06
「トラ男」
「あぁ?」
ぼそっと呟いたの言葉を聞き、ローが眉間に皺を寄せ振り返る。
引いていた手はいつの間にか強制的に繋ぐ形となり今はすっかりローのズボンのポケットに収められていた。
「ファル男?」
「銀翼屋、おれに喧嘩売ってんのか……?」
「まさか、このどこからどう見ても平和主義者な私が喧嘩等売る訳があるまい」
睨むように視線を寄越すローを何となしに見つめ返してみる。
何とまあ手触りの良さそうな帽子を被っているのだろうか。
きっと後ろに控えるベポの様な手触りに違いない、とつらつら考えてはふと思い出した。
そういえば、の手を放すまいとしっかり握り締めポケットへ収めているこの男は懸賞金の懸けられた海賊なのだ。
おまけに船長だ。しかも、割と有名な海賊団の船長である。そして自分もそこそこ有名な海賊達の仲間だったりするのだ。
子供じゃないのだからお手手繋いで仲良く遊びましょうなんて通用しない。多分。
「どうしよう、ファル男」
「その呼び方をやめろ、銀翼屋」
「ではガー男、由々しき問題が発生する可能性があるのだ」
「だから……、変な呼び方するんじゃねェ」
は別に変な呼び方をしようと思ってトラ男だのファル男だの言っているわけではない。
ローがの事を銀翼屋などというおかしな呼び方をするから、も何かあだ名をつけた方が良いのかと思ってしたことだ。
相手に合わせようとしての行為であり、どちらかと言えば親切心である。
というか、これが嫌だと思うのであればの事も銀翼屋などという呼び方をやめてもらいたい、という狙いもあった。
「早急に帽子かサングラスか、この際鼻眼鏡か仮面でも良いのでそういうものをお礼として購入して頂けないだろうか、ファル男」
「銀翼屋、……ったく、そのファル男をやめろ」
チッと舌打ちの音が聞こえ、次いで突然頭に柔らかい感覚が降ってきた。
少々強引に被せられたのは未だ温もりの残っているふわふわの感触をもった、つい今し方までローが被っていた帽子である。
恐る恐る頭上に手を伸ばしてみれば予想通りふわふわの柔らかい帽子に触れる事が出来た。
言いたい事はきちんと伝わっているようである。
ならばさっさとの気持ちも汲んでくれないものか。
色鮮やかな建物の並ぶ通りを歩きながら、ローは後ろを歩くベポへ手招きをし何言か耳元で呟いた。
幾度か大きく頷いたベポが、ちらりとを横目で見て、再び後ろへ下がっていく。
「おいベポ、お前先にあいつらの所へ行ってろ」
振り返ったローがそう告げればベポは背筋を伸ばし、あいあいーと元気のよい掛け声をかけてくるりと回れ右をした。
「ちょ、ちょっと待っ……!」
慌てて止めようとするが、の手は軽く宙を掴み、もういっそのこと脱兎の如くという言葉が似合うくらいの速度でベポが駆けていく。
唯一の頼みの綱であり、唯一の興味対象であるベポが居なくなってしまえばに残されるのは何か。
の手をがっちりと繋いだまま素知らぬ顔で隣を歩く男、只一人である。
何が楽しくてそんな状況を作り上げなければいけないのか。
湧き上がる蟠りと怒りと不満を堪えようと、自然に力の入ってしまう全身に落ち着けと訴えかける。
空は青い、雲はほとんどない程快晴で、色も形も彩々で面白そうなものが沢山あるであろうこの島で、一体今自分は何をしているのか。
自分も女版サンジみたいになれば、一般的に見て良い男の類と言えそうなローと二人っきりという状況も楽しめるのかもしれない。
だが、どう考えてもには無理な話である。
「――ひどいではないか、ガー男」
「ガー男って何だ、人をアヒルみたいに言うのはやめろ」
「ガー男だって私の事を銀翼屋とかいう得体の知れないくすんだ銀メッキのおかしなアクセサリーを中途半端な高額で売りつける店みたいに言うではないか、というか論点はそんな事では無く!」
「だからその呼び方をやめろと言っているんだ」
アヒルみたいとか、そんな事等の知ったことではない。
むしろアヒルの方が10000倍くらい、いや、もっともっともっとマシだ。
もうこうなったらさっさとこの男の気の済むようにして、一刻も早く洋服屋に駆け戻り土下座をするべきである。
そうと決まれば善は急げだ。善かどうかは全く不明であるのだが。
先程まではベポがいるからまぁ良くはないけどいいかと思っていたのだが状況は一変した。
よし、さっさと終わらせよう。
決まりがついた事と少しばかり不満をぶつけたところで半ばすっきりし、はローの顔を覗き込んだ。
「わかった、ローと呼べばいいのだな」
「ああ」
「では私の事もと呼んでくれ。でないと私は自分の手首を斬り落としてでも羽を出してでも手段を選ばずに逃亡する」
繋がれている手に力を込めてローの目をしっかりと見つめると、ふいに顔を逸らされた。
怪訝に思いもう一度回り込んで顔を覗けば、ローの顔はほんの少し赤くなっているようだ。
「何故赤くなるのだ」
の問いに応えようとせず、ローは未だから顔を背けたまま黙り込んでいる。
名を呼べと言っただけで顔を赤くするほど怒るものだろうか。
ロー自らと手を繋いでいるくらいなのだから今更照れているとも考えにくく、急な発熱もありえなくはないが急すぎるだろう。
となれば、やはり怒っているというのが妥当である。
二億の懸賞金が懸けられた海賊の、有名らしい海賊団の船長に対し馴れ馴れし過ぎたのかもしれない。
が知らないだけで仲間で無い海賊同士の中でも階級や上下関係が存在しているのだろうか。
しかし、もう既に口にしてしまった後だし、今更どうしようもないのだ。
本当に逃亡する羽目になり兼ねないと些か心配になり始めた所で、ようやくローが口を開いた。
「――――、は何が欲しいんだ?」
「何でもいいのか?」
「ああ」
見間違いであったのかと思う程、ローの表情は既に元へ戻っており歩調の乱れも無くゆるゆると進んでいく。
どうやら怒らせたようではないと知り少しほっとする。
欲しいもの、と問われても急に浮かぶものなどなかなか無いものだ。
物凄い高い書物だとか、麦わらの一味の当分の間の食料だとか、おいそれと人に頼めるようなものではないものばかりが浮かぶ。
「じゃあベポを……」
言いかけた瞬間、繋がれている手に恐ろしい程の力が込もり、次いで刺す様な鋭い眼光が真横から飛んでくる。
案外本気で欲しいが、とて生体をそう簡単にやり取りする気など更々無い。
それこそがこの世界に来たばかりで遭遇したどこぞの海賊ゲームではないか。
あんな思いをするのもさせるのも、もう懲り懲りだ。
「ではこの帽子がいいな、手触りもいいし、少し大きいが被り心地も悪くない」
「――何だそれ、無欲だな」
「そうか?二億の懸賞金が懸けられた有名海賊団の船長が被っていた帽子だぞ?非常に価値がありそうだが」
にやりと人の悪い笑みを浮かべながらが言えば、ローは一瞬微妙な表情を浮かべ、そして鼻で笑った。
欲しいものなど浮かばないし、フリフリだのヒラヒラだの買われても困る。
ならば手っ取り早いのは、手持ちの物で済ます事だろう。
そこまで言って、はふとルフィの被っていた麦わら帽子の事を思い出した。
あれはルフィが幼い頃にシャンクスから預かった帽子らしい。
そういった類のものであれば……、思い至った予想には慌てて口を開いた。
「いや、もしこの帽子が思い出の品だったり大事なものだったりするのであれば勿論返却する」
「別にそんなんじゃねェよ、それはやる。その代わり」
どうやらルフィの麦わら帽子のような謂れはない品らしい。
涼しい表情でさらりと答えるローの言葉にどうやら嘘はなさそうだ。
「その代わり?」
「おれが被る新しい帽子をが選べ」
気付けば丁度衣料雑貨を扱っているらしい店が立ち並ぶ通りへ出ていた。
あちこちに色も形も様々な帽子やスカーフ、ネクタイや靴などが所狭しと各店の至る所へ並べられている。
まるで最初から決まっていたような展開には思わず隣のローを横目で見つつ眉間に皺を寄せた。
せっかく手っ取り早いであろう提案をしたのにこれでは元の木阿弥である。
とりあえず端の店から順番に見てみようとはショーウィンドウを覗き込んだ。
「クマの耳がついているものとか」
「選んだらどうなるか、考えてから選べよ」
ベポとお揃いにすればいいと思ったのに、即座に却下されてしまった。
まあ確かに決して善人面とは言えないローがクマの耳がついている帽子を被った日には、様々な弊害が起こるに違いないだろう。
それはそれで見てみたい気もするが、とりあえずやめておく。
「というか、ロー」
「何だ」
「私は今のところ即座に逃げるつもりもないのでそう心配して捕まえておかなくても平気なのだが」
片手が塞がっているというのは結構不自由である。
それなりに人通りのある場所で二億の懸賞金が懸けられた海賊と一億の懸賞金が懸けられた海賊が手を繋いで帽子を見ているというのもどうなのだろうか。
少しでもとローを知っている人物に見られたら、まず間違いなくおかしな勘違いをされる事請け合いだろう。
第一、帽子を選ぶにせよ何にせよ非常にやりづらいことこの上ない。
「」
「何だ」
「今にも逃げたそうな顔をしていて尚且つ羽が生える人間にそんな事を言われても説得力がないと思わないか」
空いている片手で慌てて頬に触れたを見て、ローが口元を歪めて笑う。
どうにもこの男といるとペースが乱されると思いながらは目の前にあるうさぎの耳のついた帽子を手に取った。
13.04.22
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