01




島のあちこちに聳える巨木、その間をふわふわと浮遊するシャボン玉。
その間を縫うように点在する色彩も形状も豊かな建物や装飾物が遠くからでもよく見える。
下から上に次々と現れるシャボン玉は、ケイミー曰く島から自然発生しているらしい。
どういった仕組みかと問い掛けたがケイミーは不思議でしょ、の一言での疑問をすっぱり切り捨ててしまった。
不思議でしょ、どころの問題では無い。
問い詰めようにもケイミーの性格上、知っていて教えない訳では無さそうだ。
そんなの様子に気付いたパッパグが少しばかり得意げな表情での前に立った。


「あれはあの樹、ヤルキマン・マングローブの根っこから特殊な天然樹脂が分泌されてるんだ」
「ほう、天然樹脂か」
「樹の根っこが呼吸する時にその樹脂が空気で膨らんで空へ飛んでいく」
「成程、確かにここからでもうっすら地表に呼吸根が出ている様子が見えるな」


パッパグの説明を聞いては以前読んだ文献の一説を思い出していた。
確かある特定の植物油脂を原料にした原液で作ったシャボン玉は粘性が強く割れにくいものになった、というものである。
樹脂を原料に石鹸や洗剤を作る文化もあるのだから理論としては理解出来るが、実際に見るとケイミーの言う通り不思議の一言だ。
自然は人間の想像出来ない光景を幾度も創り出しておりもまた幾度も不可思議で幻想的で感動する様な光景を目撃してきた。
それらは決して慣れる事等なく立ち会うものに感動を与える。


「ちょっといいかしら、……記録指針は大丈夫?」


各々が目の前に迫るシャボンディ諸島へ期待の眼差しを向けている所で、ロビンが口を開いた。
言われて気付く。そう言えばこの船、というかこの海を渡るもの達は大抵が記録指針というものに頼って航海しているのだ。
は勿論この世界に来てから初めて見たし、そういうものがあるという事も初めて知った。
所謂コンパスなのだが、少々特殊なコンパスで滞在地の記録、ログと呼ばれるものを貯める事で次の目的地を指すようになる。
今ナミの持っている記録指針は次の島である魚人島を指しているが、シャボンディ諸島へ立ち寄れば磁力により次の目的地に書き換えられてしまうのではないか。
ロビンの至極尤もな言い分にそれまで嬉しそうに騒いでいた面々がぴたりと押し黙る。
だが、そんな様子を見てハチが首を横に振った。


「心配ねェ、シャボンディ諸島は樹の集まりであって磁力は無いからな」


ハチの言葉に全員が首を傾げる。
目の前に見えているシャボンディ諸島は島では無い、というのだ。
先程パッパグが言っていた特殊な天然樹脂を出す樹であるヤルキマン・マングローブはマングローブの中でもこの世界で一番巨大な種類だという。
その一つ一つに町や施設を作り、一つを一つの島と見立て集合を諸島とした。
つまり全部で79本のヤルキマン・マングローブが集まり造られた、島では無い場所がここ、シャボンディ諸島という事らしい。
分かったような分からないような、からしたら何とも不可解な説明である。
島とは、自然に形成された陸地である事、水に囲まれている事、満潮時に水没しない事、この三つの条件を満たすものを指すものだ。
このシャボンディ諸島の場合、水に囲まれている事と満潮時に水没しない事は満たされている。
恐らくシャボンディ諸島が島で無いと位置付けられている理由は一つ目の自然に形成された陸地である事という条件を満たしていないからだろう。
そもそも陸いうのは……。


、聞いてる?」


突然耳に痛みが走ったかと思えば少しばかり恐ろしい形相を浮かべたナミがすぐ隣に来ていた。
痛みの原因はナミがの耳を引っ張っているからだろう。
ナミはに対し少々手荒になる傾向がある。


「……ナミ、痛いのだが」
「あんたまたどうでもいい事考えてたんでしょ、顔に書いてあるわよ」
「どうでも良い事ではなくてだな、陸という定義について……」
「それがどうでもいいって言うのよ」


耳から手を放したナミが、今日こそ服を買うのに付き合ってもらうわよと告げた。
確かに以前、そんな約束をした。したにはしたのだが、正直面倒臭いというのがの本音である。
荷物持ちにというのであればまだしもナミやロビンはの服を選ぶのが兎角好きなようで宛ら着せ替えごっこが行われる事も多々あった。
まず間違い無く数時間は拘束されるであろう事は目に見えている。精神的にも肉体的にも疲労困憊になるであろう事も目に見えている。
としては洋服を買いに行くよりもこのシャボンディ諸島を歩き回って探検したい。
恐らくの見た事無いものも興味をそそられるものも存分にあるだろうと容易く想像出来るような形状の場所である。
というか既にもうシャボン玉もシャボン玉を作り出す天然樹脂もヤルキマン・マングローブも超絶調べたい対象だ。
別段洋服が足りなくて困っているという事も無い。服なんてどこで買っても大抵同じだとは思っている。
そんなの顔を見て言わんとしている事を感じ取ったのであろうか、ナミがの胸元をぐっと掴んだ。


「何か文句あるの?」
「それよりっ……いや、ない、ない、文句なんてあるはずがないではないか」


それならいいんだけれど、と怪しい笑みを浮かべてロビンの元へ走って行ったナミを呆然と見送る。
ナミの迫力に押されたとはいえ即答してしまった自分が憎いとは心底思った。
しかし、怖いものは怖いのである。
の顔にはきっと面倒臭いと書いてあったのだろう。
だがナミの顔には、断ったらしばき倒すと書いてあるような気がした。
そうこうしている間にも船とシャボンディ諸島の距離が縮まっていき、目の前にヤルキマン・マングローブが聳え立つ。
本当に巨木だ。首が痛くなるほど見上げないと天辺が見えない程である。
船を41GRと書いてあるヤルキマン・マングローブの根に停泊させれば早速ルフィ達が降りていくのが見えた。
この79本のヤルキマン・マングローブは全て橋で繋がっており行き来が可能らしい。
要は船を泊めた場所の番号、サニー号の場合は41GRという番号さえ覚えていれば何処へ行っても戻ってくる事が出来るという。
一つの数字を覚えていればいいとは何とも素晴らしい親切設計だ。
ハチの説明を聞きながらはすぐ近くに居たゾロに向かって口を開いた。


「何処かの誰かさんの為に施されたような仕様だな、ゾロ」
「あァ?どういう意味だコラ」
「諸々の手間が省けるという意味だ」
てめェケンカ売ってんのか」


眉間に深々と皺を刻み苛立ちの表情を前面に押し出したゾロがの腕を掴む。
はふと息を吐き出して口元に弧を描きゾロの顔を覗き込んで笑って見せた。
恐らくゾロの事だ。ここから見える遊園地に行こう等と騒いでいるルフィ達と共に行動するとも思えない。
チョッパーとブルックは最早ルフィと共に遊園地へ行く気満々だ。
そしてナミやロビンに達という女性面子とお買い物に行きましょうなんてもっとありえないだろう。
サンジと仲良く買い出しに出かけるとは思えず、ウソップとフランキーは他の船員達が戻ってくるまで船に残り、その間に修繕作業を行うという。
すなわち、ゾロは一人でこの島を散策する可能性が高い。
尤も、誰かと共に出たとしたって最終的に一人になるのだろうが。
避けられないのであればせめて警告くらいはしておくべきだろう。


「何故ゾロが怒る必要があるのだ?私は別にゾロを対象にとは一言も言っていないのだが」
「…………てめェ」
「心当たりがあるのであれば十二分に気を付けるべきだな」


腕を掴んでいるゾロの手をゆっくりと解き、船からひらりと身を躍らせ、島と呼べないらしい島へ上陸する。
ふわりふわりと辺りを浮いているシャボン玉を見ているだけで自然と気持ちが昂っていくのを感じた。
新しいものに出会う時というのは何故こんなにも心躍らせるのだろうか。
一つ一つがなかなかの大きさであるシャボン玉にそっと指で触れてみたが、の想像と違い意外にも弾力があった。
触れた瞬間割れてしまうのではないかと危惧していたのだがどうやらそんな心配はいらないらしい。
ふと横を見れば先に上陸していたルフィがシャボン玉の上に乗っかっており相当な強度があるようだと知る。
試しに両手で抱えてみたが割れる様子は見られない。慎重に力を込めて両側から押しても同様、少しばかりへこむだけだ。


「強度といい発生条件といい全くどういう事なのか理解出来ないな」
「後で調べてみればどう?お買い物が終わってからならきっとナミちゃんも何も言わないと思うけれど」


隣に並んだロビンが意味ありげな笑みを浮かべる。
もおとなしく両手をあげて降参のポーズを取って笑って見せた。


「ハチ、この島での目的は何?さっき船のコーティングがどうとか言ってたけれど」
「そうだ、コーティング職人に会いに行っておめェらの船を樹脂で包んでもらう」
「樹脂とはこのシャボン玉を作り出している樹脂の事か?」
「ああ、簡単に言うとそれで船は海中を航海出来るようになる、それがおめェら人間が魚人島へ辿り着く為の唯一の方法だ」


ハチ曰く、腕の無い職人に当たれば船も人間も海中で大破してしまう事も珍しくないという。
何とも恐ろしい話だ。まず確実に助からないだろう。
だからこそハチは礼、この場合様々な意味も含まれるのだろうが、諸々の件から世話になった礼に知り合いの信頼出来るコーティング職人を紹介してくれるつもりだという。
魚人島の事は勿論コーティング技術にも詳しくない麦わらの一味からすれば非常にありがたい話である。
喜ぶ麦わらの一味に対しハチは、そのかわり、と言葉を続けた。


「一つだけ約束を守って欲しいんだ」
「おう、何だ?」
「町に入ると世界貴族が歩いている事がある」


世界貴族、にとっては初めて聞く言葉だ。
どうやらルフィやチョッパーも聞いた事がないようで同様首を傾げている。
そんな達を見てロビンが、世界貴族とは聖地マリージョアの住人達の事だと教えてくれた。
聞いてもいまいちピンとこないので、後で調べてみようと決めは胸ポケットから手帳を取り出し、世界貴族と書き込んでおく。


「で、その世界貴族が何だ」
「ああ、たとえ町でどんな事が起きようとも世界貴族にはたてつかないと約束しろ」
「どんな事が起きようとも?」
「そうだ、たとえ目の前で人が殺されたとしても見て見ぬフリをするんだ」


ハチの言葉に思わずペンを動かしていた手を止め、顔を顰める。
の表情に気付いたのか、ハチが説明を加えた。
世界貴族とはロビンが言った通り、聖地マリージョアに住む者達の事で、別名を天竜人という。
権力の象徴的な存在であり、本人達もその権力を存分に振りかざしており、一般人と同じ空気を吸わないようにマスクをして”下界”を歩くらしい。


「下界とはまた、自分達は相当上の世界に生きているとでもいう事か」
「そうなんでしょうね、仕方ないわ、そういう人達なのよ」


決して盾つかないように、と念を押すハチの言葉を何となく聞き流しながら歩を進める。
サンジ、ゾロ、フランキー、ウソップを船に残し、他の仲間達は皆とりあえずハチ達と共に島を探索しつつコーティング職人の元へ行くことにしたのだ。
しかしまあ話だけ聞いていると非常にけしからん連中ではあるが一度この目で見てみたいとも思う。
何処の世界にも必ず形は違っても差別や階級は存在する。
致し方ないことだとはいえ、もしその現場に居合わせたら自分は我慢出来るだろうか。
断言は出来ないな等と思いながらは辺りに視線を巡らせた。








11.10.23

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