのを何となしに目で追う。
言葉は少ないが背中で語るタイプのようだ。悪ィなの一言に込められた土方の気持ちはきちんとに届いた。


「え、何でトシにゃんが謝るの?沖田さんはトシにゃんを大事に思ってるから突っかかってきたんだろうし、私だってきっと逆の立場なら嫉妬するし心配になるかもしれないし」
「いや嫉妬はねぇだろ」


気持ち悪ィと呟く土方だがやはり怒るでも跳ね除けるでもなく、どことなくの言葉を受け入れているような雰囲気だ。
少し進んだ先の道が開けていて、別の建物が見えた。広い空間から照明が漏れている。恐らくあれが道場だろう。こちらまで掛け声が聞こえてくる。


から見て佐々木って男はどういう奴だ」


前を歩く土方が振り返らずにぼそりと問い掛けた。


「あ、名前知っててくれてるんですね。ご挨拶遅れました、見廻組のです」
「何で急にとってつけたような敬語なんだよ」
「自己紹介だけはしっかりしろってさぶちゃんが」


とて土方との距離を測りかねている。本来のであれば敬語で話したい所だが既にトシにゃんと呼んでいるのだ。敬語でトシにゃんもあるまい。


「わかりにくい事この上ない人だよ。いっつも同じ表情だし全然自分の事とか話さないし、でも私が欲しい物とか考えてる事とか全部わかってて、エスパーなのかストーカーなのか全然わかんないけど」
「おいそれ何か物凄い貶してないか?」


随分な言い草に呆れた表情の土方が振り返る。道場はもうすぐそこだ。複数の人間が動き回る音と声が聞こえてくる。鉄之助もあの中に交じっているのかと思うと嬉しいような寂しいような何だか不思議な気分だった。
振り返った土方の目をしっかりと見つめて微笑んでみせる。きっと土方や真選組の人間からしたら見廻組も佐々木異三郎という人間も非道な存在に見えるのだろう。
今迄然程接点も無く交わる事も無くやってきたのに突然見廻組局長の身内を押し付けられる形となったのだ。おまけにその身内を貶すような発言までしている。好印象な訳が無い。
それでも土方は恐らく根が真面目なのだろう。漏れ聞こえてくる悪評や自分達が感じた悪印象だけでは無くきちんと他の意見も聞いて見廻組や佐々木異三郎という人間を図ろうとしているのだろう。
だからこそ土方はに、から見た異三郎という人物像を聞いたのだと予想する。ならばに出来るのは真摯に応える事くらいだ。


「でもね、皆が思うような人じゃない事は確か。全然そうは見えないんだけど、優しくて温かくて視野が広くて、私なんかが全然想像つかないような未来を見据えてる」


本当にわかりにくいんだけれどね、と一言付け加える。
微笑むとは裏腹に土方は何か得体の知れないものを飲み込んでしまったとでも言いたげな表情を浮かべていた。短くなった煙草を揉み消して携帯灰皿を胸元のポケットにしまいながらへ背を向ける。


「そうかよ」
「うん、私は鉄ちゃんもさぶちゃんも大好き。鉄ちゃんを受け入れてくれているトシにゃんも好きだし真選組も好きになれそう」
「単純だな」
「そうだね。だから敵対させないでね」


歩き出していた土方の足が再び止まる。
きっと土方はわかっているだろうし、もわかっていた。異三郎の思い通りに事が進むのならそう遠くない未来で真選組と見廻組は対立する。
互いに抱え信じる正義が違う限りそれは避けられないだろう。


「私、さぶちゃんの障害になるものは例えトシにゃん達が相手でも撃つから」


ふ、と口元だけで笑った土方が先を行く。
多くを語らないところはやはり異三郎に似ているなと思いながらもその背中を追った。