ヒューズ家の愛娘エリシアの誕生日パーティーが行われた翌日。
は朝一番で大総統府にて行われている軍議に出席していた。
周りに座る老人達のああでもないこうでもないという議論に嫌気が差してくる。
いい加減自分達がどこぞの大佐よりずっと無能な事に気づいてくれないだろうか。
そう心の中で唱えながらも流れていく会話を頭に刻んでいく。
今日は大事な議題なのだ。
ここ数ヶ月の間、傷の男によって殺害された将校は随分な数にのぼっている。
中央の人手不足は最早最重要課題だった。
しかしこれがなかなか上手くいかない。
皆若い力を恐れ、誰を招集するかという結論がでないのである。
心配しているのは自分の椅子だけ。
呼び寄せた若い力に自分の椅子を奪われるのが怖いのだ。
しかし中央だけ守りを強固にすれば良いかと問われれば答えは否。
東西南北全ての国境付近で小規模ではあるものの争いが絶えないのが事実。
そうなると優秀な人材ばかり引き抜いてくるという訳にもいかないのだ。
「ふむ、なかなか難しい問題だな。――君はどう思うかね?」
「私は僭越ながら…東方司令部のロイ・マスタング大佐を押したいと思います」
「ほう、その理由は」
「現在国家錬金術師を統制する部署が最も人出が足りておらず、彼なら適任かと」
は最初から東部のマスタング大佐を押すつもりだった。
現在最も求められている椅子は国家錬金術師を統制する部署だ。
国家錬金術師であるという点に加え世渡りも上手い。何より上層部に食い込ませる最大の好機。
だがやはりというかの言葉に不快感を表す将校達が多く見られた。
「ふん、そんな若造に何が出来る。こういうものはだね、経験が物を言うのだよ。これだから女子供は……」
「ロイ・マスタング大佐は国家錬金術師でもあります」
「だから何だと言うのかね」
この程度の反発は想定の範囲内だ。
毎度同じ事しか言えない将校達に内々で悪態を吐きながらは表面上穏やかに口を開いた。
「国家錬金術師であるという事は同時に上層部を守る力が増加する事と同意かと思いますが」
「つまり彼が入った分上層部に向けられる傷の男の目がそちらに行き易いと?」
「その通りです。勿論最初から上の椅子に置こうだなんて思っておりません。然るべき方の下に付かせる形でどうでしょうか」
将校達が一斉に口を噤むのを見ては口元だけ少し緩ませた。
もうひと押しで彼らは確実に崩れる。
彼らの大事なものは自分の椅子と命だけなのだから。
「早々に特務の人員補充が始まります。そして国家錬金術師であるロイ・マスタング大佐が中央にくれば守りはより一層強固なものになると自負しておりますが」
「うむ、一理あるな。――どうだろうか諸君、君の意見は私も尤もだと思うが」
「私としてはこれ以上”優秀な将校の皆様”を失う事は避けたいのです。それこそこの国の危機に繋がるかと」
の言葉と大総統の言葉に将校達は渋々といった感じではあったが結局同意を示し軍議は終わった。
最終案は後々極少ない幹部のみで決定が下されるだろうがほぼ決まったと同じだ。
本心として、一番欲しいのは北の地を守る女王様だが彼女は梃子でも動かないのは知っている。
それに今はまだ期ではない。北の守りが崩れるのも避けたい。
第一自分が言って聞くような女性でない事位百も承知だ。
近い内、色々と収まりがついたら久々に彼女に会いに行ってみようか。
恐らく彼女はしかめっ面でさっさと帰れと言うだろうが、彼女と話す楽しさは他の人にないものがある。
頭の中でいつ頃なら北方へ行けるだろうかと考えながらは執務室の扉を開けた。
「少将お帰りなさい。戻ってきて早速ですが…」
「書類だろう、わかっている」
「いえ、大佐から報告が入りましてエルリック兄弟が何やら盛大な喧嘩をしたそうです」
「……理由は」
「そこまでは聞いてないのですが一応もう収集はついたそうです」
「そうか」
「行きますか?一時間位なら目をつぶってあげますが」
「いやいい。明日どっちにしろ彼らに会って話を聞かなくてはならないので明日でいい」
少佐からの報告を聞きながらは書類にサインをし始めた。
手を動かしつつ考えるのは先日アルフォンスがとった態度の事。
喧嘩した事でアルフォンスの中にある蟠りは解けたのだろうか。そうであればいい。
明日は元第五研究所の事を聞きに行く予定になっている。
管轄でないと言われてしまえばそれまでだが、にとって兄弟の事は今一番気になる存在だ。
は書類から顔を上げ執務室を見渡した。
少佐もライム軍曹もデスクに向かってせっせと仕事をこなしている。
大佐も直に戻ってきて執務に取りかかるだろう。
目の前にある大量の書類の山はいつになったら消える日がくるのだろうか。
最近はずっとこもりっ放しで書類をこなす日々が続いている。
それは特務が出る程の緊急を要する事件がないという意味では非常に良い事だ。
だが未だ捕まらない凶悪犯達の情報が入ってきてないという点で非常に良くない傾向でもある。
やはり次に動くのは元第五研究所関連になるのだろうか。
だとすれば相当危険なヤマになる事はほぼ確定している。
自分が動くのはいいとして、人員増加の件もあるので大佐は連れていけない。
…とにかく全ては明日話を聞いてからだ。
混線する頭の思考を止め、は再び書類へと取りかかった。
しばらくして大佐が戻ってきた。
報告によれば、アルフォンスは自分の記憶が実はエドワードによって作られたものではないのかと悩んでいたらしい。
またエドワードはアルフォンスがああいう体になってしまった事により自分を恨んでいるのではないかと悩んでいたらしい。
小さなすれ違いからそれを打ち明ける事になり、最終的に二人とも悩みを打破したのだと言う。
アルフォンスが不安になるのも無理はないだろう。
そしてエドワードがそう考えて不安になるもの無理はない。
「良かったじゃないか、早い段階で蟠りが解けて」
「そうですね。それと特に今日は兄弟の周りで不審な動きは確認出来ませんでした」
「そうか、わざわざ悪かったな。明日は私が行く」
「ああそれなのですが、明日ヒューズ中佐も同行するそうです。迎えに来ると言ってました」
「――全くどれだけお人好しなんだマースは」
「私には貴女にも同じ事が言えると思いますけれど。そういえば軍議どうなりました?」
「ああ、問題無い。もうじき鬱陶しい奴が中央司令部に来る事になる」
「それは大変になりますね」
「まったくだ」
どことなく嬉しそうな顔をする大佐を見ても微笑んだ。
彼らは自分が知り合う前からの仲だ。
憎まれ口を叩き合ってもその仲の良さはも知っている。
マスタング大佐が中央に来ればまた色々と軍部内での変化もあるだろう。
早くこの国が変わる時が来ればいい。
翌朝、は迎えに来たヒューズ中佐と共にエドワードの入院している病院へと向かった。
道中エリシアの話を延々とするヒューズ中佐の話に適当に相槌を打ち歩いていく。
「そういえば軍議があったんだって?」
「ああからか。まぁそういう訳だからそのうち周辺が煩くなるな」
「そしたらよ、就任祝いって事でまた昔みたいに四人で飲みに行こうぜ」
「考えておく」
嬉しそうに笑いながら昔の思い出を語り出すヒューズ中佐の声。
彼は本当にお人好しで楽しい事が大好きで、慈愛に満ちている。
だからこそ言っておかなくてはならない事があるのだ。
「マース」
「おう?何だ」
「これは国軍少将閣下として、そして友人として忠告しておく。おかしな事にあまり深入りするな」
「…?」
「兄弟が追っている物の危険性くらいマースだってわかっているはずだ。だから本心ではあまり立ち入って欲しくない」
「そりゃまあそうだけどよ。そんな事言ったらだって」
「私は特務に所属した時から既にそういう事態に遭遇した時の心構えが出来ている。だがマースは違う。グレイシアとエリシアがいる」
の真剣な瞳に見つめられヒューズ中佐は足を止めてを見つめた。
お互いの真剣な視線がぶつかり合う。
だが次の瞬間ヒューズ中佐は表情を緩めの頭をぐしゃぐしゃと撫で始めた。
「心配するなって。そう簡単にやられるかよ」
「マース!私は真剣に…」
「全くは何度教えたらわかるんだ。俺はグレイシアもエリシアも大事だがお前も大事なんだ」
「…それは大事の分類が」
「違わん。だからお前は自分の命を粗末にするような言動はやめろ、俺の為にも」
「――善処する。だが本当にやばいと思ったら身を引け。私はエリシアの泣く顔は見たくないんだ」
わかったわかったと言いながらの頭を撫で続けるヒューズ中佐には溜息を吐きながら苦笑した。
危ない事になると決まった訳ではない。
兄弟から話を聞いて危なそうなら止めればいいだけだ。
そう自分に言い聞かせはヒューズ中佐と共に病室へと足を運んだ。
そしては後になってこの時どんな事があってもヒューズ中佐を止めるべきだったと後悔する事になる。
UP DATE : 2007.12.05