全力で拒絶しきれないなら黙って俺に食われてろ
・、生まれ落ちて早二十幾年。
未だ嘗てこれ程までに身の危険を感じた事は一度もない。
身の危険と言っても命が危ないという危険ではない。生命の危機なら幾度も体験している。
それなら幾らでも受け入れて対処法を模索する事が出来る。慣れとは怖い。
しかし今言う身の危険というのは、所謂女としての身の危険を示すものだ。
どうにかしなくてはと思う反面脳内は大混乱状態で何一つまともな思考を返してはくれない。
先程まで地に立っていた自分の体は今や芝生に押し付けられている状態で。
目の前には青い空と白い雲、そして自分に覆い被さろうとしている無駄に図体のでかい男。
体の距離わずか30cm程度。
何がどうして一体こんな事態になってしまったのか。
こんな事なら生命の危機に晒される方がまだ落ち着いて対処できるというのに。
が睨みつけても相手は楽しそうに口元を緩ませるだけ。
両腕を押さえつけられている為錬金術すら使えない。
両脚も同様。更に運の悪い事に今日履いている靴には仕込みナイフが入っていない。
目の前に迫るのは、海軍大将青キジ。
「あららら、どうしたの銀翼。大人しくなっちゃって、観念したの?」
「誰が諦めるか、早く放せ」
自分の下で顔を仄かに赤くし鋭い視線を向け睨みつけるを見て青キジは湧き上がる笑いを堪えるのに必死だった。
今日を見つけたのもたまたまであれば、こうなったのもたまたまだと言うしかない。
ちょっとからかってやろうと思っただけなのに自分の想像以上に面白い反応を返す。
一億ベリーの懸賞金がかけられようが未知の術を使おうがは女だ。
体力筋力に至っては自分よりずっとずっと弱い。
不思議な技を繰り出すには両手を合わせる事が必要だと既に何度も確認している。
ならば両手を封じてしまえば事は簡単。念の為足も同様に封じておけば後は普通の女と大差ない。
この状況下になっても未だひるむ事無く冷静を装いつつ噛みつく様な言葉を吐くは興味深い存在だ。
大抵の女はこの状況に持ち込まれれば諦めるか無謀だとわかっていても反撃をしかけてくる。
だというのにこのという女は葛藤と戸惑いに包まれており対処法を知らないように見えた。
面白い、実に面白い。
このままもう少しだけからかってやりたいという気持ちが後から後から押し寄せてくる。
「目的は何だ」
「この状況で目的って言やァひとつしかねェでしょ」
「………頭でも打ったか」
「あららら、失礼な事言ってくれんじゃねェの。おれは正常よ」
「正常ならばさっさと離れろ」
今目の前で虚勢を張るは明らかに動揺している。状況慣れしていない事が丸わかりだ。
その証拠に押さえつけているの手がかすかに震えている。
とことん冷静を装って白を切り通すつもりらしい。
青くさい芝生の上でを組み敷きながら青キジは一人が極々わずかだが変化している事に驚いていた。
初めて会った時の印象は頭のいい冷たい雰囲気の女。
司法の島で見た時の印象は意外に熱く仲間に対し全信頼を置いて戦う女。
ウォーターセブンで会った時の印象は放っておけばとんでもない所まで足を踏み入れるほど危険な女。
そして今目の前にいるは、一言で言えば可愛い女。
初めて出会った時とは随分印象が違う。
何というか、表情に感情を出している、そんな所だろう。
言葉は冷静に聞こえても顔色やちょっとしたしぐさが動揺を表わしている。
彼女の乗っている船は麦わらのルフィ率いる麦わら海賊団の船だ。
あのニコ・ロビンすら変えた船。
そんな船に乗っていりゃァこうなるのもまた当り前の事かもしれねェが、何だか面白くない。
「そんなに嫌なら殺してでも逃げりゃァいいでしょ」
「出来るのならそうしている」
「何で出来ねェの。無謀だと、わかってるから?」
青キジの問いには険しい表情を浮かべたまま何も答えようとはしない。
意地の悪い問いかけだと自分でもわかっている。
頭のいい女だ。抵抗しても無駄に終わる事、そして自分の立場をよく理解しているのだろう。
海軍大将と一海賊。負けは見えている上逆らえば仲間達に危険が及ぶと考えていそうだ。
口にはしないがそんなつもりは毛頭ない。
ただ最初と目的が変わってきている事は確かだ。
「抵抗しねェんなら同意と受け取るが」
「そんな訳ないだろう!」
冷静な仮面が剥がれてきたようだ。今日初めて声を荒げた。
というより声を荒げる所なんて初めて見る。
むやみに唇を近付けたりしたら噛み千切られそうだ。怖い怖い。
睨みつけるの顔を間近で遠慮なく見つめる。
絶世の美女ではないが整った顔をしているし、何よりおれ好み。
女らしい女を可愛がるのも好きだが気の強い女を屈服させるのもまた征服感があっていい。
ちょっとからかうつもりだったのに気付いたら本気になりかけている自分がいた。
「何で本気で抵抗しねェんだ?その気になっちまうぞ」
「だから先程から言っているが…」
「違ェ。ねーちゃんはおれを本気で拒めねェから本気で抵抗出来ねェんだろう?」
「そんな事は……!」
「少なからずおれがねーちゃんに感じているようにねーちゃんもおれに対し何らかの共通するものを感じてる、違うか?」
青キジの言葉にが眉間に皺を寄せたまま押し黙る。
沈黙は肯定。そして我ながらずるい罠を張ったもんだとも思う。
不思議な女だ。
海賊なのにどこか海賊らしくない。
それどころか不条理な事や一般的に悪とされるものを嫌う傾向が見られる。
もしこれが本人ではなくニコ・ロビン相手だったりオレンジ色の髪のねーちゃん相手だったりすればこの女は確実におれを攻撃してくるだろう。
自分の危険も顧みず、おれを殺す事になったとしてもまず戸惑わなそうだ。
それが自分の事となれば突然その意思は変わる。
今も相当悩んでいるはずだ。
どうやって抵抗するか、どうしたら切り抜けられるか、どうしたら刀を交えず窮地を脱せるか。
少なくとも嫌われているつもりはない。
海軍として敵とは見做されているだろうが話そうと言えば警戒しつつも話を聞こうとする姿勢を見せる。
実際幾度か接触を重ねたが個人としては倦厭されている様子を全く感じなかった。
しかも、後々それを仲間達に話す様子もなければ隠そうとしている様子まで窺える。
例えそれが好意的なものでないとは知っていても、男はそういう所につけ込んでいくもんだ。
勿論、おれも。
「あららら、どうしたのよそんなに考え込んじゃって。考えるような事じゃねェでしょ」
「……私をどうしたいんだ。困らせる事が目的か」
「まァそれもあるが、興味があるからだ」
青キジの答えを聞いたの眉間に寄せられる皺がぐっと増える。
どうやらおかしな解釈をしたらしい。
「興味があれば誰にでもこういう事をしようとするのか」
「んな訳ねェでしょ。何よ、おれに愛してるとでも囁いて欲しいの?」
「丁重にお断りする」
掴んでいる自分より細い指先、触れている足の感覚。
まいった、からかうつもりがどうやら本気になっちまったらしい。
好きかと聞かれれば答えは曖昧だ。仮にも海賊と海軍、おかしな感情は持たない方がいい事は百も承知。
しかし興味があるかと言われればありすぎるくらいにある。
知りたい。ただ単純にこのという女を知りたいのだ。
自ら導き出した答えに納得し青キジは睨みつけるへの距離をゆっくりと縮めた。
瞬きを繰り返し長い睫毛が揺れ動き目はあちこちへと彷徨い始める。
「据え膳食わぬはなんちゃらって言うでしょ?」
「膳は全く据えられていないのだが」
「本気で嫌ならさっさと抵抗するこったな。悪ィがおれは止める気はねェぞ」
両手を掴んで封じたまま青キジはの上へと覆い被さった。
二人の距離は、全くない。密着状態。
重なった体からの体温と鼓動が青キジの体へと響きそこにがいる事を如実に語っている。
聞こえてくるの鼓動は爆発しそうな程に早い。
の顔の横に自分の顔をつけた青キジは目の前の耳元に唇を寄せてそっと呟いた。
既に罠は完成している。
後はがどういう行動を取るかだ。
「早く選べ。おれを殺して逃げるか諦めるか。言っとくが中途半端な抵抗は余計に煽るだけだからな」
はおれを殺せない。
本気で抵抗する気があるんなら最初からしているはずだ。
迷いは隙を生む。迷うという事は完全なる敵意の対象ではないという事。
「、全力で拒絶しきれねェんなら黙っておれに食われてろ」
そっと呟いて拘束していたの両手を解き放つ。
さァどんな反応を見せてくれる?
完全に固まってしまったの上に覆い被さったまま青キジは静かに目を閉じた。
後10秒、その間にが行動を起こさなければ好きにさせてもらう。
そう自分に言ってそっと聞こえてくる鼓動に合わせてカウントしながらその時を待つ。
出される答えがどんな答えかを知りつつ待つのも、意外にスリルがあって楽しいもんだと青キジは口元に笑みを浮かべた。
UP DATE : 2008.02.04