03




耳の奥がビリビリと響き全身を激痛が襲う。
体中全体が大きく脈打ち口腔内に溜まっていた血を吐き出してゆっくりと目を開いた。
生きている、全身を襲う痛みこそがそれを如実に表している。
指先を動かしただけで千切れてしまうのではないかと思う程の感覚に無理矢理鞭打って体を起こす。
一番最初に視界へ入ったのはゾロがくまを斬り付けている姿だった。

ざっと辺りを見回しても他の面々が誰一人意識を取り戻している様子は見られない。
あれだけの衝撃だ。まさかと思うが命を落としてはいないだろうか。
奇妙に静まり返る空間がその恐ろしさを物語っている。
しかし今それを確かめている余裕は無い。自分すら体を起こすだけで精一杯だ。
それに、くまは全く負傷する事無くこの場におりゾロが皆を守る為必死で戦っている。
今の自分に出来る事をしなければならない。

くまの体を人体破壊するには錬成過程を分解の時点で止めればいい。
人体の構造は世界や種族が違えどそう大して変わらないのだ。
隙さえあれば今のにもそれを行う事くらいなら可能であろう。
問題は、くまに全く隙が見当たらない事なのだが。


「てめェ……、一体!」


ゾロの驚いたような声にもその方向へ視線を向け、唖然とした。
斬り付けられたくまの右肩は服が破れ肌を露出している。
その肌は人の肌とは違う、どこからどう見ても機械としか言いようのないものだった。
咄嗟に考えていた人体破壊の過程を頭の端に追いやる。


「フランキーみてェな改造人間か?いや、……硬度は鉄以上!」


驚くゾロを前にくまが一際大きく口を開いた。
そのくまの口から光が溢れ、妙な機械音が辺りに響く。
何かが吐き出される、そう感じた瞬間無意識のうちには羽を広げ飛び立っていた。
体のあちこちから血が滲み真っ赤に染まった腕がゾロに届く。
くまの口から光弾の様なものが吐き出され光速で襲い掛かるそれをはゾロを抱えて飛び立つ事で何とか避けた。
しかしやはり限界なのかゾロを抱えたはそのままの勢いで地面に転げ落ちる。
間近に見えたゾロの表情は未だ驚きを湛えていた。


……、何で」
「どうやら船に乗って以来頑丈さが増したようだ。それより見ろ、ゾロ。鉄が溶けた」


の指差す方へゾロが視線を動かしながら肩で息をする。
もう何が何だかわからなかった。
ニキュニキュの実とやらの能力はおろか、くまが改造人間である事も、今の光弾は何なのかも。
然して感情を露わにせずくまがゆっくりと視線をに移した。


「お前はやはり危険視されるべき存在という事か、銀翼の幻術師
「……残念ながら死にかける事は出来ても死ぬ事はなかなか難しいようだ」


もまた肩で息をしながら口元に笑みを浮かべて見せる。
ゾロはきっと心中穏やかでないだろうな、等とこの場に相応しくない事を考えていた。
男気を貫くゾロの事だ。に守られたなんて死ぬより嫌かもしれないが、死ねばそこで終わりだ。
遠くに倒れているルフィもまたこの場で死んでいい人間ではない。


「改造人間……、確かにそうだがサイボーグフランキーとは随分違う。おれはパシフィスタと呼ばれるまだ未完成の政府の人間兵器」


くまの放った言葉にそれまで口元に笑みを浮かべていたの全身へ一瞬にして冷たい何かが襲いかかった。
政府の人間兵器、くまは今確かにそう告げたのだ。


「開発者は政府の天才科学者Dr.ベガパンク、世界最大の頭脳を持つ男。奴の科学力は既にこれから人類が500年かけて到達する域にいると言われている」


体中の機能が停止してしまったのではないかと思うほどに冷たい何かが這い上がり、そして爆発したかの様に熱が湧き上がる。
人間兵器、その言葉をまさかこの ”違う世界” に来て再び聞く事になるとは思いもしなかった。
錬金術師よ大衆の為にあれ。国家錬金術師もまたあちらの世界では人間兵器という存在になっている。
一気に荒くなった呼吸を抑えようと胸元を掴むが弾む息を抑える事が出来ない。
この世界でもまた、とてつもない所業が行われようとしているのであろうか。


「――そんな体をして……しかも能力者か。更に希望をそがれた気分だ」


以上に荒い息を吐くゾロがの体を後ろへ追いやって膝をついたまま前に出る。
下がっていろと言っているのだ。


「さすがに……もう、おれの体も言う事を聞かねェ……!どうしても、ルフィの首を取っていくのか……?」
「――――それが最大の譲歩だ」


無情にも聞こえるくまの言葉にやはり疑問を抱かざるを得なかった。
何故くまが麦わらの一味に対し譲歩する必要があるのか。
反応を見た限りでは麦わらの一味の誰かしらがくまに対し恩を売っているという様子は見られないはずだ。
皆が初対面であるといえる状況で、くまは海賊であっても七武海の一人であり政府の使者として任務を遂行する立場にある。
そのくまが何故政府からの「全員を抹殺せよ」という指令を蹴ってまで譲歩するのか。


「その前に銀翼の幻術師、お前に聞きたい事がある」
「――何だ」


くまの言葉がに向けられ、ゾロの背中が一層強固な壁の様に力をもって張られる。
守ろうと、こんな自分を守ろうとしてくれているのがひしひしと伝わってきて苛立ちが募った。
何故この一味の人間はこんなにも他者を思いやれるのだろうか。
そんな余裕などどこにもありはしないであろうに、そう思えば思うほど自分の弱さに腹が立つのだ。
この一味に入ってから幾度もそんな思いを抱いてきた。


「お前は何だ。政府は未だお前の情報をほとんど把握していない。お前だけは明らかに何かが違う」
「私は、――――私だ。他の誰でも無い。それ以外に答えようが無いな」
「そうか」
「戻ったらお偉い方に伝えれば良い。自分の常識で物事を推し測ろうとするな、と」


これ以上聞いても無駄だと思ったのかそれとも組み込まれた質疑しかする気は無いのか、くまは黙って手を伸ばしてきた。
の前に構えるゾロが大きく息を吸い込むのがわかる。


「待て。……わかった、首はやるよ」


静かだがはっきりとしたゾロの言葉が耳に届く。


「ただし……身代りのこのおれの命一つで勘弁して貰いてェ!!」
「ゾロ!!何を……!」
は黙ってろ!!」


腹の底から轟く様な強い叫びにがぐっと押し黙る。
ゾロの纏う雰囲気には確固たる意志が存在し何人たりともそこには割り込ませないという思いが滲んでいた。


「大して名のある首とは言えねェが……!やがて世界一の剣豪になる男の首と思えば取って不足はねェ筈だ!!」


地面にどっしりと両拳を押しつけて頭を下げるゾロの姿に、その真剣な気迫には声を出す事も出来なかった。
目の前に対峙するくまもまた、じっとゾロを見つめ何かを量ろうとしているように見える。
はゆっくりと目を閉じて呼吸を整えていた。

ゾロを犠牲に助かるなんてそんな選択肢はの中に存在していない。


「そんな野心がありながらこの男に代わってお前は死ねると言うのか」
「……そうするほか今一味を救う手立てがねェ!!船長一人守れねェでてめェの野心もねェだろう」


目を閉じたままは一味全員の顔を思い浮かべていた。
誰もが大切で大事で掛け替えの無い人達だ。
男に恥をかかせる?上等だ。それで命が助かるならどんなに恨まれたって構わない。
憎まれて嫌われてそれでもいい。彼らが消える事等絶対に許されるべき事ではないのだから。


「ルフィは海賊王になる男だ!!」


そう、彼らには大きな夢がある。
誰にも負けない程輝いて大きくて素敵な、には持てない夢があるのだ。
一つの決意を固めた所での耳が他人の足音を捉えた。
慌てて目を開けて振り返れば、そこにはまたこの一味の中でもお人好しの姿がある。


「待て待てクソヤロー。おめェが死んでどうすんだよ、てめェの野望はどうした……バカ!」


ボロボロの体を引き摺るようにしてゆっくりと歩を進めてきたのはサンジだった。
サンジもまた肩で息をして険しい表情を浮かべた顔面には大量の血が流れている。
通りすがりにの肩を軽く叩き、堂々とした足取りのままサンジがとゾロの前に立つ。


「オウ、でけェの。こんなマリモ戦士よりおれの命取っとけ!今はまだ海軍はおれを軽く見てるが後々この一味で最も厄介な存在になるのはこの黒足のサンジだ」
「……黒足のサンジか」
「さァ取れ……!こちとらいつでも身代わりの覚悟はある!ここで死に花咲かせてやらァ……!」


地に足をしっかりとつけ前に立ったサンジの背中にもまたゾロと同じ決意が滲んでいる。


「皆には……よろしく言っといてくれよ。悪ィがコックならまた探してくれ……!」


目の前に構えていたゾロが動くのを視界に捉え、次いでサンジの言葉が途切れる。
とゾロの前に立っていたサンジに対しゾロが刀の柄で腹を突いたのだった。
サンジが脇腹を押え地面に転がる。恐らくもう意識はないであろう。
ゾロの行動を確認し座り込んでいたが一度拳を握って立ち上がった。








09.12.09

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