28




真っ白なコートのボタンを全て止め出来るだけ軍服が目立たないようにする。
着替えてから行った方が良いかとも思ったが生憎そういう時間はない。
病院への道程を歩きながらは思い出したくない過去の記憶を掘り起こしていた。
元第五研究所、マルコー氏、賢者の石の資料。
今の軍部でその内部事情を知る者は数少ない。
はその数少ない内の一人でもある。
詳細な事までは知らないが、そこで何が行われていたかくらいなら忘れたくても忘れられない事実だ。
だが、大怪我をしたというのはどういう事だろうか。
元第五研究所は既に何年も前に閉鎖されているはずだ。
特に危険な物もなく、転んで怪我をする程度ならわかるが…。
他にも元第五研究所を調べている者がいる、もしくはエルリック兄弟を見張っている者がいる…?
対抗する組織が裏にいるとでも言うのか。
だとすればやはり第一分館の焼失は偶然ではなく仕組まれたものかもしれない。
一度本腰を入れて調べる必要がありそうだ。
気にかかるのは先日東部で捕縛したものの殺害されてしまった彼らの裏にいる人物。
の予想が外れていなければその人物は恐らく賢者の石の開発にかかわっていた者の一人だ。
せめて中央に居る間位、特務の人間を一人エルリック兄弟周辺の見張りに付けるべきかもしれない。

病院にたどり着いたを迎えたのはブロッシュ軍曹だった。
敬礼しようとするブロッシュ軍曹を手で制し歩いていく。
病室の前で立ち止まり、ブロッシュ軍曹に礼を言って一人で入室する。
室内に見えるのはエドワードと一人の女の子だけだった。


「まずいタイミングに来たかな」
!…いや違っ!別にそういう関係じゃ…」
「隠さなくても良い。初めまして、私は、中央の大総統府に勤めている」
「初めましてさん、ウィンリィ・ロックベルです。あの、さんは…」
「彼らの知り合いといった所だ。さて、エドワード。私が何故ここに来たのかわかっているだろうな」


ウィンリィに見せていた笑顔を引っ込めエドワードに向き合ったの表情は硬い。
の顔を見たエドワードは青い顔をしてあわあわと口元を震わせた。
一言で言えば、物凄い恐ろしい状況だ。
ベッドの横に立ったはエドワードの胸倉を掴んでじっと瞳を見据えた。
まさに蛇に睨まれた蛙。


「言いたい事はあるか」
「ゴメンナサイ!!」
「好奇心旺盛な事は実に結構な事だ。だが状況をしっかり見て思慮深く動かなくてはならない時もある」
「……だけど」
「だけどではない!いいかエドワード。外にいるブロッシュ軍曹もロス少尉も、彼女も私も全てお前達を心配している」


胸倉を掴んでいた手を離しは両手でふわりと優しくエドワードを抱きしめた。
の行動に一瞬慌てたエドワードだったが、の肩が少し震えているのに気付き、義手の片手で抱きしめ返す。
本気で心配してくれた事が伝わってくるようだ。
それは温かくて優しくて、亡き母を思い出させるような感覚。


「ゴメン……」
「命あっての自分だと覚えておけ。人の命は作れない」
……」


抱きしめていた腕を解いたはいつものの表情に戻っていた。
の言葉は優しくて、痛い。
命は作れない、それは充分過ぎる程わかりきっている事であえてそれを口にしたの気持ちを理解する。
それほどまでに心配をかけたという事だ。
少しだけ俯いてしまったエドワードの頬をが両手でつまんで引っ張ってみせる。


「いいか、次この様な事があったらアームストロング少佐に頼んで永久につきっきりにしてやる」


痛い痛いと喚きの言葉に再び顔を青くしたエドワードを見て、ウィンリィもも笑った。
無事で良かった。
思った程重傷でもなくそれほど落ち込んでいる様子もなさそうだ。
先程から姿の見えないアルフォンスがどこにいるのかと尋ねればエドワードもどこか腑に落ちない表情で外にいると告げた。
あれ程仲の良い兄弟が共にいないのは珍しい。
もしかしたら彼女とエドワードを気にして外に出たのかもしれないと思いそれ以上の追及は避ける事にした。
あまりからかって傷に触っては困る。
ひとまずエドワードは平気そうなのでアルフォンスの方へ行こうかとがドアノブに手をかけた瞬間、外側から扉が開いた。

扉を開け入ってきたのはヒューズ中佐だった。


「ようエド!病室に女連れ込んで色ボケしてるって?…っと来てたのか」
「ああ、マース。見た通り色ボケの真っ最中だった。我々は邪魔をしてしまったようだ」
「だからただの機械鎧整備師だって!!」
「そうか整備師をたらしこんだか」


朗らかに大声で笑うヒューズ中佐に部屋の雰囲気が一気に明るくなる。
ウィンリィと自己紹介し合うヒューズ中佐を見て、はエドワードに視線を戻した。


「では私はそろそろ戻る。後日ゆっくり話は聞かせてもらおうか」
「わかってるよ。わざわざありがとな」
「何だもう行っちまうのか?相変わらず忙しいな。夜は空けておけよ」
「出来るだけ早く終わるよう努力はする」



後ろ手で手を振ってわいわいと騒がしくなった病室を出る。
廊下に待機していたロス少尉にアルフォンスの場所を聞けば、廊下の椅子に座っているアルフォンスの姿が見えた。
その様子はどこか落ち込んでいるように見える。
靴音を響かせアルフォンスの元まで歩いたが、珍しく気づいていないようだ。
隣に腰をおろしてようやくアルフォンスがに気づいた。


さん…」
「心配した。無事で何よりだ」
「ご心配おかけしてすみませんでした」
「全くだ。お前達兄弟は鉄砲玉か」


コツンと頭を叩けば小気味の良い音が響きアルフォンスが苦笑する。
それはやはりいつもと違った様子で、何となく居心地の悪さが漂っていた。


「アルフォンス、何かあったのか」
「――いえ、別に」


何もないわけない。それが言えなかった。
誰にだって話したくない事の一つや二つくらいある。
アルフォンスの中で解決がついていない事なのかもしれない。
人は本当に悩んでいる事だと意外と誰かに言えないものだったりする。
相談するのは、自分の考えている答えが正しいと肯定して欲しい気持ちからきたりするものだ。
本当にわからない事は口に出すのもためらわれるのかもしれない。
アルフォンスの性格を考えればそれが妥当だろう。
が聞いた所で何かを話してくれる雰囲気ではない。

立ちあがったはアルフォンスの前に立つとエドワードの時と同じように抱きしめた。
の両手では抱えきれないけれど、それでも全てを包み込むように。


「とにかく無事で良かった。何かあったら……いや、また来る」
「すみません…」


背中をぽんぽんと叩いてアルフォンスから手を離した。
そろそろ戻らないと本当に仕事が終わらなくなってしまう。
今日の夜は必ず予定を空けておかなくてはならない。

今日の夜はヒューズ中佐の愛娘であるエリシアの3歳の誕生日なのだ。

とヒューズ中佐の付き合いはそれなりに長い。
彼がまだ結婚する前からの付き合いだ。
職場が一緒になった事は未だにない。
それでもこうして交流があるのは彼が非常にお人好しだからだろう。
出会った時からそうだった。
何かとを気遣い気にかけてくれている人物だ。
彼は昔から優しかったが結婚してから一層に家族愛というものを語る様になった。
一月に一度は必ずを無理矢理自分の家へと招待し、それを語る。
それはにとってくすぐったくて温かくて、不思議な時間だった。
妻のグレイシアはいつもの体調を気遣いが訪れる時は必ず豪華な食事を用意してくれる。
娘のエリシアもによく懐いていた。
理想の家庭というのはまさにヒューズ中佐の家庭のような形なのだろう。
彼らはいつでも温かくて優しい。
にとって、大切な存在だ。
大総統府に戻ったはさっそく執務へと取りかかった。

大切な人達と過ごす大事な時間を少しでも多くする為に。
夜の事を考えると自然にの仕事をこなす速度も上がっていった。




UP DATE : 2007.12.04



<< Back   TOP    Next >>