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先の戦闘で大総統が斬り付けた二人の男が未だ生命活動を続けている理由などたかが知れている。
要はこの展開を予想して、いや、わざとこの展開に持ち込んだのだろう。
エルリック兄弟の前で自分が彼等の命に終止符を打つという事に意味があるのだ。
忠誠心などという生易しいものでは無い。
結局自分はいつまで経ってもこの国の大総統という地位についた男の掌の上で踊らされるしかないのだ。


「開けてよ……!お願いだから…………!」
「ダメだ……、出ちゃ……ダメだ……」


絶叫の後に聞こえてきたのは耳を塞ぎたくなる程悲しみを含んだ女の声とアルフォンスの声。
つい数秒前まで上げていた雄叫びはもう二度と聞く事が出来ない。
それは彼らの命が事切れたという事実を十二分に表していた。

斬り捨てた男達の肉体から血が滴り落ち床に崩れ落ちていく様を横目で確認しながら息を止める。
もう後戻りなど出来るはずも無い。
彼らの命はたった今自分の手によって摘み取られた。
自分を慕ってくれていた少年の前で、自分が無残な姿で殺したのだ。

二人の息の根が確実に止まったのを確認し、大総統の方もソレが終わった事を確認する。
汚水の溜まった水路で仰向けに倒れている男の体には四本のサーベルが突き刺さっていた。
死んだのか、死んでいないのか。
ただ確実に動きは止められており起き上がる様子も見られない事からして死んでいないとしても重傷を負っているはずだ。
相手はホムンクルスである確率が高い。
それなのに傷一つ無く勝ってしまうこの男から逃れる術等今生で見つける事など不可能に近いだろう。

放心状態に陥っていたアルフォンスがようやく動き出す。
中にいる者を逃がす算段だろう。
だがそれは最早不可能である事を知っているはその場で直立の姿勢を保ちゆっくりと近づいてくる大総統の言葉を待った。
大総統の表情はこの場に不似合いな程温和な笑みを表している。

体の奥が震えるのは足元が水に浸かっているせいでは無い。


「待ちたまえ。エドワード君の弟だね」


温和な笑みを浮かべた大総統がゆっくりとした足取りで立ち上がろうとしたアルフォンスの横に立った。
に対しすっと一瞬向けられた視線に頷いてもアルフォンスの横に立つ。
言葉で命令されなくても理解してしまえる自分が憎い。
そして、それを行う事に対し反論する事すら出来ない自分はもうエルリック兄弟と共に笑う資格など無くなってしまった。
大総統とホムンクルスが戦闘している間、アルフォンスを含む達の居場所は若干死角になっていたはずだ。
だが既に大総統は気付いてしまっている。
アルフォンスの中に残党が一人、残っている事を。


「ケガは無いかね?手を貸そうか」
「は、はい。大丈夫です。一人で帰れますから……、じゃあ」


半ば無理のある震えた笑い声を出して立ち上がったアルフォンスが大総統に背を向けようとした。
その刹那、アルフォンスの右腕が動き大総統の首を締め上げる。
アルフォンスがやってる訳ではない。やっているのは中にいるマーテルと呼ばれた残党の女性だ。


「ダメだ、マーテルさん!!やめるんだ!!」
「……ブラッドレイ!!」


締め上げられても尚すっと射抜くような視線を崩さずアルフォンスを、いや、アルフォンスの中にいるマーテルを見据える大総統の右手がほんの少し上げられた。
何度も何度もアルフォンスが中にいるマーテルに向かって叫ぶが手が緩む様子は見受けられない。
攻撃目標は全てなぎ払えと言う命令だ。
マーテルと呼ばれた人間がもし彼らの仲間じゃなかったとしたってこの状況で処分を免れる事は万に一つもないだろう。

そう考えて自嘲する。
結局理由をつけて自分を正当化したいのだ。
そうでもしなければ気が狂ってしまう。

大総統の右手がサーベルを掴みアルフォンスの中へ差し込まれるのと同時にのナイフもまたアルフォンスの背からソレを貫いた。
アルフォンスの体のあちこちからアルフォンスのものではない血が流れ出し大総統の首を掴んでいた腕は力なく垂れ下がっていく。
引き抜いたサーベルとナイフに付着しているのは大量の血液。
その血液の持ち主は既に事切れておりもう二度とアルフォンスの体を使って襲いかかる事もないだろう。

余程のショックを受けたのかアルフォンスが動きだす様子はなかった。
崩れ落ちるように地べたへ腰を落とし黙り込んでいる。
無理も無い。理解しろという方が酷な事だ。
しかし、それが軍部へ首を突っ込んだ代償として降りかかる現実である事は最早言い逃れする事が出来ない。

背後から複数の走る足音が聞こえ振り返ればアームストロング少佐と憲兵がこちらへ向かってきているところだった。
彼らの顔色は皆一様に恐怖と驚愕を映し出しているようだ。


「大総統も少将もご無事で」
「うむ、上はどうかね」
「上階も全て作戦は終了しております!」


アルフォンスの状態を見て状況を理解したらしいアームストロング少佐が黙り込むその横で憲兵が顔を引きつらせながら声を張り上げる。
ニ、三の報告を憲兵から受けた大総統は満足そうに数度頷いて足元で既に動かなくなっているホムンクルスの処理を行うと告げた。
憲兵達がホムンクルスの体を担ぎ上げ大総統が先頭に立って歩いて行く。


君」
「はい」
「アームストロング少佐に彼を運んで貰って、君も少佐と共に上がってきてくれ」
「わかりました。お気をつけて」


敬礼して見送るに対し柔和に微笑んだ大総統が憲兵達と共に傍から離れていく。
アルフォンスは未だ一言も発さず動こうとしない。
ふと視線を落とせば軍服のズボンには汚水と返り血が染みとなって広がり今までの惨劇を如実に表している事に気付いた。
急激に体を襲うのはどうしようもない疲労感。
体力的にではない。心に何かどっしりと重い物が乗せられてしまった、そんな気分だった。


少将」
「何だ、アームストロング少佐」
「エドワード・エルリックは無事保護されています。我々も……行きましょう」
「ああ」


放心状態のアルフォンスを担ぎ上げたアームストロング少佐が歩き出す。
自分達は一体何をしにここへ来たのだろうか。
誘拐されたアルフォンスを助けに、そして一人で突っ走ったエドワードを保護しに来たはずではないのだろうか。
だが自分がした行動は一体何だった?
自分はただ闇雲に出会う人物達を殺害しただけではないか。
複数人を自分の手で殺し、アルフォンスの前で殺し、アルフォンスの中に居た人物までも殺した。

如何なる状況においても、殺しは正当化されるべきではない。

ごちゃごちゃとした思念の波が押し寄せてきて足が竦みそうになったがふと視線に気づき顔を上げる。
アルフォンスを担ぎ前方を歩いていたはずのアームストロング少佐が目尻を下げ言いにくそうに口を開いた。


「……少将、我輩は自分が情けないです」
「アームストロング少佐……」
「我輩は少将を守る事すら出来ない。貴女の選んだ道は険し過ぎる」
「――――選んだのは私だ」


一度大きく息を吸い込んで歩き出し、アームストロング少佐の背を叩いて先を歩いて行く。
今の顔を誰かに見られる事がとても嫌だった。
今の自分の顔はきっとどうしようもなく情けない表情を浮かべているはずだ。


少将と姉が仲の良い理由、よくわかりますな。お二人とも非常に似ている部分があるようです」
「私をあんな鉄壁女王様と一緒にしないでくれるか」
「どうです、久々に北の地を訪れてみては」


先を歩いていたに並んで優しく微笑むアームストロング少佐の顔を見て、ふいに涙が出そうになる。
殺す強さと殺さない強さ、相対するにも関わらず彼はいつだって態度を変えずに接してくれるのだ。
底へ落ちていこうとするに気付いて手を差し伸べてくれる。

そうだな、と呟いても目を伏せて笑って見せた。
自分がこの道を選んだのは守りたいものがあるからだ。
その根本を忘れてはいけない。今はまだ立ち止まる事など許されるはずがないのだから。

例えこの先に続いている道がどんなに険しくどん底に暗いものだとしても、それが自分の選んだ道だ。


「それにしても……、アルフォンスが全く動かないな」
「何か問題があったんでしょうか」
「先程確認したが血の刻印には何の影響も無さそうだった。少し、疲れてしまったのかもな」
「そうですね。子供には、辛い現実でしょう」


アームストロング少佐に担ぎ上げられたアルフォンスは動こうとも喋ろうともしなかった。
まるでただの鎧になってしまったかのようなアルフォンスの状態に少しばかり不安が過る。
こればかりはエドワードに聞いてみないと対処のしようがないのだ。

とアームストロング少佐が顔を見合せて頷き足を速める。
急がなくてはと思う反面、の内心では行きたくないという気持ちもまた存在していた。
自分がした事とは言え割り切れない思いがないかと言われれば即座に首を横に振る事が出来る。
どんな顔をしてエドワードと対面すればいいのか、心は重くなる一方のようだ。




UP DATE : 2008.08.08



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