07




断言するサンジの表情、そして少々うろたえを見せるアブサロムの表情を見ればわかる。
サンジの言っている事は真実なのだろうと。
アブサロムの不思議な能力はこの世界特有の物である悪魔の実の能力。
自然が生み出したものとは到底思えないこの産物に空恐ろしさを感じずにはいられなかった。

もし悪魔の実自体が人間の力によって生み出されたものであったらそれほど恐ろしい事は無い。
当に英知を超えている。
対峙するサンジとアブサロムを見つめながらは両腕で自分の体を抱きしめた。
今、自分はとても恐ろしいものを見ているのではないか。

辿り着いた思考の先には強大過ぎる力が蠢いているような気がした。


「――ガキの頃開いた悪魔の実大図鑑。ウソくせェ上に海に呪われると書かれたそんな物に興味は無かったが一つだけおれの心を捉えた項目があった」


ルフィはゴムゴムの実。
チョッパーはヒトヒトの実。
ロビンはハナハナの実。
それ以外にもつい先日出会ったばかりであるCP9の三人が食べた悪魔の実。
この世界に来て然程月日が流れた訳でも無いが目にした「海に呪われた悪魔の実の能力者」達。
与えられる能力に対する対価はカナヅチになる事。
これ以上不可思議な事例など現在までに体験した事もなければ聞いた事も無い。

悪魔の実大図鑑、という言葉に一瞬引っかかりを感じた。
全てが解き明かされているのであれば以前にもその能力を身をもって体験した人間がいるはずだ。
そうでなければ大図鑑などというものは作れない。
砂糖が甘いとわかるのは食べた事のある人間がいるからだ。
これはゴムゴムの実である、という事がわかるのは体験した人間がいてそれをデータ化した人間がいるという証明である。

ならばこの世界の中枢機関は何故それを放っておくのか。
突然出現するものなのか?
物質である以上何らかの手立てを講じなければその物質が生み出される事は無いのではないだろうか。

何故、どうして。
この世界に来てからというもの入ってくる情報量が多すぎて何一つ満足に解明する事がには出来なかった。


「一生の内万が一こんな能力に出会えたならおれは例え呪われようとも食ってみてェと思った。だがこの世に同じ実は二つと存在しねェから」


サンジの言葉を聞いているだけで頭の中がこんがらがりそうになるのを感じた。
悪魔の実の不可思議さなど問うてる場合では無いというのにも関わらず思考は流されていく。
この世に同じ実は二つと存在しないという事は、その能力者が死した後同じ実が生み出されるのであろうか。


「もしその能力者に出会ったとしたらおれのその夢は潰える!わかるか?おれは一度透明人間になってみたかったんだ!!」


の思考が止まる。
サンジの放った一言はそれほどまでに強力だった。


「だからスケスケの実を食ったお前はおれの夢をひとつ潰したっつってんだよ!!」


怒りを撒き散らしサンジの怒号が飛ぶ。
サンジの夢……。
あれ程の怒りを見せていたのだから余程の因縁があったのかと思っていたにとって思わず声が漏れる程驚くべきことだった。


「やつ当たりー!?」
「まあ、簡単に言えばそういう事だろうな」


完全に蚊帳の外となっていたゾンビ二人が驚きのあまり顎がはずれそうな程大口をあけて叫んだ。
もまた頭をかきながらぽつりと呟きを返す。
相当根深い因縁があるのもそれはそれで嫌だが……。
だがにも透明人間になってみたいという気持ちはわからなくもない。
そういう非日常的で不可思議な現象を体験出来るのであればしてみたいという気持ちもある。
しかし如何せん海賊というものに身を置いている以上出来る事ならば海に呪われるのは避けたいとも思う。

一体どういった理由でサンジが透明人間になってみたいと思ったのか。
もしかして深い理由があるのかもしれないとは言葉を続けるサンジへと意識を向けた。


「おれは夢を馳せた!もしそうなったらその能力で女湯……いや、どんな事をしてみようか、女湯……、いやどんな風に人の役に立とうか」
「ほぼ女湯を覗く事で頭いっぱいだー!!」
「……待て、女湯に何かが隠されているとかそういう可能性も捨てきれないのではないか?」
「ないわー!!あんたどんだけ仲間を信じたいんだ!!」


の呟いた言葉に対し即座にツッコミを入れるゾンビ。
ツッコミ役がいるのはありがたいが、何だか色々な事がどうでもよくなってきていた。
ナミから少し離れたはゾンビ達に向かって一縷の願いをぶつけてみる。


「もしかしてサンジは、……女湯を覗きたい一心でスケスケの実を欲していた、なんて訳ではない……だろう?」
「そうに決まってるだろー!!」
「んな!違うよちゅわーん!!おれは女湯……いや!女湯……じゃなくて」
「隠しきれてねェー!!」


一瞬にしての今まで抱いていたサンジ像は音を立てて崩れてしまった気がした。
夢というからにはそれ相応のものだとばかり思っていたというのに、何だか一気に疲れが押し寄せてくる。
肩に重いものを感じたが溜息を吐き出しサンジに向かって口を開いた。
仲間として、これだけは言っておかなければならない。


「サンジ、覗きはだめだと思うんだ」
「勿論ですちゅわーん!この男の中の男、サンジ!覗きなんてしませんよ!!」
「そうか、ならいいんだ」


サンジの言葉を聞いてが納得したように頷いて見せる。
既にの中では女湯発言等無かったことになっていた。
都合の悪い事は忘れてしまうに限る。

さて、どうするか。
アブサロムとサンジが戦って、まず負けはしないだろう。
相手の手の内をわかっており尚且つ身体能力的にもサンジの方が上であると言える状態だ。
ゾンビ二人は放っておいてもそれほど害は無い。

やらなければならない事は多いのだ。
元々はホグバックやモリアの元に行くつもりで船を出た。
ここに寄ったのはナミの安否を確認する為と、万が一サンジ一人で厳しいようならばという思いがあったからだ。
だがその心配はしなくてもいいだろう。
それに、やはり大元をつぶしてしまうのが手っ取り早い。
ロビンとチョッパーも心配だ。
ナミをここから連れ出す事は簡単だが、その後大元に向かうのだからやはりナミはサンジに任せた方が良いかもしれない。
それとも二人の決着がつくまでこの場にいるか……。

だが、いつ日が昇るという事すらわからないのだからのんびりしている暇はないだろう。


「何かと思えばくだらねェ因縁をふっかけやがって!筋違いも甚だしい!!この変態野郎がァ!!」


アブサロムが叫んだ瞬間だった。
サンジが動いたのと同時にも走り出す。
気付いたら体が動いていたのだ。弁解の余地も無い。


「おめェには言われたくねェえ!!」
「貴様がサンジを変態呼ばわりするのは物凄い気に食わん!!この変態が!!」


サンジの右足はアブサロムの左頬に、の拳はアブサロムの右頬に。
それぞれ怒りのこもった攻撃がアブサロムの顔を両側から襲った。
吹っ飛ばされたアブサロムは勿論、サンジもまたの怒りに驚いているようだ。
完全に白目を剥いて仰向けになっているアブサロムの前に立ったがビシっと人さし指を突き付ける。


「幾人か変態だと思う人間を見てきたが貴様は断トツで変態だ。このキングオブ変態が!」
「罵倒するちゃんも素敵だァー!!」


白目を剥くアブサロムに聞こえているのかいないのか。
少しだけすっきりした表情では手を払ってサンジへと振り返る。
そこには体をくねらせた……、ほぼいつも通りのサンジがいた。


「サンジ、こんな変態にかまっている暇はないので私はやはり先に行く。ナミの事を任せる」
「お任せ下さいちゃん。くれぐれも気をつけて」
「ああ、サンジもな」


目を合わせしっかりと頷いてサンジに背を向けたは室内から出て行こうとして足を止めた。
そこには戦意を喪失している二人のゾンビ。
いくら戦意を喪失している状態だとしてもやはり放っておくのはまずいかもしれないと思い二人に向かって歩いていく。

両指にはめられた指輪を細いナイフに錬成して、勢いよく放つ。
そのナイフはの手から恐ろしい程の速度で弾かれゾンビ二人の顔すれすれに突き刺さった。
目を見張り動けなくなるゾンビ二人の前に立ってにっこりと微笑む。

の両手にはもう二本のナイフ。
その切っ先はゾンビ二人の目元へとあてられていた。


「いいか?ナミとサンジに手を出したら貴様ら二人の体を一ミリ角の肉片にしてやるからな」


消え入りそうな声でわかったと呟く二人の目元からナイフを放してもう一度微笑む。


「返事は元気よく」
「わかりましたァああ!!」


大声で叫びぶんぶんと首を縦に振るゾンビ二人を確認しようやくは足を外に向ける事が出来た。
建物内から一歩出れば外は薄暗く湿っぽい雰囲気が漂っている。
辺りを見回したは迂回路も何もない事に気付き小さく舌打ちして背中に力を込め、地を蹴った。
現れた羽は風を受け大きく羽ばたきの体を宙へと上がらせる。

視線の先に見えるのは聳え立つスリラーバークの天辺だった。








09.03.22

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