連絡を入れただけでも珍しいというのに電話の先にいるはずの副官は酷く怒っていた。
「やぁ、ご機嫌如何かな?」
「いいわけないでしょう!!」
列車を待つ間、駅構内でかけた一般回線の公衆電話から恐ろしく怒った副官の声が響いてきた。
は絶対にカルシウム不足だと思う。
戻ったら小魚と牛乳をプレゼントしてあげよう。
「全く貴女という人は目を離すとすぐそうやって行動を起こしてしまう!何故じっとしていられないのですか」
「それがな、あのヨキという中尉は非常に性質の悪い男でな」
「書類を片付けていくのはいいですが、もうちょっと一箇所に留まって仕事をするという気になれないのですか」
「あの炭鉱の町には誰がいいかな。中央から派遣するとなるとなかなか忙しい部署ばかりだからな」
「聞いてるんですか?」
「大丈夫だ。ばっちり聞いている。それであの町の炭鉱マン達はなかなか良い人間が多くてな」
「そんな事は聞いてません。それより東部でA級指名手配犯の目撃情報があったのでそのまま東方司令部に向かって下さい」
「面倒くさ……」
「少将」
電話の先に居るの血管がそろそろぶち切れそうだ。
あまりからかってやるものではないかもしれない。
だが面倒くさいのは確かだ。
「あー、そろそろ時間だから切るぞ」
「ちょっと待って下さ………」
もう二言三言くらい文句を言いたい所だったのに切られてしまった。
相手は一般回線からかけてきているのでかけ直す訳にもいかず、受話器を見つめは溜息を吐き出す。
そしてもう一度受話器を取ると、再びどこかへ電話をかけ交換手に告げた。
「特務の・ソウだ。ロイ・マスタング大佐を頼む」
東部に滞在している少将を追うのであれば自分が動くより東部にいる人間に頼んだ方が早い。
事実彼女の件で今まで何度もマスタング大佐に頼みごとをしている。
だが、マスタング大佐が彼女を捕まえられた事は過去に一度たりともない。
どうせこちらから少佐を送り込む事になっているので足止めさえしてくれれば後はどうでもいいのだ。
久しく聞く旧友の声に大佐はキビキビとした声で話し出した。
その頃は炭鉱の町で出会ったエルリック兄弟と共に列車に乗っていた。
ゴトゴトと音を立てながらも、列車は快調に走り続けている。
向かい合わせの席にエドワードとアルフォンスが並んで座り、その前にが座っていた。
流れる景色は長閑で中央の喧騒を忘れさせてくれる自然の息吹を感じる事が出来る。
「それにしても驚きました。まさかさんみたいに若い人が少将閣下だったなんて」
「名前だけさ、そんなもの。この間昇進したばかりだしな。それに大体若いと言ってもアルとは7歳違うぞ」
「でもすごいですよ」
姿は鎧でも中身はやはりマスタング大佐の言っていた通り十代半ばの少年だ。
すごいすごいと連呼しまるでヒーローでも見つめるような視線を寄越して来るアルフォンスには苦笑を返すしかない。
本当にすごいのは自分ではないだ。
何となく流れる景色を見ながらはぽつりと呟いた。
「そんな事ない。この地位は鎖みたいなものだからな」
「え?」
「いや、何でもない。それよりエドはよく寝るな」
「兄さん疲れてるみたいで」
列車の揺れもアルとの話し声も乗客のささやかなざわめきも気にせずにエドワードは気持ち良さそうに寝息をかいている。
それほどまでに眠いのかとアルとは顔を見合わせて小さく笑った。
この様に熟睡できるのは幸せな事だ。
はエドワードの様子を見て、どこか羨ましげな表情を浮かべる。
アルとぽつりぽつりと交わされる雑談も、列車の揺れる音と重なり心地よいメロディーを奏でていた。
そんな穏やかな旅路が破られたのは、突然の事だった。
「なぁアルフォンス」
「何ですか?」
「どうしてこうも面倒くさい事が起こるんだろうな」
「……さぁ」
先程までの穏やかでゆったりとした車内の雰囲気は既に消え去っている。
いつの間にか銃器を持った男が達の前に現れていた。
所謂、列車ジャックという事だろう。このご時世に、いやこのご時世だからこそだろうか。
列車の乗客チェックを怠った者に文句の一言でも言ってやりたい。
相変わらず東部は荒れているなと思いつつは男をちらりと見て頭を忙しく働かせた。
顔に見覚えはない。だが青の団という言葉に少々聞き覚えがある。
コツコツと足音を響かせ歩いてきた男は心地良さそうに眠るエドワードを見て顔を顰めた。
「この状況でよく寝てられんな、このガキ」
苛立った表情を浮かべる男の神経を煽るかのようにエドワードは相変わらず寝息をかいたまま無反応だった。
当然、男も余計に苛立ちを見せる。
「ちっとは人質らしくしねぇか、このチビ!」
どうやら男は禁句を言ってしまったらしい。
今までピクリとも反応しなかったエドワードは勢いよく飛び起きると、男の持っていた銃に両手を当てて一瞬のうちに銃を役に立たないものに錬成してしまった。
それだけでは治まらず、今度は男の顔面にエドワードの蹴りが入る。
「やりやがったな、このチビが!」
騒ぎを聞きつけた別の男がエドワードに向かって走ってくる。
しかし寝起きのエドワードが止まる様子はかけらも見当たらない。
「どぅわれぇがぁミジンコどチビかぁーっ!!」
「うわぁー!!」
エドワードが反抗した事に、その場にいた乗客が青ざめる。
列車ジャックをしているテロリストに反抗した事から事態が悪化すると思ったらしい。
勿論そうなるだろう。一般乗客にやられたのでは恥をかく。
面倒くさい事になってしまったとは眉を顰めた。
動くつもりはなかったのに動かなくてはならなくなってしまったらしい。
未だ暴れるエドワードを見ながらは盛大な溜息を零した。
「そこまで言っていないだろう」
「いや、さんツッコむ場所が違うと思うんですけど」
「そうか?」
暴れるエドワードをよそにアルフォンスは困ったように視線を動かし、はその様子を淡々と見学していた。
いざとなったら動けばいいかと思い直したのである。
幸いまだこの車両で起こった事はばれていないようだ。
一通り男をぼこぼこにして気が済んだのか、エドワードはとりあえず止まった。
妙にスッキリとした顔をしている。
「って言うか、こいつ誰?」
「兄さん……」
「お前が伸したのはこの列車を乗っ取ったテロリストの一部だ」
エドワードの問いに淡々と答えつつ、は伸された男の体を縄で縛った。
突然動き出したりしたら他の乗客の身が危ない。
目を覚ましたテロリストを脅せば、男はすぐに詳細を吐いた。
他に機関室に二人、一等車両には将軍を人質に四人。その他乗客の確保に四人。全部で十人。
「将軍とは誰の事だ」
「そんな事まで知らねぇな」
が女だからなめているのだろう。薄ら笑いまで浮かべてしらを切るつもりらしい。
はニッコリと笑うと右手の人差し指にはめていた指輪で細長い串状のナイフを錬成した。
それを男の米神に当てて、耳元で囁くようにすればたちまち男は顔色を青く染める。
「串刺しはお好きかな?」
「ハ、ハクロ将軍です!!」
ビビった男はあっけなく将軍の名前を吐いた。
隣の男など顔面蒼白にして今にも気を失いそうだ。
「兄さん、さんを怒らせるのはやめようね」
「ああ、弟よ。俺も今同じ事を考えていた」
ここにも若干ビビった兄弟がいたりする。
ビビらせている本人はその事実に全く気づいていないのだが。
「それにしても誰かさんが暴れなければ事は穏便に運んでいたかもしれないな。ハクロくらい犠牲になったとしても」
「…か、過去を悔やんでばかりでは前に進めないぞ、なぁ弟よ!」
「冷や汗すごいよ、兄さん」
開き直って乾いた笑いを零すエドワードに、小さなため息をつくアルフォンス。
列車の旅はまだまだ続く。
UP DATE : 2007.03.19