08
ナミの了承が出るのを待っていたかのように伸ばされたルフィの腕がケイミーとパッパグを捕え奪い返す。
水陸両用というよりは水空両用とでも言うのだろうか。
先程上空から襲ってきたはずのトビウオライダーズはどうやら海中でこちらの動向を注視しているらしい。
マクロ一味の声以外ひっそりと静まり返っている事が妙な緊張感を生み出している。
「海からでも空からでもかかってこい!」
そう言って指を鳴らすルフィ達の後ろでケイミーとパッパグが歓声を上げる。
胸を張り意識を辺りに走らせ戦闘に備えるルフィ達の背でもまた一歩後ろへ下がった。
敵の狙いはケイミーとパッパグだ。全員がこの場を離れる様な事になってしまえばまた奪われる事も必至だろう。
じっと構える麦わらの一味の後ろで静かに水滴が跳ねた。
次いで堰を切った様にそこら一帯の海面から激しく水飛沫を上げトビウオライダーズが空高く跳び上がっていく。
まるでそれは水中から打ち上げられた鉄砲玉の様に鋭く、とてつもない速度をもっていた。
上空へ打ち上げられたトビウオライダーズ達は麦わらの一味を威嚇する様辺りを相当な速度を以て飛び、サニー号へ向かい砲弾を注ぐ。
降り注ぐ砲弾を何とか跳ね除け、ふと視界の端に映った光景に注意を惹かれは上空を見遣った。
青い空、白い雲、飛び交うトビウオライダーズ、そしてその一匹を捕まえ嬉しそうにしているルフィの姿。
「常々から空を飛べるのが羨ましいと言われ続けてきたが、どうやら夢が叶ったようだな」
「あら本当ね、楽しそうだわ」
「ちょっとにロビン、空なんか見上げてないであんた達も手伝って!」
トビウオに乗って上空を楽しそうに駆け巡るルフィを見上げていたとロビンにナミの怒号が飛ぶ。
面倒臭いがナミに逆らえばどうなるかくらい身を以て理解しているので致し方無い、動こうかと思った矢先だった。
ルフィの乗っていたトビウオ、そして周りを飛び交うトビウオライダース達が一斉に海面へ向かい急降下し始めたのである。
あれよあれよという間にそれら全ては海面へ消え、ブクブクと泡を上げ一帯は静まり返った。
気付いた時にはの体は甲板を駆け手摺を乗り越えていた。
言い訳の仕様も無い。体が勝手に動いた。正にそれだ。錬金術師の端くれにも置けない、らしくない行動である。
隣に居たが引き止める間もなく海に飛び込んでしまうのを見て、ロビンはふとある事に気付いた。
「ナミちゃん、って泳げるのかしら」
焦りの欠片も見えない淡々としたロビンの言葉を聞いてナミが怒りに震える拳を握りしめた事をは知らない。
ルフィは悪魔の実の能力者だ。
悪魔の実の能力者は何の因果か知れないが海に嫌われカナヅチになるらしい。
トビウオに乗っていたルフィが成す術も無く海へ引き摺り込まれた。
とすれば当然今現在ルフィの置かれた状況は所謂、溺れているといった状態である。
助けなければ、と思ったのだ。
だが、は忘れていた。
は海で泳いだ事が無い。勿論海以外の水が多い場所、川や池、湖やプールでも無いのだ。
訓練で川を下った事はあるが泳ぐという行為自体概念に無い状態とも言えるだろう。
陸上での生活を主とする人間が最初から水の中で行動する術を身につけている筈も無い。
人は泳ぐ練習をして初めて水中で泳げるようになるのだ。
即ち、は泳げない、といった具合である。
泳げなければ当然溺れるしかない。
がそれに気付いたのは自分の体が冷たい海水にどっぷりと沈んでからだった。
あまりの馬鹿らしさに笑いたくなったが、笑える余裕も無ければ空気も無い。
口を開いたら死にそうだ。
視界の端にどうやらと同じ考えで海に飛び込んでしまったらしい二人とルフィを捉え、参ったと困り果てる。
どうしようかなんて考える余裕も無い。
ただがむしゃらに四肢を動かしもがいて、息苦しさに負け意識を飛ばしそうになった瞬間、何かがの腕を捕えた。
確認する事も出来ないままはそれに身を任せ硬く目を閉じる。
この状況を脱してくれるのであれば敵でも味方でも誰でもいい。
味方なら感謝するし、敵なら陸に上がってからぶっ飛ばせばいいだけだ。
ぐいぐいと力任せに引かれ浮遊する感覚。
海面から物凄い勢いで引き上げられたは恐る恐る目を開け、空気に触れた途端激しく咽返った。
誰かに担がれている、それは見なくても感覚でわかる。
よかった、敵では無いようだ。
「てめェ死ぬ気かこらァ!」
ゾロからぶつけられた怒号に不謹慎ながらほっとしたのも事実。
片腕でを背に担いだゾロが湾内にあった鳥籠状の檻の上に立ち、刀を振るう。
鉄で出来ている筈の檻はゾロの刀によって意図も容易くすっぱりと断ち切られ、捕えられていたはっちんこと魚人のハチは晴れて自由の身となった様だ。
「ありがとうロロノア、おめーいい奴だな!」
「船長命令だ、バーカ」
深々と溜息を吐くゾロの背に担がれたままのは何となく逃げ出したい気分になっていた。
ゾロの背が、あまりに怒っていたのである。
その怒りは明らかにへ向けられているものだ。
の手首を握るゾロの腕力がそれを十二分に物語っていた。
「ゾロ、すまな……」
「、てめェの手首引き千切ってやろうか」
「何だか冗談に聞こえなくて怖いな」
ふん、と鼻を鳴らしてゾロが少々乱暴にを地面へ放り投げた。
よろめきながらも何とか着地したの耳が後方から聞こえてくる空気を切る音を捕える。
正面に立つゾロの眼光が鋭くなるのを眺めながらは左手で右手の指輪に触れ全てを薄い板状に変えた。
そのまま右手を開けば小さな扇が出来、がその右手を思いきり後方に振り下ろせば小規模な、しかし威力を持った突風が出来上がる。
「変な所で抜けてんじゃねェよ」
「すまない、ついうっかりだ」
の作り出した突風が後方から襲いかかろうとしていたトビウオライダーズを跳ね飛ばす。
すぐ傍ではようやく合流出来たはっちんとケイミーとパッパグが互いの身を案じ抱き合っていた。
心の底から安堵したような笑みを見せるケイミーを見て少しだけほっとする。
しかしから見れば然程悪者には見えないあのタコの魚人、はっちんがナミの因縁の相手だとは世の中分からないものだ。
それにしても、正面に立っていたゾロは今や膝をつき苦しそうに息を吐いている。
やはり傷は相当に深いのだ。通常の動きとて今のゾロにとっては全力疾走と変わらない程苦しいものだろう。
水の中で動く事は陸上で動くより何倍もの力を必要とする。
を助けた事によって傷が余計に酷くなっていなければ良いのだが。
「ゾロ、随分顔色が悪いな、大丈夫か?」
「あァ?、てめェ自分の心配でもしとけ」
顔を覗き込むようにして近付いたに対しゾロが眼差しを鋭くして不機嫌そうに応える。
素直に弱音を吐かれても困るが、これ以上張り切って動かれても傷の治りが遅くなりそうだ。
幸い見ている限りではこのトビウオライダーズ達は然程強そうでも狡賢そうでも無い。
その証拠に飛び回るトビウオライダーズの数は徐々に減りつつあった。
船上で戦う麦わらの一味の表情にも焦りは感じられない。
だからと言って余裕綽々かと聞かれれば首を横に振る程度には困っている。
向かってくる敵を適当にあしらいつつ、さてどうしたものかと思っていたの後方から今度はルフィの声が聞こえてきた。
「にゾロ、逃げろ!」
「ルフィ?」
「仮面のヤツと牛、でっけェのがくるぞ!」
後方から走ってきたルフィの言葉にとゾロは視線を合わせ首を傾げ、次いで響いた声に表情を歪めた。
轟く様な叫びは最早声と言うより音と言った方が良いくらいだ。
現れたのは確かにルフィの言う通り牛と表現しても差し支えないであろう生物、だと思うもの。
しかしの知る牛からは随分と掛け離れた姿である。
見上げなければ頭頂部が覗めない程の巨体、優しそうだとか穏やかそうな雰囲気は一切存在していない。
そしてその牛の上に跨る仮面の男。
現れた瞬間からそこらに居たトビウオライダーズ達が平身低頭の様を見せており、またヘッドと呼ばれている事からして彼こそがこの一連のリーダーなのであろう。
「今日はめでてェ日だ、殺したくて殺したくて夢にまで見たその男が今おれの目の前にいる」
ヘッドと呼ばれた仮面の男が怒気を強めながら吠える様に言葉を紡ぐ。
どうやらこの中に仮面の男の標的がいるらしい。
しかも相当に恨まれているようだ。
そして、どうやらそれは麦わらの一味の誰からしいという事もわかった。
何故なら仮面の男は先程からすぐ近くに居る達の方を見ようともしないのだ。
見ているのはただ一点、サニー号に射る様な強い視線を向けている。
ルフィ達は海賊だ。いくら彼らが悪い事を好まないとはいえそういう稼業についているのだから恨みの一つや二つ買っていてもおかしくはない。
だが、殺したくて殺したくて夢にまで見たと言われる程悪い事をするような人間など仲間の中にはいないとは断言出来る。
勿論過去の彼らは知らないが、それでもには到底想像する事等出来なかった。
それはどうやらだけではなくすぐ傍にいるルフィやゾロ、そして覗えるサニー号に乗っている仲間達も皆同じらしい。
一様に仮面の男の言う事が理解出来ず首を傾げている。
「おれは今日ここで例え刺し違えてでも必ずお前を殺す……、海賊黒足のサンジ!」
仮面の男の言葉に今度こそ達は全員が顔を見合わせその場で固まった。
しかも、仮面の男が言うにはサンジに対し殺したいほどの恨みを持ったのは過去の事では無く極最近の事だという。
達は勿論、名指しされたサンジも全く見当がつかないようで麦わらの一味は謂われの無い言いがかりに戸惑いを隠せなかった。
仮面の男の声に聞き覚えは全くと言っていい程無いと言える。
「おれ、あの仮面の下を見た……」
「本当か?何者だよ」
「我々の知る人物なのか?」
「ああ、今見せる」
真剣な表情で頷くルフィは先程あの仮面の男の顔を見て正体を知っているらしい。
しかも達も知っている人物なのだというのだからますます困惑してしまう。
それこそ一度道ですれ違っただけ、というような人物なら覚えていないがある程度の関わりを持っていれば絶対に覚えているはずなのに。
仮面の男がサニー号にいるサンジ達へ向かって意識を向けているのを見計らい、ルフィが飛び出し男の仮面を叩き落とす。
「デュバル様の鉄仮面が……!」
ルフィによって外された仮面が転がり落ち、デュバルと呼ばれた男の顔が明らかになる。
その瞬間、は勿論その場にいた麦わらの一味全員が驚愕に包まれ誰一人として言葉を発する事が出来なくなった。
仮面の下に現れた顔は、確かに全員が一度見て、見知った顔だと言えるだろう。
だがそれは、誰一人として想像する事の出来なかった人物でもあった。
11.03.24
<< Back
TOP
Next >>