跪いたラストへ反撃の隙を赦さずに注ぐ焔とナイフの斬撃。
全てを燃やし尽くす業火と容赦無く切り裂かれる身体は最早再生が追い付かずただ姿を保つ人形のようだ。
やがてその一方的な攻撃にも終止符が打たれる時が来た。
ラストの身体が再生を止め指先から崩れていく。
「完敗よ、悔しいけれど貴方みたいな男に殺られるのも悪くない」
少しずつ己の身体が砂状に崩れていくのを意にも介さずラストは満足そうな笑みを浮かべている。
それはまるで何処か終焉を受け入れているように見えた。
ホムンクルスとして造られた人生とは一体どのようなものだったのだろうか。
息を呑みじっと見据えるの目を崩れゆくラストが捉えた。
「・、やっぱり貴女はちっとも変わらない。いつだって泣きそうな顔を浮かべているのね。あの時もそうだった」
笑みを深くしたラストの唇が艶やかに揺れる。
がラストを人間だと思っていた頃、あの時確かにラストはの肩に手を置いて同じ台詞を言っていた。
殺す方の人間が泣きそうな顔をしているなんて理解出来ないわ、と。
さらさらと崩れ落ちていく手をの方へ向けたラストの瞳が強く光る。
そこにはしっかりとした意志が込められていた。
「貴女は誰も救えない。彼もそうだしこの間の貴女の友人も結局は貴女が殺したようなものよ、・」
さも可笑しそうに一笑いしたラストをもう一度巨大な焔が包み込む。
身を焦がし髪が燃え肉が焼ける。咽返る程の臭いは辺りに広がって命が燃やされるのをまざまざと全身に訴えかけてくるようだ。
喉をごくりと鳴らし、ラストに言われた言葉を脳内で反芻し全く以てその通りだと実感させられる。
もう少し自分に配慮があれば避けられてきた事態も多々あった。失わなくて済んだ。それをしなかったのは誰でも無い、自身だ。
結局この手は誰を救う事も出来ない。ただ殺して奪うのみ。
突き付けられた其れは心の何処かでわかっていたはずなのにを酷く揺さぶった。
言葉も発せず密かに震えるに、意識を強引に戻させるかの如く背後から引き寄せられるよう力強い腕が回され背中に熱を感じる。
「を侮辱する者はこの私が許さん。……守ってみせるさ、この国もも」
聞こえてきた声は耳元でダイレクトに伝わり息遣いさえ極近い。
荒い息を吐きながらマスタング大佐の左腕はの身体を抱き、右腕が前に出されラストへと向けられた。
「楽しみね、あなた達のその目が苦悩に歪む日はすぐ……」
残っていたラストの姿が全て崩れ落ち骨もまた風に乗った砂の様に消えていく。
最後に残った核であっただろう赤い賢者の石と思われる物体もまた床に落ちて消えた。
一瞬の静寂の後、アルフォンスの背に守られていたホークアイ中尉が悲痛な声を上げながら達へと駆け寄ってくる。
それを合図にしたかのようを抱いていたマスタング大佐が膝を崩した。
を襲っていた密かな震えは既に止まっており、全身を疲労と痛みが侵食していく。
呆然と立ち尽くすの下へアルフォンスが心配そうに近づいてきた。
「さん、大丈夫ですか」
「ああ問題ない。アルフォンス、中尉を守ってくれてありがとう」
「そうだな、アルフォンス……、私の部下を守ってくれて礼を言う」
苦しそうに息をしながら倒れたマスタング大佐が口元に少しだけ笑みを浮かべてアルフォンスに声をかける。
の横に立ったアルフォンスを手招きして屈ませ、はその首にゆっくりとした動作で腕を回した。
そのまま力任せに締め上げる。
「しかしだなアルフォンス、次に私の命令に背いたらただじゃおかんぞ」
「ええっ、でも……!」
「でももだってもあるか。いいか、私はな……」
アルフォンスの首に回した腕を締めて小言を言おうとした時だった。
背後に響いた一つの靴音を聞きつけ慌てて振り返り、ラストの時とは違う種類の冷や汗がの背を伝う。
今すぐ全ての事を帳消しにして逃げられないだろうか、そんな思いがの思考を支配し始めた。
顔面に尋常じゃない程の汗をかいたがアルフォンスを掴んで鬼気迫る表情で声を荒げる。
「ア、アルフォンス!今すぐ私を連れて逃げてくれ、頼む後生だ!早くしないと死んでしまう!」
「え?え……?」
「アルフォンス・エルリック!その人をそのまま捕まえていて下さいね。逃がしたら分解してフォークにして差し上げます」
の言葉を遮る様に響いた声を聞き、アルフォンスの身体がビクリと揺れた。
ある意味死を覚悟したがぎゅっと目を瞑る。
特務の誰かが来る事は予測していた事だ。それがどちらかか両方かまでは予測していなかったが怒られる事は必須だとわかっていた。
だが降ってくるはずの怒号はいつまで待っても聞こえてこない。
響いていた靴音が止んだと思えば体がふわりと浮き、抱き上げられたのだとわかり恐る恐る目を開ける。
映ったのは目尻を下げて眉間に皺を刻み苦しそうな表情を浮かべる部下、少佐だった。
どう言い訳しようか、急激にパニックを起こした脳内はへ的確な指示を与えてはくれない。
間近に映る少佐の表情は直ぐに仏頂面へ変えられ、それでも口元が震えているのがわかった。
そのまま少々痛みを感じるくらいきつく抱きしめられる。
絞り出すような声を出す少佐の全身が震えていた。
「何故怪我をしているのです、少将。私はいつも申し上げているはずです、少将を甚振るのは私だけでいいと」
「ああ、すまない」
「いつだって少将は私の気持ちをちっとも理解して下さいません。いい加減刺しますよ、本当」
いつだって自分の部下は心配性ばかりだ。
ふとが笑えば仏頂面を呆れ顔に変えた少佐が大きく息を吐き出してマスタング大佐達の方へ視線を向けた。
未だ床に倒れたままのマスタング大佐の横でホークアイ中尉が心配そうに顔を歪めている。
「アルフォンス・エルリック、可能ならばそこの無能な某大佐を担いできて下さい。無理なら置き去りで構いません。ホークアイ中尉は御自分で歩けますね?」
「随分辛辣な言葉だな、少佐」
「来たのが大佐じゃなくて私で良かったですね、ここが墓場になるところでしたよ」
少佐の言葉を受け気丈に応えるものもマスタング大佐はかなりの重傷だ。
多少負傷はしているものの無事なアルフォンスがマスタング大佐に肩を貸し、ホークアイ中尉も寄り添ってようやく動き出す。
私は自分で歩けるとが告げるも、少佐の腕が緩まる事はなかった。
「、ハボックの方が重傷らしいのだ。私はいいからハボックを……」
「ハボック少尉なら既に表の憲兵に引き渡しましたから今頃病院に居るはずです。いいから大人しくしていて下さい」
どうやらここへ来るまでにハボック少尉を見つけて既に搬送の手筈を整えてくれたらしいと知り些かほっとする。
第一男なんて担ぎたくありませんとさも厭そうな表情を浮かべる少佐の言葉に苦笑して頬を緩めた。
確かに少佐が男を担いで歩いている姿は想像出来ない。
「しかしこのまま外へ出るのは嫌なのだが」
「大佐から少将が万が一怪我をしていた場合は有無を言わさず迅速に連れ帰るように言われていますから。私の言う事を聞いて頂けないのならこの場に呼びましょうか」
じろりと見下ろされが慌てて首を横に振る。
ハボック少尉と同じ病院へ運んでくれないかと申し出てみるも少佐に無言で睨まれ口を閉ざした。
を抱えた少佐が前を行き、アルフォンスとホークアイ中尉に支えられたマスタング大佐が後に続く。
来た道を戻り第三研究所を通り抜けて表に出れば勢揃いした憲兵達と軍用車が達を待ち構えていた。
片手で車のドアを開けた少佐にそっと助手席へ下され、あれよあれよという間に運転席に乗り込んだ少佐が車を発進させる。
どうやらアルフォンス達は別の車で病院に向かうらしい。バックミラーを覗けば後方で車に乗り込んでいるマスタング大佐の姿が見えた。
脳裏を過るのは沢山の出来事と人物、そして古い記憶だ。
ポケットからハンカチを取り出して顔を拭えば汚れと血が付着した。
「バリーを、守れなかった」
「ああ、例の死刑囚の話ですか、大佐から聞きました。少将が気に病む必要は全くありません」
さらりと言い放つ少佐の視線は前へ向けられておりその表情は内なる感情を語る事は無い。
目の前でラストに切り刻まれたバリーには何もしてやる事が出来なかった。
確かにバリーは元死刑囚であったが既に法の下裁かれた後だ。
死して肉体を失い精神と魂だけとなったバリーが何者かの手により無理矢理別の容れ物である骸骨に定着させられた。
その状態のバリーは法的に言えば既に死を以て罪を償っている状態になる。
とはいえ元は死刑になる程の犯罪者だ。同情の余地は無いのかもしれない。それでもの心に影を落としたことは確かである。
流れる車窓の景色は夜なのに街の民家や商店から煌々と灯りが漏れ人々の息吹を映し出す。
「お説教は大佐がすると思いますからあまり言いませんが」
「……戻る前から逃亡したくなるような事を言わないでくれ」
そう、間違いなく戻れば多大なる時間をかけての大説教が始まるだろう。
それも生きて戻れたからこその通過儀礼だとは思っても気が重くなる。
遠くに大総統府の建物が見えてきた車窓からこのまま飛んで逃げてしまえればどんなに楽だろうか。
「いつも言っていますが私は少将さえ無事であれば他はどうでもいいです。極端な話、あの場に居た少将以外の全員が死んでいてもどうでもいいです」
「、お前な……」
「少将が生きていればまず間違いなく皆生き残れます。そうですね、少将」
前を向いていた少佐がいつの間にかの方へ顔を向けていた。
その視線はの内側を射抜いてしまうのではないかと思うほどに力強い。
謂わんとしている真意をその瞳から読み取り、は力なく口元だけで静かに笑った。
が生き残る。それは少佐がは必ず皆を守る事が出来るはずだと信用してくれている、結果としては生き残る、そういう事だろう。
その為には精神的にも戦力的にも今よりずっと強くならなくてはならない。
だからバリーの死を悔やむのなら、悔やまなくていい結果を残せるようになるべきだ。
それはがいつも有事の際に彼らへ伝えてきた事でもある。
命令に従いたくないのなら従わなくていい立場になれ。理不尽な死を悔やむのなら悔やまなくて済むように守れるように強くなれ。
じっと見据える少佐の視線をしっかりと受け止めて一度頷く。
「甘いものでも食べたいな、」
「ああ、それなら用意してあります。ケーキを十箱程、少将の名で領収書を切ってもらいました」
「……怒りたいところだが借りがあるからな」
「当然です。私の駄賃は高いですからね」
車は緩やかに大総統府敷地内へ入っていく。
きっと執務室には溢れんばかりの書類とケーキの放つ甘ったるい香り、そしてうるさい説教を腹に抱えた副官と軍曹が待っているだろう。
全身に異常な程の疲労感を抱えながら、それでもは何となく穏やかな気持ちになるのを感じていた。
UP DATE : 2016.02.08