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「全くもって理解しがたい現象だな」
さて、どうしたものかと腕を組む。
頭が逆さになっている事と、引力によって落下する体が異常な事態を物語っている。
つまり、上空ウン千メートル(推定)からは落下中だったりするのだ。
「何故門をくぐって空から落下するのか、意味がわからないな。実に興味深い」
”あちら側の世界”に行くという話は噂では聞いていたが何せ実行した人物がいない為に立証不可能な事で。
中にはマグマがグツグツと煮えたぎっている鍋に落とされるだとか、鬼が監視する中、針の山を素足で登らされるだとか、
はたまた見た事もないほど美しい花畑が一面に広がっているだとかいう噂が流れていたのだが。
「どう考えても煮立った鍋も針の山も花畑も見当たらないな。大体落下するなんて聞いていない」
目下広がるのは青い青い空と白い雲。
どこまで落ちれば地上が見えるのか、はたまた地上なんていうもの自体がないのか。
青い空と白い雲以外に特に目に映るものは見当たらない。
かと思われたその時だった。
の目にようやく青い空と白い雲以外の物体が映った。
それはと同じくして落下していく船。
「船?この世界は落下するのが常識なのか?」
遠くから天を裂く様な叫び声が聞こえてくる。
ギャーやらウォーやら言葉にならない声を聞きながら、はふむと考えた。
「そうか、あの船も想定外の事情で落下しているのだな。つまりこれは異常事態と言う事か」
だんだん頭に血が上ってくるのが分かる。
そろそろ落下を止めないと息苦しいし、地面に叩き付けられたりしたら木っ端微塵は免れないだろう。
呼吸困難なんてものでは表現できない苦しさだ。
雲が割れ、の目の前に建物のようなものが広がる。
アーチ状の門のようなものには大きな文字でCLOUD ENDと書かれていた。
「クラウドエンド、空の果てか。というとあれは天国とかいうやつなのかもしれないな」
ふと目を凝らしてみれば視界の端に建物のような場所に妙な頭をした人影が見えた気がした。
だとすればあれは天使だとかいう神話の世界の人物なのだろうか。
「しかしなぁ、私はもしかしたら死んでいるのかもしれないから、死ぬかもしれないなんて心配をする必要が果たしてあるのかないのか」
死んでいるのならどうなってもかまわないかとも思う。
だが、先程のアレが天国だとすれば自分は既にもう通り過ぎてしまっている。
という事はこの先に広がるのが地獄と呼ばれる場所なのかも知れない。
錬金術師は神だとか何だとかを基本的に信用していないが、異常過ぎる事態故そんな俗物的な事まで考えてしまうのだ。
「しかし、死んでいても木っ端微塵のミンチの死体は嫌だな。仕方ない」
だんだんと落下の速度が上がり、遠くに見えていた船の形がハッキリしてくる。
羊型の船首部分が何ともかわいらしい船だ。
目前まで迫ると、船の方から叫び声に混じって会話が聞こえてきた。
「おい!人が落っこちてる!」
「まさか空島の人間が落っこちてるのか?」
「美しいレディがピンチ!?」
「ちょっとあんた達どうにかしなさいよ!」
船には男女複数人乗っているようだ。
の視界に一番先に入ったのは、目に鮮やかな赤い服を纏い麦わら帽子を被った少年。
その麦わら帽子を被った少年がに向かって叫び声をあげた。
「おいお前!危ねぇぞ!今助けてやる」
少年が手を伸ばそうとすると同時に羊型の船首がついた船は突然落下速度を落としふわりと浮き上がった。
雲が切れ船の全貌を望めるようになりようやくその意味を知る。
何事かと思い見れば何とも不思議な光景が広がっていた。
「おいみろスゲーぞコレ!!」
「減速した…」
「うわー面白ェ!」
「バルーンだ」
「お…おれァおれァもうついにあの世に逝ってしまうかと…」
彼らの乗る羊型の船首がついた船の上には先程までなかった物体が付着している。
それはも実際見た事はないが知識として知っている生物。
海のないアメストリスではまずお目にかかれない生物。
それは空に居ていいものではないはずで、しかも常識の範囲を超えた大きさだ。
これが現実だとすれば今なら現実逃避したくなる人間の気持ちがよくわかる。
巨大なタコが羊型の船を包み込んで浮いていた。
「全く非常識な事ばかりだ」
船を見て、は眉間にしわを寄せた。
タコが船を支えるなんて聞いた事がない。そもそも空に居ていい生物ではない。
実際に目で見ても自分の神経を疑いたくなる事態だ。
その間にもこちらに向かって手を伸ばそうとしている少年が目に映る。
どうやらを助けてくれようとしているようだ。
麦わら帽子をかぶった少年は今にもの元へ飛んできそうな勢いでこちらに向かおうとしている。
船との間にはだいぶ距離があり、とても手を伸ばして届く距離ではない事は明らかだ。
は苦笑して、少年に右手を伸ばした。
助けてもらう為ではなく、少年を制す為に。
「大丈夫だ。お気遣い感謝する」
「あ?」
は落下する中で静かに目を閉じると背中に意識を集中させた。
大丈夫。久しぶりだけど、これも私の体の一部だ。
これも私の罪の形だ。
鳥との合成獣。それは私に与えられた罪の形だ。
遠くから船の船員たちから息を呑む音が聞こえた。
の背中には白い白い大きな羽。
それはまるで天使の羽の様に美しく、柔らかなものだった。
ふわりと翼を動かし、の体はようやく落下を止めた。
目下に広がるのは抜けるような青い海。
「不思議人間だー!」
「鳥の羽…」
「すげーカッコイイぞー」
「ああ、何て美しい天使なんだ!俺の元に降りてきてくれた愛しの天使」
「言ってろ、ダーツまゆげ」
彼らはを見て、驚きはしても怖がらないようだ。
まぁ巨大なタコが船を包んでもあの程度の驚きしか見せなかった事からしてあまり不思議な現象ではないのだろう。
どちらかというと興味津々といった表情を浮かべる彼らの様子に苦笑するとは彼らに向き合った。
「悪いんだけど聞きたい事があるんだ。そちらへ行っても構わないかな?」
「いいぞ!」
麦わら帽子の少年が歯を見せて豪快に笑いの言葉に了承する。
これが、私と麦わらの一味との出会い。
07.03.15
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