夜が明けても終わらない悪夢はいつになったら終末を迎えるのだろうか。
オーズを二度倒し、更にゲッコー・モリアと戦わなければならない。
現段階で麦わらの一味に王下七武海であるゲッコー・モリアと戦う余力は残されていないだろう。
先程の段階で既に全員が全力を出し尽くしているといっても過言では無い。
だが、もう本当に一刻の猶予も無いのだ。
「航海を続けてもてめェらの力量じゃ死ぬだけだ。新世界には遠く及ばねェ。なかなか筋のいい部下も揃っている様だが」
ぜえぜえと息をするモリアにも余力があるようには思えない程憔悴している様子が覗えた。
それでも尚虚勢を張るのは意地か、それとも実際にモリアの方が余力を残している状態なのか。
「全てを失う!何故だかわかるか!?」
目を見開き声も高らかにそう告げるモリアの体が揺れる。
物言わぬ死者の軍団を作り上げ束ねてきた男がそう言い張る理由をは知っていた。
元の世界にモリアと同じように考え実行した男が居たからだ。
尤も、海賊では無かったが。
「死ぬからだ」
の言葉を聞いたモリアの表情が愉快だと言わんばかりに変化し口元を歪ませ笑う。
愚かで哀しい男だと、は思った。
物言わぬ死者の体に他者の影を入れたゾンビ。そこに意思のある仲間は存在しない。
その虚しさをこの男は本当の意味で理解しているのだろうか。
「その女が言うとおり仲間なんざ生きてるから失うんだ!全員が始めから死んでいるゾンビならば何も失う物はねェ!」
モリアの足元から黒い線の様な影が無数に飛び出して地面を走る。
それはとてつもない速さで動きまるでこのスリラーバーク全体へ走らせようとしているかの様に広がっていった。
「ゾンビなら不死身で浄化しても代えの利く無限の兵士、おれはこの死者の軍団で再び海賊王の座を狙う!」
広がった線状の影はやがて大きな瘤を溜めてモリアの元へと集まっていく。
全身に張り巡らされた血管が血液を心臓へ逆流させようとしているように。
の感じ方はあながち外れていないらしい。
その証拠にモリアの体はみるみるうちに巨体へと変化していった。
「島中の影を集めて自分の体に取り込んでる!」
その大きさときたらオーズと良い勝負なのではないかという程までに巨大だった。
膨れ上がったモリアの姿は破裂してしまうのではないかと思ってしまうまでになっている。
ゾロに掴まれていた腕を解いてはモリアに背を向けた。
誰もがモリアの変化へ注視している中、ただ一人既に戦闘態勢に入ろうとしている男がいるのだ。
歩き出したの横顔にゾロの鋭い視線が突き刺さる。
大丈夫だ、と一言呟いてはルフィの元へと急いだ。
先程のオーズとの戦いで相当量の体力を消耗しているルフィの体は普段の一割も力を出せれば良い程度だろう。
全く情けない。元国軍中将だとは思えない体たらくだと鼻で笑いルフィの腕を掴んだ。
情けないが仕方ない。現状モリアに勝てるのはこの場にこの男しかいないだろう。
「数秒で済む。動くな」
どういう原理かはわからないが、身体能力の限界値を超えた力を出した際ルフィの体は縮小する。
ありえない現象だとは思うが実際ありえてしまうのだから仕方ない。
の目をじっと見つめたルフィが真剣な表情で一度大きく頷いたのを確認しルフィの体に両手を押しつける。
信用してくれているらしい。何をするとも言っていないのにルフィは目を閉じの行動を待っていた。
もまた目を閉じ神経を集中させ大きく息を吸い込む。
全ては巡るもの。循環する力に上乗せすれば良い。イメージを膨らませ大きく息を吐き出して手に力を込めた。
どちらの体にも大きな負担がかかるだろうがそのくらいの代償は諦めて貰おう。
の手元から淡い光が溢れルフィの体が元のサイズへ戻っていく。
同時にルフィの顔色はある程度の血色を取り戻し、反対にの顔色は一層青白くなっていった。
光が消えルフィの体から手を放したがその場で我慢出来ずにしゃがみ込む。
二・三度体を動かし状態を確かめたルフィがに向かって笑顔を見せた。
「ありがとな、」
「お安い御用だ」
無理矢理笑みを繕って手をひらひらと動かせばルフィがもう一度頷いて歩いていく。
いつの間にか傍へ来ていたゾロが先程よりも更に表情を厳しくさせの背に立っていた。
感情表現の乏しい男だと呟いて笑えば背後から忌々しげに息を吐く音が聞こえまた笑う。
そのすぐ傍にはロビンがいて、の視界には仲間達全ての顔が見渡せた。
島全てのゾンビから影を取りこんだモリアは今や完全に制御する力を失っているのだろう。
考えてみれば当たり前の話だ。他者の生命に近い存在を一人の体でそれだけ束ねる等到底出来る事ではない。
「おれ達の消滅が先か、モリアの自滅が先か」
「……後者が先と願いたいところだな」
気力を振り絞って立ち上がる。
の背後にいたゾロと傍にいたロビンが心配そうに視線を向けたが首を横に振って小さく笑って見せた。
今自分は麦わらの一味であり、仲間としてここに立っている。
何も出来ないのならばせめて船長の姿をきちんと見届けるのもまた、仲間としての役割だ。
ルフィとモリアの激しい攻防が始まった。
同じくして東の空から朝日が広がり始め朝が迫ってくる。
ルフィが攻撃を加えるたび、モリアの口から大量の影が吐き出された。
だがモリアとてやられるばかりではない。まさに一進一退の攻撃が繰り広げられていく。
二人の戦いを見つめながらは両手の拳をきつく握っていた。
思い上がりもいいところだ。結局自分は彼らの仲間になって何をする事が出来た?
重要な役割等何一つ果たせていない。様々な面で助けられてばかりではないか。
そう思えば思う程、自分が無力で悔しかった。
「帰って来ーい!私の影ー!!聞こえないの!?私の影!!」
一人の女性がモリアに向かって大声を張り上げ叫ぶ。
ローラ船長と呼ばれたその女性もやはり影を取られているらしく、顔が半分消えかかっている状態で尚叫び続けていた。
その真剣な様子に周りの仲間達と思われる面々からも次々に声が上がる。
そしてその声に後押しされるよう立ち上がったルフィが全身を膨らませ思いきりモリアの体へと全力で突っ込んでいった。
モリアの体がルフィに押され腹から折れ曲がり大量の影が這い出ようと動き回る。
それを抑えようとモリアが口元に手を当て必死に押し込もうとしていたその時、モリアの背後に建っていた塔が大きな音を立ててモリアへと向かい崩れ落ちた。
避ける術も時間も無くしたモリアが塔に押し潰され大量の影が吐き出される。
それはこの戦いの結末、ルフィの勝利を意味していた。
良かった、と呟いたつもりが音にならない事に気付き、一瞬にして全身に冷たい感覚が走る。
「おいゾロォ!!」
「ロビン!!!!」
「サンジーーー!!」
「ルフィーーーー!!」
仲間達の声が耳に届き、しかし自分の肉体が消えていく様をまざまざと見せつけられる。
日の光は既に達の元へ届き切っていた。
ああ、もう終わりか。
仕方ないか。
そうか。
これで消えてしまうのか。
案外諦めがつくものなのだな、等とどうでも良い事を考えていて、ふと今度は自分の体が視界に映った。
…………元に戻っている。
信じられない気持ちで左右を見れば一緒に消えたはずのゾロ、サンジ、ロビン、そして遠くにルフィの姿も見えた。
「生きてたな、見事に」
「一瞬天に昇る気持ちだったわ。ねェ、」
「ああ、貴重な体験が出来た。もう一度くらいだったら体験してみてもいいな」
「それもいいな。ちゃんとロビンちゃんとなら一緒に天に昇りたいぜ」
「笑い事かアホ共!本気で死んだと思ったわ!頭スッ飛んでたんだぞおめェら!!」
無事だった事に自分で思っていたより安堵したらしい。
ロビンと目を見合わせたは思わず微笑んでいた。
あちこちで歓声が上がっている事からして集まっていた面々もどうやら無事のようだ。
「朝日を受けて存在が消えかけていたけれど間一髪影が戻る事で実体は再生した」
「そのようだな。吐き出されるのがもう少し遅かったら本当に消滅していただろう」
「あんた本当何でいつもそんなに冷静でいられるのよ。全くもう、うちの船員達は皆バカなんだから!」
そう毒づいてナミも笑う。
兎にも角にも夜は明け敵は沈んだ。
ようやく全員揃ってこの悪夢から抜け出す事が出来たようである。
「まったく、タチの悪ィオバケ屋敷だった」
サンジの言葉に全員が同意し頷く。
王下七武海の一人であるゲッコー・モリアの作り上げた薄気味の悪いスリラーバークは今や最初の面影すら残していない。
建物はほぼ崩壊し、他者の影は元の持ち主に帰りゾンビも存在しない。
何より島全体に差し込む朝日こそ、このスリラーバークが魔の海域を抜けた何よりの証しだった。