existence
「じゃあな、姉ちゃん」
読み取れない表情の彼女に背を向けておれは小さく息を吐いた。
つくづく興味深い一味だと思う。
特に、アラバスタ事後の報告ではいなかった一人の女。
そう、今まで対峙していた女にひどく興味をそそられた。
名乗れと言ったのに名乗らなかった女の名は確か仲間がと言っていたはずだ。
どことなく自分と雰囲気が似ている気がした。
普通海軍の大将と聞けば誰だって少しは動揺の色を見せる筈だ。
事実麦わらの一味だって驚きの表情を浮かべていた。
あのという女以外の人間は。
あれは明らかに軍人慣れしている態度だ。
恐れずにおれの前に立つ姿にはほんの少し恐れの様なものを滲ませていたが、それはおれの強さに対するもの。
つまりあのという女は瞬時に色々な判断を冷静に下したのだろう。
そしてそれは経験がものをいう。
恐らくあのという女は強い者との対峙に慣れているという事だろう。
背中に痛いほどの視線をひしひしと感じる。
それは間違いなく彼女の視線。
このだだっ広い草原にはおれと彼女と凍ったモンキー・D・ルフィしかいない。
おれは素知らぬ素振りを続けながら海岸へ向かって足を進めた。
勿論そのまま帰る気なんてねェ。
あのという女の行動を観察してみたかった。
ある程度離れると彼女の視線が弱まったのを背中で感じた。
おれはそのまま離れていくフリをして背の高い木の裏手に回る。
木陰からそっと彼女の方を振り返れば、彼女は凍らせられた船長に向き合っていた。
ここからでは背を向けている彼女の表情までは読み取れない。
だが、殺気にも似た静かな気配はすっかり消えているようだった。
視線を彼女に向けたままおれは耳を澄ませた。
木々や草花が風に揺れる音に乗って彼女の声が小さいながらも聞こえてくる。
「すまないな、船長。時間がかかってしまって。今すぐトニーの所へ連れて行くから、…死なないでくれ」
そっと右手で船長の頬を触る彼女の手は酷く美しく感じた。
しかし自らの手で氷結した人間を彼女一人で運べるとは到底考えられない。
少年とは言えどモンキー・D・ルフィは彼女よりも大きく、ましてや氷結された状態。
それは通常よりずっと重みを増している事は自分が誰よりも知っていた。
海を凍らせた事から素早く色々な事を悟った彼女ならそんな事は百も承知だろう。
彼女が一体どういう行動に出るのか非常に楽しみだ。
船長の頬に触れた後、あのという女は辺りをキョロキョロと見渡し始めた。
恐らくおれの姿がまだあるかを確認しているのだろう。
だが幸いにも彼女はおれに気づかず辺りを見渡す事をやめ今度は船長の後ろ手に回った。
まさかあのまま担ごうってんじゃねェだろうな…。
訝しげな表情で見つめるおれの視線の先には船長の両脇に腕を突っ込む彼女の姿。
だが次の瞬間、おれは思わず息をのみこんだ。
彼女の背中にふわりと大きな真白い翼が現われたのだ。
その翼の大きさは彼女全てを包んでしまいそうな程に大きい。
心奪われるような純白の羽は彼女の体に全く違和感なく溶け込んでいた。
「あららら、やっぱり幻覚なんかじゃねェじゃねェか」
先程、モンキー・D・ルフィと対峙する前に他の仲間と逃げる際彼女の背中にちらりと見えたものはやはりアレだったのか。
あの後彼女を問い詰めても飄々とかわされた事を思い出し小さな笑いが漏れた。
恐らく彼女ほど警戒心の強く頭の良い女であればむやみにアレを出したりしないだろう。
まして自分が去ったばかり。
それ程までに彼女は必死だという事だ。
彼女がふわりと浮きだした瞬間、彼女の後方から走り寄る二つの影を見つけておれは慌てて体を木に密着させた。
彼女に近寄ってきたのは麦わらの一味。
「ちゃん!ルフィは!?」
「大丈夫だ」
「砕かれちゃいねェ!!」
「よかった!!」
金髪の男と、あれは確か海賊狩り。
気づかれないように再び木陰から顔を出すと今度は三人で船長のモンキー・D・ルフィを持ち上げる所だった。
「ゾロもサンジも大丈夫なのか?」
「こんなもん何でもねェ」
「ああ、それよりちゃんこそ大丈夫か?あのクソ野郎に何かされなかったか!?」
「心配ない。それより早くトニーの所へ運ぼう」
金髪の男の言い分に、思わず笑いがこぼれた。
今度こそ彼女は翼を羽ばたかせ宙に浮く。
そして三人は船長を抱え遠くへと走って行った。
三人が消えたのを確認しておれは止めておいた自転車にまたがり海へ出た。
脳裏に映るのは彼女の顔と巨大な翼。
不思議な女だ。
自転車をこぎながらおれはずっと彼女の行動を思い起こしていた。
妙に軍人慣れしている態度。
突然出てきた盾。
身のこなしに秀でた頭脳。
そして、何よりあの白く大きな翼。
何者なのだろうか。
あれ程の海賊ならばどこかで必ず名が挙がっていてもおかしくはない。
それでも自分の記憶が正しければ海軍に彼女の名は全く知られていないはずだ。
自分が言った通りトリトリの実はアラバスタの人間が食った事は確認されている。
では、あの翼は一体何だというのだろうか。
仮にトリトリの実が二つあったとして…
彼女の形成は異常だ。
羽だけが鳥形になるなんて悪魔の実ではお目にかかれないだろう。
翼だけが鳥のようだった。
まるで後からとってつけたような…。
「あららら、もしかしたら面白ェもん見つけちまったか?」
こみあげてくる笑いが止められず自転車をこぎながら海上でくつくつと笑う。
船長のモンキー・D・ルフィといいニコ・ロビンといい、まったくあの一味は興味深い。
そして…末恐ろしいものだ。
「どれ、ちょっくら本部によって調べてみようかね」
久々に見つけた面白い女におれはひどく上機嫌で自転車をこぎ続けた。
得体の知れない、己の敵であるという女。
この先に進むなら麦わらの一味が行きつく島の見当もつく。
近いうちに必ずまた会う事になるだろう。
その時彼女はどういう顔をして自分を見るのか。
「楽しみが増えちまったねェ」
青空の下海軍本部へ向かう自転車をこぎ進めるおれは鼻歌でも歌いたい程気分が高揚していた。
と呼ばれた一人の女が、そうさせていた。
UP DATE : 2007.08.14