ゾロの誕生日(11月11日)から5日間で5題消化してお祝いしてみました
5日間お付き合いして下さった皆様、ありがとうございました!
空から落ちてきた女は翼を持っているが鳥でも神話に登場するような奴でもなかった。
飄々として掴み所がなく、冷淡なのに温かさがある。
一言で言えば、女らしくねェ女。
と名乗った女をルフィとチョッパーとコックは一目で気に入って
ナミもロビンも女が増える事を喜んで、ウソップも結局はの事を信用して
おれは一人だけその輪に入る事を拒否していた。
危機感がなさすぎるのがこの船の欠点だと思う。
だけどはおれが思っていたような女じゃなかった。
媚びる訳でも色目を使う訳でもねェ。
泣きもしなければバカみたいに笑うわけでもねェ。
どこか一歩引いた所で全員を見守ってる。
それは上から見下ろしている訳じゃなく、自分から一線を引いているように見えた。
戦闘となれば守ってもらおうなんて考えねェで自ら前線に出ていく。
ナミやロビンを、自分の身を挺してまで守ろうとする。
そんなを守ろうとルフィやコック、チョッパーにウソップまでもが敵へと向かっていく。
ああ、胸糞悪ィ。
誰の助けもいらないような雰囲気を、相手に気づかせないように上手く浸透させる。
深く関わらない様に、時々諦めたような虚ろな笑いを浮かべてやがる。
ああ、胸糞悪ィ。
「何でおれがあんな女の事で悩まなきゃいけねェんだよ」
「何だゾロ、悩みか?」
「うわああ!!……てめェいるなら声かけろ!!」
「かけたではないか、十回以上は名を呼んだんだが」
焦るおれには少しだけ笑いながらタオルを手渡してきた。
気づけばもう夕陽が沈みかけている時間で、相当長い時間鍛錬をしていた事を思い出す。
渡されたタオルを受けとって汗を拭くおれの横で穏やかな笑みを浮かべているを見て、何だかむしょうに腹が立った。
おれがこんなにこの女の事を考えているってのに、はおれの事なんて考えた事ねェんじゃねェか。
そんな事を考えながら汗を拭いていると、キッチンの扉が開きアホコックが顔を出した。
アホコックの声を聞けば表情は見なくたってわかる。
の顔を見てニヤけてるに違いねェ。
「ちゅわーん!ディナーの時間ですよー!そこのクソ剣士も飯だ、さっさときやがれ!」
「今行く。ありがとうサンジ」
「いえいえ、そんなクソ剣士放っておいてちゃんだけ早く来て下さいねー!!」
「てめェこのアホコックが!!」
目にハートを浮かべニヤニヤと締まりのない表情でに手を振るアホコックに腹が立つ。
アホコックに向かって苦笑を浮かべて手を振り返すにも腹が立つ。
何故だかわかんねェがどうしたらいいのかわかんねェくらい腹が立つ。
苛々する気持ちのせいで汗を拭く手も自然と荒くなる。
「――さっさと行った方がいいんじゃねェのか、あのアホコックがうるせェ」
「一緒に行けば良いではないか。不満か?」
「別にいいけどよ」
「ゾロは放っておくとそのまま汗も拭かずに眠ってしまいそうだしな。風邪をひいたら困るだろう?」
「そんな軟じゃねェよ」
「そうか、では余計なお世話だったかな」
ぶっきらぼうなおれの返答がいけなかったのか
少しだけ困ったような表情を浮かべ背を向け歩き出そうとするの手を咄嗟に掴んだ。
は驚いたような顔でおれを見て、おれは更に驚いた表情で固まってしまった。
「どうした?ゾロ」
「――別に余計じゃねェよ」
顔を背けちまったからの表情はわからねェけど、聞こえてきたのは明るい声。
「そうか、それなら良かった。では行こう、そろそろ皆揃っているだろう」
「ああ……」
返事だけしてなかなか動こうとしないおれにが不思議そうな表情を浮かべる。
わかんねェし、ありえねェ。
この手を離すのが惜しいなんて思ってるおれがわかんねェしありえねェ。
こういう時、アホコックだったら何かうめェ事も言えるだろう。
ルフィやチョッパーはきっと素直に感情をぶつけるだろうし
ウソップだったらいくらでも上手い話しで引きとめられるだろう。
ああ、腹が立つ。
湧き上がるこの意味不明な感情も、何も出来ない自分も全て全て腹が立つ。
固まってしまったおれの横にが並んで立つ。
手は繋いだまま。
「朝陽が昇る瞬間も美しいが、夕陽が沈む瞬間もまた美しいものだな」
「――ああ、そうだな」
「珍しいな、ゾロがこうして私に構うなど」
「――別に意味はねェよ」
「そうか」
水平線の彼方に消えていく夕陽をこんなに長く見つめた事はなかった。
いつも見てるもんも、と一緒だと違うもんに見える。
おれとはそのままアホコックが呼びに来るまで飽きずに夕陽を見つめていた。
自分の中にあるに対する感情に気づいた翌日。
チョッパーと本を読むを引っ張ってきて甲板で向い合せに座った。
はただ困ったように微笑んでいる。
連れて来て座らせて実にもう30分以上無言のままだった。
を連れてきたまでは良かった。
だけどこのもやもやとした訳わかんねェ感情をそのままぶつけるわけにもいかねェし。
かと言って他の野郎と楽しそうにしてるのも気にくわねェし。
「――ゾロ、どうしたというんだ。日向ぼっこという訳でもなかろうに」
「あー………と腹割って話した事ねェと思ったんだよ」
苦し紛れに出した答えにはどうやら納得したようだった。
自分で言ってみてなんだが、そういえばおれとは会話らしい会話をあまりしてこなかった事に気づく。
おれはの事を何も知らねェしもおれの事を知らねェ。
「がいた向こうの世界では、その、何だ…あれだ……」
「何だ?」
「あーだから、あれだ……付き合ってた奴とか……」
「ゾロがそういう事を聞くとは思わなかったな」
おれが聞いた質問に対しは一瞬呆気に取られた表情を浮かべた後、おかしそうに笑う。
それが妙に恥ずかしさを煽りおれはそれをごまかす為にから顔をそらした。
「悪い悪い、意外だと思っただけだ。付き合うというのは所謂恋愛関係というやつか?」
「ああ」
「そういう付き合いには縁がなかったな。一度見合いはさせられたが」
「見合いィ!?」
「そこまで驚かなくてもいいだろう?私も一応若い女性という分類に分けられる存在だったのだから」
「それでどうしたんだ?」
「丁重にお断りするつもりが…部下その他諸々にぶち壊され断るまでもなく破談だったな」
の言葉にゾロは表情こそ変えなかったものの内心ほっと胸を撫でおろす。
とりあえずあちらの世界に敵はいない事がわかっただけでもよしとしよう。
「は…あいつらの事どう思う?」
「ルフィ達か?」
「ああ」
「とても暖かくて、優しくて強くて、仲間思いで私にとって非常に尊い存在だな」
「――もっと個人的には」
「そうだな、ルフィは天真爛漫で子供っぽいところもあるが、いざとなると船長らしさや男らしさがあるな。
ウソップは話が上手で面白く手先の器用さと射撃の腕は素晴らしいと思う。100発100中もあながち間違いではないし。
サンジは料理が上手くて女性に対する真摯な姿勢がいい所だろうな。信念も非常に感じる。
トニーは可愛くて医療技術は凄いし、勇気がある。人型は非常に頼もしく頼りになるな。
ナミは頭の回転が速く彼女無しに海を航海する事は不可能だろうな。明るく可愛らしい女性だ。
ロビンは博識だな。大人の視線で皆を見つめ大切に思える女性だ。美しく強くもある」
指折り数えながら穏やかな笑みを浮かべ仲間達について語るの言葉にいちいちおかしな嫉妬がまとわりつく。
そういう事を聞いてるわけじゃねェのに。
「ゾロは、尊敬しているよ」
「あぁ?」
「芯が強く己に対し厳しく驕らず高ぶらずひたすらに追い求める姿勢。私はそういうところが好きだな」
「なっ……!!」
「ルフィもウソップもサンジもトニーもナミもロビンもゾロも、私は大好きだ」
の好きだという言葉に一気に昂った気持ちが萎んでいく。
ああ、やっぱりこの女何もわかってねェ。
おれがこういう話なんざするのはだけだっていうのに。
微笑むの手を掴んで体を引き寄せる。
突然のゾロの行動には目を白黒させて怪訝な表情でゾロを見つめた。
「いいかよく聞け。おれがこういう話をするのはだなあ、おめェだけなんだよ」
「ほう、それは嬉しいな。少しは仲間として認めてもらえたという事だろうか」
「違ェ!いや、違わねェけど違ェ!!」
ああもう、どう言ったらに伝わるんだよ。
遠まわしに言ってもダメならはっきり言うしかねェのか?
の両手を掴んで不思議そうな顔のをじっと見つめる。
心臓の音が全てを支配してるんじゃねェかと思うほど大きく聞こえた。
その瞳におれはどういう風に映ってんだよ。
「おれはが好きだ」
「…?私もゾロが好きだが。さっきも言っただろう?この船の仲間達全員の事が大好きだと」
さらりと笑顔で答えるに目眩すら感じる。
ああダメだこいつ全然わかってねェ。
こんなに近くにいたって、おれの方ばっかりドキドキしやがるしは全然余裕な顔してやがるし。
思えばはそういうヤツだった。
荷物を持ってやっても、ゾロは優しいなで終わってるし。
アホコック達の会話に割り込んだって何でもねェ顔しやがるし。
ああ、いい加減気付けよ。
おれがこんなに話しかけるのもこんな話をするのもこうして触れるのも傍にいるのも
が好きだからなんだよ。
に好きだと告げ、皆の事が大好きだと切り返された翌日。
状況は何一つ変わっていなかった。
朝ナミとロビンと共に3人でキッチンへやってきてアホコックに甲斐甲斐しく給仕され
食事が終わるとウソップと共に何かの細工やら何やらを作り、その後チョッパーと共に薬草を煎じ
それが終わればルフィと一緒に釣り糸を垂れ楽しそうに笑う。
どれもこれもいままでと変わりない日常の風景なのに気付いてしまった感情からかゾロは苛々とそれを見つめていた。
夕食が終わり一人甲板で佇んでいたを捕まえて昨日のように向かい合って座る。
ゾロに呼び止められたは連日のゾロの行動が少々腑に落ちない様だった。
些細な変化に見えるがの中のゾロ像とは偉い違いだ。
まぁ何か話したくなる時もあるのだろうと勝手に解釈していると
どう伝えたのならは気持ちをきちんと受け止めてくれるのだろうかと軽く脳内会議中なゾロ。
二人の持つ好きという感情は対極の方向を向いていた。
今日の見張りはゾロの番だ。
既にルフィ達は眠っている時間帯だしアホコックは滅多な事がない限りおれの番の日に外なんかこねェ。
絶好のチャンスだった。
一人で飲もうと思いくすねておいた酒を出し、ゾロは笑みを浮かべた。
「飲むか?」
「いやいい。普段飲酒は控えるようにしているんだ」
ばっさりと切り捨てられた言葉にゾロは焦った。
酒でも飲ませて少し酔っ払わせればもきっとそういう雰囲気になるに違いない。
そこでおれがビシっと決めればいいんだ、な作戦はものの三秒で水の泡になって消えた。
そういえばは宴でもあまり飲んでいない事を思い出し舌打ちしたい気分になる。
断られた手前無理に勧める事はせず、ゾロは瓶ごと口付けて酒を煽る。
「酒弱いのか」
「――どうだろうな。得意でない事は確かだ」
「酔うとどうなる」
「聞きたいか?」
「ああ」
「以前あちらで祝いの席に招待され上官命令で無理矢理飲まされて私は酷く酔っ払った。
そこまではハッキリ覚えているのだが、気がつけば会場は木端微塵の大爆発を起こした後だった」
「……」
「詳細を共に居た部下に聞いたが教えてくれなかった。それ以来あまり飲酒はしない事にしている」
の発言に酒を飲ませなくて良かったのかもしれないと密かに安堵するゾロ。
グランドラインの真っただ中で船が木端微塵になり船員が溺死なんて事になりかねなさそうだ。
を酔わせるのがダメなら自分が酔って勢いをつけガツンと告白するしかない。
酒の力を借りるなんて情けねェがどうにもこういう事は苦手だ。
相手は、相当ハッキリ言わないとわかってくれないのだから仕方ない。
そう腹に決め、ゾロは残っていた酒を全て煽ってしまった。
「ゾロ、そのような飲み方は体に悪いのではないか」
「大丈夫だ、ちょっとやそっとじゃ酔わねェよ」
真っ赤な嘘である。
夕暮れ時から既に飲み始めていたゾロは今の一気で確実に酔っ払ってしまっていた。
とろりとした深酒特有のゆらゆらと揺れ動く瞳に映るの姿は酷く美しく見える。
顔も体も熱くてたまらねェ。
「……」
「何だゾロ」
おれの問いかけに少しはにかんだ様な笑みで答えるの体を抱き寄せた。
両腕での体を包み込み夢中で自分の胸の中に閉じ込める。
そして気付く。
異世界から来た訳わかんねェ元軍人で戦闘能力に長けていて不可思議な術を使う強い。
だけどそれはこうして腕の中に閉じ込めちまえばおれより小さくて細くてか弱く儚い存在なのだと。
「好きだ」
「だから昨日も言ったように私も……」
「そういう意味じゃねェ。愛してるんだ」
「――ゾロ」
「自分でも訳わかんねェくらい…が大事なんだよ」
「それは一般論でいう保護欲というものではないのか」
「言ってる意味がわかんねェ」
「外からの危険や脅威、破壊行動などから庇い守る事を一般的に保護という」
酔っ払ってしまったゾロの耳にの声が酷く心地よく響く。
抑揚のない落ち着いた一定のテンポを守って紡がれる言葉はまるで一つの子守唄の様だ。
「そういう意味じゃねェんだって。つーかおめェなんで…こういう状況で何のリアクションも取らねェ」
「こういう状況とは?」
「――男に抱きしめられてる状況だよ、つーかそれくらい気付け」
「ああ、そういう事か。ゾロ、気にする事はない」
「あァ?」
「ハグは挨拶みたいなものだしさすがの私でも仲間におかしな事をしようなんて思わないさ」
全然ダメじゃねェかよ。全然伝わってねェ。
早く伝えねェと誰かに先こされちまうかもしれねェってのに、ダメだ。
背中をゆっくりと叩くの手とぬくもりがすげェ気持ちいい。
「――口説いてるんだよ、を。そのくらい気付け」
「それは失礼をした。見張りはしててやるから少し眠れ」
絶対こいつ酔っ払いの戯言だと思ってやがる。
くつくつと笑いを漏らすに抵抗する力もなくおれはを抱きしめたまま目を閉じた。
まだ空は闇に包まれている夜明け前。
目を覚ましたゾロはそのままの体勢で硬直していた。
腕の中ではすやすやと眠るの姿。
そのを抱きしめたまま眠っていた自分。
肩にかかる毛布は恐らく自分が眠ってしまった後が引っ張ってかけてくれたのだろう。
外側から毛布に包まれる暖かさ、そして自分の腕の中にある温もりに心臓の音がうるさく響いた。
海賊狩りと呼ばれようが剣豪と呼ばれようがゾロだって立派な19歳の男の子である。
自分の腕の中で思い人が無防備な顔を晒し眠っている状況にドキドキしないわけがない。
オイシイ状況の様な、据え膳の様な嬉しい様な、ゾロの中で理性との戦いが始まった。
下手な事をして起こしてしまい嫌われるのは非常に困る。
かと言ってこの状況で眠ってしまうが悪いような気もする。
「全然意識してねェって事かよ……」
もしもが少しでもゾロに対し”異性”としての感情があるならば
こんな状況で無防備に眠る事などありえないだろう。
それを考えるとまたゾロの中でどうしようもない苛々が募り、悔しくなる。
自分の事をただの仲間だとか年下の男だとしか思ってないのか。
「まつげ長ェな……」
これほど間近でじっくりとの顔を見る事などこれが初めてだった。
いつも自分以外の誰かを映す瞳は閉じられており縁取るまつげの長さに少しだけ驚く。
抱きしめていた腕を解き、右手での頬を撫でながら親指で瞼をなぞる。
ゾロの手の平で覆えてしまいそうなの顔。
その事実が酷く愛しさを増す感情を呼び起こしていく。
あまりに見つめすぎたのだろうか。
の瞼が小刻みに動き、ゆっくりと開かれていく。
「――朝か」
「まだ朝じゃねェよ。寝てろ」
ゾロの言葉には小さく息を吐き、再び瞼を閉じた。
そういえばは眠りが浅いと言っていたのを思い出す。
それでもこうしてゾロに身を預け再び眠りにつくという事は
自分を信頼してくれている証拠なのだろうか。
抱きしめた腕を解いてしまった今、再び抱きしめる事など出来そうにない。
勿体無い事をしてしまったとは思うが、再び起こしてしまうのもかわいそうだ。
膝を立て背を丸め眠るに毛布をかけ、ゾロは立ち上がろうとした。
その時初めてがゾロの手を掴んでいる事に気づいた。
「――ゾロ、寒い。行くな」
「……?」
「眠い寒い、ゾロがいると温かい。もう少し眠っていていいと言ったのだから責任を取れ」
瞼を閉じたまま、それでもゾロの手を放そうとしないに酷く驚く。
今、は何と言った?
自分に行くなと言った、それはつまり傍にいろという事で。
それがただ単に温かさを求めているだけだとしても、自分が求められているという事実。
「おめェ…それは反則だろ……」
呟いた言葉に答えはない。
立ち上がろうとしていた足を再び床に下ろし毛布ごとを抱きしめた。
やわらかく抱きしめの肩に顎を乗せて遠くの海を見つめる。
万が一が目覚めても、この赤くなった顔を見られなくて済むように。
太陽が水平線の彼方からゆっくりと上昇を始める時間。
目を覚ましたは座って眠ってしまったせいでこってしまった体をほぐそうと首を動かした。
その瞬間、下方にいる誰かと視線がかち合う。
相手はと目があった瞬間、驚愕の表情を浮かべ物凄い勢いで見張り台を駆けあがってきた。
目があったのは、この船で誰よりも早起きし朝食を作るサンジだった。
目にも止まらぬ速さで見張り台に繋がる梯子を駆けあがってきたサンジの口元がわなわなと震える。
驚いているのか怒っているのか判断に苦しむ表情だ。
そこでは自分の状態を確認する。
目の前にはゾロの肩。
ゾロの腕はぐるりと毛布ごとを抱え込み、その腕は背中でがっちりと組み合わせられていて。
道理で温かかったはずだと納得すると同時にこのままではゾロの死体が出来上がりそうだと気付く。
成程、それはまずい。
足を蹴り上げようと体勢を取り始めたサンジに向かっては右手を上げ注目を引いた。
サンジの動きが止まる。
「ちゃん?」
「――今日はゾロの誕生日だろう?今日くらいは怒るのも喧嘩するのも無しだ」
「だけどこのクソときたらあろうことかちゃんを…ちゃんを!!」
「私は湯たんぽ代わりのようなものだ。サンジが想像するようなものではない」
ゾロの腕の中からするりと抜け出たは毛布を取りゾロにかぶせるとサンジに向き合った。
気持ち良さそうに眠るゾロを一瞥し、ふてくされるサンジと共に甲板へと降りていく。
心配し困惑するサンジを宥めすかしながらは今日の予定を考えていた。
今日はゾロの誕生日。
午前中に新しい島へ入港するのだから、一緒に買い物でも誘ってみようか。
いつもの感謝の気持ちと、今朝の温もりのお礼に。
ゾロの誕生日当日。
麦わらの一行を乗せた船は大きな島に入港した。
はゾロを誘い二人で買い物へと出かけていく。
勿論、他の仲間達からのブーイングがあったがそこはゾロの誕生日という事で何とか押さえこんだ。
二人肩を並べて歩く。
は店先の物をちらちらとチェックして回り、ゾロは眠そうにあくびを噛みしめて歩いていた。
とはいえ実はゾロが内心で密かに喜びをかみしめている事などには知る由もない。
二人っきりで出かけさせてくれるなんてあいつらもたまには気が利くじゃねェか。
自分の誕生日などどうでもいいが、と共にいられるのなら悪くない。
むしろ毎日誕生日でもいいくらいだ。
先程からは立ち止まったり店の中を覗いたりと忙しい。
聞けばゾロの誕生日に何かを買ってくれるのだという。
好きな人が自分の為に悩んでくれる姿もまたいいものだとゾロは無表情でを見つめた。
勿論ゾロの脳内では喜びが炸裂していたが。
むしろ物なんかより本人をくれりゃ一番いいのに、なんて心の中で思ってはみるものの口に出せる筈がない。
しかし、何を選んでくれるつもりなのだろうか。
酒か何かだろうと踏んでいたゾロの予想に反してに酒屋に寄る気配はない。
しばらくするとの足が止まった。
古風な店で店先には反物が並んでいる。
しばらく待っていてくれと告げたはゾロを残して店の中に入っていった。
一体何を買ってくれるのだろうか。
「服、か…?」
しかしが服なんていう選択肢を出してくるだろうか。
着る物にこだわりがないのはもゾロも同じなはずだ。
店の中を覗くとが何やら嬉しそうに店主と話をしているのが見えた。
言葉を交わし大きな紙袋を持って店から出てきたの顔はとても楽しそうだ。
「開けてみろ」
大きな紙袋を押しつけられゾロはその場で包みを開いた。
ウキウキとした気分を悟られぬようあくまで冷静に、ゆっくりと紙を剥いでいくゾロには期待の瞳を寄せる。
包み紙が解かれ手にしたものを見てゾロは絶句した。
「――おいてめェ」
「どうした?」
「どうしたじゃねェよ!!何だこれは!!」
「ブシドー三点セット。昔むこうの世界でシンのもっと東の国にブシドーという…」
「そんな事は聞いてねェ!!」
包み紙の中に入っていたのは、藍色の羽織、黒の腹巻、赤い褌だった。
目の前の品々と不思議そうなの表情に眩暈がする。
「気にくわなかったか?ケンゴー三点セットとゴクドー三点セットというのもあったが」
「どっちもいらねェよ!!」
「む、気に入ってもらえなくて残念だ。では次に行こう」
さっさと先に進んでいくの後を追いかけるゾロ。
いらないとは言いつつも一応の買ってくれたブシドー三点セットを胸に抱える。
どこかの店に寄るのかと思えば、今度は店など全く見向きもせずに町の外れへとどんどん足を進めていく。
一体何があるのかもわからずただの後を歩いていくゾロは首をかしげた。
どう見てもこの先何かがありそうには見えない。
上り坂になっている雑木林をひたすら歩き、ようやく開けた場所にたどり着いた二人は足を止めた。
辿り着いた場所は何もない野原。
はその先に立ち、崖から下を見下ろしていた。
「ゾロ、こちらへ来てみろ。景色が素晴らしい」
に言われた通り隣に並んで崖下を覗く。
岸壁真っ逆さまとはまさにこの風景を言うのだろう。
非常に高い位置にあり、下では波が岩に打ち上がり真っ白なしぶきをあげている。
「どこが素晴らしい景色なんだよ」
「ほらあそこだ。もっと覗きこんでみろ」
真下を指さすにつられゾロが真下を覗き込んだ時だった。
突然がゾロの背を押し、ゾロの体は宙を浮いた。
「おいっ!てめェ!!」
真っ逆さまに落ちていくゾロが叫びをあげる。
空気の抵抗が酷く耳が劈けそうに痛い。
突然の事に全く対処が出来ないゾロは慌てて空を泳いだ。
その瞬間、ゾロの両脇にするりとの腕が通りゾロの体は落下を止める。
首をひねれば真白い翼の羽ばたきと笑うの顔が見えた。
「――っ!!やるならやるって言え!!」
「すまない」
「悪いと思ってねェだろ!…ったく」
「スリルがあっただろう?」
「ありすぎだ!!」
「それよりゾロ、下を見てみろ」
の言葉に胡散臭そうな表情でゾロは下を見つめ、息を飲んだ。
ゾロの眼下に広がるのは薄いエメラルドグリーンの海。
そして、そこを泳ぐ七色の魚の群れ。
それはまるで海を流れる虹のように美しく輝いていた。
「先程の店で偶然これを聞いたんだ。毎月11日の午後三時丁度にこの場所で海に流れる虹を見られると」
「すげェな……」
呆気に取られた表情で海を覗き込むゾロの耳元に唇を寄せ、そっと囁く。
「ゾロ」
「あァ?」
「誕生日おめでとう」
告げられた囁きにゾロは耳まで赤くして、ただただ海に流れる虹を見つめていた。