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エニエス・ロビーを抜けウォーターセブンへの航路を進むゴーイングメリー号。
軍艦の艦隊が追ってくる様子もなくアクア・ラグナも抜けた様で海は穏やかなものだった。
ようやく落ち着いた船内でルフィがココロの手によって船首の上に乗せられる。
酷く懐かしいようで安心する光景だった。


「お前のおかげで脱出出来た。ありがとうメリー」


船首のメリーに話しかけるように礼を述べるルフィの表情も柔らかく穏やかだ。


「―――しかしお前らコリャとんでもねェ事しちまったぞ、大体な…世界政府の旗を撃ち抜くなんて」
「取られた仲間を取り返しただけだ!」


溜息を吐き苦言を零すフランキーの言葉に船首に抱きついていたルフィの力強い声が響く。
何が悪い、何が正しいではない。
ルフィの言う通り彼らは奪われた仲間を案じ、身を挺して助けに行っただけだ。
たとえそれが世にいう常識から外れた行動だとしても。
海賊とて悪い者ばかりではない、軍人とて良い者ばかりではない。
は今回それをつくづく実感させられた。

ルフィの口元が大きな弧を描き、メリーの上で両手の拳が天へと向かって突き上げられる。


「このケンカ!おれ達の勝ちだァ!!」


静かに凪ぐ海原に麦わら海賊団の雄たけびが響き渡る。
誰一人欠ける事なく再びこうして海に戻ってこれた事、それが何よりの幸せ。
ルフィもゾロもナミもウソップもサンジもチョッパーもロビンもも、誰も彼も満面の笑みを浮かべ拳を高々と上げた。
体は怪我を負い草臥れているけれど心の中は溢れかえるほどの喜びに満ち溢れている。
ふと肩を叩かれた感覚に顔を動かせばとロビンの視線がかち合った。
の瞳を見つめて、ニッコリと笑みを浮かべたロビンにつられもまた穏やかな笑みを浮かべる。
嵐の去った空は水平線の遥か彼方まで真っ青に晴れ渡っていた。


しばらく浮かれ調子だった船内も落ち着きを見せた頃、ルフィが甲板を走り回りウソップの姿を探し始めた。
ウソップは既に仮面を被ってそげキングとして目の前にいるのだが、それがウソップだとわからないようだ。
同じくしてチョッパーもあちこちを見まわして走り回っている。
彼らは一体何をもってウソップと認識しているのか疑いたくなってしまう光景だがそれもまた彼ららしいとは微笑んだ。


「やっぱり誰もどこにも乗ってない」
「…そりゃヘンだな」


船内を一周してきたナミが再び甲板に戻ってきて首を傾げた。
ウォーターセブンに置いてきたはずのメリー号がエニエス・ロビーに現れた謎。
逃げる際それどころではなく放っておいた事柄であったが、こうしてみれば非常に不可解な事だ。


「確かにおれ達を呼ぶ声は聞こえたんだが」
「そうなのかい」
「呼ばれたのは確かよ」
「私にも聞こえたな。あの時下を見ろという声がはっきりと」
「だからおめェら言ってんだろ!あれはメリー号の声だったんだよ」


どうやらあの声は麦わらの一味全員に聞こえていたらしい。
しかし同じ場所にいたココロ達には聞こえなかったというのだから何とも不思議な事だ。
だが幻聴でない事は確かだろう。
あの場で全員同じ幻聴を聞く事など不可能ではないだろうか。


「なァメリー喋ってみろ」
「バカ、船が喋るわけねェだろ」
「………私も何だかそんな気がしたんだけど…あるわけないわよね」
「いや、そうとも言い切れない。大切にされた物に何かが宿る事があるという話を聞いた事がある。あくまで噂であり立証は不可能だが」


船首を見つめるもまた、何とも言えない表情を浮かべていた。
錬金術師が非科学的な立証も出来ない事柄を認めるのは癪だが、では違うという事も立証出来ないでいる。
どうやって司法の島へ来たのかも、全員が聞いたという声も何もかもが謎に包まれていた。

達が首を傾げていると前方を見つめていたルフィが声を上げた。
前から船が来るという言葉に全員が船の先を見つめると、そこには帆に大きくGALLEY-LAと描かれた船が一隻。
ウォーターセブンのガレーラカンパニーの船だった。
ゴーイングメリー号に乗る達を見てガレーラの船に乗る職人達が歓喜の声を高らかに上げる。
その一番前にはアイスバーグの姿があった。

ゴーイングメリー号がゆっくりとガレーラの船へ近づいていく。
歓喜の声に包まれるガレーラの船の正面に位置する場所まで近づいた時だった。
メリー号の動きが止まったかと思った瞬間、突然メリー号のマストより先の部分が真っ二つに割れ海面へと傾き始める。


「メリー!!」


完全に切り離されたわけではないが、船底の板一枚で繋がっている状態だ。
ギシギシと音を立て徐々に海面へと近づいていく先の部分から慌ててルフィ達がマストより後ろ部分へと飛び移ってくる。


「おい何だ!どうしたんだ急に!」
「……急も何も…!これが当然なんじゃねェのか?」
「え?」
「メリーはもう二度と走れねェと断定された船だ。忘れたわけじゃねェだろ」
「………でも!」


煙草の煙を燻らせ諭すように紡ぐサンジの言葉にルフィがぐっと拳を握る。
ルフィとて、わかってはいるのだ。
わかってはいるが、それを認めたくない気持ちがルフィだけではなく仲間達の心を締め付ける。

懇願するような目をしたルフィがを見つめたが、は目を伏せゆっくりと首を横に振った。


「……無から有は出来ず1から10は作れない。物はいつか壊れる、人はいつか死ぬ。同義だ」
「―――じゃあおっさん!メリーがやべェよ何とかしてくれ!みんな船大工だろ!」


諦めきれないルフィの声がガレーラの船に向かって叫ばれる。
だってどうにか出来るのであればメリーを直してやりたい気持ちは同じだ。
だが、結局結果は同じなのだ。メリーの寿命はもう既に終わっている。
錬金術は万能ではない。その事実が酷く苦しかった。


「頼むから何とかしてくれよ!!ずっと一緒に旅してきた仲間なんだよ!さっきもこいつに救われたばっかりだ!!」
「………だったらもう、眠らせてやれ…既にやれるだけの手は尽くした」


ルフィの叫びに答えるアイスバーグの声が海に響く。
達は息を潜め真剣な表情でじっとアイスバーグの言葉に耳を傾けた。


「おれは今…奇跡を見ている。もう限界なんかとうに越えてる船の奇跡を。長年船大工をやってるがおれはこんなにすごい海賊船を見た事がない」


お世辞でも慰めでもなく、本心で伝えるアイスバーグの言葉は重みを持っていた。
もう走れないと断定されていたメリー号がエニエス・ロビーへ麦わらの一味を迎えに来た事。
そしてここまで走ってきた事に仲間達全員どこか、もしかしてという気持ちがあった。
もしかして、メリーはきちんと修理すれば走れる様になるのではないか。
もしかして、メリーと一緒にまた冒険へでかけられるのではないか。


「見事な生き様だった」


アイスバーグの言葉を正面から受け止めたルフィが静かに目をつぶった。
怒るでも悲しむでも嘆くでもなく、受け入れたのだ。


「わかった」


静かに響いたルフィの声に仲間達の息を吐き出す音が聞こえた。


用意された小舟に乗り移り、更に小さな小舟にルフィが一人で乗り松明に火をつけメリー号に近づいていく。
ボロボロになってしまったメリー号を見つめながらはあの日の事を思い出していた。
あの日、扉をくぐり抜け一番最初に出会ったのがメリーだった。
羊の船首がついた船がと同じく空を落下しているのを見て、変わった船だなと思ったのだ。
その変わった船には変わった人達が乗っていて、その変わった人達が乗る変わった船にも共に乗り込んだ。
あの日から、ルフィ達は勿論メリー号もにとって特別な存在になっていた。


「じゃ、いいか?みんな」
「ああ」
「――――メリー、海底は暗くて寂しいからな。おれ達が見届ける」


メリーの目をしっかりと見つめてルフィは両手に持った松明をメリー号へと傾けた。
松明の炎がゆっくりとメリー号を包み、パチパチと音を立て燃え広がっていく。
炎に包まれるメリー号を見つめるルフィが背を向けたまま口を開いた。


「ウソップは…いなくてよかったかもな…。あいつがこんなの…耐えられる訳がねェ」


呟かれた言葉にゾロがそげキングを見つめたが、そげキングはしっかりと正面を見据えている。
彼は、ウソップはメリー号が直らないと知った時一人で最後まで反対していた。
メリーを思う余りに仲間との決別を選び、最後までメリーを守ろうと奮闘したのを知っている。


「どう思う?」
「そんな事ないさ…決別の時は来る。男の別れだ、涙の一つもあってはいけない。彼にも覚悟は出来ている」


仲間達がメリーを見つめる中、静かに激しく炎はメリーを伝って広がっていく。
青い海に浮かぶ優しい笑みを湛えたメリーの体が静かに炎を上げ麦わらのドクロが描かれた海賊旗を燃やした。


「長い間…おれ達を乗せてくれてありがとう、メリー号」


黒い煙を上げ燃えていくメリー号。
ルフィの言葉が響いたと同時にあんなにも晴れ渡っていた空が雲を広げ雪を降らせた。
その雪は積もる事無く手の平に乗りふわりと消えていく。
炎はメリー号全てに行き渡りゆっくりとその姿を別のものに変えていった。

の横にいたナミとチョッパーの瞳から耐えきれず涙が零れ落ちる。
彼らは皆、の知らない長い時間をメリー達と共に過ごしてきたのだ。
あまりにもつらい別れ。
轟々と炎は音を上げ煙を吹き船体が傾いていく。


≪――ごめんね≫


響いた声に全員が驚いてメリーを見つめる。
その声はエニエス・ロビーで聞いた声と同じで、やはり頭に直接響く声だった。


≪―――もっとみんなを遠くまで運んであげたかった……≫
≪……ごめんね、ずっと一緒に冒険したかった……だけどぼくは≫

「メリー!!」


今度は達だけではなくアイスバーグやガレーラの船大工達にも声が聞こえたようだ。
どよめきに包まれる中そげキングの仮面から大量の涙が溢れマントを濡らしていく。
一番メリーの近くにいたルフィもまた大粒の涙を零し、拳を握りしめメリーに向かって叫び声をあげた。


「ごめんっつーならおれ達の方だぞメリー!!おれ舵ヘタだからよー、お前を氷山にぶつけたりよー!!
 帆を破った事もあるしよー!!ゾロもサンジもアホだから色んなモン壊すしよ!!」


ゾロもサンジももロビンもじっとメリーを見つめる。
胸が苦しくて息が出来なくて、零れ落ちそうになる涙を堪える為に痛いほど拳を握り締めた。


「そのたんびウソップが直すんだけどヘタクソでよォ!!ごめんっつーなら……!!」

≪だけどぼくは幸せだった≫


ゆっくりと沈みゆく船体に突き出るメリーの優しい笑みが真っ赤に燃えていく。
非科学的だとか立証出来ないだとか解明出来ないだとか、そういう事に拘っていた自分が馬鹿らしくなる。

響く声は確かにメリーの声なのだ。
人でなくてもメリーは確かに麦わら海賊団の仲間なのだ。
その仲間が今、終焉を迎えているのだ。


≪今まで大切にしてくれてどうもありがとう。ぼくは本当に幸せだった≫


優しいメリーの笑みはどこか誇らしげに微笑んでいるように見える。
そのメリーが炎に包まれたまま静かに海面へと姿を消した。


「メリーーーーー!!!」


ふわふわと舞い落ちる雪が触れては消え、辺り一帯に降り注ぐ。
耐え切れない悲痛な叫び声と泣き声が遥か彼方遠くまで響き、仲間の声に包まれメリーの生涯は幕を下ろした。








08.01.19

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