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ここはアメストリスの中枢都市、セントラルシティ。
その中でも一際大きな存在感を示す、アメストリス国軍中央大総統府。
大総統府内でも、最先端のセキュリティーを誇るこの建物の一角にその部署はあった。

アメストリス国軍中央大総統府内特別任務部隊局。通称、特務。
国家錬金術師のみで構成される部隊で(雑事を任される人物においてはこの限りではない)
その国家錬金術師の中でも特に錬成の正確さ、体術、頭脳において優秀な者が配属される。
給料も他の部署とは比べ物にならないほど高額で、昇進においてもかなり考慮される。
それでも、この部署に配属を希望するものはほとんどいなかった。
軍部内に勤める人間のほとんどが口を揃えて言う。
”特務の人間は、化け物だ”と。
ハイリスク・ハイリターンの見本だと倦厭する軍人も少なくない。
それが特務という部署だった。


特務の仕事の内容は、主に”危険がある”仕事を割り振られる。
指名手配犯の捕獲から戦場の最前線への配置、どの仕事も一歩間違えれば死が待っている物が多い。
B級、A級、S級、超S級の4段階で分けられる簡単な内訳は次の通りだ。

 B級=説得捕獲が可能であり、目標に敵意がなく周囲への被害が微少である事例。
 A級=目標捕獲が可能である事例。
 S級=説得捕獲が不可能であり、更正の余地はなく周囲への被害が予想される事例。
超S級=攻撃目標全破壊。

簡単に言ってしまえば、B級は無傷で捕獲。A級は多少手荒な事をしても構わないので捕獲。
S級は捕獲困難と見なされ、見つけ次第始末。超S級は半径1km以内の全ての生命体を始末。


もちろん、犯罪者(危険のある合成獣を含む)の確保や始末、戦線への出立だけが仕事な訳ではない。
敵国への潜入や軍部内の不穏な動きを探る指令なども回ってくる謂わば、何でも屋でもある部署なのだ。
ただ、回ってくる仕事のほとんどが危険だというだけで。
それ故に、勤務出来る者は国家錬金術師に限られ、希望制度というものが採用されている。
しかし、国家錬金術師ならば誰でも入れるという訳ではない。
毎年1ヶ月間行われる”採用試験”をクリアした者だけが晴れて特務への勤務を許される。

例外として、大総統閣下推薦の”訳有り”国家錬金術師が強制的に配属される事もある。
”訳有り”とは、過去のイシュヴァール戦線での問題者や他の司令部で扱いに困った者など
各上司にあたる将軍閣下殿が大総統に直訴して厄介払いされ回されてくる人物の事だ。


現在の特務の人間は4名。
特務局長 少将閣下。
副長(局長補佐で副官)を務める、・ソウ大佐。
次いで、・ディアルソン少佐、そして特務の中で唯一錬金術師ではない、雑務を一手に引き受ける・スティーブン軍曹。
以上の4名によって構成されている。
部署としては少なすぎる人数がこの部署の危険性を顕著に表していた。


そんな特務にはある恒例となった行事がある。


よく晴れた暖かい穏やかな日差しの午後。
大佐は特務のある部署へと続く廊下を小走りに進んでいた。
つい数時間前、いつものように我らが少将閣下を何とか宥め賺しながら書類をやらせていたのだが
急遽大総統閣下の副官に呼び出され、執務室を空けていたのだ。

目を離すと何をしでかすかわからない少将閣下の事を考えると胃痛がする。
ここの所大総統府から回される仕事量が多く、特務はフル回転状態だった。
それがようやく治まったのが三日前。
溜まりに溜まった書類が雪崩込むように大量に押し寄せてきたのが二日前。
そろそろ危ないと危惧していた時期だった。

長い廊下を終え、特務の入り口を抜ける。
特務の部署には重要書類などが多数置かれている為、他の部署に比べセキュリティーが頑丈だ。
大佐は苛々としながらセキュリティーのロックを解いていく。
最初はそれほどまでに頑丈なものではなかったセキュリティーも少佐を迎えて以来日々変化していくようになった。
自分は肉体労働より頭脳派ですからと言い切る少佐らしいと言えばらしいが面倒くさい事この上ない。
ようやくロックを解き部署内に入ると、軍曹が大佐を出迎えた。


「あ、大佐お帰りなさい。お茶飲みますかぁ?」


軍曹の様子にはホっと胸を撫で下ろす。
少将が逃げ出したりしたら、この軍曹は大慌てでに泣きついてくるはずだ。
それがないという事は奥の執務室で書類と格闘中という事だろう。


「ああ、貰おう。少佐はどうした?」
少佐は軍法会議所へ行きましたぁ」
「そうか」


はそう言うとソファに腰を下ろし立ちっぱなしで草臥れていた足を伸ばした。
大総統と会う時はいつも妙に緊張し疲れてしまう。
軍曹が紅茶を差し出すと、の鼻腔に柔らかなダージリンの香りが心地よく漂った。

漂う紅茶の香りを楽しみながらは軍法会議所に勤める同期の顔を思い出していた。
仕事は出来るが家族自慢が始まると手を付けられなくなる中佐だ。
あの中佐とうちの少将が一緒になるとロクな事にならないのはの長年の悩みの一つでもある。
は難しい顔をしながら紅茶のカップを持って、一口含んだ。



「そう言えば、少将遅いですねー」


のほほんと言い放たれた軍曹のとんでもない一言には思わず口に含んでいた紅茶を吹き出してしまった。
ごほごほと咽返りながら浮かんだのは少将閣下のしてやったりな笑み。


「キャー!大佐汚いですよぉ、何やってるんですか!紅茶吹き出すなんて」


汚い汚いと叫びながら慌てて雑巾を取りに行った軍曹の存在も忘れは、カップをテーブルに叩きつけるようにして置いた。
口をぬぐうのも忘れ怒り心頭のまま執務室の扉を荒々しく開け放つ。


中はもぬけの殻だった。


「どうしたんです?大佐」
「少将はどうしたんです……」
少将ならさっき大総統に呼ばれて出て行きましたよ」
「何故それを早く言わないのですか!!」


ふるふると震える拳に怒りを込めて握れば、軍曹の顔も一瞬で青ざめる。
は怒ると怖いのだ。
全身を怒りに震わせて執務室の扉を今にも破壊してしまいそうな大佐に軍曹が慌てて口を開く。


「だって少将が「には向こうで会うだろうから戻ってきても伝えなくてもいい」って」
「貴女前回も同じような手口で騙されませんでしたか」
「あ……そんな気がしますねぇ」


が怒っている事など既にどうでもいいのか軍曹がへらりと笑って答える。
やはり彼女は国家錬金術師でなくして特務に入ったというだけの事はある。
根性の座り方は特務内でも断トツだろう。
怒る気力も失せそうな軍曹のへらへらした笑みから視線を外しは執務室内へと足を踏み入れた。
執務室のデスクには処理を終えたであろう書類の山と、一枚の紙。
それをつまみ上げたの表情がみるみるうちに再び怒りの色に染まっていく。


”例の件で東部へ行く。あまり怒るとそのうち胃に穴が開いて禿げるぞ。後で連絡する。”


達筆で書かれた紙をグシャリと握りつぶしてゴミ箱へ放り投げると、は深々と溜息を吐き出した。
おそらく少佐が出てすぐに出発したのだろう。
少佐は何だかんだで少将のストッパーとして非常に優秀だ。
それに引き換え軍曹は純粋なので少将の行動を疑わない。
もう少し軍曹にも色々教えなくてはいけないのかもしれないと肩を落とす。
考えれば考えるほどキリキリと胃が痛む。

もう一度執務室内を見渡して大佐は苛立ち紛れに大きな音を立てて執務室の扉を閉めた。




UP DATE : 2007.03.17



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