10
壇上で派手な恰好をした男がマイクを手に会場を盛り上げようと声を張り上げる。
人間大オークションと銘打たれたこのイベント会場にいるだけでイライラと不快な思いが湧き上がるものだ。
超目玉商品がある、と男が言った事により会場はより一層の盛り上がりを見せの神経を刺激した。
「お好みの奴隷をお持ち帰り下さいか」
不愉快な表情を隠そうとせず吐き捨てるように言ったの言葉を聞き、隣にいるキッドが人の悪い笑みを浮かべた。
どうでもいいが、逆隣に座るローが会場に入ってからずっとの腕を掴んでいる事が気にかかる。
今更逃げはしないのに、勝手な行動をするなという意味だろうか。
放せと言ってみたが聞き入れる様子は全く見られない。
「欲をかいた権力者の純心に比べたら世の悪党の方がいくらか人道的だ」
「……一概にそうとは言えないが、何を悪とするかを履き違えている世論があるのは間違いないだろうな」
「機嫌悪ィな、」
「生憎このような下劣な催しをニコニコして見学出来る神経は持ち合わせていないのだ。それよりいい加減腕を放してくれ、ロー」
睨みを利かせても何のその。ローは不敵な笑みを浮かべたままの腕を放そうとしない。
右を見ればロー、左を見ればキッド、前を見れば人間大オークションと銘打たれた奴隷売買のステージ、後ろには沢山の人垣。
を喜ばせる要素等何一つありはしない。
頑丈な鎖で繋がれた男が会場に上がらされ、値を付けられていく様を見ながらは大きな溜息を吐いた。
考えてみれば、先程を迎えにきたトビウオライダーズの男を捕まえておけばよかったのだ。
そうすればトビウオライダーズにを売らせて内部へ侵入する事が出来たのに、考えが浅いと悔やんでしまう。
本当にケイミーがここにいるかどうかは不明だが、そうしていれば少なくともケイミーの不在は確認出来ただろう。
確認した後に、逃げられるかどうかは運任せであるのだが。
「ロー、今から私を売れないか?」
「無理だ。もう面が割れちまってる上に面倒に巻き込まれるのはゴメンだな」
「奴隷になりてェのか?銀翼」
「なる気は更々ないが、内部に侵入するにはそれが一番ではないか」
キッドの言葉に応えながらはキョロキョロと会場を見回した。
目はいい方だ。ある程度を見てみても麦わらの一味の誰一人として姿は確認出来ない事からして、まだ誰も来ていないのだろう。
もしかしたら、他の場所でケイミーを発見しているのかもしれない。
出来る事ならばそうであって欲しい。もっと危険の無い場所で捕らわれていて、誰かに助けられていればいい。
会場を見回して目に映るのは、同じ人類が競売にかけられているというのにも関わらずそれを見て熱狂する人々の姿だ。
天竜人と呼ばれる者達から一見して身分の高いであろう者達、はたまた人相の悪い者達や普通に住まう一般の民まで様々である。
この場にいる誰もがこれを受け入れ、熱狂し、値を吊り上げていく。
その様は酷く嫌な感情を込み上げさせ、目を背けたくなるものであった。
「海軍が関与しようとしない、天竜人という者達まで参加する、普通の民が平然と受け入れる」
「あァ?」
「つまりこれが公然と認められている、一体裏には誰がいるのだろうな」
の言葉に前を向いていたローとキッドが意味ありげな表情でへと視線を向けた。
まず一般の企業、商人がこのような商売を考えたとしても実現するのは限りなく不可能である。
先程から出品されている人間には、海賊やら盗賊やらの類までいるのだ。
その者達を捕え、奴隷として出品するにはそれなりの力がいるであろうに、それをやってのける。
売買ルートがあるとして、それは間違い無く強大な力を持った者がいないと成立しない。
奴隷としてオークションにかけられる人間を集める、それが人攫い稼業ならばそれを雇う者がいる。
人攫い稼業を多数雇い、売買ルートを築き上げ、海軍を懐柔させ商売を行う。
それは想像するよりも資金力は元より地位やその他の権力が絶対的に必要となってくるだろう。
一般の企業や商人、ちょっとやそっとの者では実行出来ないはずである。
何より引っかかるのは、海軍に渡りをつけられるという点だ。
海軍本部が近いと言われるこの場所でこのような商売を大手を振って行える力を持った人物が裏に居る。
そう考えると、もし本当にケイミーがこのオークションにかけられる場合取り戻すのは至難の業になるかもしれない。
「言っておくが、力づくで奪うのは不可能に近ェ」
ぼそりと呟かれたローの言葉には奴隷として出品されている男から視線を外しローへと顔を向けた。
ローの視線は既に前へ向けられており、その表情は何も映していない。
「あいつらの首を見てみろ、鎖がついてるだろ」
「ああ」
「あれを無理矢理外そうとすれば爆発する」
ローの言葉には壇上の男へ視線を戻し首元を見つめた。
首輪上になった太い鉄にはこれまた太い鎖が繋がれており、普通に壊そうとすれば随分骨を折りそうだ。
だが、になら恐らく簡単に外せるだろう。鉄を分解する事等訳は無い。
多くの人間に見られても、の通称は銀翼の幻術師だ。幻術だと思って貰えばそれでいい。
変わらないの態度に気付いたのか、ローは更に言葉を続けた。
「天竜人の居るこの場で騒ぎを起こせば……」
「海軍大将がやってくるか。最悪の場合それでも構わないがな、別に」
「穏便に済ませるなら、そいつが出品したら意地でも競り落とす事だな」
「私にそれ程の資金がありそうに見えるのか?」
の言葉に口の中で小さく笑ったキッドが、見えねェなと呟いた。
もし本当にケイミーがこの場に出品されるような事があれば穏便に済ませるにはそれが一番いい方法である事くらいにもわかっている。
わかっているが、そのような資金等どこを探したって出てこないのは明白である。
ベリーの錬成をしたとして、果たしてどれ程必要なものか想像もつかない。
第一、金で買い戻す等致し方ないにしたって、嫌なものだ。
「しかし、ローは随分詳しいのだな」
思えばそうだ。この場所を知っていたのも、を諭すのも、仕組みを教えるのも何もかもローからの情報である。
オークションの事を知っていたとしても、首輪が爆発する等何故知っているのだろうか。
の疑惑の目に気付いたのか、ローが片眉を上げて不快そうに視線を寄越した。
「別におれは噛んじゃいねェよ」
そうか、と返答しようとした時だった。
何やら後方が騒がしくなり、一体何なのかと思い顔を向けようとすれば、隣に座っていたローが舌打ちを一つ。
次いで、聞き覚えのあり過ぎる声がの元まで届いた。
慌てて振り返れば、そこにはやはり想像していた通りの人物が目を見開いて立っている。
「ぬああああああ!ちゅわん!?何で!何でそんなクソヤロー共と!」
涙を流し、怒っているのか悲しんでいるのか喜んでいるのか、全く喜怒哀楽の表現が激し過ぎるサンジの叫び声。
それはいい。いいのだが、サンジの後方にいる人物を見た瞬間、の背中に冷や汗が大量に流れ落ちた。
今すぐ土下座をして謝罪したい。そんな衝動に駆られつつもそれをさせてくれないのは隣にいるローがの腕を掴んで放さないのだ。
サンジの後ろにはナミがいて、の姿を見たナミの表情が一瞬険しいものに変化する。
「うるせェのが来たな」
「そう言ってくれるな、私の仲間だ」
「どうした、銀翼。困ってるなら助けてやろうか」
「私を困窮させている元本が何を言う」
再会出来た事を吉とするか凶とするか。どちらかと言えば凶かもしれない。
見ればサンジとナミだけではなく、チョッパーにフランキー、パッパグとハチもいるではないか。
という事は、やはりここにケイミーがいる可能性が高いのだろう。
ナミ達の元へ行こうとが立ち上がった瞬間、今度は会場中から悲鳴が上がった。
大多数の悲鳴に一体何が起こったのかと視線を彷徨わせれば、壇上の男が口から血を流し倒れているのが見えた。
の腕を掴んでいるローが口を開く。
「舌を噛みやがった」
「奴隷になるなら死を選ぶ、か」
ざわめく会場内をどうにかしようと司会を務める派手な男が壇上で声を張り上げる。
死を選ぶ程奴隷という労働環境は劣悪だと物語っているのだ。
様々な思いが脳内で交錯し、は苦々しく歯を噛み締めた。
ケイミーがいるのであればどれ程恐ろしい思いで捕らわれているのだろう。
何よりもこの下劣な悪行が罷り通るこの場を赦す全てのものに対し苛立ちを感じていた。
踏み出そうとし、立ち上がっていたの手を今度は左からキッドが掴み強く引く。
「座れ、銀翼」
「私はもうここにいる意味が」
「面倒くせェのが来たからとりあえず今は待て」
顎でしゃくる様に会場の入り口を指すキッドにつられそちらへ顔を向ければ、の表情も一層引き攣っていく。
二度と見たくないと思ったアホ面が沢山のお供、もとい奴隷を引き連れて我が物顔で悠々と歩いているのが見えた。
先程も出会ってしまった天竜人である。
そこから少し視線をずらせば、ハチが何度も大きく頷いているのが見えた。
今立ち上がってこちらへ来るな、という事らしい。
これみよがしに大げさな息を吐いては椅子に腰を下ろした。
「この諸島は何故私を苛立たせるものばかりな……」
愚痴を零そうとした瞬間、の言葉は途中で切れ、壇上に釘付けとなる。
騒ぎを起こした男はいつの間にかいなくなっていて、次の出品者が出されたのだ。
大きな金魚鉢を模したような水槽、その中に居るのは紛れも無く探していた人物、ケイミーである。
後方からナミ達の声も聞こえたが何より会場のあちこちからどよめきが溢れ、の周りを包み込んでいく。
体中の血液が熱く廻るのを感じながらはただケイミーの姿を必死に見つめていた。
だが、それはすぐに終わる。
つい今入ってきたあの天竜人が、ケイミーに五億というとんでもない値段をつけたのであった。
一瞬にして会場内は静まり返り誰も声を発しようとしない。
慌ててナミ達の方へ振り返れば、全員が表情を硬くして顔色を青褪めさせている。
無論、麦わらの一味の経済状況等にもわかっている。
そして、の錬金術を以てしても五億という大金を錬成する事はかなり難しい事だ。
つまり達はこの場でケイミーを買い戻す事が出来ないという事である。
おまけに相手は天竜人だ。力尽くで奪い返そうとすればどうなるかなど日の目を見るより明らかだった。
どうしたらいいのか、戸惑うの耳が何かを捉えた。
風を裂くような音がどんどん近づいており、追従するように雄叫びのような声が響き渡る。
来た、と思った瞬間天井に大きな穴が開いて何かが墜落してくるのが見えた。
破壊音と悲鳴、立ち上がる粉塵、墜落した場所はの後方で見るも無残な状況を作り上げている。
その中から姿を現したのはルフィとゾロとトビウオライダーズであった。
14.06.05
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