14




血飛沫を撒き散らした巨大な蜘蛛が驚きにも似た呻き声を上げ前のめりに倒れ込む。
見れば見る程巨大な蜘蛛は例に漏れずゾンビなのか両耳両手共に人間と同じ形をしているようだ。


「まだだ!斬った所でゾンビだぞ、また立ち上がる」


蜘蛛の糸に囚われたまま地に伏せている状態のフランキーが声を荒げた。
確かにそう言われてみればそうだ。今まで対峙してきたゾンビ達は皆さほどの強さは無かったものの、驚異的な回復力を持っていた。
痛みも疲労も感じないのであればこの蜘蛛だって同じはず。
じっと蜘蛛を見据えて動向を見守るがナイフを手にする。
だが緊迫感を漂わせるとは裏腹にブルックは余裕のある様子で再びの肩を叩いた。


「ヨホホ…ご心配無く、対処もしました」
「対処?」
「ゾンビにも弱点はあるのです」


ブルックの言葉にもフランキーもロビンも半信半疑のまま蜘蛛へと視線を移した。
ゾンビの弱点、火が有効手段だという事はわかるが弱点という程でも無い。
先程からブルックが何か特別な事をした様子も無ければ、大掛かりな仕掛けをしているとも考え難い。


「―――ん、待てよ?お前どっかで」


巨大な蜘蛛の目玉がぎょろりと動きブルックを捉えたかと思った直後、突然蜘蛛が断末魔の様な奇声を発し始めた。
苦しげに悲鳴を上げ天を仰いだ蜘蛛の口から黒い何かが引き摺り出される様にして空へと向かい飛び出していく。
そこに蜘蛛の意思など存在していない様子だ。


「何だありゃ!」
「あれこそがゾンビの魂」
「ゾンビの魂が目に見えるとは」
「さァ帰りなさい!主人の下へ」


まるでブルックの声に反応を示したかの如く、蜘蛛の口から抜け出たゾンビの魂が速度を上げて遠い空の彼方へと消えていく。
魂が抜かれた巨大な蜘蛛は為す術も無く大きな音を立ててその巨体を地に沈めた。
その光景を見つめながらの脳裏は忙しく動いている。
生物は魂と精神と肉体の融合体だ。
ゾンビは死体なのだから入れ物に過ぎず、精神と魂が先程見た黒い物体ならばあれは一体なんなのか。
ふと思い出したのはアルフォンスの例。
肉体と魂を精神で繋ぐ、といった方法であれば精神の役割を果たしているのはここの主なのだろうか。
一から生み出すのではなく一と一を一で繋げて三にするのであれば論理上不可能では無い。


「主人の下へという事は肉体と先程抜け出た魂の所有者は別個、という事か?」
「鋭いですね、さん」
「それより完全に停止した……、何をしたんだ?」
「浄化です」


浄化、カルタシスとは違う意味の浄化だという事くらいはわかるが…。
一人思考の海に流されようとしていたの足元に居た小さなねずみの様な蜘蛛達がブルックの姿を見てざわめき始める。
おかしな形態だ。ねずみなのか蜘蛛なのか、どちらにせよ先程のが親玉で彼らは子分と言ったところか。


「……見ろ!間違いない!あいつ…ハナウタだ!」
「五年前にこのスリラーバークをメチャメチャにした男だ!」


ご主人様に報告だ!と叫びねずみのような蜘蛛達が四方八方へと散っていく。
不気味なものはとて元の世界で幾度も目にしており、こちらに来てからも目にしている。
だがあまり形態の変わったものは見ていて良い気分になれるものではなかった。
自然が生み出したものではない、明らかに人の手が加えられている生物。
そこに存在するのは傲慢な人間の欲望しか無い。

フランキーとロビンを捕らえていた蜘蛛の糸はブルックにより熱に弱い事が判明し呆気無く取り去る事が出来た。
あれ程力を込めてナイフを突き立てても切れなかったのに熱で溶けるとは物質を一度調べてみたい所だ。
ようやく動けるようになった二人が腕を回したり足を動かしたりして無事を確かめる。
かすり傷程度はあったが特に大きな怪我も無いようだ。


「麦わら達が連れ去られたんだ。お前この島の事色々知ってそうだな」
「ハイ、しかし…何から話せばいいやら。既に彼らに捕まったとなるともう手遅れの可能性も高いですね」
「手遅れだとォ!?」
「そう簡単に死ぬような三人ではないと思うが…どういう意味だ」


手遅れという言葉を聞いたフランキーが興奮した様子でブルックに迫り、もそれに続く。
ルフィもゾロもサンジも相当強い。そう簡単に命を落とす様なタイプではないはずだ。
敵はそれほどまでに強いと言うのならばもう達に勝機は無いも同然になってしまう。
鬼気迫る表情で圧迫感を与えるフランキーの様子にブルックが両手を上げて慌ててかぶりを振った。


「そ、そんな私に怒鳴らないで下さい、面食らってしまいますよ!……ガイコツだから私面なんてないんですけども!ヨホホホ!スカルジョーク!」
「顔の面をかけているのか。相変わらず上手い事を言うな」
「…………までてめェら……!」
「やめなさい、の場合は真剣に捉えているだけよ。あと、彼はもう既に死んでいるわ」


感心した表情で両手を叩いてブルックを賞賛するとそれに合わせ嬉しそうにくるくると回るブルック。
つい何秒か前までの緊迫感はどこへやら。
そんな二人を見たフランキーが苛立った表情で腕に仕込んであるバズーカーを放とうとしたが冷静なロビンがそれを止めた。
おかしな仲間割れを起こしている場合ではない。
手遅れという意味は命が危ないのか?と聞けばブルックは即座にそれを否定した。


「―――とにかくふざけずに聞いて下さい」


くるくると回るのをやめたブルックがコホン、と一つ咳払いをして話始めようとする。
だがふざけていたのはどう考えてもブルックであり、それに納得出来ないフランキーが再度苛立ってバズーカーを向けた。
今度はもロビンと一緒にフランキーを止める。


「一度お話した通り船の舵も利かず私が一人この海を彷徨い始めて数十年、この魔の海を脱出したいと思えど舵は壊れていて潮の流れに翻弄されるばかり」


ぽつりぽつりと語り出すブルックの様子にはもう先程までのふざけた雰囲気は存在していない。
どこか遠い昔を思い出す様な、ここではないどこかを見つめているような。


「そんな折―――五年以上前になりますか、あなたがたと同じ様にこのスリラーバークへ誘われたのです」


語り始めるブルックの表情は普通の人間と違って読む事は出来ない。
語る口調も淡々としたもので、それが彼の過ごしてきた長い時間の片鱗をみせているようだ。
苛立ちを見せていたフランキーもロビンもも黙ってじっとブルックの言葉に耳を傾ける。

魔の三角地帯を抜け出したかったブルックは、スリラーバークに舵を直せる部品でもあればと思い島中をひた歩いたらしい。
しかし出て来るのは怪物やゾンビばかりであり、必死に逃げるものの結局は捕まってしまい屋敷へ連れていかれてしまう。
屋敷へ連行されたブルックが見たものは先に捕まった格闘ダンサーが一人と運ばれてきた没人形と呼ばれるつぎはぎの死体だった。
そこへ見るも恐ろしい大男が現れ、ブルックの目の前で男の影を床から引き剥がし、切り取ったのだと言う。


「影を切り取った?」
「――またありえない事か。次から次へと私の常識を覆してくれるな」
「私も目を疑いました。…………目は無いんですけど!」


今までの語り口調をぱたりと止め、ヨホホホと明るく笑うブルックに三度フランキーが苛立ちついにキレた。
キレたというよりはこの場において唯一のツッコミ役だという事を理解しているのかもしれない。


「いい加減シバくぞてめェ!」
「もうシバいたらいいわ」
「ロビン、いいのか?」
「いいのよ」


意外や意外。
てっきり止めるかと思っていたロビンまでもが同意しフランキーの拳がブルックの後頭部を殴り付ける。
悲鳴をあげたブルックは前のめりに倒れ込み、後頭部に大きなたんこぶをこしらえていた。
だがそのまま話し続けるのだから大して影響はないのだろう。
誰も彼も頑丈過ぎると思うのは考えてはいけない事か。

体をくの字に折り曲げ床に伏せたままの状態で話を続けるブルック。
影を取られた男はその場に倒れ、切り取られた影は大男の手により動かぬ没人形の体内に押し込まれた。
すると、完全にただの死体であったはずの没人形が動き出したのだと言う。

影はいつどこにいても人に従い動くもう一つの魂の役割を果たしているらしい。
にとっては理解し難いが、言いたい事はわかる。本体と影は決して別の動きをする事は無い。
本来人が生まれて死ぬまで絶対に離れる事無く従い続けるはずの魂。
それを捕らえて自分に従わせてしまえるその大男こそが、王下七武海ゲッコー・モリア。カゲカゲの実の能力者。


「悪魔の実か」
「本当に何と言うか何でもありだな。考えるのが面倒臭くなってきた」
「あら、なら興味津々に聞くかと思ったのに」
「死体をこねくり回す趣味は持っていないからな。第一悪魔の実とやらが出てきてしまえばもう専門外だ」


不満そうな表情を浮かべ溜息を吐くの横でロビンが苦笑する。
一つ一つ紐解くように明かされていく話の内容は、の知る常識の中では決して一本の糸になりえないものばかりだ。

ブルックが言うに、ゲッコー・モリアはそこに死体さえあれば影を使ってゾンビを生み出せるらしい。
更にモリアの側には生物の死体をより強靭に組み上げる天才外科医ドクトル・ホグバックがいる。
ホグバックの医術により伝説的な戦士の肉体をも復活させ、おびただしい数の没人形が今も研究所の冷凍室に保管されているそうだ。

ドクトル・ホグバックという言葉に反応したのはロビンだった。
ロビンによればドクトル・ホグバックとは相当有名な医師らしい。
影を奪う事が出来るゲッコー・モリアと死体を組み合わせ強靭な没人形を作り出す事が出来るドクトル・ホグバック。
先にもブルックが言っていたように奪った影を死体に入れて動くようになるという事はが想像していた方法と同じ事だ。
何も死体が蘇っているわけではない。そんな事は不可能でありそこにはきちんとからくりがある。
それさえわかればゾンビが不可思議な存在という訳でも無くなってくるのだ。

ブルックによれば性格や戦闘能力は全て影の持ち主と同じものらしい。
同様に肉体の持つ強靭さは没人形の持つ筋力次第、強い肉体と強い影を融合させる程より強いゾンビ兵が生まれる。
だからこそゲッコー・モリアは手っ取り早く賞金首の影を欲し、麦わらの一味が狙われたという事らしい。
本来強い戦士であれば従わせるのは困難を極めるが、影は文句など言わず従うのみ。


「そう…本人と同じ力を持つ影だけ戴いたら言う事を聞く筈も無い本体など要りません。強い者程気を失っている内にすぐ海へ流されます」
「じゃああいつら…やべェ!」
「まだ大丈夫、時間はあります。今から私が最善の策をお教えしますから私を信じてその通りにして下さい」








08.06.21

  << Back   TOP   Next>>