04




そう、それでいい。
誰も犠牲になってはいけないのだ。
自分以外の人間が、犠牲になってはいけない。
一枚岩の様に頑として動かない様子を見せるゾロの背中に声をかける。


「悪いがゾロ、下がっていて貰えないだろうか」
てめェまだわかんねェ……」


険しい表情で振り返ったゾロの体が一度大きく震える。
の右手には細く長いナイフ、その鋭い切っ先は今ゾロの首元に当てられていた。
視線は互いを射抜くようにぶつかる。


「下がっていろと言ったんだ」


静かに、それでも見せた事の無い程真剣なの声にゾロの表情がわずかに動く。
だがゾロがくまの前から動く事はなかった。
ゾロにはゾロの、にはの決意がある。
それはどちらも同じものであり、決して譲る事の出来ないものであった。
これ程までに気迫のある男の姿を見た事は無いかもしれない。
にそう思わせる程ゾロの意志は強固であり少し間をあけて横に並んだが深く息を吸ってくまに向き合った。


「政府が最も危険視しているのは私だと、お前はそう言ったな」
「ああ」
「ならば私の首をもっていけ。首とは言わず実験動物にしたっていい。恐らくそれなりのモノは得られるはずだ」


ゾロに突きつけていたナイフに左手を当て一瞬にして形を変化させる。
十本の指に嵌められている指輪を十本の細いナイフに変え、次いでそれを纏め一本のナイフにしてみせた。
くまの視線がの手元に集中している様がよくわかる。


「お前は先程私に、お前は何だと言ったな」
「ああ」
「まず間違いなく政府であろうと何であろうと私の正体を掴む事は出来ないと断言出来る。私は幻術師等では無い」


ゾロはただ黙ってじっとを睨みつけている。
これ程までにゾロへ対し攻撃されないように注意を払ったのは初めての事だ。


「私は。錬金術師だ」
「おい、!」
「Dr.ベガパンクとやらだって恐らく私の事を解明する事は出来ない」


目の前に立つくまを見つめ、どうしてこうも巨体ばかりが出てくるのか等と思い口元だけで笑って見せる。
この先旅を続けるのであればこの様などうしようもない事態に遭遇する事も多々あるだろう。
時にはこうして命の危機に晒される事も出てくるはずだ。
しかし彼らは必ず強くなっていくだろう。


「パシフィスタ、人間兵器というのであれば私もほぼ同類だ。但し私は機械仕掛けでも何でもないがな」
「どういう意味だ、銀翼の幻術師
「最も壊れにくい人間とでも言おうか。生命が続く限り無限に使える爆弾という所だろう」


くまを煽ろうとするの言葉に我慢ならないという様子でゾロがの肩を掴んだ。
とてつもない眼力だ。一端の海賊でも今のゾロに睨まれれば慌てて逃げ出すだろう。
生命の危機に瀕した時動物は普段考えられない程の気迫と気力を生み出す事が出来る。
ゾロに掴まれた肩は骨が粉々に折れてしまうのではないかと思うほどに痛かった。
そこからゾロの気持ちが伝わってくる。
今ゾロがどういう気持ちでここに立っているのか、痛いほどわかった。


「ゴチャゴチャ言ってねェですっこんでろ。……わかんねェのか」
「わからないのは貴様の方だ、ゾロ。男がどうとか命を張るとかそういう事はもっと年老いてから言えばいい」


ゾロの目が一層つり上がり荒い息が届く。
くまに殺される前にゾロに殺されそうだと内心で呟いて表情を引き締めた。


「男気を通すのも結構、仲間を思うのも結構、だが私から見ればゾロ等未だ尻の青い子供だ。さっさと退け」


の言葉にゾロが反応を示した刹那、の足が何のモーションも無く思いきりゾロの腹を蹴飛ばした。
呻き声を一つ漏らし、憎らしげな表情を浮かべたゾロがその場に崩れ落ちる。
だが意識を失うには今一つでありは上着の内ポケットから一本の注射器を取り出し動けないゾロの腕にゆっくりとその中身を静脈に流し込んだ。
何言か口を動かしていたゾロの動きが散漫になり数秒の間を置いて目を閉じたのを確認し注射器を放る。

本当はゾロの事を子供だなどと思ってはいない。
誰も彼も年齢にそぐわない程大人で自分より余程しっかりしている。
だからこそここで自分が役に立たなくてどうするのだ。
腹に力を込めて立ち上がったはしっかりと前を見据えた。


「すまなかったな、茶番を見せた。さあ遠慮無く私の首なり何なりを持っていけ。それで勘弁して貰えないだろうか」


両手を上げて無抵抗の意味を示す。
自分の首がルフィやゾロ、サンジと同等だとは思わないが少なくとも政府に危険視されているくらいならこの場を乗り越える事くらいは出来るだろう。
後悔など何一つ無い。そう言い切れる。


「お前にそこまでさせる意味はあるのか」
「笑わせるな。先程ゾロも言っていただろう?ルフィは海賊王になる男だと。それだけではない。うちの船員は皆必ず世界に名を上げる人間になる。全員が、だ」


くまの視線が自分に注がれているのがわかる。
値踏みされているのだろうか。
やるなら早くやってくれ、そう告げようとした時だった。
の背後で瓦礫を踏む音が聞こえ驚いて振り返る。


「……ざけんなてめェ……、何……しやがる……!」


崩れた瓦礫に手をつきふらつきながらも立ち上がるゾロの姿があった。
はあの時手加減せずゾロの鳩尾を狙った筈だし確かに感触があったのだ。
その上で鎮静剤まで打っている。通常ならば半日は目覚めない程に強い効果があるはずだ。
どれほどまでに屈強な精神と肉体を持っている男なのだろうか。


「邪魔をするな」
「……邪魔してんのは、……てめェの方だろうが!」
「もういい」


睨み合うとゾロの間を割ってくまが口を開いた。
くまの表情にはやはり何の色も見られないままだ。


「これで麦わらに手を出せば恥をかくのはおれだな。お前達二人に地獄を見せる」


そう言ったくまが手を伸ばしルフィの体を掴んだ。
慌てて飛び出そうとしたとゾロに向かいくまが静かに片手でそれを制す。
何をするのか、とゾロの刺す様な視線を受けたままくまはルフィの体から何か大きなものを弾き出した。
それは先程見せた大気圧と同じ様な物体でやはり動物の肉球を模ったものである。
くまの体より大きなそれは空中にぷかぷかと浮いていた。


「おれのやる事を信じろ。約束は守る」


捕えていたルフィの体を再び地面に横たえたくまがとゾロに向き合った。
くまを信じる。信じていいのかと思う気持ちはあるが条件を突きつけたのはこちらだ。
出来るだけの事はした。もう後はこの男の信念や思惑、運に任せるしかない。


「今こいつの体から弾き出した物は痛みと疲労。モリア達との戦いで蓄積された全てのダメージがこれだ」


何という能力かとは状況を忘れくまの出した肉球型の物体を信じられない気持ちで眺めていた。
痛みや疲労を体から弾き出す力等到底考えられない能力である。


「身代わりになるというのなら文字通りお前達がこの苦痛を受けろ。ただでさえ死にそうなお前達がこれを耐え切る事は不可能、死に至る」


試してみろ、と呟いたくまが大きなそれから小さな球体を取り出しとゾロへ向け放った。
球体が自分の体に入った瞬間、今迄体験した事無い程の苦痛が全身を襲い体が勝手に後方へ吹っ飛んでいくのを感じる。
痛い、など言える様な状況ではない。
全身を縦横無尽に引き裂かれ焼ける様に熱く、なのに凍てつき自分の手がどこにあるのかすらわからない。
赤と黒と白、其々の色が意識下の中で飛び交いは一つの細長い棒に必死で食らいついていた。
手放したら死がすぐ傍で口をぽっかり開けて待っている。
一秒なのか一分なのか一時間なのか一日なのか時間の経過すら掴む事が出来ない。
それでも何とか気力を振り絞って目を開けた時には全身から血を流し、それでも前に立つゾロの姿が見えた。


「お前もなかなか頑丈だが、銀翼の幻術師もまた頑丈だ」


くまの手がまた動きへ今度は先程の十倍以上の大きさである球体が放たれた。
丁度肉球型の上の部分、小さな球体一つ分といった所だろう。
放たれた球体が体に染み入るよう侵入し再び意識が途切れる程の激痛が襲いかかる。


「もう……コイツには、には……もういいだろ……。後はおれが引き受ける」
「まだ八割以上残っているが」
「後生の頼みだ」


場所だけ変えさせてくれ、と呟くゾロの声が意識下で聞こえる。
駄目だと叫んだつもりだが叫べていたのか、叫べていなかったのかはわからない。
ただ激痛と苦しみと熱さの中、は指先一つ動かす事も出来ずその場で蹲るだけだった。








09.12.15

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