36




夜もまだ明けきらぬ時間、は一人制服に身を包み墓石の前に膝をつき言葉を紡いでいた。
墓石に刻まれた文字は「Maes-Hughes」であり、明け方の墓地に以外の人影は見当たらない。
静まり返った墓地に土と緑の混じった匂いが風に乗って流れていく。


「マース、私は今日から南方司令部の方へ赴く。行動を共にする事で何か発見があるだろう」


指で墓石をなぞりながら思い浮かぶのはいつも笑顔だったマース・ヒューズという親友である男の顔。
もう二度と会う事は出来ない。それがわかっていてももしかしたらという気持ちが後から後から溢れるように出てくるのだ。
もしかしたらここへ来ればもう一度会えるのではないか。
人体錬成の理論は既に頭の中に叩きこまれていて、寸部の狂いも無く計算出来る。


「なぁマース、もう少しだけ待っていてくれ。この国の体制をひっくり返す事が出来た時、私もそちらへ行く」


人体錬成の成れの果てを知っているからその理論の危うさを理解している。
していても、可能性があるのであれば縋りたいという気持ちが消える事は無い。
恐らくだけではなく特務の彼らも、そしてマスタング大佐でさえも同じ事を考えているだろう。
だからこそ、自分がしっかりしなくてはならない。
人が人を作る事など、出来やしないのだ。
悲劇は更なる悲劇を呼ぶ。もう二度と悲しみの連鎖を起こす訳にはいかない。

が軍に身を置くのは全て叶えたい夢の為なのだから。

もう一度墓石を撫で地面についていた膝を起こし立ち上がる。
そろそろ大総統府に行かなくてはならない。今朝から暫くの間南方へ行く大総統閣下の護衛につくのだ。


「帰ってきたらまた来る。では行ってくるよ、マース」


一人にしないから、と呟いた言葉は風に乗ってどこか遠くへいるマースへと届いただろうか。
墓石に背を向けて歩き出すへと一陣の風が吹き抜ける。
その風に煽られるようにしての首元にかけられた細いネックレスが、ちりと音を立てて揺れた。
輝くのは四葉のクローバーを模った米粒大の小さな飾り。
無意識のうちにそれを指で摘みながらは大総統府へと足を向け墓地を後にした。



正面玄関の脇に見慣れた人影を見つけその姿に思わず口元が緩む。
早朝の大総統府へ足を踏み入れたを迎えたのは昨日話し合いの後一度も口を聞かなかった少佐だった。
どうやらを待っていたようで大総統府の正面玄関の前に立ちむすりとした表情を浮かべている。
歩いてくるに気付いた少佐が仏頂面のままへと近づいた。


「おはようございます、少将。昨日はすみませんでした」
「おはよう、少佐。別に気にしていない」


いつもと変わらぬの様子に隣を歩く少佐の雰囲気が少しだけ和らいだ事に気付く。
相手がいくらと言えど昨日彼は上官命令に背き職務放棄をしたのだ。それなりに自覚はあったらしい。
本来ならば咎めるべきかもしれないが残念ながらそれに割く時間は無さそうだ。
後で大佐に少しだけペナルティを科すよう頼んでおくか。


「今朝から南方へ行かれると聞いたのですが」
「ああ、大総統閣下が南方司令部を視察なさる事になったのでな。護衛だ」


特務の執務室へと足を向け動かすの横に並び歩いて行く少佐がポケットから何かを取り出し「これを」とに差し出した。
掌に乗せられたのは綺麗な包み紙に包まれた小さなチョコレートがいくつかと色鮮やかな液体が入った小瓶がいくつか。
足を動かしながらもそれを見て不思議そうな表情を浮かべる少佐が言葉を続けた。


「チョコレートは少将が遭難した時にでも食べて下さい」
「待て、何だその不吉な想定は」
「その小瓶に入っているのは猛毒ですので間違えても飲まないようにして下さいね。特に赤がお勧めです」
「……少佐、話しが見えないのだが」


言葉を聞いたが顔を顰めて掌に乗る小瓶を見つめる。
赤に黄色に青に緑と原色のオンパレードだ。見ているだけでも毒々しいほど蛍光色が揃っているではないか。
ようやく辿り着いた特務の執務室の扉を開けながら少佐が更に言葉を続ける。


「赤の液体は一滴で致死量の上無味無臭ですので毒殺にはもってこいです。頑張って下さい」
「私に何をさせる気だ!」
「一瓶も使えばさすがにあの堅物だってどうにかなるでしょう。いいですか好機を逃しては駄目ですよ」
「物騒な発言は止めろ。……全く、これはいらない。チョコレートだけ貰っておく」


小瓶を少佐に押し付けると幾分不満そうな表情を浮かべたものの少佐は意外にも素直にそれを受け取りポケットに入れた。
少佐が本気で言っていない事くらいも十分承知の上でのやり取りだ。
その様子を見ていた大佐と軍曹が微笑み、久しぶりに特務の執務室にいつもの空気が戻ってくる。
勿論、全員が未だ悲しみの中にはいたけれどこの様子であればも少しは安心して南方へ行けそうだ。

その後、大佐が「何かあった時の為に」と飴玉を差し出せば、軍曹まで「死にそうになったらこれを食べて元気になって下さい」とキャラメルを渡してきた。
死にそうになったらという想定がもう既に最初からどうかと思う上に元気になって下さいという言葉は間違っているのではないだろうか。
死に際にキャラメルを食べて元気が出たなどという事例は一度も聞いた事が無い。
だが拒否をするのも面倒臭いのではありがとうと告げそのまま受け取る事にした。
その様子を見ていた少佐が「ではこれも」と袋一杯に詰められたチョコレートを押し付け、更に見ていた二人が真似をし袋ごと押しつけてくる始末。
いらないと何度諭しても全員が譲らず結局の荷物の半分以上を占める甘味類に出発前から頭を悩ませられる事となった。


「私は別にハイキングやピクニックに行くわけでもなければ甘味を売りに南方へ赴く訳でも無いのだが…」
「何を言っているんですか少将、備えあれば憂いなしですよ。ついでにマシンガンでも持って行きますか?」
「いえ、でしたらやはりさっきの毒薬を…」
「何かあったらいつでも連絡して下さいね。特殊部隊と戦車を動かす準備はしておきます」
「………あ、ああ、わかった。何かあったら連絡するから。もう遅れてしまうから行く」


ふざけている訳で無く真剣な瞳と声を向けられたはバッグを引っ掴み逃げ出すようにして特務の執務室を後にした。
心配してくれるのはありがたいが彼らは何せ特務、色々と行き過ぎる傾向がある。
後ろから揃って「気をつけて下さいねー!」という声に少しだけ微笑んで応えは大総統執務室へと足を向けた。


大総統閣下の執務室へ向かう途中でアームストロング少佐に会い、共に歩いて行く。
交わす会話は世間話に聞こえるが、二人の間では暗号にも似たやりとりが行われていた。
アームストロング少佐もまた大総統閣下からマースの件について釘を刺されているらしい。
だが内密に事を進めているのは二人とも同じだ。
深入りし過ぎないようにとも軽く牽制し大総統閣下の執務室にたどり着いた所で一旦話は終了となった。


「失礼致します。特別任務部隊局少将、中央司令部アレックス・ルイ・アームストロング少佐が参りました」


先頭に立つ大総統閣下の秘書が扉をノックし返事が返ってきたのを確認してようやく扉が開かれた。
目を細め穏やかに微笑む大総統閣下に迎えられたとアームストロング少佐が敬礼の姿勢を取り背を伸ばす。
堅苦しい挨拶を交わし、二三確認を行い荷物を大総統閣下の秘書に預け、はアームストロング少佐と共に大総統閣下の後ろをついて回った。
一国の主とも言える存在である大総統閣下の命を狙う者は決して少なくない。
それに加えを気にくわない将軍閣下達があれこれ仕掛けてくる可能性もある。
を失脚させるには絶好の好機とも言えるだろう。

大総統府を出て駅までの車中、列車に乗り南方司令部までの旅路をは一瞬の気も緩めずただじっと言葉少なに過ごした。
頭の中をぐるぐると回るのはやはりマースが殺害された時の事。
現在までに上がってきている報告は少なく雲を掴む話のように難しい。
殺害場所は軍法会議所から程近い公衆電話のボックス内。
直前までマースは軍法会議所におり、過去の資料を調べていたというところまでは証言でわかっている。
だがマースが何を調べていたのかはまだわからず、何故慌てて外へ出なくてはならなかったのかも不明だ。
報告によれば一度は軍法会議所内の通信室へ向かったらしいが、その際マースが既に負傷しているのを数人が確認している。
内部の犯行か、しかしそれならば外に出なくてはならない理由が見つからない。
そもそも何故マースが狙われたのか。
あの時病院に居た面子を狙ったのだとしてもとアームストロング少佐は狙われていない。
事件当時は中央にいなかったがアームストロング少佐は中央にいたはずだ。
病院に居た面子を狙ったのでないとすればマースを恨む者の犯行という線も出てくるが、彼が恨まれるような事なんて一つも思い浮かばない。
それに東方司令部でマースからの通信を受け取った者が聞いた「軍がやばい」という言葉。
思い当たる事は無くもないが……。
結局南方司令部最寄りの駅にたどり着くまでは答えの出ない問いをぐるぐると回転させる事に追われていた。


駅に着き、南方司令部のお偉い方が大総統閣下を出迎え一斉に敬礼の姿勢を取る。
送迎の軍用車に乗り込みようやく南方司令部にたどり着いた時には午後を回っていた。
今日は南方司令部のお偉い方から報告を聞くだけで終わらせる事になりそうだ。
中で共に休めばいいという大総統閣下の申し出を丁重に断りはアームストロング少佐と共に大総統閣下のいる部屋の前で警備にあたった。
自分が各所のお偉い方達に嫌われている事くらい百も承知だ。わざわざ居心地の悪い場所に身を置く事は無い。


「すんませーん、技術研究局ってどこ……」


とアームストロング少佐が警備する部屋のすぐ傍にある曲がり角から突然声が聞こえてきたかと思えばその声は聞き慣れた声。
おや、と思い視線を動かせばそこに見えた姿は勿論見覚えのある姿。
低身長、子供、黒い上下の服に金色の三つ編み、少しばかり高めの声を持つ少年。
突然の登場に思わずは驚きで目を白黒させその場で固まり、アームストロング少佐の表情が嬉々として輝く。


「エドワード…!?」
「何でと……ギャーーーーーーーーーーー!!」


とエドワードが同時に呼び合った瞬間、アームストロング少佐が表情を輝かせエドワードを抱きしめた。
ボキボキと骨の軋む嫌な音が辺りに響き慌ててがアームストロング少佐の腕を掴んでやめさせる。
その間にもの中では警笛が鳴り響いていた。
マースが何者かに殺害され、とアームストロング少佐が南方へ、そしてエドワードの登場。
偶然にしてもあまりに役者が揃い過ぎている状況に誰かの嘲笑う声が聞こえてきそうな気がした。




UP DATE : 2008.04.26



<< Back   TOP    Next >>