06




前を歩くサンジの背を眺めながら、さてどうしたものかなと一人呟く。
飛んできそうな叱責の言葉も容易に想像出来る。
言い訳は昔から苦手だ。
アメストリスに居た頃も「屁理屈を捏ねまわすのはやめて下さい」と頻繁に部下から叱られたものである。
昔から自分の周りに居る者達は良い意味でも悪い意味でも融通が利かなくて困るものだと思う。

船や建物から少しばかり離れた場所でサンジが足を止めた。
瓦礫を背に振り返ったサンジの顔はいつもの様に優しい表情を浮かべてはいない。
怒っている、その様子が手に取るようはっきりとわかった。
鋭い視線を向けてくるサンジに対し苦笑いを浮かべたままが瓦礫に腰かける。
戦いは一応終わったのだ。
体が酷く疲労しているので座るくらいは勘弁して貰いたい。

瓦礫に腰かけたを見てサンジもまた向かい側の瓦礫に腰を下ろした。
正面から向けられるサンジの視線は決してを逃がさないといった様に緩められる様子は無い。
突き刺さる様なサンジの視線を受けもまたしっかりとサンジの目を見つめた。


「――――あの後の事、何が起きたか聞いた」


サンジの言葉を聞いて思わず舌打ちしたくなる気持ちを覚えた。
あの時自分達以外にも誰かが意識を保っていたという事である。
面倒臭い事になりそうだと思い、何か良い言い訳は無いかと探すが生憎見つかりそうに無かった。
あの男がそのまま帰る等とは誰も思っていないだろうし、第一もうサンジにはばれている。


「あのマリモはいいとして……、ちゃん、何で」
「何で、という問いに対し明確な答えを出すのだとしたら自分の意思でとしか言いようが無いな」
「下手したら、……死んでたんだぞ」


腹の底から絞り出す様に、何かを必死で堪える様にしてサンジの低い声が響く。
サンジの言う通り下手をすれば死んでいただろう。
いや、どちらかといえば何故死ななかったのか、己の体云々は別として何故殺されなかったのかの方がには疑問である。
あの男が譲歩をした理由は恐らく達に対し何らかの期待を抱いた、同情した等という甘ったれたものではない。
何か別の、それこそ秘密裏に通される何かしらの理由があったとしか思えないのだ。

サンジの拳が強く握られて細やかに震える。
本当はに対し怒鳴りつけたい程の怒りを感じているのだろう。
それをしないのはが女性という性別だからだろうか。


「女性だからとかそのような下らない理由でサンジが怒りを感じているのだとしたら聞きたくないし聞く耳を持つ気も無い」
ちゃん……おれは……!」
「どの世界に於いても全て平等などという事は無い、という事は理解している。女性は守られるべきという事も実際思っている。しかし私はそうで在りたくないとも思う」


ナミやロビンは自分の中で一番に守るべき存在だと思っている。
それこそ自分の意思に反しているとも言えるが、そう思ってしまうのだから仕方ない。
詰まる所にとって優先すべきは自分以外の人間だという事だ。

眉間に皺を刻み苦悩の表情を浮かべ黙り込むサンジの肩に異常なまでの力が込められている事に気付いた。
怒りで体を震わせているのだ。
その怒りの矛先はサンジ自身にか、それともにか。
サンジの事だ。恐らく前者なのだろう。


「私のした事が気に食わないのも結構。自分を情けないと思うのも結構。だがサンジが私に対し怒りを感じているのだとしたら少々筋違いだ」
「……何で、だよ」
「私は皆を大切に思っている。皆が皆を大切に思っているのも知っている。私は私がすべきと思った事をしたまでだ。例えそれがこの世界のルールと違っても仲間達の反感を買おうとも誰かに恥をかかせようとも、後悔も反省もする気は無い」


怒りで体を震わせていたサンジが立ち上がり、瓦礫に座るの前に立つ。
面差しは険しいまま、厳めしい雰囲気を撒き散らしながらも必死で堪えようとしているサンジの様子がわかる。
こんなサンジを見るのは恐らく初めてだろう。
どうするつもりか、考える余裕も無いままサンジがの右手を掴んだ。


ちゃんの……言いてェ事は、わかる……。ちゃんならそういうだろうって事もわかる。けどな……」
「けど、何だ。悪いが今私にも余裕が無いのだ。理不尽な怒りをぶつけられるのであれば其れ相応の応対をする事になるが」
「おれは……!ちゃんに無理して欲しくねェんだ……!!自分自身に対する怒りが収まらねェんだ!!」
「全ては済んだ事だ。サンジの気持ちは大切だし今後それこそが仲間を守る術に繋がるだろう。とても良い心がけだと言えるだろうな」


痛い程に力を込めての腕を掴むサンジの手に左手を添えて、指を一本一本解いていく。
そのまま今度は逆にサンジの手を左手で掴んで耳元に顔を寄せた。


「私は私の思うままに動く。自分自身に腹立たしい思いを抱いているのは私も同じだ。正直腸が煮えくりかえる程苛立っている」


サンジの腕を解放し振り返らずに建物の方へ進んでいく。
後ろからを追いかけてくる足音は聞こえなかった。
本来ならばもっと上手く言う事が出来たであろう言葉は全て自分の奥底へ沈めておく事にする。
サンジは何も慰めて欲しい訳では無い。
ただに伝えたかったのだろう。を心配してくれている事を。
そんな事サンジから聞かなくたってわかっている。
だからこそ苛立ちが止まらないのだ。
結局自分がした事は全て中途半端であり結果誰かを傷つけている。
肉体的な事もそうだがプライド、精神的な苦痛を与えているのは他ならぬ自分なのだと。
だからサンジに言った事は全て自分自身に言い聞かせる言葉の様なものだ。
守りたいものがあるならば誰よりも強くならなければならない。
の中の永遠の課題でもあるそれを実行するまでには相当の期間が必要だと知っていても。


建物、とは言ってもあれだけの戦いの後だ。
あちこち崩れてはいるが辛うじて風雨が凌げるであろうスペースに麦わらの一味だけではなく、図らずもスリラーバークの住人となっていた者達も多く集まっていた。
その中で意味ありげに笑みを浮かべ視線を向けてくるロビンの横に立って、ロビンの手を軽く叩く。
じっと咎める様な視線を送ればロビンの笑みが一層濃くなった。


「盗み聞きはあまり感心出来ないな、ロビン」
「あら、バレちゃったのね。ごめんなさいね、
「瓦礫に耳が生えるのは夜中に路上で生首を見つけるくらい気味の悪い光景だと言わざるを得ないな」
「ふふふ、苛々しないの、


この世界の住人達は総じて背が高いような気がする。
身長差からロビンを見上げる形となったは、自分だってそれ程低くはないはずだと心の中で呟いた。
ロビンくらいの身長があれば自分はもう少し肉体的に鍛える事が出来るのだろうか。
いやいや、それは逃げだなどと考えていたの肩からロビンの手が咲き頬を軽く引っ張られる。
数秒の間を置いてどちらからともつかず笑みが零れた。
の頬を引っ張っていたロビンの手が消え、今度は頭をぽんぽんと軽く撫でられる。
どうやら慰められている様だ。
全てを知っていても尚何も言わないでいてくれるロビンの心遣いがありがたかった。
聡明なロビンの事だ。が何に苛立ち何を思案し何を怯えているのか予測しているのだろう。
世界は違えど年齢の持つ重みはそう変わらない。
人生を一年でも長く生きるものはその分様々な事に遭遇し体験し体感しているのだ。

そんな笑い合う二人に気付いたのか、離れた場所にいたナミが訝しげな表情を浮かべて近づいてきた。


もロビンも何笑ってるのよ。何か楽しい事でもあったの?お宝でも見つけた?」
「おお、ナミ。怪我の具合はどうだ、体調は大丈夫か?」
「あんたねェ……、私は平気よ。それより自分の事心配しなさいよ、。あんたさっきまで意識失ってたんだからね!」
「睡眠不足だったんだ。後は少々空腹感を覚える程度だから心配いらない。あ、でも……」


そう言って口元を押さえ前に屈んだに対し両隣りにいたロビンとナミが顔色を変える。
一瞬にして緊迫感が三人の間に漂い、ナミがチョッパーに向かって声をかけようとした所での体が大きく動く。
くしゅん、と小さな……、所謂くしゃみをしたはケロリとした表情で顔を上げた。


「すまない。くしゃみが」
「あんたねェ!!」
「ふふ、駄目よナミちゃん。は一応こう見えても病み上がりなんだから、殴ったら危ないわ」


目を吊り上げ拳を振り上げるナミの腕を掴んだロビンがおかしそうに笑う。
病み上がりじゃなかったらいいのかと思ったがとりあえずそれは言わないでおこうと思った。
笑おうと思い、ふとある事に気付く。


「あ……」
「今度は何よ?くしゃみ?しゃっくり?」
「肋骨が折れてる」
「あら、それは困ったわね」
「何であんた達っていつもそんなにマイペースなのよ!!チョッパー!ちょっとチョッパー!!」


どうも何かおかしいと思ったら、胸の下の辺りに触ってわかる程度の隙間がある事に気付いたのだ。
痛い痛いと騒ぐ程ではないが、変な風にくっついては困る。
ナミに叱られ、次いでチョッパーに叱られながら包帯をきつく巻かれ、これでは息をするのも苦しいと言えばまた叱られた。
絶対安静を言い渡されたは両手を上げて降参のポーズを取る。
その様子を見ていたルフィやフランキー、ブルックにウソップまでもが笑い室内に声が木霊した。

の周りに居た全員が今夜のささやかな宴の為に、と準備に追われ離れていく。
手持無沙汰になってしまったはとりあえずゾロの眠っている場所の近くへ腰を下ろした。
見るからに全身ボロボロな姿になって眠っているゾロに心の中で詫びておく。
起きたらまた叱られるだろう。そしてはまた同じ事を言うのだ。
あれは自分の為にやった事だと。


ちゃん」


ふと後ろから声をかけられ振り返ればそこには華奢なティーセットを持ったサンジの姿があった。
の前にティーセットを差し出しサンジもまた隣にしゃがむ。
何となく気まずいなと思っていたが隣にしゃがむサンジの表情はいつもと同じ優しいものに変わっていた。


「紅茶をどうぞ、プリンセス」
「ありがとう」


さっきはごめん、というサンジの小さな呟きは聞こえなかったふりをして紅茶のカップを手に取り口元に近づける。
本当に謝らなくてはいけないのは自分の方なのに、そう思いながらは温かい紅茶と一緒に全ての言葉を飲み込んだ。








09.12.21

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