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予定外の騒動が勃発したせいで結局南部戦線と南方司令部視察は翌日に持ち越され、滞在が一日延びてしまった。
大総統と行動を共にするというのは非常に肩のこる作業だ。
南方司令部に一番近い駅、ホームにずらりと並んだ軍人の数に一般客は何事かと注意を寄せている。
大総統が列車の一等車両へ乗り込み、もうじき列車も出発するという頃。
最後まで駅のホームに立って不審者の有無を確認していたの目に見知った顔が映った。

低身長を悩む兄と鎧の弟。
彼らはずらりと並んだ軍人達の間からひょっこりと顔を出しへと視線を向けていた。
手荷物が軽微な事からしてどこかへ行く目的で駅に来たのでは無いと知る。

わざわざ会いに来た、という事か。
些か表情を顰めたに気付いた兵が「どうかしましたか?」と尋ねたがは緩く首を横に振って何でも無いと答えた。
そのまま尋ねてきた兵に見張りを任せ兄弟の下へ足を進める。

本当は、あまり会いたい心境では無かった。
が歩けば周りの兵が敬礼の姿勢を取って道をあける。
常ならば大総統の乗っている列車の警備を怠り勝手に歩き回るなんてけしからん、とでも言いだしそうな南方司令部の将校までもが黙って道をあけた。
ひとえに、の纏う雰囲気が厳めしいものだったからかもしれない。

無表情のまま近づいていくを見たエドワードがバツの悪い表情を浮かべ俯きがちに頬を指でかいた。
その隣では少しばかり焦っている様子のアルフォンスが姿勢を正す。
ずらりと並んだ軍人達の視線を一手に受けたままが二人の前に立った。


「何の用だ」


努めて冷静に口を開く。
もし先日の件に関しての言葉なら聞きたくないのだ。
覚悟を決めた身だと言ってもそう簡単に本当の意味での覚悟など出来ない。
芯にあるものは固くても所詮自分だって人間であり心惑わされる事も多々ある。
飲み込める事も飲み込めない事も数日でケリがつくのなら自分はもっと人間らしくなく生きられるだろう。

見下ろすの視線の硬さにエドワードの肩がびくりと動いて、間を置き顔を上げた。
エドワードの瞳には迷いひとつ無い。
今度はが肩を揺らす番だった。


「この間は、ごめん」
「僕も……、助けて貰ったのにお礼も言わないでごめんなさい」


二人揃って頭を下げたエドワードとアルフォンスの謝罪を聞いたがその場で固まる。
様々な感情が体中を駆け巡りの思考を止めた。


「あれからさ、色々考えたんだけどやっぱ俺もアルもさ……、の立場とか気持ちとか考えてなかった」
「僕も兄さんもさんに沢山心配かけたと思います。だから、ごめんなさい」
「ほら何つーの?あー……、だからさ!えーと」
「兄さん照れてないで言ってよ」
「何だよ!アルが言えって!」


どちらが言うかで揉め始めた二人を見ながらは大きく息を吐き出した。
気付けば手には汗がじわりと滲んでいる。
余程自分が緊張していた事を知り、思わず笑いが込み上げてきそうになるのを寸での処で押さえた。

何だかんだ言って自分もまだまだ甘いなと内心で溜息を吐く。
自分はこの二人に拒絶される事を恐れていたのだ。
だから先日彼らを遠ざけようとした、彼らの身の危険だけではなく自分の心の平穏の為に。
浅はかで、それでも嬉しいという気持ちには変わりない。

未だ兄弟喧嘩を繰り広げている二人に近づいてが口元に笑みを浮かべる。


「馬鹿だ馬鹿だと思っていたがとんでもない馬鹿兄弟だな」
「な、ひでぇな!」
さん!」


ようやく突き合わせていた顔をこちらに向けたエドワードとアルフォンスの肩に腕を回して引き寄せる。
突然の行動に驚いてよろけた二人を精いっぱいの力で抱きしめては二人の間に顔を伏せた。
本当に助けられているのは自分の方なのだ。
彼らの純粋な心と瞳に惑わされ、癒されている。
だからこそ、この二人をどんな事があっても自分は守らなくてはならない。


「揃いも揃って大馬鹿だ、エドワードもアルフォンスも」
「……馬鹿馬鹿言うなよ」
「いいか、何かあっても何もなくても必ず連絡してこい。危ないものに近づくなと言っても聞かないだろうからな、二人とも」
「……わかりました。必ず連絡します」


照れくさそうに笑うエドワードに表情はわからないが嬉しそうな声で笑うアルフォンス。
名残惜しいがそうゆっくりもしていられない。
二人から腕を放したが背を向けて手を振る。

心に引っ掛かっていた重いものの一部は南方に置いて行く事が出来そうだった。



南方の駅を出発し、無事何事も無く中央に辿り着いた大総統一行を迎えたのは再び大量に集められた軍人の姿だった。
そのまま重厚な警備に守られて大総統府に戻りようやく肩の荷を下ろす事が出来たがほっと息を吐く。
実に肩のこる数日間だった。
結局あの後捕らえられたホムンクルスがどうなったのか、は知らない。
というのも上手い具合にはぐらかされたのと、大総統に聞ける雰囲気ではなかったのだ。
南方司令部の者もまた知らない様子をみせていたし、昨日のうちに中央の者が数人南方へ入っているのをも確認している。
その事からして内々で処理されたのは明らかだろう。
現時点で大総統がそれをに伝えてこないという事は後日少しずつ探りを入れる他なさそうだ。

アームストロング少佐と別れ数日ぶりに訪れた特務の執務室前に立ったが扉に手をかける。
開けようとした瞬間、内側から扉が開けられよろけたを支えた人物が居た。
誰かと思い顔を上げた瞬間は今すぐこの場から逃げたいと切実に感じ足に力を込める。
だが、悲しいかな。腕を取られた状態で逃がしてくれるほどを支えた人物は甘くなかった。

額に青筋を浮かべそれでも無理矢理繕った笑みを浮かべているのは特務の大佐でありの副官でもある大佐だ。
が額に青筋を浮かべている原因は間違いなく自分にある。
心当たりも何もかもバッチリだ。


「ああああ!そうだ、忘れものが……」
「後で取りに行かせます。お疲れでしょうからどうぞこちらへ。少将の好きな紅茶もご用意してあります」
「そういえば南方司令部に大総統を忘れてきてしまった!これはいかん、今すぐ取りに行かなくては!」


慌ててとんでもない事を捲し立てるに対し余計に表情を強張らせたまま笑みを浮かべた大佐がずるずるとを引き摺って執務室の扉を閉めた。
掴まれている腕は恐らく痣になるほどだろう。
それほどまでにこの副官は相当ご立腹らしい。
強制的にソファーへ座らされたの前には両手にマシンガンを構えた大佐の姿。
テーブルには良い香りを漂わせる紅茶、執務室には生憎少佐も軍曹もいない。
恐らく大佐が人払いをしたのだろう。
銃口をこちらに向けたまま強張った笑みを浮かべた大佐が「どうぞ」と紅茶を進めてきたので逆らわずに手を伸ばす。
こういう時の大佐はもう誰の手もつけられないのだ。


「で、さぞかし楽しかったのでしょうね、南方は。何せ一報も入れられなかったようですから」
「ごめんすまない私が悪かったので銃口をおろして下さい大佐」
「それどころかこちらから入れた通信すら出ないとは、一体どこの馬の骨と遊んでいらしたのですか、少将」
「本当にすまなかった。もうこの世の悪事は全て私の責任でもいいからその危ないものをしまえ、な?な?頼むから」


真っ青な顔でぶんぶんと頭を振るを見た大佐が深い溜息をついてようやく銃口を下ろした。
背中の羽はこんな時逃げ出す為についているのではなかろうかと思ってしまう程ピンチだ。
何故自分の副官はこんなに恐ろしい男なのだろうか。
いっその事ブラックハヤテ号と交換してしまいたい。


「今どうしようもない事を考えませんでしたか?例えば背中の羽で逃げてしまおうかとか」
「か、考えてない!断じてそんな事は考えてない!」


再びマシンガンを構えようとした大佐を慌てて制しカップの紅茶を一気に飲み干す。
このままでは心臓がいくつあっても足りない。
じろり、と向けられる視線は明らかに怒りを含んでいるもので、このままでは言いたい事も言い出せないままになりそうだ。


「何があったのかは後で聞くとして、どうしてそんな目をしているのです、少将」


マシンガンをソファーに置いて自分の紅茶に手を伸ばした大佐が視線を緩めた。
もう長い付き合いになるこの男には決して隠し事など出来ないのだ。
どんな些細な変化でもすぐに気付いてしまう、優し過ぎる男。
他人の痛みに敏感だからこそ出来る芸当だろう。

が特務に一報を入れる事が出来なかったのも大佐からの通信を受けなかったのも彼に感づかれてしまうと思ったからだ。
声の変化ですら気付く、その彼がに何かあったという事に気付くのもまた当然の事であり避けられない事である。
だから人払いをしてまでこうして一人での帰りを待っていたのだ。


「だから一緒に行くと言ったんです。もう少しご自分の事を考えて下さい」
「お前はもう少し楽に生きる方法を考えろ」
少将!」
「そうやって私の顔色ばかり見て生きていては命がいくつあっても足りないぞ」


自分の周りにいる人間は優し過ぎる馬鹿ばかりだ。
エドワード、アルフォンス、特務の人間、マスタングチームにマース……。
守りたいのに守られてばかりで、まるで厄病神だと鼻で笑う。


「だったら私が心配しなくていいように行動して下さいね、少将」
「善処する。あ、あとな、
「何ですか」


訝しげな表情でカップを傾けるに背を向けて自分の執務室へと足を向ける。
どうせついでだ、嵐は一辺で済ませてしまった方が良い。


「明日から北方へ行く」


の背後で紅茶を噴き出す音とカップが割れる音が聞こえた。
慌てて執務室の扉を閉めて鍵を掛けた後、外から大佐の怒号が響き渡る。
後ろからは大佐の怒号、目の前にはデスクに積まれた山の様な書類を見てはさてどうやって逃げようかと溜息を吐いた。




UP DATE : 2008.11.30



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