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東部で死亡したと思われていた傷の男、スカーらしき男が再び中央に現れたと連絡が入ったのが数日前。
現在までに被害者は三名、いずれも国家錬金術師であり、殺害方法は全てが内部から爆発させられたような状態だった。
偶然にも目撃した憲兵によれば特徴は額に大きな十字傷、加えて右腕全体に入れ墨のあるイシュヴァール人だという。
中央司令部及び大総統府は即座に厳戒態勢に入り、率いる特務もまたスカー捜索に駆り出されていた。
と言っても現在大佐はハボック少尉を入院先に移送する任務についており不在。
軍曹を出す訳にも行かず、少佐と手分けして市街を捜索しているが一向に手がかりは得られなかった。
腰かける尻に力を込めたが溜息を一つ。
の下から苦しそうな声が漏れたがそれを気にするでもなく更に力を込める。


「私はな、常日頃からお前は無能だと言い続けてきた。でも最近間違いに気付いたのだ」
……、私が悪かったから!」
「能力が無いのではなく脳が無いのだな、お前は。だから思考が出来んのだ。わかるか?今私がどれだけ殺意を抑えて話しているか」


右手の人差し指に嵌めていた指輪で小さなナイフを錬成し下へ向ければ懇願にも似た悲鳴が上がった。
の座っているモノは椅子では無く、四つん這いになったマスタング大佐である。
何故そんな状況になったのか。見るも無残な状況であるにも関わらず誰一人として抗議の声を上げない。
偏にの機嫌が最悪だったからである。


「痛いか、ロイ。私の心も痛い。頭も痛い。こんな馬鹿な男を中央に推薦してしまった挙句こんな事態を引き起こす様な男の治療方法など想像もつかんのだ」
「た、頼む、理由を聞いてくれ……!鋼のも見てないで助けんか!」


小さなナイフでペチペチとマスタング大佐の頬を叩くの顔は無表情でそれがより一層恐ろしさを醸し出している。
郊外の空家、それは最早廃屋とも言える程寂れた場所だ。
然程広くは無い平屋の中には現在沢山の人間が集まっていた。
エドワードにアルフォンス、マスタング大佐にホークアイ中尉、ノックスに、シンの国から来たリンとランファン。
そして、人ではないモノがもうひとつ。
一歩踏み出そうとしたエドワードに鋭い視線を向けたがナイフをマスタング大佐の頬から外しエドワードに向けた。
途端にエドワードの動きが止まる。


「一歩でも動いたら例え相手がエドワードでも刺さってしまうかもしれん。説教で済ませたかったら二人ともそこから動くなよ」


淡々と零れたの言葉にエドワードとアルフォンスが勢いよく頷いて壁際に背をぴしりと伸ばして立った。
エドワードへ向けていたナイフを再びマスタング大佐の頬に当て、叩く。


「もういっそ傷口を開いて血を一滴残らず絞り出せばこの身から無能が流れ出るかもしれんな。よし、物は試しだ。やってみるか」
「待て待て待て待て、、待ってくれ!言い訳をさせてくれ!」
「言い訳なんて男らしくないじゃないか、潔く死ぬべきだ。心配するな、せめて最後は楽に逝かせてやる」


苛立ちまぎれにマスタング大佐の後頭部へ思い切り肘を振り下し、立ち上がる。
隣の部屋から苦しそうなランファンの声と勇気づけるよう励ますノックスの声が聞こえた。
後頭部を押さえもんどりうつマスタング大佐を無視してはエドワードとアルフォンスの前に立つ。
エドワードの顔は目に見えて真っ青で、アルフォンスも心なしか脅えているように見えるのだから不思議だ。


「私はスカーの捜索をしていたのだ。なのに何だこの状況は。私が納得出来る理由を説いてみろ」
「あの、さん……」
「お前達が阿呆な事をしてスカーをおびき出そうとしていたのは報告で聞いていたが、何故こんな事になるんだ」
「おおお、落ち着け!いや、様お願いです落ち着いて下さい」


昨日だったか、少佐からエルリック兄弟が中央の商店街付近で住民の為に無償で物を修理して回っているという報告を受けた。
まるで自分達の名を売り評判をあちこちで発させ居場所を流布しようとしているようだ、とどうでもよさそうに語っていたのを覚えている。
少佐の報告を受けても同じ印象を受けた。二人とも真面目な少年達だがなかなか忙しい身の上だ。
寸暇を惜しんで不特定多数に対しボランティア活動をするには理由がありそうなものである。
そして事実その通りに事は運んだ。市内を捜索中に8区のサン・ルイ通りで鋼の錬金術師とその弟がスカーと戦闘中であると報じる無線を停まっていた軍部の車から聞いた。
相変わらず無茶をする兄弟である。
も現場に急行したがそこは既に瓦礫の山でエドワードやアルフォンス、スカーの姿も無く、居たのは彼らの幼馴染であるウィンリィだけだった。
酷く疲れたようなウィンリィも気になったが既に憲兵が保護した後であり、まだ付近に潜伏していると思われるスカーの捜索が優先される。
後で兄弟と一緒に茶でも飲もうとだけ伝えてウィンリィから離れたは再びスカー捜索へと市内を走り回った。
そこで今度はまたド級にとんでもないものを目撃してしまったのである。
スカーと向き合うエルリック兄弟と、シン国のリン、そして以前見たホムンクルスと思わしき丸い男がワイヤーの様なものでぐるぐる巻きにされている姿。
それだけでも驚きなのに、今度は私服姿のホークアイ中尉が車で突っ込んできたかと思えばリンと丸い男を乗せて走り去ったのである。
己の目が見たものが信じられずに呆然とし、立ち直った時には既に車は無く、残されたのはとエルリック兄弟とスカー、そしていつの間にか現れた謎の子供だった。


「お前達私を困らせてそんなに楽しいか?次々に問題を起こしてくれるおかげで私のデスクには常に書類が積み上げられているし寝不足だし腹立たしい事この上ない」


突如現れた謎の子供が錬丹術と思わしき術を使いスカーを助けた事により、達はスカーの目の前に居ながら取り逃がすという失態を犯してしまった。
エルリック兄弟を叱ろうと思ったがウィンリィが一人保護されて待っている事を思い出しその場は保留にして憲兵に彼らを引き渡したのだ。
現場の検分は憲兵達に任せ再度付近を捜索したが見当たらず、は他の将軍達から呼び出され散々叱責を受ける羽目となった。
ようやく解放されて苛々したまま嫌がらせの様な量の書類を寝ずに処理し、中央司令部のマスタングチームの元へ行ってみたがもぬけの殻。
更に苛立ちを募らせつつエルリック兄弟の滞在しているホテルを憲兵から聞きだして向かってみたがこちらも留守だった。
スカーの捜索は依然として続けられているがそちらは今朝から少佐に任せている。
も表向きはスカーの捜索を続けているフリをしながらマスタングチームとエルリック兄弟を追っていた。
何せ、人間じゃないものを捕えて去って行ったのだ。こちらの方が断然優先事項である。
だが心当たりのある場所は全て行く先々空振りで、焦るは藁にも縋る思いでノックスの家を訪ねた。
居る可能性は限りなく低いとは思ったがもう他に思い当たる場所が無かったのである。


「違うんです、さん!僕達はあの……!」
「そうだな、案ずるな。わかる、よーくわかる。大体九割位はこの無能のせいだというのはわかっている」


ノックスの家にはやはりというか何というか、探し人の姿は見当たらなかった。
だがここで運はに味方したが、エルリック兄弟及びマスタング大佐にとっては完全に運に見放されたと言っても過言ではない。
何とがノックスの家を訪れたと同時刻にマスタング大佐がエルリック兄弟を引き連れてやってきたのである。
普通の医者に診せられない重傷者がいる為ノックスに頼もうと思い訪れたのだとの手によって頬に腫れを作ったマスタング大佐が告げた。
こちらが手を煩わせなくとも既に死にそうな表情のマスタング大佐とエルリック兄弟に同乗して来てみた先がこの郊外の空家である。
待っていたのは左腕を落としたランファンとリン、そして捕えられたホムンクルスらしき丸い男だった。
ノックスはすぐさまランファンの治療にあたりリンもそこに同行、ホークアイ中尉は外の見張りを、残ったメンバーはの手によって現在の状況に追い込まれているといった次第である。


「お前達は君子危うきに近寄らずという言葉を100回書き取りしてから出直してこい」


呆れ気味にそう言い捨てたの後ろでいつの間にか復活していたマスタング大佐が立ち上がり、不敵な笑みを浮かべての肩を抱いた。
目の前のアルフォンスが体を震わせ、エドワードの顔色が青く染まる。


「ふ、虎穴に入らずんば虎子を得ず、というじゃないか、
「よし、ではまず言い出しっぺのお前から虎穴に突っ込んでやろう」


首元にナイフを近づければ降参とばかりにマスタング大佐が両手を上げた。
虎穴、というのはこの場に於いては正にこの捕えられたホムンクルスと思わしき男の事だろう。
頑丈なワイヤーのようなものでふん縛られた姿は異様なものである。
みしみし、めきめきと妙な音を立てて肉にワイヤーがめり込みその丸い体を更に丸めて最早球体に近い状態だ。
ドアの外側から覗くの横にリンが顔を出す。


「グラトニー、奴はそう呼ばれていタ」
「丸い身体にグラトニーとはまるで暴食、七つの死に至る罪だな」
「何それ」
「言い方は様々だが七つの死に至る罪、七つの大罪、我が国にはあまり浸透していない宗教の教えだが人間を罪に導く可能性があると見做されてきた欲望や感情のことを指すものだ」


暴食、色欲、強欲、憤怒、怠惰、傲慢、嫉妬。グラトニーは暴食を指す。
そうが説明すれば興味があるのかエドワードもアルフォンスも真剣に聞き入っている。
思いつきで言っただけだが何故か自分でしっくりきている事に気付いた。
何故だろうか。知らないはずなのに、自分の中の何処か奥深くでそれを最初から知っていた気がする。
は説明しながら何とも言えない気分の悪さを感じていた。


「嫌な事を言わないでくれ、。それではこの怪物共が七体も居ると?更にこいつは軍上層部との繋がりもあるらしいんだぞ」
「おいおい、そりゃあ大総統府の少将閣下であるお前さんも噛んでるとか言うんじゃねぇだろうな」


マスタング大佐といつの間にか処置を終えて戻ってきていたノックスが口を開く。
軍上層部との繋がり、疑われて然るべきだろうがには身に覚えの無い事だ。
心当たりが無い訳ではない。だがまだそれを誰かに告げるのは時期尚早であると思っている。
嘗ての実家から持って帰ってきた両親の研究書に挟まれていた写真、それは何より雄弁に事実を語っていた。
それでも、とて其れをまだきちんと検証していない。正しいのか正しくないのかすらわかっていないのだ。
わかっているのは一つ。
この件から早く彼らの手を引かせないと大変な事になる。
何を馬鹿な事を言っているのかと反論しようとした所でより先にリンが言葉を発した。


「上層部どころじゃない、キング・ブラッドレイ、あいつもホムンクルスの可能性があル!眼帯の下、眼球に奴らのマークがあっタ!」


リンの言葉を聞きその場に居た全員が一瞬にして押し黙る。
急速に響き出した自分の鼓動が体内を駆け巡る音での耳が全ての情報を遮断せよと訴えかけてくるようだ。
大総統がホムンクルス、衝撃的なそれは実はにとって全く想像していなかった事でもない。
全てはあの研究書に綴られていた事であり、未だ誰にも話してはいない事である。
口に出す事すら烏滸がましい、信じたくない、様々な思いがの行動を抑えていた。


「バカな、この国のトップがホムンクルスだと?」
「大総統がホムンクルスなら家族や周りの人間が気付かないはずないよ!」
「それなんだがグラトニーの中には確かに人ならざる人の気配があるのにブラッドレイには無くて明らかに人間の気配と一緒なんダ」


捲し立てるエドワードやアルフォンスとリンを後目に、とマスタング大佐、ノックスは未だ押し黙ったままだ。
リンの言った、人ならざる人の気配、それはにはわからない。
何となく常人との違和感程度ならわかるが、目で見て変化が無い限り見分けは難しそうだ。


「書物によればホムンクルスは生殖能力が無い生命体とされているけど大総統には子供がいるでしょ」
「ああ、だが息子のセリムは養子だ。大総統には血を分けた実子が居ない」


アルフォンスの問いに応えたノックスの言葉に再び沈黙が訪れる。
じわりじわりと何か空恐ろしいものが全員の身体に這い上がってくるような薄ら寒さを覚える程だ。
アメストリス国を牛耳る頂点がホムンクルスだとしたら、事は最早ここに居る人間だけでどうこう出来る問題では無い。
無意識のうちに腕を抱いたの頭上で、マスタング大佐がふと息を吐き喉の奥で低く笑った。


「化物か人か、なんにせよ大総統の椅子から引きずり下しやすくなったな」
「冗談は雨の日だけにしろと何度言わせれば気が済むのだ」


言葉尻が震えていなかっただろうか。軽口を叩きながらもは冷静になれと必死に己へ呼びかけていた。
一刻も早くこの事態から全員を引き離さなくてはいけない。
だががこのグラトニーと呼ばれているホムンクルスを引き取った所で彼らが納得するとは到底思えない。
第一引き取ってどうするのだ。自分の部下すら巻き込みたくないとはいえ一人でどうにか出来るものでもないだろう。
黙って引き渡す事も無ければ手を引くことも無いだろう。命令違反で軍法会議にかける云々で動かせるような事態からは既に遠ざかり過ぎている。
喧々諤々と己の主張をし合っている彼らの中で一人が頭を抱え込む。
どうしたらいいのかなんて答えは出そうにない。
異様な興奮が渦巻いて全員を包み込んでいた雰囲気を破ったのは低く轟いた薄気味悪い声だった。


「マスタング……、ラスト、殺した、…………ロイ・マスタング!!」


呻き声の後、一際大きな怒号を上げたグラトニーがワイヤーを引き千切る。
危ない!と思った時には既に遅く、異変が起こったのはほんの一瞬の出来事。
直後、目も開けられない程の爆風が起き達は全員身動き一つ取れないまま壁に吹き飛ばされた。




UP DATE : 2017.01.24



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